61話
「『カストル公爵の新妻が暗殺未遂に遭った』だって?」
ラックは、シス家から届けられた書簡によって、知ることができた情報に驚いていた。
そこに書かれていた内容は、「殺害を企てた実行犯はことが発覚した時点で既に自決しており、それを命じた人間はその存在の有無も含めて現在調査中。第一容疑者はミゲラとその夫」であった。
最有力の容疑者へ容疑がかけられている理由は、「カストル公爵が次期当主を変更する可能性あり」と彼らに告げた直後の出来事であったからだ。
時系列的な面で言うと、ラックとカストル公爵がそれぞれに新たな妻を迎え入れてから、僅か六か月後の話だった。
カストル家当主の新妻が「懐妊した」という事実。
それが早々に判明し、上機嫌になり先走った公爵が「生まれて来る子供が男子であれば、次期当主はその子にする」と口走ってしまった。
カストル公爵の軽率な発言がきっかけで、事態が動いたのである。
「利害関係を考えれば、両人の共犯での教唆であってもおかしくはないですし、どちらか片方の独断での教唆の可能性もありますね。それと、わたくしの実母も『動機はある』と言えます」
「うん? ミシュラの母上? たしか、先代ヤルホス公爵の姪で南部辺境伯家の出だけど、魔力量が飛び抜けて多かった人だよね? 彼女に動機なんてあるの? まぁ、ミゲラたちの話は僕でもわかるけども」
ラックは理由が思い当たらず、率直にミシュラに尋ねる。
「あるでしょうね。母は三人の子を産みましたが、望まれていた後継ぎの男子を産めませんでした。それでも、第二夫人以下は結局子を授かりませんでしたので、これまでは正妻として立場は盤石でした。けれど、『男子を出産“した”妻が出現し、その妻に外戚として口出しする人間がいない』という条件が加味されればどうなるか。南部辺境伯の家の力を必要としていないカストル家としては、母を妻の中で最上位に扱う理由が乏しくなりますね」
理由を説明されてみると、ラックにも何となく納得はできた。
公爵家の三家は、ファーミルス王国では特別な存在なのだ。
どの家が欠けても国の基盤が揺らぐ。
そのような家に、外戚の影響力などない方が良いに決まっているのだった。
妻の序列が変更されかねない事態。
ミシュラの母が「これを防ごう」と考える可能性は十分にある。
つまりは「彼女は動機を持っている」と言えるのである。
届けられた情報は、ミシュラとの会話の話題にはなる。
しかしながら、興味本位で気になる話題ではあっても、ゴーズ家に直接の影響が及ぶ話でもない。
少なくともこの時点ではそうであったのだ。
ゴーズ家の面々が、予想することすらできなかった理由で、この問題にゴーズ家が巻き込まれるのは、少しばかり未来のお話となるのであるが。
カストル家はミシュラとアスラの実家ではある。
だが、魔道具の生産面での役割さえ、きちんとやってくれていれば。
ゴーズ家の子供たちへ、干渉しようとさえしなければ。
ラックにとってはどうでも良い家であるのだ。
強いて言えば、アスラが嫁いで来た時のゴーズ家側の事情に、勝手に巻き込んでしまったが故に、「カストル家に嫁ぐことになった女性が命を落とすような事態」になればラックの心は痛む。
しかしながら、それすらもゴーズ家としては提案しただけであって、強制したわけでもなんでもない。
そうである以上、超能力者は「最終結果に責任を負う」までは考えなくても良いのだった。
カストル公爵家は、ファーミルス王国にとっては必要不可欠な家だ。
国を保つのに必要な輸出品の魔道具作り。
それに欠かせない魔石の固定化技術の問題がある限り、その地位は不動。
そして、「この国の安定が、ゴーズ領の幸せに関係ない」とは言えない。
故に、ラックはどうしても譲れない事態に追い込まれでもしない限り、公爵家の行いは見逃して耐える。
それはカストル家だけに限った話ではなく、残りの二つの公爵家や王家に対しても同じスタンスだ。
しかし、逆に言えば、「『どうしても譲れない』となれば、『排除することも検討する』」のが超能力者の考えだ。
ラックは、それを実行可能な超能力を持っている。
もし、ゴーズ家の嫡男や可愛い娘たちを奪われるのが確定となれば。
親として、また、当主として、それを「どうしても譲れない事態」だと判断することはあり得る。
ラックの堪忍袋の限界はどこにあるのか?
