6話
「『領内に勝手に住み着いている人間がいる』だって?」
ラックは、ミシュラとフランを送り出してから、“さて、カストル家へどう話を持って行こうか?”と考えていた時に一人の村民が領主の館へ報告事項を携えて訪ねて来た。
村民が言うには、「見かけない子供、複数人が畑に姿を現し、逃亡した」ということだった。
少量ではあるものの作物が盗まれているので、立派な犯罪ではある。
だがしかし。
現在のゴーズ村に居を構える村民からすれば、村は豊かになり、今は食うや食わずとは全く縁がなくなった。
現状を踏まえるとそうなることは今後もなさそうだから、希望に溢れる未来が信じられる。
勿論、窃盗自体は悪いことだ。が、自分たちも食うや食わずだった頃は、大きな声では言えないちょっとした悪さを色々やらかしている。
故に、“売るために大量に盗んで行く”というなら話は別だが、食うに困って“食べる分だけを子供がこっそりと”となると“厳しく対処するのもどうか?”と思ってしまうのだ。
「わかった。僕の方で対処しておく。君たちが彼らを捕えた場合はここへ連れて来てくれ」
村が豊かになったことで農耕面積は広がり続けている。
ラックが村を守る目的で作り出した防壁は、当時の村の規模からすれば新たな農地を開墾する余地がある範囲を十分に含んでいた。だが、今は防壁内の開墾が終了しており、防壁外にも農地を広げている段階に差し掛かっている。
防壁外に住んでいる村民はいないため、農地だけの部分の防備は特に重要視されてはいなかった。
超能力者が領内の害獣を赴任初期に狩りつくす勢いで減らしたせいもあるのだけれど。
「盗賊だけじゃなく、難民っぽいのも流れ込んできてるわけか」
村民を帰した後、考えを纏める思考へと入るラックは、つい独り言をこぼしてしまう。
短い時間で「早急に街道を封鎖して、無断で領内へ入る人間をなくすべきだろう」という結論には至ったものの、そこに配置できる人員のあてがない。
行商人や租税の徴収での人の通行が必要だから“無条件で完全封鎖して、後は知らん!”とはできないのが辛いところだ。
集落単位で人の出入りをきっちり管理しているのはよくある話だが、領全体でそれを行っているところはない。
所によっては、「主要街道に簡易の関所を置いて通行税を取るような場所もある」とは聞くが、そういった場所でも街道以外を通って領境を抜けて行く人がいる世界なのである。
人が生きて行くには水が必須だ。
もし、件の子供たちが井戸やため池の水を利用していたのであれば、直ぐに彼らの居場所が発覚するはずである。
もっとも、両方とも防壁内にあるため、仮にそれらが利用できていたら、見かけない子供たちが村内に入りこめていることになるので、それはそれで別の大問題になるわけだが。
普通に考えれば、防壁外の水路の水を利用していることになる。
ラックは目撃情報のあった畑の場所と、水路の経路から人がいそうな場所を選んで千里眼で探して行く。
「見つけた」
“ギリギリ子供か?”と思えるくらいの年恰好。
十四か十五あたりの年齢の女の子がリーダーをしている集団のようだ。
今、確認できる人数は全部で十五人。
“意外と多いな”と、ラックは思いながらも、しばしの観察タイムに入る。
千里眼の行使者は、離れた所にまだ人がいる可能性も考えていたのだが、どうやらそれはなさそうであり、全員で食事を始めていた。
“食事中に訪問するのは気の毒だろう”と、食べ終わって後片付けに入る所までをぼんやりと眺めていたラックは、“今後は衛士の仕事に水路の巡回も加えよう”と考えていた。
そしてテレポート。
超能力者は遠くから声を掛ける。
「逃げたり抵抗したりすると、攻撃しなくてはならない。話をしに来ただけだから、とりあえず話を聞かせてくれ。話の内容によっては、領主としての援助も考える」
リーダーと思しき女の子が、全員に集まって固まって動かないように指示を出した。
逃げ出すかと思っていたラックは意外であったが、現状は困ることでもないのでゆっくりと近づく。
手には見掛け倒しのライフルを持っている。
勿論、魔道具を持って撃つことは彼にはできないので、最初からレプリカの偽物だ。だが、そんな偽物の武器でも子供相手になら十分脅しにはなるだろう。
リーダーの娘の話は長く、色々と情報をしゃべってくれた。が、ラックにとって“重要な情報”というのはそう多くはない。
全員親に売られた子供であること。
カツーレツ王国から彼女たちを買った行商人に連れられてここへ来たこと。
ここでの待機を命じられており、昨日の夜、迎えが来るはずであったがそれがなかったこと。
手持ちの食料が尽きたため、周辺を探し回って食材を得たこと。
特に気になる点は、行商人が子供を全て買い入れたわけではなく、厳選して、娘たちを選別していた点ぐらいであった。
勿論、年齢、性別、容姿で篩いにかけたのであれば普通のことであったのだが、彼女の話からでは「基準がよくわからない」ということで引っ掛かったのである。
そして、ラックには思い当たることがある。
彼女の言う行商人とは、おそらく昨夜始末したあの行商隊であろう。
だとすれば。
もう迎えが来ることは金輪際あり得ないわけだ。
態々選別して、買い取って連れて来られた子供たち。行商人がやることから考えれば酷い考え方ではあるが、商品価値が高い子供ということになる。
女の子ばかりだからその手のお店に売り払う可能性もある。が、それならば容姿が選別項目に引っ掛かるはず。
カツーレツ王国では大した価値がなく、この国に持ち込めば価値が上がるモノ。
魔力量か?
