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54話

「『ラトリート(三男)が領境まで来ていた』だと?」


 北部辺境伯はフランと朝食をとっているところに、飛び込んできた情報に驚いていた。

 やって来ていたのはシス家の三男。

 彼は過去にサエバ領を任された際に失態を犯し、労役を罰として科されていたはずの男である。


「はい。ラトリート様からの報告です。『昨夜、整備途中のため通行止めとしていた道で、事故が発生。野営地に魔道車が突っ込み、それが原因と思われる火災も発生。出火後、約一時間で鎮火に成功。行商人の一集団の荷に壊滅的な被害。人的被害は魔道車に乗っていた全員が死亡。行商人側で軽傷一名。内容は軽い火傷。それ以外の人的被害はなし。現場調査で魔道車から王家の封印がある金属筒が発見されたため、シス家に対処をお願いしたい』というお話です。それを領境でお預けになられて、もうお帰りになりました」


「そうか。その金属筒は私が王都へ出向く用件のついでに届けることにする。そのように準備を命じる。下がって良いぞ」


 場所と時間。

 発見されたものや状況から考えると、どう考えても昨夜フランが途中まで護衛を務めた護衛対象者(愚劣な使者一行)が起こした事故であろう。

 シス家の当主は、次男に事故現場の確認と調査を指示した。

 状況次第では、「ゴーズ家が道中で襲撃した」と疑われかねない。

 態々次男を調査に出すのは、そう判断したからである。


「偶然なのでしょうが。当事者が全員死亡ですか。いえ、夜間に無理な移動を行ったのであれば、『事故が起こったのは必然』と考えるべきでしょうか」


 フランは紡いだ言葉とは別で、「私が聞いても、大丈夫な情報であったのだろうか?」と、疑問には思っていた。

 しかしながら、「養女でありゴーズ家に嫁いだ身であっても、報告者にもシス家の当主にも『この家の一員として認識されているのだ』」と、少しばかり嬉しく思えたのも事実だ。


「そうだな。しかしこれは、『都合が悪いと考えた人間が、彼らを始末に走った』と受け取られかねん。見る者によっては、ゴーズ家が疑われる。勿論、王家側が疑われる可能性もあるがな」


 時系列的に判断すれば、「この事故が人為的に起こされたものだ」と結論付けるのには無理があり過ぎる。

 だが、人は起こった結果のみから、ありそうなことを面白おかしく勝手に想像する生き物だ。

 特にファーミルス王国の役人や貴族は、その傾向が強いように感じる。


 想像するだけや、或いは想像して噂話に興じる程度までで済むならまだ良い。

 その領域を踏み越えてしまう者が問題なのだ。

 一部の人間に至っては、何の根拠もなく、自身で作り上げた妄想を「絶対の真実だ!」と信じ込むモノなのである。


 そんな雑談混じりの朝食を終え、フランはトランザ村へ向けて北部辺境伯領の領都を出立した。

 北部辺境伯は王都までの移動時間の短縮と身軽さ、護衛の有無を勘案して自身の愛機にスーツを積み込んでの出立だ。

 本来であれば、彼は今回のような案件で単独行動が許される身分ではない。

 だが、ルウィンという次代を担う人材が確立していることで、現状ではある程度我が儘が通るようになっている。

 今回は急ぐ理由もあるため、気軽な単独行動を押し通したのであった。




「うん? あり得ない話を聞かされたようだ。念のために問い返すが、『ゴーズ家に向かわせた使者が、貴族としては常識破りな言動と態度で接したので、ゴーズ男爵の逆鱗に触れた』という話なのか?」


 国王は怪訝な表情のまま、宰相へと問い掛けた。


「陛下。そのご理解であっておりますぞ。私も信じたくない話ではあるのですが、現段階ではそれが事実と思われますな。勿論、派遣した使者や同行した調査団の人員にも聞き取り調査が必要で、それはまだ先の話になりますので『確定』とまでは言えないのですが」


 国王は王族に相応しい魔力量を持って生まれた人物ではある。

 けれども、それ以外の能力は決して高くはない。

 はっきり言ってしまうと、理解力、判断力の部分でも並みかそれ以下の人物だ。

 その国王でも、「あり得ない」と考える程度に酷い話なのだから、「如何に分かりやすい問題児を、使者として出してしまったのか?」となってしまうのだ。


「そうであれば、ゴーズ家への対処はどうするのだ? 宰相の家の客室に留め置いているのだろう?」


「国の根幹に係わる重大事ですから、そこのところは丁寧に説明し、王命の内容は伝えてあります。形としては命令ですので、ゴーズ家には『諾』か『否』かどちらかの答えしかありません。ですが、ゴーズ家は正式に王命の書簡を未だ受け取っておりません。『私からの口頭説明を以て、それを王命として受け入れろ』というのは道理が通りませんな。それと、『彼らに納得の行く使者連中への対応』と言うか『処罰』と言うかが成されなければ、聞く耳を持たずに王都を発つと思われます」