それはその時その時で流動的なモノであり、明確な基準が不変のモノとして存在するわけではない。
つまりは結局気分次第。
ゴーズ家の初代当主様の忍耐の限界は、本人も含めて誰にもわかりはしないのだった。
半年前より以前に行われたカストル公爵のゴーズ家に対するアレコレは、実は彼自身の命と王国の未来が懸かっている盤面の上で、危険で非常識な要求をラックに突き付けていたことになる。
言わば、「カストル公は、火薬庫の上で知らずに火遊びをしていたも同然」だったのである。
まぁこの世界には火薬は一応存在するけれど、火薬庫なんて存在しない。
よって、あくまで日本人なら理解できるというだけの比喩的表現の話になるのだけれど。
そして、「それを正確に理解していたのは、ミシュラ一人だけしかいなかった」というのがなんとも言い難い状況なのであり、「国としては危機管理がなっていない」とも言える。
もっとも、そうなってしまっていたのはラックが一部の例外を除き、対外的に彼自身の持つ超能力を秘匿しているのにも原因がある。
ラックが暗殺能力に優れているのは、超能力の使用が前提だ。
他者がそれを知り得ない以上、やむを得ない部分もあるにはあるのだが。
まぁ、それは別で置いておくにしても、更に指摘するのであれば、そもそも、建国からここまでの長い年月を、ファーミルス王国が倒れることなく存続してきたこと自体が、奇跡的だったりする。
だが、その時代を生きる当事者たちは、それを実感することはないのも仕方のないことなのであろうか。
「服毒して自殺した今回の実行犯は古参のメイドです。毒自体はありふれた植物毒で入手経路の特定はできていません。彼女を出した家には、特に不審な点はありませんでした。連座として一族を全て処分することも可能ですが、本人がカストル家のどなたかへ忖度して独断で凶行に及んだ可能性もあります」
カストル家の家宰は、調べてわかった事実を当主へ淡々と報告した。
彼は暗に、「連座は避けたい」との意思も当主へ示した。
これは、犯罪行為に係わっていない家族や、血縁者を連座で巻き込む前例が頻発すれば、この家に仕えてくれる人材の確保が難しくなるからだ。
勿論、実行犯の出身の家が明確に犯行に関与しているのであれば話は別だ。
その場合であれば「連座は適用範囲が大げさになるくらいがちょうど良い」とも考えている。
しかしながら、家宰の判断基準によれば、「今回の場合はそうではない」というだけなのだった。
「犯人の血縁者が犯行に関与した可能性はないのだな? そうであれば連座までは求めぬ。だが、実行犯の背後に教唆した人物がいる可能性は、排除できておらんのだな? 殺されかけた妻をこのまま当家に置けば、再度狙われることも考えねばならんようだ」
カストル公爵の考えでは、「次に生まれて来る子供は確率的にほぼ男子」となっている。
願望も多分に含まれてのことではあるが、ほぼ半々の男女比で生まれて来るはずの子供で、女子を四回連続で引く可能性は六分二毛五厘であるのだ。
つまり彼の中では、次回の子供の性別は九割を超える確率で男子なのである。
確率的に毎回五割であるのは不変ではあるけれど、四回の結果が全て片方に偏る可能性はそう高くはないであろう。
少なくとも、確率計算上はそうなるはずであった。
ちなみに、まだ見ぬ未来の結果は、カストル家の当主のその願望に沿っているのだが、現時点ではそれを確信できる者はいないのが当然なのだった。
「『安全な場所に妊婦である奥様を隔離して、護衛を厳重にするのが対処としては正しい』と考えます。ですが、現時点でこの家に仕えている者は、『全員が利害関係者』と判断できなくもないのが実情です。そして、『では、新たに雇う人間ならば安心か?』という話になれば、それもそうは言い切れないでしょう」
家宰の言い分は、現当主の権力は永続性がないのが理由で、次代に権力を得る“ハズ”の人間へ便宜を図る可能性を示唆している。
それは、現当主のカストル公にも理解しやすい話であった。
何故なら、彼自身が兄である長子の病死により、この家の当主となった経緯があるからだ。
スペア時代にあからさまに自身を冷遇した使用人には、現カストル公が当主となった後に相応の対応をしている。
逆に言えば、「そうではなかった人間は、厚遇した」のが現実だ。
特に、むしろスペアの彼が当主になる目に賭けた少数派へは、「待遇を格上げしている」のが実情である。
現時点では、「妊婦が無事に出産できるのか?」から始まって、「子供の性別、魔力量、男子だったとして、その子供は無事に当主となるまで健康を損なうことなく生きられるのか?」等々、「誰に便宜を図るのが、使用人たち各々にとって最も利益が大きいのか?」を判断するには「不確定要素が多い」と言える。
それ故に全方位へフラットな対応をする者もいれば、特定の出目に賭ける者もいる。
家宰の口から出た「この家に仕えている者は、『全員が利害関係者』である」との発言は、“言い得て妙”なのだった。
カストル公爵は、「何か考えがあるのならば、さっさと言え!」とばかりに、家宰に対して視線で次の言葉を促した。
それを受けて彼は、自身の考えを述べる発言を続ける。
「前提として、カストル家に子が無事に生まれて来ることが己の利益に繋がって信用できる。これが重要です。そして尚且つ、この家の利害関係者の手が届く可能性を排除できる場所。私が考えつくのは、『ゴーズ領トランザ村の領主の館』です。条件を満たすのは、この場所を置いて他にはありません」
家宰の考えには驚いた公爵ではあったが、彼はその言の中身を精査して考える知性は持ち合わせている。
そして彼は、即座に“その案を検討する”という行為に没入したのであった。
妊婦の安全性の面を考えた場合どうであるのか?