ラックが“その可能性がある”という結論にたどり着くまでには、そう多くの時間は必要とされなかった。
そして、ラックは提案する。
大嘘を混ぜながら。
「この国では、手を握って話をして、相手が本当のことを言っているのか確かめる習慣があるんだ。カツーレツ王国から来たのならその習慣は知らなくても仕方がない。だが、全員にそれをして確認をさせてくれるなら、後で野営用のテントを貸し出す。それと、食料を日に三回で三日間提供する。当然だけれど、君らが食べるのに十分な質と量をだ。だから村での盗みはやめてくれ」
勿論、そんな習慣などあろうはずがない。
ラックは単に接触テレパスで確認作業を行いたいだけであった。
本音を言えば「直ぐにでも彼女たちを村に連れ帰りたい」のだが、彼女たちがここでの待機を命じられていることは事実である。
連れ帰るにはそれを放棄するに足る理由、すなわち、“もう迎えが来ることはなく捨てられた”と彼女たちが認識することが必要だろう。
それには相応の時間が必要とされるのであり、超能力者の思惑の中では“三日ほどでそう考えてくれるだろう”という読みだ。
食料を纏めて渡さず小分けで渡すのは、村のおばちゃんに頼んで渡させることで村人との接触回数を増やして慣れさせるのが目的であり、その場で食べる分しかなければ“逃亡する可能性が低くなる”という副次効果も生み出すからである。
決して“動物の餌付けと同じだ!”とラックが考えたわけではない。
多分、きっと、おそらく。
ラックの提案は了承され、大嘘から始まった接触テレパスでの確認作業が行われた。
そうして、特に嘘や害意がないことも確認できたため、ゴーズ家の当主は提案内容の履行をするために村へと戻る。
村のおばちゃん数名に事情を説明し、準備ができ次第の同行をお願いする。
領主なので命令するのが本来の姿ではあるのだろう。
けれども、そこらへんはゴーズ村では割となぁなぁな感じで緩い。
勿論、全ての問題を次々に解決している領主ラックへの、絶大な尊敬と信頼はちゃんとあるのだけれど。
千里眼を発動。
ラックはミシュラの様子も気になるので覗き見、元い、状況を視認して確認する。
彼女の行程は順調の様子であった。
このままいけば、遅くとも日が落ちて暗くなる前にはゴーズ村に戻れるであろう。
結果的に、超能力者のそうした予想は裏切られてしまうのだが。
そんなこんなのなんやかんやで、四日の時間が過ぎた後。新たな住人たちの歓迎会が村では盛大に開催されていた。
メイン食材はこの日を見越して、彼女たちと出会ったその日の午後、ラックが魔獣の領域に赴いて大量に狩ってきたお肉である。
参加者はラックと村民以外では、元々内々に村では予定されていた元カツーレツ王国の子供たち15人。
今日の午後になって戻って来たミシュラ。
そして、フランが加わっていた。
ミシュラはフランをシス家に送り届けた際、“礼儀として挨拶だけは”とシス北部辺境伯当主と会うことになってしまった。
礼装で来たわけでもないし、正式に訪問する目的で来たわけでもないミシュラ。
彼女は最初、それを固辞しようとした。だが、「フランを送り届けてくれた礼に乗って来た下級機動騎士の整備も無料でさせてくれ」とまで言われては断れなかった。
ここまでボロボロの機動騎士だと、整備費はかなり高いのである。
それが“時間稼ぎの目的から出された提案だった”と、気づかなかった彼女は、まだ人生経験が足らない、お人好しなのかもしれないが。
フランはシス家に戻ると、直ぐに当主への報告を行った。
報告内容のメインは寄親寄子関係の不成立や縁談の不成立、道中でのトラブルの話や行商人の回状の話ではない。
勿論、それらも報告はされた。だが、重要事項として報告されたのはそれらではなかったのであった。
フランがゴーズ領に入る時に見た、領の境界に連なる圧倒的な存在感を誇る防壁。
そして、“開拓村? これは砦ではないのか?”という堅固な防壁を持つ村。
村内部に広がる農耕地。
それだけではなく防壁の外にも農耕地が作られ出している。
収穫量も期待できそうな育成状況。
近隣に川などないはずの地であるのに、村内を流れる水路には十分な水量がある。
行商人からの情報収集はされていて、“ゴーズ村が発展している”と知ってはいた。だが、そういった話は概ね過大評価で大げさに語られるものであり、聞こえて来た話を鵜呑みにはできない。
