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57話

「『王家の炉を再稼働させる目処が立った』だと?」


 国王は宰相の第一報となる報告に驚いていた。

 炉の再稼働に必要なのは、固定化されていない災害級魔獣の魔石が二つ。

 それはそう簡単に用意できるものではないことを、知っていたからである。


 ちなみに、宰相が陛下へ第一報を報告したのは、三公爵全員の意見の一致で話し合いの場から送り出されてのことであった。

 要は「先に陛下の許可を貰ってこい」という話の結果なのだった。


「陛下。ですがそれには前提となる条件が」


「そんなものは良い。『条件が何であれ呑むしかない』のは宰相も承知で、その許可を取りに来たのであろう?」


 言いかけた宰相に国王は言葉を被せた。


「その通りです。陛下」


「その条件とやらを聞いてしまえば、絶対に『それを却下する』か或いは、『修正を加えたくなる』という自信がある。故に宰相と三公爵で『この国にとっての最良と考えられる案』を纏めよ。前の王命は無効とし、それを王命として改めて出す。それで良いであろう?」


 国王は自身の能力が平凡かそれ以下だと知っていた。

 加えて、権力を笠に着て横暴な意見を出すことが、今回の案件では「不味い結果しか生み出さないであろう」とだけは想像がついた。


 そこまでは自前の頭で考えた。

 だが、「それ以上は自身で考えても無駄だ」と、判断しての丸投げだ。

 それは、己の能力を理解しての逃避でもあるが、見方を変えればできる者を上手く使っているだけでもある。

 

 国王は、王家の炉の再稼働案件について出された最終案を、事前に「無条件に決済する」と明言し、「最終的な責任を果たすことだけは、放棄しない」という姿勢を見せたのであった。


 そうして、「全権委任を受けた」と言って良い状態となった宰相は、面倒な手間を省く決断をした。

 彼は三公爵の話し合いの場に、北部辺境伯を“有識助言者”として連れ込んだのである。




「ふむ。前提となる条件は陛下が丸呑みを許可したということだね? となれば、後は我々で、災害級魔獣の魔石二つに対しての価値を評価し、それに見合う報酬を考えれば済む。こういう話だな? 宰相」


 テニューズ公爵は現状を再確認する発言をした。

 宰相は何も間違っていないそれを、肯定するのみだ。


「ふん。『そこへ連れて来たシス家の当主が納得する案を出せ』という話に尽きるのだろう? 面倒だな。我々を試してもいるわけだ。答えを持っている者がわかっておるのだ。『先に落としどころの話をしろ』と言うのは乱暴か?」


 ヤルホス公爵は、北部辺境伯をジロリと見ながら、強気の発言をする。


「まぁまぁ。彼の立場は、得られる最上のものを得るための交渉をする代理人ですからな。まずは我々で妥当と考える案を話し合いましょう。そう長く時間を掛ける話でもないと思いますよ」


 カストル公爵は、「国の根幹を揺るがす事態は、避けられる目処が立ったのだ」という視点で、精神的には余裕が出てきていた。

 どちらにせよ、報酬を出すのは国であってカストル家が負担するわけではないのだから、気楽なものである。

 もっとも、「何らかの形で、報酬の一部負担をするのは避けられないだろう」とも、彼は考えてはいるのだけれど。


「公爵の爵位。これは問題がある。公爵家は、その成り立ちが基本的に王家の分家だ。ゴーズ家は、公爵家の子が興した家であるから『血縁がない』とは言わぬ。だが、『王家の分家か?』と言えばそれは違う。それに加えて魔力量の問題もある。当主が平民以下、魔力を全く持っていない以上、『二十五万の魔力量、公爵家基準のそれをどう確保するのか?』だ」


 テニューズ公爵が問題提起の発言をする。

 それをヤルホス公爵が積極的に肯定し、カストル公爵は消極的に認めた。


 そこへ宰相が口をはさむ。


「その点については。前にあった特別措置を適用すれば良い。幽閉された愚か者たちの事後処理で、先例がある三十年間の猶予。あれと同等に扱えば良い。次代も含めて基準に達すれば問題なかろうて」


「ほう。その物言いですと、『ゴーズ家の次期当主の代になれば、解消される問題だ』とでも言いたげですな? 宰相は当家の孫のクーガ、彼の魔力量の情報をお持ちなので?」


 カストル公爵は宰相の発言に、間髪入れずに疑問を投げ掛けた。

 彼は問題がないわけではないが、出戻った次女をゴーズ家に押し込んでの特例制度適用を考慮に入れていた。


 それ故に。

 別の道がありそうな話が、いきなり飛び出たことが意外であったからである。


 更に、今までは名を知っているだけで、実は「カストル家の孫だ」という認識すら持っていなかったクーガが、自身の家の後継ぎ問題を解決しかねない可能性に考えが及ぶと、心が喜びに震えた。