まず、辺境の地でありながら、彼の地は強固な防壁に領地自体が囲まれている。
アスラからの報告の中には、通過したサエバ領、ガンダ領も同様の整備がなされている旨があった。
そして、彼女のトランザ村での情報収集の結果から、「ゴーズ家の本拠地となっている旧トランザ領は同様の防壁を持つ騎士爵領相当の土地に囲まれている」となっていた。
これは、徴税の調査官にも確認を取っていて、間違いのない情報である。
トランザ村がある騎士爵領相当の地を取り囲む八つの領地。
それらは全てゴーズ家の手によって整備されている。
南側から時計回りに、ガンダ領、旧レクイエ領、旧フリーダ領、ティアン領、ゴーズ領エルガイ村、旧ビグザ領、旧デンドロビウ領、サエバ領と三百六十度隙間なく周囲に騎士爵領相当の地があることが、トランザ村の安全性をより一層確かなものとしている。
その上、機動騎士やスーツという保有戦力も「万全」と言って良い。
更に都合が良いのは、そもそも住人の数が異常に少なく、出入りする人間の数自体も限られていること。
余所者は目立ちまくる故に、おかしな行動は不可能だ。
騎士爵領相当の地一つ一つが完全に防壁で区切られている上に、本拠地のある旧トランザ領は領内へ入るための四つのルート全てに関所が置かれている。
つまり、不審な者は入り込む余地がないのだ。
村自体も“砦”と表現するのが相応しい威容を誇っている。
防備は「万全」と言え、領主の館も直属の家臣が複数人常時詰めている。
直属の少数の家臣で家内の全てが回されており、「ロクに使用人がいない」とも報告は受けているが、「元公爵家の人間であるゴーズ夫妻が生活できているのだから、身の回りのことではそう困ることはない」と予想できる。
不安要素を挙げるとすれば何か?
カストル家当主を恨んでいる可能性のある人物が、ゴーズ家にいること。
具体的には、アスラとニコラだ。
強いて言えばミシュラもそこに含まれる。
あとは、出産や育児面での医療関連である。
アスラとニコラは、旧ビグザ領に押し込められている状況であるのが情報として入って来ている。
この点は公爵の目論見を外されているので、実は彼的には不満に思っていた点であった。
だが、今の事態となればこれはむしろ好都合となる。
彼女たちがトランザ村で生活していない以上、「妊婦をトランザ村へ預けたとしても手を出すことは不可能」だろう。
では、ミシュラはどうか?
これは「ゴーズ家の利害を考えて動く人物の一角であるから、仮に昔の恨みがあったとしてもそれを理由に行動に出る可能性はない」と判断して良いであろう。
医療や育児の面は、ゴーズ家の実績を以て信用するしかない。
そこまで言い出せば切りがないのだ。
公爵はここまでのことをつらつらと頭の中で検討した結果、脳内で行われたアリやナシや会議の結論は「アリ」と決議された。
既に妊婦である以上、通常なら配慮が必要な新妻の貞操の問題は危惧する必要もない。
結論が出たのならば、あとは迅速に行動へ移すのみである。
こうして、ラックのあずかり知らぬところで、カストル家の重大な決断がなされた。
これはこの件の対象となっている女性の生命に関係する話となる。
彼女の命が失われれば、ゴーズ家の当主の考えは前述で少し触れている通りであり、彼に責任はないが心を痛めることにはなる。
もしも、ゴーズ家が受け入れ要請をお断りして彼女が殺害される事態へと発展すれば、彼的には「寝覚めが悪い」などというものではないのだ。
つまりは、カストル家から要請されれば、受け入れざるを得ない。
上手いこと目論見通りに、カストル公爵に新たな実子をもたらしそうにことを導いたゴーズ領の領主様。「『もうあとは自由にやってくれ!』と思っていたら、ガッツリ巻き込まれる結末が待っていたでござる」としか言いようがない未来が待っている超能力者。そうとは知らない、全知ならぬ身のラックなのであった。




