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55話

「『新しい公爵家を誕生させたい』だと?」


 ヤルホス公爵が、怒りを滲ませた声で発議した宰相に問い質した。

 彼は緊急で招集された公爵家の当主三人の内の一人だ。

 公爵家三家の序列は建前上はないことになっているが、実力的な席次は二番目となっている。

 ちなみに、一番はテニューズ公爵家であり、三番がカストル公爵家だ。


 北部辺境伯が宰相との交渉で出した暫定の結論。

 それは、ゴーズ男爵に公爵位を与えることだ。

 何故なら、ファーミルス王国がゴーズ家に王命の対価として出すことが可能なものを詰めて行った結果、爵位ぐらいしか真面な報酬がなかったから。


 それ故に、公爵家三家が緊急招集されたのであった。


「それは正気の発言なのかね? その必要がある理由は説明されないのかね?」


 カストル公爵は対象となる家がゴーズ家だと知り、娘が正妻として嫁いだ家であることから態度は幾分かは柔らかい。

 勿論、怒りがないわけではないであろうが。


 片や、テニューズ公爵は瞑目し、沈黙を守っている。

 彼の表情からは何の感情も読み取れない。

 少なくとも、宰相の視点ではそう見えていた。


「『守秘義務を破る者』はおらぬと思うが、念のため言っておく。この件は『秘密厳守』が前提だ。嫡男も例外ではない。良いな?」


 三公爵は黙ってそれぞれに頷いて是とする答えを返した。

 それを受けて宰相は語り出したのである。


「王家の所有する高炉の魔道具が稼働を停止した。原因は固定化されていたはずの魔石の消失。再稼働させるには、固定化される前の災害級魔獣の魔石が二つ必要となる。現時点では再稼働の目処は立っていない」


 ガタン!


 カストル家の当主は大きな音を立てて、着座していた椅子から思わず立ち上がる。


「我が国の根幹を揺るがすレベルの大事件ではないか! 新たな公爵家の設置の是非よりそちらの対応策の検討が先ではないのか?」


「カストル卿。そう先走るな。まだ原因となる事象が述べられただけだ。おそらくはゴーズ家が対応策の肝の部分を担うのだろうよ。故に『それに報いる対価として新たな公爵家を誕生させたい』のだろうよ。そういう話なのであろう? 宰相」


 これまで沈黙を守っていたテニューズ家の当主は、この発言でカストル公爵を冷静な話し合いに戻らせる。


「テニューズ卿の推察通り。ゴーズ男爵家は鉄を扱うことができる炉を、独自開発して運用しているのだ。現状では、それを他国に流出させるわけには行かない。よって、『生産を完全に任せて量産させる』か、『運用ノウハウを含む全ての炉に関連する技術及び、現物の引き渡しをさせた上で、今後その技術を使用禁止』のどちらかの措置を王命として行う。それに対しての対価だ。むろん、対価の『候補』の話であって、まだ確定ではない。他に妥当と思われる対価の案があるのならば、それはそれで提案していただきたい。但し、時間は限られている。『この場で結論を出したい』と考えている」


 公爵家三家の緊急招集による話し合いは、昼食後直ぐに始められた。

 但し、「事前情報なしに、急場で考えて出せる案など知れている」のが当然となる。

 宰相は、「無茶振りをしていること」は百も承知であった。

 しかし、本当に時間もない。

 彼は眼前の三者の話し合いを見ながら、午前中に繰り広げられた北部辺境伯とのやり取りを思い出していたのであった。




「宰相。ファーミルス王国がゴーズ家の成果を奪おうとするのは、これが二度目だ。そして、前回の塩の件での領地替え。まさか、『あの件に、彼らが諸手を挙げて賛成した』とは考えてはいまいな? 『あの時のゴーズ男爵の内心は、ハラワタが煮えくり返っていた』であろうよ」


 北部辺境伯には、「王家の炉の停止」という知り得なかった情報が明かされた。

 国王や宰相が、「ファーミルス王国を維持するには、ゴーズ家の力が何としても必要だ」と考えた理由は理解した。

 辺境伯も、「その部分の判断に間違いはない」と、同意はできる。


 だがしかしだ。

 今回で二度目。

 いや、第三夫人への理不尽もゴーズ家としては経験している。

 なので、「国への不満を募らせる事態は三度目」と言っても良いであろう。


 そこまでの考えを纏めた北部辺境伯は、「『冷遇され続けた元テニューズ家の長男が、納得する対価を国に用意させる』という事前交渉。それが、自身の果たすべき役目だ」と判断したのである。


「『奪おうとする』とはまた人聞きの悪い。あの時は『国として出せるもの』は出している。そして、あの状況下で、ゴーズ家が塩の生産と供給を握って、北部のパワーバランスを崩させることは不味かった。『その点は貴殿にも理解できている』と、考えていたのだが。違うのか?」