 国王は宰相の話を面倒そうに聞いていた。

 彼は「新たに王命の文書を作り、それを出せば済む」と、単純に考えていたからだ。


「つまりだ。頭の狂った使者共の王都への到着を待って捕縛し、預けた書簡を取り上げて、それはそのままゴーズ男爵へ渡す。それとは別で捕縛した連中へ相応の処罰をすれば良いのか?」


「『ゴーズ男爵夫妻の主張を、鵜呑みにするならば』そうなりますな。ですが、いくら信憑性が高いと思われても、使者側の言い分も聞かねばなりますまい。『想定される罪の度合い』と言うと表現が適当ではないかもしれませぬが、まぁそういった感じで事前に罰のパターンを幾つか作っておいての、即時対応がよろしいかと考えますな」


「宰相に子細は任せる。もし必要であれば、ゴーズ男爵を城へ呼び出せ」


 国王は「謁見対応を行っても良い」として、この問題を一旦宰相に丸投げした。

 宰相は部下への適切な指示を出しながらも、決済が必要な書類を処理し続ける。

 そして、それとは別で、頭の中で愚かな法衣男爵への処罰のパターンを組み上げていた。

 もっとも、それはしばらくしてから現れる北部辺境伯によって、全て必要がないものになるのであるが。




 北部辺境伯は王都に到着した後、己の持ち得る全ての権限を行使するのを、一切躊躇わなかった。

 具体的には謁見予約も城への登城の先触れもなしに、入城許可を城の門前で求めることすらせず、「私が北部辺境伯だ!」と城門を守る兵士に宣言して悠然と入城を果たしたのである。


 そんな傍若無人なゴリ押しで、北部辺境伯は城内での歩みを止めない。

 シス家の当主は、そのまま宰相が執務を行っている場へと乱入したのであった。

 “何事か!”と騒然となる室内の雰囲気をガン無視した彼は、宰相へと近づき、眼前に“王家の封印がある金属筒”を突き出した。


「これに関連して、『確認したいこと』と、『“伝えなければならない”と考える重要な情報』がある。私の権限で陛下と直接お話しても良いが。どうする?」


 シス家の当主の姿。

 それは、宰相にとって、怒りのオーラがまるで具現化して噴出しているかのように見える気がした。

 そんな辺境伯を前にして、宰相に選ぶことが可能な選択肢は一つしかなかった。

 彼に許されていたのは、現状の仕事を全て放り出しての、北部辺境伯と話し合いをする時間の確保一択である。


 そんな緊迫した空気の中で、別室へと移動した二人の話が始まった。

 扱う話題の内容が内容なだけに、余人を排しての密談となるのは避けられない。

 それは両者の暗黙の合意でもあった。


「面倒な挨拶の口上は割愛するぞ。まず、一番気になるであろうことから説明しよう。この金属筒を私が持っている理由だ」


 そうして、北部辺境伯は宰相に事態の説明を開始した。

 事故について調査するために次男を派遣したことまで含め、入手した経緯を伝えたのであった。


「わかりました。ですが、それでしたらコレを持たせた使者を王都に向けて出せば済むはず。お怒りの件は別なのですな?」


「ああ。コレの存在そのものに、な。王家は私の可愛い養女と孫娘がいるゴーズ家に何を求める気ですかな? 『シス家には何の話も来ていない』と記憶しておるのですが。追い返すのが当然のような振る舞いの使者を出すこと自体も問題だ! これは、『北部地域全てを軽視している』ということなのですかな? 今回はゴーズ家の動きが早かったからまだ良い。しかしだ。『同じような状況がもし他の家に起きた場合、ゴーズ家と同じことが可能だ』と、私には到底思えない」


 辺境伯の言葉と怒気に、宰相は青ざめるしかなかった。

 身体は凍り付いたように動かせない。

 愕然として言葉も出ない。

 出るのは暑くもないのに、身体中にじんわりと浮かんできて流れ落ちる汗のみだった。


 国王を最上位で補佐する役目の彼は、自身が、そして国が、王家の炉が停止した案件で重大な失敗を犯したことを悟った。

 北部辺境伯が語った内容で、「シス家がゴーズ家と係わりが深く、彼の家の上位の立場にある点」を理由に、眼前の彼が怒っていることに気づかされた。

 その上で、辺境伯は「北部の要としての立場でも看過できる話ではない」と宣言したも同然だ。


 勿論、そこには「シス家も軽視しているな?」という意味が含まれている。

 宰相には、それに気づく能力はある。

 そうして、彼は事態がここまでに至って、考えたのだった。


 何故、そんな簡単なことに思い至らなかった? 

 配慮や根回しなど貴族の基本中の基本ではないか!


