63話
「『見習いの入領が、認められない』ですって?」
ゴーズ領との付き合いが長い行商人は、初めての体験に驚いていた。
ガンダ領とゴーズ領の境界の関所で、過去にこのような事態に遭遇したことがなかったからだ。
彼はこれまでにも、ここへ初めて訪れる人間を連れて来たことはある。
それは護衛であったり、御者であったり、或いは仕入れ等で付き合いがある商店から「勉強のために」と預けられた子息だったりと様々だ。
そして、その度に、関所の別室へと通され、待機時間を設けられて待たされる。
新顔を連れて来た時は必ずそうなるので、そこは覚悟ができているので良い。
経験上では最大でも二時間待ちだ。
では、それは一体何を待つ時間なのか?
その答えは、「入領審査官の肩書を持つ老人が現れるのを待つため」となる。
毎回現れる年齢不詳の飄々とした雰囲気を持つ老人は、入領審査の役目を任務としている。
行商人の彼が知る範囲では、その老人は対象者の身体が発する、微弱な生体反応で、嘘を見破るのを特技としているらしいのだ。
彼の審査方法としては、初顔の人間の手を握っていくつかの質問を投げ掛けるやり方。
これまでは、そのように行われる審査結果で、入領を断られたことはない。
そのため、行商人的には「審査は形式的なものだ」と思い込んでいたのだが、どうやらその思い込みは「間違いだった」ようである。
「ええ。この男性は、生業が商人関連ではありませんから。ああ、『他人様の命を商品にしている』という意味では、商売人にはなるのかもしれませんけれどね。まだ、この領地で罪を犯しているわけではありませんので、この人をこの場で捕えたりはしません。が、貴方も人を見る目を養わないと、何度もこのような人間を連れて来るようであれば、ゴーズ領の領主様から『出入り禁止』を申し渡される可能性はありますよ?」
この発言をしている老人は、当然ではあるが実は領主本人である。
ラックはいつものように接触テレパスを使用し、間抜けな暗殺者の全てを暴き出すイージーモードのお仕事を淡々と行っただけだ。
超能力者は、遺伝子コピーのストックから、関所毎になりきって演じる姿は決めてあるのだった。
ゴーズ家の当主は、トランザ村がある「本領」とでも言うべき旧トランザ領の部分に関しては、“起きている間は”と但し書きは付くが、東西南北の関所を一時間から二時間置きに監視している。
領地防衛には「神経質」と表現しても「過言」とは言えないラックは、入領希望の新顔がいる場合に使用される待機部屋を千里眼でチェックして、必要があれば即テレポートで現地へ赴く。
但し、寝ている時間を含めて何らかの事情でそれが不可能な状況は時折起こるため、監視ができない時間帯は予め各関所に知らせる形を採っているけれど。
「この男は、私が仕入れに使っている大店の末の息子さんなのです。私としては貴方の仰ることを信じられない気持ちで一杯です。が、『それはそれ。これはこれ』と言うものでしょう。では、確認です。『この者だけをここで待たせて、トランザ村で商売をした帰りに合流して、全員でこの地から去る』というのは、認められますか?」
行商人はここで「はい。そうですか」と商売せずに引き返すわけには行かない。
トランザ村で売りたくて持ち込んでいる商品があるのは勿論だが、ここでしか仕入れられない重要な商材を入手することなく、眼前の老人に言われるままに諦めて帰る選択などあり得ないからだ。
ちなみに、「その商材は何か?」と問われれば、答えは亀肉の加工品だったりするのだが。
「貴方たちがここへ戻って来て合流するまでの間、残留する本人が『簡易独房に監禁』となるのと、『監禁中の食事代の請求』があります。この二点を許容されるのであれば、ご希望の方法は大丈夫ですよ。あ、食事の質はここに詰める人間と同じものを出しますので、それなりに良い食事となります。その分、良いお値段もしますけれど。領地としては、訪れていただける行商の方々を締め出すのが目的ではないですからね」
こんな経緯のやり取りがあり、現着してからこれまでに防壁を越える侵入方法をアレコレ試していた暗殺者の一人は、ここで素性が暴かれたことで、「この依頼は達成不可能だ」と考えた。
この時の本人は「見逃されて生きて帰れるのが僥倖だ」とまで考えていたりしたのだが、最終的な結果としてはそんな結末で済むわけがない。
超能力者が、「この場で始末するのは問題がある」として、処分を先送りしただけの話だ。
