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52話

「『王家からの“命令”が届いた』だと?」


 東部辺境伯は緊急の命令書が届けられたことに驚いていた。

 この方面で「緊急対処が必要だ」と考えられる案件に、心当たりがなかったからである。

 そもそも何の事前情報も打診もない状態で、王家からの“命令”がいきなり来るのは通常ではあり得ない。

 もし、あるとすれば、それは災害級魔獣が既に国内に侵入しているような緊急事態であるだろう。

 だが、そのケースならば別ルートで魔獣の情報自体が先に届くはずなのだった。


 東部辺境伯は、この時点でも「国是を破ったことを隠しおおせる」と判断していた。

 辺境伯領内から行われてしまった、領外に布陣していただけの“外国の軍勢”への攻撃。

 その攻撃が国是破りに該当することを、彼は理解していた。

 しかし、それはアイズ聖教国からの訴えがなければ発覚することはない。


 それを聖教国が訴え出る状況は、三男の率いる部隊が敵の殲滅に失敗した場合にのみ起こり得るモノであり、辺境伯はその点の心配はしていなかった。

 実際のところは別の部分で明確にルール違反を犯してしまっていることがバレてしまっているのだが、彼はそこには気づいていなかったのであった。


「『即時停戦命令』だと? 『既に直接命令するための戦力が王都を出ている』だと?」


 命令書を一読し、予想もしなかった内容に東部辺境伯は困惑する。

 そして、この命令書が届いたのにやや遅れて、「第二王子が率いる部隊が、辺境伯領南部の領境を越えて領内に入った」との情報も届いた。

 それはアイズ聖教国を目指しての強行軍であり、王命である停戦に強制力を伴う戦力であることは考えるまでもない。

 更に言えば、東部辺境伯にこの情報がもたらされた時点では、「その部隊はもうおそらくアイズ聖教国内に侵入を果たしているはず」なのだった。


 東部辺境伯はこの命令書によって、自身が責任を持たねばならない軍事力がやってしまった重大な過ちに気づいた。

 彼はファーミルス王国の国外である旧カツーレツ王国の領土内に、どこからも承認を得ることなく軍事力を派遣してしまった。

 あまつさえ、その軍が武力行使までもしているのだ。

 そうした点が国是を破ってしまっていることに気づき、この部分をもみ消すのは不可能だと悟る。

 で、あるならば即時停戦は必須であり、送り出している戦力を直ぐに撤収させねばならない。


 東部辺境伯は自身が命じて出した戦力の力量と、これまでの時間の経過を考慮する。

 そこから導き出された答えは“完全に手遅れ”だ。

 しかしながら、形式上は東部辺境伯としての停戦命令を出さないわけにもいかない。

 それが、“絶対に間に合うことはない”とわかっていてもだ。

 そうして、一気に老け込んで疲労した状態に見えるようになってしまった当主からの新たな命は出された。

 彼の長男と三男の部隊に向けた緊急伝令が、東部辺境伯領の領都から複数送り出されたのだった。




 アイズ聖教国は文字通り消滅した。


 第二王子の部隊や東部辺境伯が走らせた伝令が、聖教国内で携えた命令を伝えるべき武力集団に接触できたのは全ての虐殺が終了した後だったからだ。

 全てが終わっている以上、命令書に実質的な意味はなくなっていた。

 けれども、東部辺境伯の配下の軍勢は即時撤収に入った。

 それは、命令に従っただけではあるのだが、困ったことに彼らは何の事後処理もせず、聖教国の領土だった場所から立ち去ってしまったのである。


 第二王子は命令書を渡した後、蹂躙され尽くした領域全ての調査に入った。

 これは、宰相からの提案で国王に事前に承認されて出された指示に従った行動となる。

 生き残りの住民の救助及び当面の援助と、遺体の埋葬への助力が目的だ。


 結果だけ言えば、宰相の予想の内の最悪のケースに該当し、王子らは生き残りを発見することはできなかった。

 つまり、埋葬の助力ではなく全ての遺体処理を行うはめになったのだった。

 これらの行為は、本来なら彼らが行なわなければならない事柄ではない。

 だが、誰かがやらねばならないことでもある。

 責任の所在や今後に受ける影響を考えれば、蹂躙した東部辺境伯の軍が後処理まで行うべきなのだ。

 それでも、彼らは受領した命令を優先して、それらを行わずに撤収してしまったが。



 大量の遺体を放置すれば、魔獣の跋扈を促進することになる。

 小さな魔獣が大量に発生すれば、時間の経過と共に中型、大型の魔獣も出現してしまうのだ。

 また、害虫の大量発生や疫病の蔓延という事態も起こり得る。

 それらが隣国だった地で起こってしまえば、ファーミルス王国への影響は避けられない。

 直接的に影響が大きいのは東部辺境伯領であるはずだが、他への影響も「ない」とは言えない。

 この地は南部辺境伯領も決して遠くはないのである。

 

