56話
「『災害級魔獣の魔石を、二つ調達した場合はどうなるのか?』だと?」
宰相は想定外の北部辺境伯の確認となる質問に驚いていた。
そんな見込みがあったのなら、ここまでの苦労をしていないからだ。
ついでに言えば、「そんな選択肢があったのであれば、もっと早く言って欲しかった!」と、恨めしく思う気持ちまであったのである。
北部辺境伯は、ラックと必要な密談を済ませた後に、再度城へと出向いた。
時間的に、彼が城へ到着したのは、公爵家当主三者の話し合いが未だ継続している最中だ。
その状況で、宰相が「トイレ休憩として一時中断」を提案して全員に受け入れられた。
そうして、彼が室外へ出てくるのを待ち構えていたシス家の当主が、宰相の身柄拉致を敢行した形だ。
まぁ実際には、辺境伯が彼を手招きしておびき寄せ、別室へと連れ込んだだけなのだけれど。
ここで、ラックが北部辺境伯を連れて、ゴーズ領へテレポートした時の話を先に述べておこう。
以下は、時系列的に冒頭部分よりも過去となる。
「ふむ。空気の匂いが変わったな。一体何をしたのだ?」
シス家の当主はラックたちに宛がわれた部屋、即ち宰相の自宅の部屋から、自覚することなくその居場所を移動した。
ラックは二人を連れて、トランザ村の領主の館の執務室へとテレポートした。
そうであるからには、北部辺境伯に場所の違いに気づかれる可能性はゼロではなかった。
だが、鋭敏な感覚の持ち主でなければ、気づくことは不可能であるレベルの環境の変化であることも事実だ。
そして、今回のケースでは、「辺境伯がそちら側の人間であった」というだけ話なのである。
「先に宣言した通りです。余人に絶対聞かれることのない細工を致しました。変化はその結果ですね」
ラックはお義父さんの言と鋭敏な感覚に驚きながらも、さらっと答えを返す。
「ほう。そういうものであったか。何はともあれ、今、この場では何を話しても、私たち三人以外に話が漏れることはないわけだな?」
ここへ至るまでのラックの行動。
超能力者は宰相宅の部屋が暗闇へと変化してから、まず一人でテレポートし、トランザ村の邸内にいる人員に執務室の照明を切らせた。
これは、“魔力を持たないラックには、魔道具のスイッチが意味を成さない”のだから当然の措置となる。
そんな流れで、テレポート先の暗闇は無事手に入れた。
続いて、ラックは「門と館の入り口となる扉の施錠と、許可を出すまで邸内の全員を食堂に集めての休息」を命じた。
その後、直ぐにテレポートで宰相の家に戻ると、千里眼を駆使して命じた内容が完了する確認を取る。
そこまでをサクサクと行っての、北部辺境伯を連れてのテレポートだ。
まさか、テレポート直後に、“空気の匂い”などというもので変化を悟られるとは、ゴーズ家の夫婦は考えもしなかったが。
「ええ。大丈夫です。ところで、なんかこう、見えない相手との直ぐ近くでの会話って表情や仕種の情報が遮断されるせいか、すごく変な感じがしますね。お義父さんさえよろしければなのですが、三人で輪になって座り、互いに手を取って相手の存在を感じながら会話するのはどうでしょうか?」
ラックが口にしたのは、ミシュラが自身の考えを接触テレパスで読まれることで伝えて来た内容だ。
少しばかり苦しい、こじ付けのような理屈。
彼女は夫が接触テレパスを行使できる環境を生み出す口実として、それを無理矢理捻り出したのであった。
北部辺境伯は、ラックからの提案を深く考えることなく受け入れてしまう。
テレポート後の環境の変化で、彼は困惑から抜け出せていないタイミングでの出来事だったからだ。
そんな流れもあって、超能力者は、シス家の当主の考えを直接知ることを可能とする環境を得たのであった。
「さて、此度の件だがな。私は結論から言うと、『王家の炉を再稼働させるのが最も望ましい結果になる』と思っておる。それでだ。それには、災害級魔獣の魔石で固定化されていないものが二つ必要となる。『ゴーズ卿が災害級魔獣の魔石を最低一つ。おそらくは二つ以上所持している』と、私は考えておるのだ」
「それはまたすごいお話ですね。確かに『余人には聞かせられない内容だ』と思います。ですが、仮に当家が魔石を持っていたとして、それを『持っている』と公表していない以上、そこには『そうしている相応の理由』というものが存在するはずです。その点をどうお考えですか?」
ラックは会話しながらも、接触テレパスで伝わって来る情報から、「そんなことからその推察へと至ったのか!」と感心していた。
北部辺境伯はラックたちが予想もしなかった偶然の重なりから、「ゴーズ家が何らかの手段を用いて、亀型災害級魔獣を二度共倒している」と推察していたのだ。
きっかけは亀肉の効果の差異。
北部辺境伯領は東西に長く、西端はスピッツア帝国に近い。
帝国に直接接しているのは西部辺境伯領ではあるのだが、商人による物資の流出入は北部辺境伯領にもその影響が及んでいる。
何の話かと言えば、「西端近くの代官を務める子爵が、亀肉の効果の噂を聞きつけ、手近で手に入る帝国産のそれを食べた」のだ。
その結果、「『騙された!』と怒っちゃった事件が発生した」という、笑い話のようなお話なのである。
北部辺境伯は、「嘘ではないぞ」と、遠路遥々帝国産の亀肉を手土産に領都へやって来た子爵と、ゴーズ家から自分用に提供されている亀肉の食べ比べを二夜にかけて行った。
そうして、効果の比較の実証実験を行ったのだ。
結果は言わずもがなであった。
子爵は辺境伯が自分用に確保している分から少量を分けて貰って、ほくほく顔で統治を任されている領地へと戻って行った。
そして、この件で、「ゴーズ家から提供される亀肉は、他のものとは違うこと」をシス家の当主は知った。
それを知った以上は、彼は知っただけでは終わらない。
何故差異が発生しているのか?