この暗殺者は、眼前の老人に扮したラックが、「『ついでなので泳がせて、報告で接触する相手も見極め、可能であれば一網打尽にしたい』という目的を持っている」と察することができなかった。
けれども、それを理由に彼を責めるのは「筋違い」と言うモノである。
彼は彼で、「自らの命」というかけがえのないものを失う未来がある。
この時に、それが確定していたのだから。
「『前金を、詫び金も添えて返却してきた』ですって?」
カストル家の正妻は、南部辺境伯が王都に構える邸宅に訪れていた。
彼女は、彼女に忠誠を誓っている配下の手の者からの予想外の報告を聞いて、歯噛みして悔しい思いをすることになったのだった。
「はい。どのような方法でことを成し遂げたのかがさっぱりわからず、困惑するしかないのですが、南部辺境伯領が抱える王都とその周辺の暗部の実働部隊は、全員死亡が確認されました。指揮系統も一部難を逃れた者以外は全員謎の病死です。奥様も同様に狙われる可能性がございますので十分にご注意を」
どれだけ厳重な警戒体制を敷こうとも、ラックが本気で暗殺を企てた場合には、「それを防ぐことはほぼ不可能だ」と証明されたような結果となった。
泳がされた人物の関係者で、ラックの監視の目から偶然逃れた者以外は、全員容赦なく始末されたのである。
裏稼業を生業としていた彼らは、「どこからかは、必ず恨みを買う」という可能性を考慮している。
それ故に、各々で自己の安全には「これでもか!」と言うほどに気を配っていた。
それでも、偶然以外の要素では、助かる者がいなかったのだ。
もっとも、そうして助かった者は「それが、偶然の結果だった」などと知ることはできない。
彼らは、「自身が見せしめ的に、故意に見逃されたのだ」としか考えられなかったりしたのであった。
この時のラックは、「首謀者がミシュラの実母である」という情報に辿り着いていた。
だが、その対処方法としては、「本人の殺害を避け、実働部隊のみを奪う」というだけで一旦終了としている。
そのような対応となったのには、二つの理由がある。
一つはミシュラとアスラの実母である点。
もう一つは、彼女の葬儀が行われるとなれば、ラックもミシュラも参列するために王都へ滞在するのを余儀なくされるので、「それを是が非でも避けたい」という点。
ミシュラは現状は妊婦であり、出産時期はそう遠くない。
そうした事情で、「あまりトランザ村から動いて欲しくない」のも勿論だが、下手に王都へ滞在するとなれば、「カストル公爵家に、出産まで軟禁されかねない」というリスクもある。
ゴーズ家としては、ことがこの状況に至っては、ミシュラの実家の「後継ぎへの、血筋を重視する執念」とでも言うべき感情を、甘く見ることはできないのだ。
カストル家の当主の意向に逆らう内容の案件では、公爵家で抱えている暗部的な仕事を請け負う人材を動かすことはできない。
ミシュラの実母が手配できる手段には限りがあり、それはラックが全て使用不能としてしまった。
要は、本人の持つ意思がどうであろうとも、暗殺対象がトランザ村に滞在する限り、何もできないのが確定してしまっているのであった。
では、もう一組の存在、即ち動機を持つミゲラとその夫の二人は、はたしてどうであろうか?
こちらはこちらで、しっかりと動いていた。
但し、実際に企てて動いたのは、実行手段を持っている入り婿だけであるが。
まず、彼がミゲラと親密であった古参のメイドを唆しての初回の暗殺が失敗し、その対象がトランザ村に移された後になって状況は変化する。
彼の考える暗殺対象は、カストル公爵の新妻とその生まれて来るであろう子供だけではなくなった。
なんと、カストル公爵本人もその対象に含まれていたのである。
これは理性的な状態であれば考えられないような“絶大な暴挙”であるのだが、ミゲラの夫は既にそこまでの事情を考慮できる精神状態ではない。
公爵家に入り婿としてやって来た、愚かな元侯爵家の次男は、「義父に後継ぎとなる実子が生まれてくる前に、義父を始末して、さっさとカストル公爵の爵位を得てしまえば問題ない」と、短絡的に判断していたのであった。
娘婿が家を継ぐために義父の暗殺を企てるなど、通常でも穏やかならざる異常事態である。
しかし、ここに更にファーミルス王国特有の条件まで加味されると、「非常に不味い」というか、「最悪」となる。
これが“絶大な暴挙”と表現できる理由だ。
当代のカストル公爵が、次代に魔石の固定化の処理方法の工程を伝達することなくその命を失った場合、何がどうなるのか?