しかし、「国へと納められる税を、多く誤魔化す馬鹿はいない」と考えれば、税収から見てゴーズ領の発展は間違いないのである。
故に、シス家の懐刀でもあるフランが送り出され、視察も兼ねていたのであり、報告で重要視されるのはその部分の関係情報になるのが至極当たり前の話なのであった。
「ゴーズ領。何をどうやってあそこまでにしたのかは謎です。が、縁を結ぶ価値はあると思いました。将来的にあの位置まで当家の影響力が広がった暁には、あの領は理想的な前線基地として機能すると考えます。しかし、当家からの縁談で現在のゴーズ家は得るものがなく、逆にお家騒動の火種を抱え込むことになるのが現実です。ゴーズ夫人を留め置いて、なにがしかの縁を結ぶ方法を模索するべきかと。彼女を帰してしまった後では、今なら打てる手も打てなくなる気が致します」
「報告内容とフランの提案は理解した。其方が戻って来た時点で、領境からの先触れ情報からの考えでゴーズ夫人を留め置くための指示は既に出してある。寄親寄子関係は棚上げで婚姻関係のみを結ぶ。但し、第二夫人か妾で構わぬ。もし、お家騒動を発生させるような子が産まれたならば、ゴーズ家が希望した場合に限り、無条件で当家の養子として受け入れる。この条件で夫人の了承を取り付けろ。当主はラック卿であろうと実質の決定権は彼女にあるはずだ。なに、カストル家と当家は元々仲が悪いわけではない。おそらく元公爵令嬢のゴーズ夫人は受け入れてくれるだろうよ」
歴代の北部辺境伯家当主は、多くの騎士爵、準男爵を取り込んでシス家を大きくして来た。
そのノウハウから来る政治感覚は、厳しい教育によりしっかりと受け継がれている。
制度上、騎士爵、準男爵の立場からは恨みを買うことが避けられないはず。
そうであるにも拘らず、北部辺境伯は代々、彼らを力で押さえつけるだけではなく、婚姻や軍のポスト、勲章や金銭で篭絡して長く領地を治めてきているのである。
彼が無能であるはずはなかった。
ミシュラは何時視られているかを知ることはできないが、ラックに視られている前提で情報を夫に伝えることが可能だ。
彼女は連絡事項の覚書のメモを作成し、あてがわれた部屋の机の上にでも置けばそれで良いのだから楽なものである。
但し、万一他人に見られた場合に問題になることはさすがに書けない。
けれども、“今視ているよ”という合図がラックからあれば、やりようはいくらでもあるのだった。
具体的には、“一滴の水をミシュラの頭上にテレポートで送る”という合図だったりするのだけれど。
フランとミシュラの話し合いが持たれ、ミシュラはラックに状況を伝え了承を得る。
完全に全てをお断りして、シス家と潜在的な敵対関係になる必要もないのだから、譲歩できるところは譲歩してしまって良い。
細かな条件の付け加えはあったものの、話は概ねシス家当主の出した案で纏まったのだった。
斯くして、フランはゴーズ家の第二夫人になることが決定したのである。
そんな事情からミシュラの帰還は遅れ、歓迎会はフランの歓迎も含めて行われることになったのであった。
歓迎会の翌日。
ラックは自分の予想が正しかったことを知る。
受け入れた新たな住人である子供たちは全員二百~四百の魔力量の保有者であった。
年齢が少しばかり問題ではあるけれど、魔道具の武器が扱え、バイクや車で伝令も熟せる貴重な人材である。
“あれ? これ陞爵のお願いとか、人材確保の協力目的で公爵家に頭下げる必要なくなったよね?”と、ラックはそう思い至り、己の幸運に感謝する。
しかも、“フラン”という彼女たちの訓練に打って付けの教師役まで揃ってしまったのだから、もう武器を用意するお金の算段だけすれば良い。
こうして、ラックは予想もしなかった形で人材の確保に成功した。
新たに得た人材の性別が”女性率十割”で、しかも対象者の年齢を鑑みると“ロリ疑惑付きハーレム野郎化”したゴーズ領の領主様。「少々前にわりかし真剣で深刻に思い悩んだ末に覚悟を決めたのは一体何だったのか?」と、ぼやきたくなる超能力者。「未来が予想通りにならないのはよくある話。だから仕方ないね!」と、そんな感じで悟りの境地に入り込みそうな気分のラックなのであった。