「それについては否定はせぬよ。ゴーズ家へ相応に見合っている“以上”の対価を出していれば、彼の家が国に対して不満を持つことなどない。ゴーズ男爵には、魔獣の領域を切り開く能力があった。それは、今日までの結果が証明しておる。あの時点で『それを信じて疑わなかった。彼の実力を高く評価していた。それ故の対価の決定であった』という主張も、結果からだけで言えば、間違いではなかったのかもしれぬ。だが、王国側の『この程度の対価で十分であろう』という意図を、ゴーズ卿は感じていた。私はそう考える。根拠は私なら絶対にそう考えるからだ。ゴーズ家からの逆提案。ここの文官連中が何を考えたかは知らぬ。けれどな、決して『吹っ掛け過ぎ』と言える内容ではなかった提案に対して、実際の払いは『減額』で応じていたな?」


 一旦言葉を切って、ジロリと宰相の表情を眺める。

 あの時のシス家の当主には、「ゴーズ家を強引に寄子にして、代官としてそのまま当時のゴーズ領を統治させる」という比較的穏便に済ませる方法があった。

 けれども、その方法は、恨みが国ではなくシス家に向けられる可能性があったため、それを王都の文官連中に伝えることはなかった。


 それが負い目になるとまでは北部辺境伯は考えていない。

 しかし、あの時自身が少し負担を増やせば、第三夫人の件も塩の件もここまで酷い話にはならなかったのは、確信を持てるのだ。


「塩での領地替えの件、災害級魔獣の招集での対応も、此度の件もそうだが、ゴーズ卿が魔力量0であること。特例制度を利用した当主であること。それらが理由で『通常ではあり得ない、彼を軽視した対応をしていない』と断言できるか?」


 問われた内容に、宰相はぐうの音も出ない。

 面と向かってズバリと指摘されれば、陛下にも自身にも、配下の文官たちにも「おそらく心の片隅にそうした意識の部分はあった」と、考えられたからだ。


 魔力量と“特例”男爵の爵位の低さ、辺境の小さな一領地。

 それらを包括して無意識に下に見ていた。

 自覚がなかったのも確かだ。が、それは言い訳にはならないであろう。


「まぁ過ぎたことだ。答え難い問いであろうし、当たり前だが過去へ戻ってやり直すわけにもいかぬ。現実的に対処可能なのは、此度の件だ。『対価にこっそりと、過去の分の償いも含めた』と言えるモノを用意すれば良いのだ。で、どうする? 何か案はあるのか? ゴーズ家に『王家の炉が停止する前と、同等の鉄の生産量へと状況を復帰させること』に対する報酬。私には一つ叩き台にする案があるぞ」


 宰相が最優先するのは“鉄の生産の復活”であった。

 報酬については“急場をしのいでから、後でゆっくり考えればそれで良い”と先送りしていたのだから、手持ちの案などあるわけがない。


 そしてこの時。


 シス家の当主が「ゴーズ家に王命を呑ませることに対する対価だ」とは言っていないことに、宰相が気づくことはなかったのだった。


 斯くして、宰相は北部辺境伯から「功績に見合うのは、新たな公爵位に金銭報酬や各種義務、税を免除するのを追加したものしかない」と提案を受ける。

 それが、冒頭のヤルホス公爵の発言を招く場面へと繋がって行くのである。




「直接お会いするのは初めてになりますね。北部辺境伯様。いえ、失礼に当たらなければ、『お義父さん』と呼ばせていただいた方がよろしいでしょうか?」


 ラックは滞在していた宰相の自宅で、自身の第二夫人(フラン)の養父である人物の訪問を受けていた。

 勿論、ミシュラも同席しているけれど。


「ああ。そう堅苦しいのは要らんぞ。『公の場での公式な会談』というわけではないしな。突然の訪問で驚いたであろう?」


「そうですね。驚きはしました。が、『フランが伺った結果のご足労だ』とは思っています。私共のためにありがとうございます」


 同室内には三人しかいないが、ベルを鳴らせば宰相家の使用人が直ぐに現れる状況。

 つまり、近くには人がいて、会話は聞かれる可能性がある。

 そうである以上、ラックはある程度丁寧な言葉遣いを崩すわけにも行かなかった。


「『ゴーズ卿へ情報提供が必要だ』と判断してな。確認したいこともある。それ故、宰相に許可を貰ってここへ来た」


「そうなのですか。ではまずは拝聴致します」


 そんな流れで始まった会話で、ラックはトランザ村の領主の館から追い返した連中が、全員もうこの世の住人ではなくなったことを知らされた。

 実のところ、超能力者はフランをテレポートで送り届けた際に、それだけは聞いて知っていたので、「ここで、驚く演技が上手くできただろうか?」のほうが気になったりするのだが。