公爵家は「単に魔力量が高い貴族」という地位に成り下がるのだ。
しかも、ことはカストル家だけの問題では済まない。
そこに巻き込まれて、否応なく同時に現在の地位から引きずり降ろされる家が二つ存在する。
つまり、「『テニューズ』と『ヤルホス』という、二つの公爵家からの恨みまで買う」という、これ以上ないオマケまで付く。
成り下がった後でも、強いて言えば、公爵家は権威的には「王家の血が流れている家だ」と言える。
けれども、そうなった暁には、王家のみが鉄の生産を握る一強状態の体制へと移行し、公爵家三家を国内で特別扱いする必要性が薄れるだろう。
そして、長い目でみれば、ファーミルス王国は新たに輸出用の魔道具を生産するのが不可能となり、国の存在価値自体も下がる。
更に言えば、軍事に置ける主力兵器の機動騎士を、新たに製造することが不可能になる。
厳密に言えば、既存の機体から固定化された魔石を取り外しての流用で新造はできる。
しかしながら、それはどう言ってみても「代替機の製造」であり、対魔獣戦で固定化された魔石自体が損壊して失われるケースがある以上、維持できる機体数は減る一方でしかない。
そうした想定できる状況によって、軍事力の維持という面でも、じわじわとファーミルス王国の状態が崩壊へと向かって行くことになるはずなのである。
そこまでの事態に突入すると、一体何が起こるのか?
機動騎士を含む、稼働に高魔力を必要とする魔道具の数々。
それらの全てが、様々な事情で徐々になくなって行く社会へ。
ゆっくりと切り替わって行く時代が訪れる。
そうなれば、高魔力の人材の価値は薄れて行くのが必然だ。
現在の貴族の制度が尊重される時代は、いずれ終焉を迎えるだろう。
この大陸の人類は、災害級魔獣への有力な対抗手段を失い、魔獣の蹂躙によってあっさりと全ての国が崩壊する未来までもあり得るのである。
もしも、崩壊の未来を迎えたならば、大陸内の人類絶滅にまでは至らなくとも、人口は激減し、文明が後退するのは確定であろう。
人類の生活は現状の農耕ではなく、狩猟と採集のみでの食料調達にまで退化するのかもしれない。
そうした想像力が欠如している愚かなミゲラの夫は、自らの企てが成功した場合に引き寄せる未来を全くイメージすることができなかった。
そして、妻であるミゲラは、新たな弟の誕生によって、自身が約束されていたはずの未来の公爵夫人ではなくなる事態を迎える可能性に恐怖していた。
しかし、彼女は公爵家の存在理由と存在価値を忘れてはいなかったため、「積極的に夫へ加担する」ということもなかったのである。
ミゲラの選んだ道は、諦めからくる傍観。
夫の暴挙を止めることが不可能である以上、「全ての企ての内容を、知ること自体拒否したい」と言うのが、彼女の本音であった。
要は、元々公爵家で育ったか否か。
実母にしろ入り婿にしろ、「それが、暗殺を首謀する判断に傾くかどうか?」の境界であったのだろう。
そんなこんなのなんやかんやで、ミシュラの実母は手詰まりでの傍観をし、ミゲラは「もう出た目を受け入れよう」と傍観。
ミゲラの夫のみが、実家の伝手を使っての暗躍続行となる。
もっとも、彼がトランザ村へ送り出した暗殺者集団は、ミシュラの実母の手の者と同様に匙を投げた。
但し、こちらは「ラックに接触テレパスを使用される」という過ちは犯さない。
故に、彼らは南部辺境伯の手の者とは、全く違う結末を引き寄せた。
運命の明暗が分かれたのである。
尚、時系列的には過去の話になるが、元魔道大学校の最上級機動騎士を駆って、単機で王都を飛び出したカストル家の新妻は、この時、最短距離である北部辺境伯領を通過するルートを避ける選択をしている。
彼女は道中での襲撃の可能性を、「予定していない急遽の出発」と、「使用ルートの変更」に加えて、「単機の最上級機動騎士による超高速移動」の三つを以て排除したのである。
東部辺境伯領を闇に紛れて深夜に通過し、旧レクイエ領と旧フリーダ領を経由する形でゴーズ家の本拠地の東側の関所へと辿り着いた。
先触れなく関所へ機動騎士が到着し、詰めていた当番の家臣を驚かせる一幕はあったが、カストル家の新妻は無事トランザ村へ到着し、ラックを含む関係者全員を驚かせる結果となったのだった。
こうして、ラックはカストル家からカストル公の新妻である、ロディア・コウ・カストルをトランザ村の領主の館へ迎え入れ、その後の暗殺者への警戒と対応を熟した。
ロディアの到着後直ぐに、「彼女の移動に伴う護衛を行う気で居た北部辺境伯へ事情説明をしなければ」と、テレポートを敢行したゴーズ領の領主様。「護衛の謝礼をふんだくり損ねたから、手配する医者の分の代金を吹っかけてやる」と、息巻くシス家の当主を目にして驚く超能力者。「お義父さんって、こんな一面もあったのか?」と、思ってしまったことは、誰にも打ち明けられない秘密とするラックなのであった。