 事後処理は一国の国土全域の調査から始まった。

 当然、対象となる範囲は広く、相応に時間も必要となる。

 初期の遺体は集めて埋葬するだけで良かったが、日数が経過すればそうも行かなくなる。

 そうなれば“一旦全てを焼き払っての処理へ”と、移行して行くのだ。


 第二王子は「なんで俺がこんな目に!」と怒り心頭に達しながらも、粛々と作業自体は進めた。

 彼の怒りの感情は二重の意味で妥当だ。

 この虐殺は東部辺境伯領の手で行われたものであることもそうだが、そもそもあの家の次男が第三王子を唆して最終的に幽閉されるなどという事態に発展していなければ良かったのだ。

 そうであれば、この役目は国にとってより重要度が低い第三王子に振られたはず。


 第二王子は他者のいない機動騎士の操縦席で、誰かに聞かれれば厄介事を引き寄せる結果しかなさそうな悪態をつく。

 そこで、「どこまでも祟ってくれるな! 東部辺境伯め!」と独り言をこぼしてしまうのは「至極真っ当」と言えなくもないのだった。

 もっとも、やらかしたのは辺境伯当人ではない。

 あくまでも愚行をおかしたのは彼の息子たちだ。

 親として「息子への教育が足りなかった」とか、「育て方を誤った」とか、「配下のやらかしは当主にも責任がある」という主張も、それはそれで間違ってはいないのだけれど。


 こうした状況下で、与えられた仕事である事後処理をきっちりと終えて王都に戻った第二王子。

 彼の東部辺境伯への心象はこの時、最悪を通り越した憎悪に近いモノとなっていた。

 それは、纏められた報告書にも各所に滲み出るように反映してしまう。

 それを受け取る立場の国王と宰相は、東部辺境伯への処罰を「当初の予定より、少々悪い方向に傾けるか」となったのも自然ではあった。




 時系列的には、東部辺境伯への処罰を決定した後しばらくしてから、王家の高炉の停止が発覚する。

 それにより、国王は「処罰が軽過ぎた!」と、内心でブチ切れる未来があるのだが、この処罰が下された時点では、残念ながらまだ高炉は稼働を止めてはいなかった。

 そして、「処罰が公表されたのと内向けには理由が説明されたことで、高炉の停止の未来が確定した」とも言えるのが皮肉ではあるのだけれど。

 

 ファーミルス王国が公式発表したのは「東部辺境伯による報復戦争ではあったが、国王の許可なく一辺境伯がアイズ聖教国を消滅させたのはやり過ぎであった。故に罰を与えそれを国の復興財源とする」となっていた。

 そして、内々では「王家と宰相は、東部辺境伯が国是を破ったことを『疑っている』が、現時点では証拠を押さえてはいない。その上でそれを訴え出る国がなくなってしまったため、改めて調査は行わない。故に『やり過ぎであった』と周辺国向けに公式発表したが、妥当と思われる処罰より内容を重めにしている」となったのであった。


 要するに、周辺国向けには「やり過ぎに対しての重めの罰」と思わせ、国内の事情が理解できる者には、「疑いはそのままで確定させないけれど、それに準じた重い罰だ」と思わせる手法を取ったのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、東部辺境伯へは二十年間一割増の懲罰加算税と同じ期間の“辺境伯家当主へ”の年金の一割減。

 更に金貨六十万枚の罰金が別で科せられた。

 ちなみに、重めではなく妥当であれば期間と割合はこれらの半分程度となり、王子の心証から少々悪くで加算されたのが金貨二十万枚となっている。

 つまり、当初の予定では罰金部分は金貨四十万枚であった。




「貴方。夕刻前に王命の書簡を携えた使者の来訪がありました。『当主への書簡の直接手渡しが義務付けられている』とのことで、応接室でお待ちいただいています。それと、王命に係わることらしいのですが、調査団を自称する文官が五名来ています。こちらは客室へお通して待機していただいてます」


 ミシュラは日中の作業を終えて帰宅したラックへ、最優先事項を告げた。

 その時の彼女の表情は不安を隠せていなかった。

 領主代理である自身に開示されない“王命”の書簡という時点で、ロクでもない内容のモノだと確信してしまっているからだ。


 この国は、夫にどこまでの苦難の道を歩かせる気でいるのか?


 魔力量が0であることを理由に冷遇してきた夫に、どこまで国に貢献させる気でいるのか?


 ミシュラはこの時、「自身の我慢が限界に達するのがそう遠くない」と思えた。

 夫が妻や子供たちの将来、そして庇護下に置いている住民の幸せを考えて、色々と耐えている部分があることはわかっている。


 クーガが魔道大学校へ入学した時点でゴーズ家の未来の価値は跳ね上がる。

 秘匿している王族級の、それも下限に近い位置ではなく、遥かな高み、上位に位置する魔力量がバレてしまうからだ。

 だが、それはクーガの持つ魔力量に起因する話であって、ラックへの評価が変わるわけではない。


 ラックが“特例”男爵の地位にあっても、この国の貴族の大部分は彼を男爵としてではなく、魔力量0の無能という目で見るのだ。

 勿論、一部の貴族はこの家の異常性に気づいている。

 そのため、異常性の原因が判明しない以上、ゴーズ領、ガンダ領、ティアン領の三つを実質的に統べている当主を軽く扱うことに否定的な貴族は存在する。

 しかし、それはあくまで極一部の有能な人材に限られた話であり、その彼らも判断を保留しているに過ぎない。


 機動騎士を大量に抱える財力を見せつけても。


 塩の供給援助を行った過去があっても。


 “特例”は何処まで行っても“特例”でしかないのが現実である。




「お待たせしました。ゴーズ家当主。ラック・ダ・ゴーズです。遠路遥々王命の書簡を携えていらっしゃったそうで。今夜はゆるりと当家で疲れを癒してください」


「法衣男爵の私がこうも待たされるとは予想しておりませんでした。こちらが王命が記載されている書簡となります。この場で開封して内容の確認と承諾のサインをいただきたい」