その単純な疑問に納得のゆく答えを求めて、辺境伯は考察を重ねた。
結果として、彼は「時期、事象、全てを勘案すると、ゴーズ家の亀肉の出所は災害級魔獣の死体である」という結論に至ったのであった。
「『ゴーズ卿が魔石を持っていることを公表しない理由』だと? そんなものはいくらでもあるだろう。所持自体を信用されないこと。要らぬ妬みや、恨みを買うこと。強奪される可能性があること。これには不当な買い叩きも含む。他にもまだまだあるだろうが、ちょっと考えただけでも幾つも理由が出てくるな」
辺境伯は、本命の理由は、「厄介事を自力で撥ね退けることができない内は、『災害級を倒せる武力の所持』を理由に目を付けられたくないことであろう?」と内心で考え、「それをズバリと指摘するのが良いことではない」と思っていた。
それが正解であったり、真実であったりしたとしても、世の中には直接言葉に出さない方が穏便に物事が進むことは、間々あるのだ。
もっとも、現状のラックは、接触テレパスという、超が付く反則技を使用している真っ最中。
よって、それ自体が筒抜けであるわけだが。
「現在、災害級魔獣の魔石は二つを上限に高額買取の募集が出ておる。だが、魔石に対しての値段は『最上級機動騎士の価格を参考にしての高額』であって、『現状それが必要な理由と、そう簡単に手に入るはずのものではない』という点を考慮に入れれば、あの提示価格は安過ぎるな」
ものの相場というものは変動する。
需要と供給で価格が決まる変動相場では、至極当たり前の話だ。
そして、今の状況ならば、固定化前の災害級魔獣の魔石の価値は、うなぎのぼりである。
「私は、『王家の炉を再稼働させる魔石の供出は、それだけで公爵の爵位を賜るに相応しい功績だ』と考えている。寧ろ『それでは足らん』まであるやも知れぬ。そして、魔石の入手方法がゴーズ家単独での討伐であるならば、それは『どんな重罪で幽閉されていようとも、無罪放免を勝ち取れるだけの功績と同等のもの』を二回得たと考えるべきだ」
触れている辺境伯の手に、力が入った。
接触テレパスで読み取れる感情は、僅かな哀れみと大きな怒り。
不遇で不当に扱われてきたゴーズ家へのそれだ。
シス家は辺境の要を任される以上、実力主義や成果主義の考えが上位に来るのは当然だった。
下級貴族に対して自己責任の比重を大きく取っている以上、功績を上げた場合にはしっかりと報いることが辺境の地では「絶対条件」と言える。
そうした観点から見れば、ゴーズ家は冷遇されているのだ。
それが今回も続こうとしている。
過去の清算を含めて、国の足元を見て通せるだけの最大限の要求を突きつけ、一歩引いて相手にも少しばかり花を持たせる。
シス家の当主は、「それが最上の結果である」と、考えていた。
「仰ることと、仰りたいこと。何となくですが理解できたと思っています。国へは魔石二つを提供。勝ち取るのは“準”公爵の爵位。そして、『魔石の入手方法の詮索は禁止』とする。太陽炉の技術流出を防ぐための管理。それを徹底するのを伴った上での、今後も継続使用する許可を得る。これらを絶対条件のラインとします。そこに追加して金銭と、各種義務の免除とその期間、税についても義務と同様で貰えるだけ貰うとしましょう。一方的に完全勝利すると恨まれます。ですから、公爵位を要求しての準公爵位。追加部分で少し妥協。その辺りで、『陛下、宰相様、配下の文官たち、三つの公爵家当主様のそれぞれに花を持たせる』という理解で、よろしいですか?」
北部辺境伯は、自身の考えを完璧に読まれたような回答をラックが提示したことに驚いた。
だが、それも一瞬のこと。
共にあって強固な利害関係も加わった、縁を繋ぐ家の当主が優秀であって困ることなど何もない。
シス家の当主はラックの言に満足していた。
後は事前交渉で、王命の内容を変更させるだけ。
それは、己の仕事である。
そんなこんなのなんやかんやで、北部辺境伯とラックは詰めるべき話を終えた。
本心からの秘密厳守を誓った辺境伯が、祖父として孫娘のルイザを抱き上げる一幕もあった。
