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53話

「『フランが領境まで来ている』だと?」


 北部辺境伯は領境からもたらされた情報と、伝令兵によって届けられた書簡に驚いていた。

 そして驚きながらも、即座に信号を発する指示を出した。

 嫁に出した養女を、領都へ迎え入れる許可を領境に伝えるために。


 時は既に真夜中であり、日付が変更になるかならないかの時間帯だ。

 シス家の当主は当然夢の中の住人となっている時間であったが、緊急の伝令により叩き起こされた。

 だが、寝起きであっても、彼の判断力はボケてはいなかったのである。


 領都へ直接下級機動騎士で向かうことを許されたフランは、彼女が領境へ到達してから一時間半後にはシス家の当主との面会が叶った。

 最低限必要なことは、領境にて伝令兵に託した書簡によって養父へは伝わっているはずだった。

 深夜であることもあり、「このまま、トランザ村へ引き返すこともあり得るだろう」と考えていた彼女であったが、養父は嫁に出した養女(フラン)に直接会って話ができる貴重な機会を逃すことはなかったのであった。


「『なにがしかの王命が法衣男爵を使者として出されたようだが、使者の振る舞いがゴーズ家当主に対して許されるものではなかったために追い返した。故に王命の内容は知り得ない。王都へ帰還する使者と、それに同行している調査団の連中が、“自らに都合の良い、事実を捻じ曲げた報告”を行う可能性を危惧して、ゴーズ家当主と第一夫人が王都へ向かった』というわけだな? そして、保険としてここへもその情報を届けた。それで間違いないか? フラン」


「はい。間違いありません。付け加えると、私は偶々トランザ村に滞在していたので、当主の指示によりガンダ領を出るところまでは使者一行の護衛を務めました。その役目を終えた後、もう一つの役目としてこちらへ情報を届けに参りました。この時間帯に面会が叶うとは考えておりませんでした。感謝致します」


 北部辺境伯はゴーズ家当主の行動と、フランへの指示も含めた対処に、込められている意思を考える。


 シス家の当主である彼は、今回のゴーズ家への王命の内容を知らされてはいなかった。

 ゴーズ家はシス家との関係が寄親寄子とはなっていない以上、厳密な意味では国王が直臣であるゴーズ男爵へ直接命を下すのは、「間違っている」とまでは言えない。

 だが、「慣例」や、「慣習」というものはある。


 北部辺境伯は北の国防の要であり、ファーミルス王国にとっては、「魔獣の領域から国を守る役目を任せている」と言える領地だ。

 つまりは、極めて重要な重臣なのだ。


 ゴーズ家は、その辺境伯の養女であるフランが第二夫人で出されている家である以上、慣例に乗っ取れば内々で先行して“ゴーズ家に命じる内容について”の相談があって然るべきなのである。

 更に言えば、仮にフランの存在がなかったとしても、北部に係わる話であれば“事前に相談”という形で、王家から情報が出されても全くおかしくない状況だったりもする。


 今回の状況を、ゴーズ家当主は即座にフランを走らせて伝えて来た。

 事態の情報共有の意味合いはむろんあるだろう。

 だが、絶対にそれだけが目的ではない。

 

「北部辺境伯はもしこの件について知らなければ、国王から軽視されていますよ」


「ゴーズ家は『シス家がこの件について知らされていない』と予想しています。もし、知らされていれば、先行してフランを通じて情報がいただけたはずですね?」


 シス家の当主は、未だ直接会ったことはない娘婿の声が聞こえた気がした。

 すなわち、それが、彼が悟ったゴーズ家当主の行動と、諸々の対処に込められた意味であるのだけれども。


 北部辺境伯は、ゴーズ家当主がフランの実家としてシス家を尊重し、信頼してくれていることを悟る。

 そして才覚も経験もある彼は、更に思考を進めた。


 この時期に、王国が慣例を破って、或いはそれを忘れてしまう程に緊急対処が必要として王命を出す案件とは何か?


 ゴーズ家に命を出すことによって「解決可能だ」と王都の連中が考えることとは何か?


 鉄を生み出す王家の高炉が停止したことは、未だ情報が公表されていない。

 故に、その情報はここでは北部辺境伯の判断材料には加わらない。

 だが、理由は不明ながらも、「最近、鉄製品の値上がりと鉄製品自体の供給が細ってきている」という報告は、彼の元へ上がって来ていた。


 また、それとは別に、災害級魔獣発見への懸賞金の話や、災害級魔獣の魔石の買取募集が出されたことも記憶に新しい。

 ゴーズ家の特異性を理解している北部辺境伯は、「彼の家へのごり押しで叶えられる望みとは何か?」を考える。

 そうしているうちに、彼はゴーズ家が独自技術として、金属加工の炉を運用している話を思い出した。

 これは、シス家が王家へ報告した情報であるから当然彼は知っている。


 目的は独自技術の炉か?