 そんな流れで話し合いは進んでも、時が過ぎれば最後には結論が出される。


 ラックへの爵位面での報酬は、最終的に公爵の直ぐ下に爵位が新設されることとなった。

 但し、爵位の名称は準公爵ではなく、上級侯爵とされた。

 これは、やはり公爵の爵位は王家の分家のみという部分が重視され、その部分を譲ることは三公爵家にはできなかったからだ。


 魔力量の基準は辺境伯家や侯爵家の十五万と公爵家の二十五万の間をとり、二十万と決定された。

 現在の時点ではその基準を満たしていない点に関しては、猶予期間が五十年設定されることで決着となった。


 金銭報酬は金貨一億枚。

 これにも但し書きが付き、百年の分割払いだ。


 軍の招集に応じる義務を五十年間免除。

 但し、対災害級魔獣戦で、初戦敗北による追加招集が必要な場合は例外とする。


 税に関するものも、軍への義務と同じ期間の五十年間免除。

 但し、これは上級侯爵の爵位に陞爵した時点の保有権利や領地のみを対象とする。

 免除期間中は上級侯爵へ支払われる年金を本来の七割とする。


 前述に加えて、ゴーズ家には一回の無罪放免の権利を与えることになった。

 こちらは、考え方として、「塔への幽閉者が災害級魔獣を倒した場合に得られる無罪放免と同等のものを、一度だけ行使できる」という権利だ。

 当然ながら、幽閉相当を超える罪状であった場合にはこの権利は使用不可となるのだけれど。


 尚、一回とされたのは前提条件となる二つや、爵位の件など、「通常ではあり得ないものをゴリ押しで得たことに対して罪は問わない」という形で、既に一回分が行使された扱いとされたからである。

 

 以上の決定事項は、宰相配下の文官たちが算出した金銭部分や義務、税に係わる部分と三公爵が詰めた爵位の話を、北部辺境伯が最後に妥協して譲った形で最終決定となった。

 彼は、予定通り相手に花を持たせて、恨みを買うことを低減させるのにも成功したのであった。


 裏事情を知らない貴族や一般の国民からは、「災害級魔獣の魔石二つの納入だけで、ゴーズ家がそれだけの対価を得る」と知れば、反発が出ることは必至である。

 何故なら、公示された買取金額との乖離が激し過ぎるからだ。


 この点にはこの件に関係した全ての人間が気づいていた。

 なので、報酬を適用するのに、法令で決められている手順には則っている方法が採られた。

 たとえそれが、「えっ? そんなのありか?」と多数の人間が考えるやり方だったとしても、手順はしっかりと一分(いちぶ)の隙もなく守られたのである。


 具体的に何が行なわれたのか?


 文官が行ったのは、公示されていた買取募集の対価の部分を丸っと全部変更して、再公示しただけである。

 再公示後、一時間で「王命により必要量が確保された」として、締め切られる予定の出来レースだったとしても、手順は守られており、法令上は全く問題ないのであった。

 事情を知っている担当者は、締め切られるまでの一時間を待つ間、「間違っても応募者なんぞ現れてくれるなよ!」と、気が気でない状態だったのは些細なことなのである。


 斯くして、ゴーズ上級侯爵は誕生した。

 諸々の手続きが、迅速に滞りなく処理されて行った結果の賜物である。




「お義父さん。いろいろと骨を折っていただき、ありがとうございました」


「いえいえ。私は成すべきことを成し遂げただけに過ぎません」


 陞爵したことで、ラックはシス家の当主の爵位を上回った。

 それを反映して、北部辺境伯は娘婿への言葉遣いや態度を上位者へ向けるそれへと変更している。


「あの、爵位が変わったために公の立場は私が上になってしまいました。ですが、いきなりそうされると慣れません。私的な場に限られますが、そうした場では従来の関係のままでやって行きたいです。お義父さん」