 王家の炉が止まったことは激しい動揺を誘い、国王にも、宰相自身にも、そうした必要なことを忘れ去らせてしまったのであろう。

 所謂、思考においての視野狭窄状態。

 それは、「最短で炉を復旧させるか、代替手段を得ること“のみ”しか考えられなくなるほどの、重大事であったのだ」と、今更ながらに気づいた。


 北部辺境伯の怒りは、極めて当然だった。

 寧ろ、これで怒鳴り込んでこなければ、その時は「完全に国を見限って、離反を画策している」と見なければならないレベルの話であった。

 そして、“直接怒りを向けられた”という事実は、“今後の対処次第でまだやり直せる可能性があること”を示してもいる。

 彼の怒りは裏を返せば、「まだギリギリ間に合うからなんとかしろ!」と、暗にそう言っているわけである。


 北部辺境伯が完全に諦めの境地に達し、ファーミルス王国を見放してしまえば。

 宰相に怒りを直接伝える必要などないのだから。


「すまなんだ。本当に申し訳ない。私からもこうして謝罪するが、この件に関しては陛下も謝罪されると思う。断言はできないが、おそらくそうなる。ただな、こうなってしまった理由を、今から私の独断で開示する。秘密は守って欲しい」


「そうですか。謝罪は受け取ります。理由を聞いて納得できるかどうかは別の問題ですからそれは一旦置いておきましょう。承知しておるとは思いますが、二つ念押ししておきましょう。『謝罪はゴーズ家にもされること』と、『使者一行全員の死亡事故について、彼の家に嫌疑をかけないこと』の二つ。この場で確約いただけますな?」


 宰相は念押しされた二つの事柄を承諾した。

 事故については調査が終了しておらず、本来この場で“嫌疑なし”を確定するのは不味い。

 状況証拠がこれ以上はないほどに揃っていても、“それはそれ。これはこれ”が正しい姿だ。


 それを理解した上で、それでも宰相は承諾した。

 どう転んでも「使者には罪を問うしかない」と考えられたせいである。

 彼の中では同行した調査団も仲裁できなかった、或いはしなかった時点で同罪なのだ。

 そして、仮に「ゴーズ家の指示で、もしくは実力行使で、彼らが殺された」というのが真実であったとしても、それは、罰を下したのが“誰か”の違いでしかない。


 勿論、そんな仮定の事実は存在せず、単なる偶然の事故の結果なのであるが。


 そんなこんなのなんやかんやで、北部辺境伯には、「王家の炉が停止している」という最大級の爆弾情報が伝えられた。

 その時点で、「王命の内容は炉の強奪だ」と、確信してしまったシス家の当主であったが、宰相の語る内容を最後まで大人しく聞いていた。


「つまり、『王家の炉の役割を“完全に”肩代わりするか、独自技術の炉を現物を含めて技術丸ごと譲り渡しての今後の使用禁止。その二択からどちらかの答えを選んで、丸呑みしろ』というのが王命ですか。しかも、『二択』と言いつつ調査団の調査結果次第で、『選択肢が実質一つに絞られる』と」


 王家の焦りは理解できる。

 だが、だからと言って「何をしても良い」という話にはならない。

 この王命は、ゴーズ家の作り出した技術を奪うだけのモノだ。

 そして、肩代わりであれば、まるで奴隷のように鉄を量産させられ続ける命令である。


「先頃出された災害級魔獣の魔石の話も、コレ絡みでしたか。なるほど」


 現在の王命の内容は、とてもゴーズ家に受け入れさせられる内容ではない。

 何故なら、文字通り奪うだけの命令であって、対価は何も示されてはいないのである。


 宰相の言い分では、「対価を支払うつもりはあったが、妥当なもの、量、などを事前に確定することが不可能であった。それ故“後で”相談して決めるつもりであった」という話なのだが、それならそれで、その旨をサインを求める王命の文書に記載すべきであろう。


 ゴーズ卿が承諾のサインをした後でなら、書面にない内容などいくらでも反故にできる。

 そもそも、使者から“後で”の部分が説明されているのか?

 その点すら怪しい。

 なにしろフランの持ち込んだ書簡には「この場で開封して内容の確認と承諾のサインをいただきたい」と使者から言われていることが、はっきりと書かれているのだから。


 現在のサエバ領の塩。

 あの案件の時の話が、北部辺境伯の頭には思い起こされる。

 対価の問題は別で考えても、あの時と似てはいるが決定的に違う部分がある。

 海水は湧き出しているのを“発見した”ものであり、炉は技術を一から積み上げて完成させた“作り上げた技術”という部分が異なるのだ。


 実際には、ラックが海水を引き込む土木工事を延々とやった努力の結晶であり、自然に湧き出したものではないし、偶然発見したわけでもなんでもない。

 だが、シス家の当主は、さすがにその事実までは把握できていない。


 ゴーズ家から見れば対価はともかく、どちらも苦労した成果を奪われる話になってしまうのだが、真実を知らない北部辺境伯から見える状況は異なる。

 この場合は、「異なって見えている部分によって、『受け入れ難いだろう』という判断もある」という話である。


 こうして、ラックが宰相の自宅に実質軟禁に近い形で留め置かれている間に、何故か北部辺境伯が王命の不備をついて、宰相と交渉するという事態へと発展したのであった。


 第二夫人の養父様が、「ゴーズ家を四つめの公爵家へ」と、無茶な交渉をしているのを知ることのないゴーズ領の領主様。特にすることない軟禁状態で、暇に任せて千里眼で状況確認を行う超能力者。こっそりとテレポートで抜け出し、フランをフリーダ村に送り届ける仕事はキチンと熟すラックなのであった。

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