 或いは魔石か?


 少しばかり前になるが、機動騎士の大量購入の案件で、その対価の支払いにゴーズ家が魔石を大量に放出できたことは北部辺境伯も知るところだ。

 その際、シス家も機体輸送の謝礼として魔石を受け取ってもいる。


 王都の連中は、「魔石を大量に持っているなら、災害級魔獣の魔石ですら隠し持っている」とでも考えたか?


 王都から使者に伴う調査団を派遣している以上、何かを調査する目的があったはずだ。


 その目的とは何だ?


 炉を見せろ。

 炉の製造方法、運用方法、性能の情報を開示しろ。

 或いは、所持している魔石を全て見せろ。

 そして、もし災害級のそれがあるなら買い取らせろ。


 目的としてはこの辺りだろうか?


 フランとの久々の会話を楽しみながら、王命の内容と派遣された調査団の目的として、北部辺境伯が手持ちの情報から推測できたのはここまでだ。


 辺境伯の推測は、魔石の件では勇み足的で外れている。

 しかしながら、「王家の炉が停止している」という、決定的な情報を知ることなく、彼は手持ちの情報と思考のみで、ゴーズ家に出された王命の内容の正解に辿り着いていたのであった。


「さて、使者の一行が王都に辿り着けるのは、夜を徹して移動しても明日の昼頃がせいぜいか? 夜間ではそう距離も稼げぬだろうしな。ゴーズ卿は第一夫人の下級騎士で出ているのであれば、遅くとも日が昇る前には王都に着くであろうから十分に先行できるはずだな。此度の件、私も王都へ出向くべき案件だが、さすがに今直ぐ出るのはきつい。もう歳じゃな。明日の朝一番でここを発つ。フランも朝まではここで休め。早い朝食を共にしてお互いに出立するとしよう」


「ありがとう存じます。一つだけ。ゴーズ家の下級機動騎士はもうとっくに王都に到着しているはずです。移動方法は家の秘事でお伝えできませんが」


「そうかそうか。ゴーズ家は秘密が多い家だな。シス家はずっと共にありたいものだ。フラン。縁を繋いでくれよ。孫娘のルイザにも会ってみたい。時間を作って、一度祖父としてゴーズ領を訪ねるべきかな」


 フランからは驚きの情報が出された。

 これも信頼の証なのだろう。

 おそらくはゴーズ領から王都へ、最短距離を高速で駆け抜ける独自のルートでも秘匿しているのであろう。

 北部辺境伯はそう考え、「その秘匿している部分が伝えられた」という事実を重視する。


 シス家の当主は楽し気な表情を浮かべて、寝室へ向いながら思う。

 今宵の案件自体は、到底歓迎できる話ではない。

 だが、フランやゴーズ家から信頼を得られているのを実感できた。

 それは、彼にとって非常に嬉しいことであった。




 時系列は少し戻る。


 夜の帳がおりて間もない時間帯。

 ラックとミシュラは、呆れるしかない対応をした使者を送り出した。

 実態は“叩き出した”に近いが。

 そんな流れでトランザ村の領主の館を先行して出立したのは、愚者の率いる一行とその護衛を務めるフランの操る下級機動騎士である。


 ラックとしてはその一行が肉眼で視認できなくなるまで、見送りと称して漠然と風景を眺めていた立場であった。が、その間に考えていたのは、「使者としても貴族としても、両面で常識を欠落させているような愚か者を王命を伝える者に選ぶとは、王家の意図か? 宰相の差し金か? なかなかにやってくれるな」であった。


 ラックは、「或いは、こちらをわざと怒らせることで、怒りに任せた法を犯す行動を誘い、それに対しての瑕疵を問う。そのような目的で、あえて承知の上で出して来た無礼千万な使者であったのかもしれない」とまで考えてしまった。