「ゴーズ上級侯爵がそうお望みでしたら。フランの養父、ルイザの祖父として、振舞うことにしよう。だが、公の場ではせんぞ? あくまで身内だけの場合のみだ」


 この会話が行なわれている場は、トランザ村のラックの執務室だ。

 時刻は夜の帳がおりてから、二時間ほどが経過している。

 全てを終わらせて王都を発った彼らは、ラックのテレポートでトランザ村へと飛んだのであった。




 時系列的には少しばかり前になるが、北部辺境伯は宰相を前にして、当時、ニヤリとしてこう言った。


「最短で七日以内の納入。だが、今日ではないとは言っていない」


 続いてラックは国王を前にして、公示が改められ、その後に王命が出されて受領した後、直ぐにこう言ったのだ。


「実は王都に来た時の下級機動騎士に、こんなこともあろうかと思って、魔石を積んできたのですよ」


 勿論、そんな事実はなく、その発言は大嘘だ。

 こっそりとテレポートで持ち込んだ魔石に、後付けでもっともらしい設定を加えただけの話である。


 宰相の自宅で魔石二つを抱えて待機しているミシュラの元へと、北部辺境伯が物々しい護衛を引き連れて向かう。

 そうして王家へ魔石が納入されたのは、時系列的には再公示が行なわれたちょうど一時間後の出来事である。


 元々、納入の事実の有無とは関係なく、一時間で公示は締め切られる予定であった。

 それが出来レースたる所以だ。

 だが、事実として現物が納入されてしまった。


 奇しくも時間だけを見れば、「納入と締め切りの時刻が一致する」という事態が発生してしまった。

 それ故に、見る者が見れば「情報伝達の時間が必要なのに、そんなのおかしいだろう?」と言い出すことが可能な程度の粗は存在した。

 もっとも、そんなことを探し出して突こうとする愚かな命知らずは存在しなかったが。


 そんな流れで一気にその場で陞爵の手続きが行われ、国王と上級貴族とが集う晩餐としては、簡素な食事会的なものも行われた。

 その後、北部辺境伯とラック、ミシュラの三人は王城を後にし、王都を出る。

 そうして、前述の会話へと繋がって行くのであった。




「秘密は厳守する。家臣は勿論、ルウィンらや妻たちにも絶対に漏らさぬ。そう誓ったからこそ明かしてくれた能力なのは理解している。だが、人のみではなく、機動騎士まで運べるとは驚くしかないな。よくもまぁ今まで何処にも悟られることなく隠しおおせたものだ」


「ははは。まぁいろいろと注意を払っていますからね。何時でもというわけには行きませんが、秘密を共有する仲間にお義父さんも加わったわけです。ルイザやフランにコッソリと会える機会を増やしますよ」


「それは嬉しいことだ。よろしくお願いするとしよう。なるほどな。あの時、塩を大量放出することが可能だったカラクリは、こういうことだったのだな。調達方法の詮索をしない条件を付けたのは、正解だったわけだ」


 シス家の当主は、塩の供給が激減して、恐慌状態に近かった昔の状況を懐かしく思い出す。

 当時、「詮索はしないから、塩の販売をお願いする」という形ではなく、「上位者としての権力に胡坐をかいてしまっていたら?」と考えると、ぞっとする。


 北部辺境伯があの時のゴーズ騎士爵に対し、「備蓄量や調達方法を明かせ!」と強引に迫る方法を選んでいれば、「武力衝突へ発展したとしても、ゴーズ家は一歩も引かなかっただろう」と、秘密を知った今なら断言できる。


 ゴーズ家の武力に関しては、シス家の当主に秘密が明かされてはいない。

 けれども、災害級魔獣を彼の家の抱える戦力のみで討伐可能なのは、推察される二度の実績で証明されている。

 その実績から類推すれば、本気での戦闘、即ち全面的な武力衝突に発展したとすれば、ゴーズ領はファーミルス王国の全戦力を叩きつけられても、勝利するかもしれないのだ。

 それほどの実力を持つ家と、一部とはいえ秘密を共有するほどの関係が構築できたのが喜ばしい。


 激動の状況が終了して、「北部地域や、シス家の今後は安泰だな」と考えると共に、「隠居した後は、『フランの世話になる』というこじ付けで、なんとかゴーズ領に居を構えることはできないだろうか?」などと考えだす初老の老人を、責めることができる者は存在しないであろう。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックは、北部辺境伯の乗った最上級機動騎士を、フランを領境近くへ送り届けるのと同じ感覚で、北部辺境伯領へとテレポートで送った。


 亀肉のギッシリ入った木箱を、最上級機動騎士の両手に抱えられるだけ抱えてのシス家当主様の帰還。

 それは、領境の関所を守る兵にシュールな印象しか与えることはなかった。


 だがしかし。

 そんなことは些細なことなのである。

 北部辺境伯の領地から見れば南方にある王都へ向かったハズの領主様が、何故か南ではなく北側から謎の荷物を抱えて帰還したとしても、その理由にツッコム勇気は彼らにはなかったのだった。


 こうして、ラックは売るに売れずに隠し持っていた災害級魔獣の魔石二つを失い、その引き換えに上級貴族の仲間入りを果たした。

 当人は未だ気づいていないが、上から数えて二番目の新設された爵位を得たのと引き換えに、「カストル公爵にガッツリと目を付けられた」というおまけも付いてしまったけれど。


 態度の悪い使者の苦情を入れに急いで王都を訪ねたら、子爵、伯爵、侯爵をすっ飛ばして上級侯爵なる立場に成り上がってしまったでござる。そんな上級貴族なゴーズ領の領主様。「今晩の当番の二人を今から連れて来て、アレコレ致すのはこんな時間じゃさすがに無理だな」と呟く超能力者。そんな夜の事情で、ガッカリモード突入のラックなのであった。

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[一言] おじいちゃんずっとこっちのために頑張ってくれてるからね
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