 また、殺害の嫌疑が掛けられる心配はないことも知らされる。

 ラックはその知らせに、安心すると同時に、北部辺境伯へ感謝を伝えるのを忘れない。

 フランの養父が何らかの手を回していなければ、この段階での“嫌疑なし”はあり得ないことは理解できたからだ。


 むしろ、魔力量0の特例男爵という、欠陥貴族の身分では、偏見で捕縛されていてもおかしくない。

 ゴーズ領の領主様は、自身が王都の連中から「どのような視線で見られているのか?」を熟知していた。


「王命の内容は知っているな? それに関係する話を私からもさせて貰おう。前提として『可能な限りの報酬』と言うか『対価』と言うか。それを捥ぎ取る交渉をする。と言うか、勝手に『事前交渉』はもうしてきた。独断専行ですまぬな。ゴーズ家へは公爵の爵位を要求した。それだけではなく、金銭も支払われる。更に義務や税の免除の条件を追加する。爵位以外の話は詰めてはおらぬが、概要はそうなる。逆に言えば、『この国に出せるものはそれしかない』のだ。その上で、だ。ファーミルス王国としては、『鉄の生産は国を維持するために譲れない必要条件』だ。故に、ゴーズ家には『それを可能にする協力』を是非ともして欲しい」


 そうして、北部辺境伯はラックに静かに頭を下げた。

 シス家の当主は一辺境伯であり、国を代表してゴーズ家の当主へ頭を下げて協力を願う必要がある立場ではない。

 にも拘らず、彼はそうした。

 彼は“自身の行う行為の価値”を理解していたからだ。


 ラックもミシュラも公爵家の出である。


 高位の貴族の当主が頭を下げる行為。

 それも男爵でしかない相手に。

 その重みは十分過ぎるほどに理解している。


 しかも、今回のケースは頭を下げた当人に、それが必要な失態があったわけではない。

 更に言えば、「ゴーズ家がお願いされた内容を履行することが、当人の直接的な利益に繋がる」というわけでもない。

 そうであるからこそ、この行為にはより一層の価値があるのだ。


「わかりました。頭を上げてください。お義父さんにそこまでされては、お断りなどできませんよ。そんなことをしたら、僕はフランやルイザに向ける顔がなくなります」


 ちょっとばかり平静でいられなくなったラックは、この場では適切ではない“僕”を口に出してしまったことにも気づかない。

 横に同席していたミシュラは、それを「夫らしいな」と内心でクスリとしながら、黙って聞いていたのだった。


「ええっと。一つ気になったので確認させてください。お義父さんはゴーズ領で使用されている炉の話をされていませんよね? 『それを可能にする協力』としか仰っていません。その表現に何か意味があるのですか?」


「それか。ここではし難い話になる。どうしたものか」


 ファーミルス王国は魔道具大国であり、日常生活に魔道具が浸透している。

 それは部屋の照明器具についても言えることであり、室内の光源を窓からの明かりに頼ってはいない。

 何の話かと言えば、「雨戸を閉めて窓を塞いで照明を落とせば、たとえ日中であっても室内を暗闇にすることが可能だ」という話である。


「それは、宰相家の者にこの場での話を聞かれる可能性を、排除できればよろしいですか?」


 突然ミシュラからそう問われた北部辺境伯は、驚きながらも頷いていた。

 瞬時に、「筆談でもするつもりか?」との考えが彼の頭を過ったが、結果は不正解であった。


「貴方。この部屋を暗闇へと変えます。何も見えない状態であれば。後はお任せします」


 ラックはミシュラの狙いが何なのかを知った。

 悟ったのではなく知った。

 妻の考えることは大胆だ。

 彼女の内心は「見えなければ。見られなければ。テレポートで自宅の執務室ででも話をすれば良いのですわ」なのだ。


 ラックにはそれが伝わった。

 それは、長年連れ添っている夫婦の絆による以心伝心などではない。

 単に隣に座っていたことで、接触テレパスが使用されただけの話である。


「お義父さん。暗闇を作り出した後、余人に絶対聞かれることのない細工をします。闇の中での会話になりますがご了承いただけますか?」


 こうして、ラックは暗闇から暗闇へと三人でのテレポートを敢行した。

 若干、困惑気味の北部辺境伯。

 それでも彼は自身の推測を元にした、“確かにあの場ではできない話”を暗闇の中でゴーズ夫妻に語ったのであった。


 暗示を掛けていない相手への、テレポートを初披露したゴーズ領の領主様。「話を聞いた後になるけれど、接触テレパスで秘密厳守の確認を取ろう。結果が良好なら、ルイザと面会もして貰って良いな」などと、余禄まで考える超能力者。シス家の当主がそれを知ったら、感激で抱き着くまでありそうなことを、考えていたラックなのであった。

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