そこで、「可愛い孫娘のためにも」と、彼の使命感にターボしてブーストが掛かったのは些細なことだ。
ここまでが過去に起きていた状況の推移であり、事態は冒頭の場面へと繋がって行くのである。
「ああそうだ。『魔石を提供した場合の対応』と言うか、その『功績への報い方』を知りたい。国の目的としては鉄の生産を元に戻すことが優先であって、ゴーズ家の持つ炉が是が非でも必要というわけではないだろう? 『魔石が入手できて、王家の炉が再稼働できるのであれば』の話だがな」
「魔石は買取を公示しておる。『対応や功績』と言われても、それ以上の上乗せはないぞ?」
宰相は、「魔石の使用目的を知っている相手には、無駄であろうな」とわかってはいても、一度は建前で返答する。
「ふむ。そうか。私としてはゴーズ家に今の王命を強制して、得られる不確かな果実より、確実で巨大な成果だと思ったのだが。そしてそうである以上、対価は当然ゴーズ家に出すはずのものと同等以上が妥当だと考えていたのだが。どうやら私の考え違いであったようだ。貴重な時間を邪魔してすまんな。私はゴーズ男爵と共に辺境の地へ帰るとしよう」
「待ってくれ! ゴーズ男爵を連れて行かれては困る。今、彼に出す王命とその対価についての話し合いがされておるのだ。今日中に結論を出す。その後に男爵には命を受諾して貰わねばならんのだ」
「これは妙なことを仰る。ゴーズ男爵と話をしたが、彼らが王都を訪ねた目的は不当な振る舞いをした使者一行に対する告発だ。王命を拝するためではない。で、あるなら、国としては新たに王命を伝えるのに使者を立てて出すがよかろう。それが道理というものだ」
北部辺境伯は、正論を武器に宰相の意図するところを封じにかかる。
但し、辺境伯の目的は彼を言い負かすことではない。
自身の意図を理解させ、交渉のテーブルに着かせることが目的だ。
言うなれば、単なる駆け引きである。
「わかった。災害級魔獣の魔石二つを用意した場合も、今、話し合われている報酬と同等かそれ以上の扱いとする。それで良いのだな? 用意できるのは何時だ? 時期によって報酬は変動する」
「前提となる条件が二つある。『何時何処で入手したものであるか?』の詮索はしないこと。『ゴーズ家の炉は、ゴーズ家の統治下以外の場所へ技術流出をさせないことを条件に、技術の保持と継続使用を認める』こと。この二つだ。そしてこの二つを認めた上で、正当な対価が用意されれば、最短で七日以内。最長で二十日以内。この期間内に災害級魔獣の魔石を二つ王家へ納入しよう。勿論、私は代理で事前交渉をしているだけで、魔石を用意するのはシス家ではないがな」
宰相は北部辺境伯が示した条件で、三公爵との話し合いを続行する腹を決めた。
彼は、眼前の辺境伯へ承諾の意を伝えたのであった。
「どこか私が待機できる部屋を用意して欲しい。もし、私が納得できる案が提示されたなら、全責任を持ってゴーズ男爵に確実に話をつける」
最後まで責任を持つ発言をしてくれるシス家の当主は、ある意味、宰相にとっても頼もしい相手だ。
そして、おそらく彼には最終的な落としどころの案が既に確定しているのであろうことも、この時点で悟らざるを得なかった。
宰相は北部辺境伯が待機できる部屋の用意と案内を指示し、公爵たちが集う話し合いの場へと戻る。
妥当な条件を詰めることができれば、王家の炉の問題が解決することはこれで確定した。
宰相の気持ちも足取りも、幾分かは軽くなっていたのであった。
こうして、ラックは御祖父ちゃんパワーで漲ったシス家の当主の交渉により、隠し持っていた魔石を放出すれば、“この問題に”煩わされることがなくなったのは確定したのだった。
一難去ってまた一難。ラックのためにある言葉ではないはずだが、厄介事からは逃れられない宿命を持つゴーズ領の領主様。三公爵の話し合いでは、報酬となる爵位の引き上げに、“ゴーズ家の魔力量について”が問題提起されたのを知る由もない超能力者。その話の流れで、「嫡男クーガの魔力量にカストル公爵が目を付ける事態が発生した」などとは、全く想像の範囲外だったラックなのであった。