 もしも、そうであるなら、「その策は成功した」と言って良いのかもしれないが。


 事態は動いて、もうやってしまった後でしかない。

 そうであるなら、ここから考えられる最善の行動に移るだけだ。

 多少冷静になったゴーズ領の領主様はそんな思考を走らせていた。


 ラックはミシュラに王都へ向けて出立する準備を促し、自らはその間に千里眼を使用する。

 それは、テレポートで移動するにあたって、問題がなさそうな場所を確認しておくためだ。

 そうこうしているうちに、妻である元公爵令嬢がささっと礼装を整えて、眼前に現れた。

 その時点で、超能力者は自身も着替えが必要な事実に気づく。

 うっかり者でもあるラックは慌てて身支度を整え、第一夫人と共にトランザ村の領主の館を出立した。

 勿論、彼女の二代目の愛機となった、新品で購入した下級機動騎士へ二人で乗り込んでだ。


 ゴーズ男爵夫妻が、王都を守る重厚で堅牢な防壁の入都用に設けられた門前に到着する。

 続いて、彼らは王都内へ入る手続きを開始した。

 それは、彼らの送り出した一行が、まだガンダ領を移動中の状況下での出来事なのであった。




 宰相は本日の執務を終え、夕食と入浴を済ませた後の就寝前のくつろぎの時間を過ごしていた。

 解決しなければならない問題を複数抱えたままで、考えなければならないことは多い。

 しかしながら、良い考えを導き出すには休息をしっかりととることが重要であるのを彼は熟知していた。


 今日すべきことは済ませた。

 明日は明日の風が吹く。

 そんな気分で宰相が軽く酒を嗜んでいたところへ、王都の門番が走らせた伝令がやって来たのであった。


 そんなこんなのなんやかんやで、宰相は「伝えられた事態への対処を、明日の朝に持ち越す」という考えを捨てた行動へと移る。

 少しばかり酒が入ってはいるが、事の次第と時間の経過を考えればそうせざるを得ないのだ。


 王命を持たせた使者が、訪ねて来たゴーズ男爵の元へ到着したのは最短でも今日の昼以降であったはず。

 その後、直ぐにゴーズ領を出たとしても、ゴーズ夫妻が王都に来ているのは、移動時間を考えれば明らかにおかしい。


 伝令から口頭で、「ゴーズ家に出された王命の件でお尋ねしたい。それ故、宰相への面会を希望する。事前のすり合わせのない、いきなりの王命であるので、緊急案件と捉えて急ぎ王都へやって来ました」と、ゴーズ夫妻が王都へ来た用件も目的も伝わっているのだ。

 そうである以上、偶々別件で彼らが王都を訪れ、王命を携えた使者とは入れ違いになったという可能性は排除される。


 実際、早々に解決したい筆頭で、超重要な案件であることも事実なのだ。

 もし、ここで、「今日はもう夜遅いから明日にしてくれ」と宰相が対処してしまえば、ゴーズ夫妻が「なんだ。その程度の案件か」と、認識してしまうのは必然である。


 この時の宰相は、「訪ねて来る彼らが、王命の内容を全く知らない」という事実や、「使者がゴーズ家に対して行った対応についての、問い質しが行なわれる」などという展開を予想してはいなかった。


 王都では「最優秀の文官」と言って間違いではない事務処理能力を持つ宰相。

 その立場の彼を以てしても、「王命を届ける役割を与えられた法衣男爵が、その任の重要性を理解していないほどの愚か者であったこと」は想定外であった。

 部下が人を選ぶに任せただけではあるのだが、そこまでの王国の人材不足に気づくことを彼に求めるのは、「酷である」とも言えるのだけれど。


 そんな流れの中、深夜の宰相の自宅応接室にて、話し合いの場が成立した。


 宰相はゴーズ男爵夫妻に持ち込まれた事態の内容に驚くしかなく、ラックはラックでことの次第を伝える“だけ”しかできずに困っていた。

 超能力者が「何を困っていたのか?」と言えば、接触テレパスを行使する上手い口実が全く思い浮かばず、眼前の男の思考を読むことができないからだった。


 立場が上の相手に対しては、その身体に触れる口実作り出すのは極めて難しい。

 これまではそういう事態に陥ることはなかったため、接触テレパスを行使するのに困ることはなかった。

 ラックにとって、「便利な能力ではあるけれど、万能じゃないんだよな」と改めて実感させられるのは、「自身の増長、傲慢を防ぐ」という意味に置いて、悪いことではないのだけれど。


 そもそも、北部の辺境の一領主で、たかだか男爵の地位でしかないラックなのだ。

 上級貴族様と対面での交渉の場が必要となる事態に、持ち込まれる状況。

 これは、「それそのものが異常である」としか言えない。


 幸いなのは夫婦揃って親が公爵であったことで、上級貴族が無意識に放つ威圧的なモノに萎縮することがない点。

 ラックは実父や実母と接する機会は決して多くはなかったが、それでもその程度の「精神耐性」とでも言うべきものは身に付けていたのだった。


 こうして、ラックは宰相に直接苦情を持ち込むことに成功した。

 そして、申し訳なさそうな態度に変化した宰相からは、“恐る恐る”といった感じで、ゴーズ家に伝わるべきはずであった王命の内容を、事情説明付きで告げられたのである。


 最速、最短で王都に乗り込むことで、自らが語る話の内容の信憑性を上乗せしたゴーズ領の領主様。宰相からは「おそらく、夫婦揃って明日も王都で夜を明かすことになるだろう」と、告げられてしまった超能力者。その言を受けて、「『今日も明日も、夜のアレコレが強制オアズケとか勘弁してほしい』と、夫はそう考えているに違いない」と、ミシュラに考えを見透かされてしまっているラックなのであった。

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