 双方が向かい合ってソファーへと座る。

 ミシュラはラックの横に並んで着席した。

 そうして、ゴーズ家の当主からの挨拶の口上と使者からの来訪目的が告げられたのであった。


 ミシュラはこの使者の物言いと態度に唖然となった。


 同じ男爵の階位であっても、領地持ち貴族の男爵は一段上の振る舞いが許されるのが、「慣例」と言うか「慣習」となっている。

 それを貴族で知らぬ者はいない。

 いるはずがない。

 それほどの暗黙の了解であるはずなのだ。


 例えそれが“特例”であったとしても、その背後には男爵相当以上の魔力持ちの妻がいる。

 それは「領地の戦力が確保されている」ということであり、所持する武力も国への貢献度合いも、法衣のそれとは違い過ぎる。

 つまり貴族の暗黙の了解は当然の扱いでもある。

 しかも、ラックは所持している機動騎士の数が通常の男爵家と比較にならない数だ。


 私的な場や陰口ではともかく、使者としてのこの振る舞いはファーミルス王国の慣例を考えると許されるものではなかった。

 しかし、妻は妻であり、正妻の立場のミシュラには爵位がない。

 悔しいが、ここで使者を咎める権限は彼女にはなかった。ないのだが、隣に座っていることで、夫の手に彼女の手は触れている。


 接触テレパスは当然のように、ミシュラの心情を超能力者に伝えてしまうのであった。


 ラックは悪い意味で、人の悪意に晒されるのに慣れてはいる。

 必要であるなら耐えることもできるし、それを行うことは吝かではない。

 しかし、だ。

 今、ミシュラの怒りが伝わって来てしまっている。

 ゴーズ家の当主は、それを無視して今回の使者の言動や態度を許容する必要性を認めなかった。


「ミシュラ。今の発言。聞いていたな? 直ぐにそのまま文書にしてくれ。それを持たせた使者を王宮へ向けて。いや、ここは直接王宮へ出向くか。この使者殿と客室で待機している五名の文官殿たちはお帰りだ。確実に領外へ出るよう、確認と護衛の意味でフランに機動騎士で出て貰おう。彼女にはそのまま北部辺境伯の元へ事情説明に行って貰う」


 ラックの言に従ってミシュラは即座に書面の作成を始めた。

 夫である領主が態々指示しなくとも、フランに持たせる北部辺境伯向けのそれもその場で書き上げる彼女は有能である。


「はっ? 何を言い出すのです? これは王命の書簡ですよ?」


「ご苦労様でした。当家の意思は貴方に伝わったと思います。サエバ領とガンダ領の領境までは当家の機動騎士を護衛で出しますのでお気をつけてお帰りください。今夜はゆるりと当家で疲れを癒していただくはずが、急遽予定変更になってしまって申し訳ありません」


 ラックの態度は取り付く島もない。

 使者は「これ以上の交渉は不可能だ」と判断して、帰途に就く準備へと思考と行動を切り替えた。

 彼は、王都に着いてから保身のための弁明もしなくてはならないのだから、もうのんびりしている余裕はない。


 フランは今晩の当番であったため、使者と会う前にラックがフリーダ村からテレポートで連れて来ていた。

 そのため、彼女自身が直ぐに出ることが可能だ。

 そして、彼女が普段使っている機体はフリーダ村に置いたままだが、トランザ村には彼女が扱える遊んでいる下級機動騎士が複数ある。

 搭乗する機体の問題もないのであった。


 こうして、ラックは王命の内容を知ることなく使者にお帰りいただいた。

 当然のことながら、彼とミシュラはテレポートで王都へ急ぐことになる。

 先行して、ありもしない事実を捏造報告されることで、悪しき先入観を持たせるわけにはいかない。

 使者側もその点は承知しており、彼は夜間の強行移動を試みる気である。

 だが、超能力者の“使者からすると反則技以外の何物でもないそれ”に気づくことはないのが哀れであった。


 「王命? ミシュラのご機嫌の方が大切ですけど?」と、内容を知ることもなかった王命自体は、現時点で拒否したわけでもなんでもないつもりのゴーズ領の領主様。「重大事と思われる案件に、慣例破りの無能な使者を出してきて、ゴーズ家に強制のお願い事をしようとは」と、呆れる限りの超能力者。「王宮の連中の頭、大丈夫か?」などとわりと酷いことを考えているラックなのであった。

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