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51話

「『アイズ聖教国の教都が壊滅』ですって?」


 ミシュラはラックの言葉に驚いていた。

 彼女は「東部辺境伯が本気で攻め掛かれば、最終的なアイズ聖教国の敗北は確定だろう」とは考えていた。

 けれども、今回の状況は「聖教国が狙って起こした」と考えられるものであり、「予想できる部分への対処方法は事前に手当されていた」はずなのだ。

 国家的自殺でも考えない限りは、そのはずなのである。


 まぁミシュラは知る由もないけれど、実際には「教皇の考え」と言うか「計画」には、“王国へ併合されての聖教国消滅”も視野に入っていたわけで。ある意味「国家的自殺を考えていた」と言えなくもなかったりするのであるが。

 

 ミシュラの考えからすると、壊滅するのが早過ぎた。

 彼女の予想は「教都が壊滅的な被害を受ける前に、停戦して国家間の手打ちの話し合いに持ち込まれるだろう」となっていた。

 つまり、それが外れてしまったので驚いて声を上げてしまったのが、冒頭の部分となる。


「うん。北方から侵入した軍勢への対処が完全に遅れてしまったのが原因だね。元々西からの攻撃を予想して守りを固める布陣だったから」


 ラックは淡々と語っている。

 だが、ミシュラが思うに、夫が千里眼で視ている景色はおそらく凄惨な虐殺の風景である。

 時に起こる魔獣の襲撃でのそれは不可抗力であるから、心情的には受け止めやすくはあるはずだが、今回の虐殺は人の手によるものだ。

 そして、彼女の夫には“助けようと思えば助けられる能力”が備わっている。


 “できるけどしない”という選択をすることが、果たしてどれほどの心理面での負担になるのか?


 虐殺されている対象は、夫が責任を持たねばならない庇護下の住民ではない。

 そうであるから、そのことを差し引いて考えることはできるはずだ。

 けれど、殺されているのが軍人以外の一般国民ならば、「見捨てた」とか「見殺しにした」という思考の方向に流されやすい。

 それはラックの優しさでもあり、弱さでもある。

 しかしながら、人として捨ててはならない部分でもあるのだ。


 唯一無二の力を持つミシュラの夫は、魔道大学校を卒業するまでに周囲から受けた扱いを忘れることは絶対にない。

 それ故に、所謂、貴族の階層へ向ける心情は冷淡で冷酷、辛辣になりがちである。

 と言うか、そちら方面へは「そうなって当然。そうならなければおかしいだろう!」まである。

 勿論、技術的にはそれをあからさまに表面に出したりはせずに、態度や対応を取り繕うことはするのだけれど。


 ミシュラ以外の他人への興味を失い、誰がどこでどれだけ死亡しても無関心でいられる。

 実のところ、領主となり庇護下に村人がいる状況になる直前のラックは、それに近いところまで到達してしまっていた。


 だがしかし。

 ラックは寸でのところで止まり、人として大切な部分を完全に失うことはなかったのだった。

 庇護下の住民への責任感、日常でのふれあい的な係わり。

 自身の子も生まれ、状況に流されてではあるが、複数の妻をも迎えた。

 そうした周囲の環境の変化と時間の経過が彼の判断基準・価値観に影響を及ぼしたのはごく自然なことではあったのだろう。


 フランを殺害しようとした行商人。

 内戦中のカツーレツ王国からやって来た難民の一部。

 トランザ家の庇護下にあった住民。

 マークツウ王国建国時の王を含む主立った重臣たち。

 マークツウ王国の領土内にいた旧カツーレツ王国の時代からその地に住まう住民たち。

 二代目の国王が統治を始めた後のヒイズル王国の人々。

 

 列挙したのは、ラックが「助けることをしない、或いは自ら殺害する」という選択をした相手。

 これまでにも、そうした対象が存在していた。

 今回、そこに「アイズ聖教国に住む全ての人々が加わった」という話だ。


 非情な決断がどうしても必要であれば、超能力者は自らの感情を抑えて行動することもできる。

 だが、それは必要であるから耐えているだけであって、何も感じることがないわけではないのだ。


 ミシュラは冷徹に切り捨てるだけの夫ではないラックが好きだ。

 その「人格」と言うか「人間性」を尊敬し、全てをひっくるめて愛している。

 そして彼女が夫のそういった部分を全面的に肯定し、受け入れて支えるからこそ、ゴーズ領の領主様が壊れることはなかったのであった。

 

 まぁ、全面的にと表現していても、歓楽街の女性関係という例外はあるけど。


「聖教国の民は、アイズ聖教と共にあります。いえ、もう『ありました』と言うべきですわね。彼らは教義に従い、その頂点に立つ教皇の行いの結果を甘受せねばなりません。ファーミルス王国の法に反しない限り、貴方は自身の好みの判断に従って、助けるか助けないかを自由に選ぶ権利があります。ですが、それは権利であって義務ではないのです。権利を行使しないことは誰からも咎められることではないですし、義務ではない以上、思い悩むのはやめにした方が良いと思いますわよ」


 ミシュラは夫の精神的負担を軽くすることを優先する。

 見知らぬ他国の民と目の前の愛する夫。

 どちらを優先するべきかは論ずるまでもない話であった。


 そんな会話をしつつ、ミシュラの執務処理は続いた。

 ラックは視ていて気分が悪くなる光景ではあったが、千里眼での監視を継続していた。

 彼が感情を抑えて悲惨な情景から目をそらさなかったのは、東部辺境伯のやり口をしっかり視ておくためである。


 結果から言えば、東部辺境伯が出した戦力に王都から派遣された第二王子が接触できたのは教都が陥落した三日後であった。

 その間に、国内の全ての集落が蹂躙され、集落にいた人間は例外なく全員殺されてしまっている。

 東部辺境伯の指示は口頭でされたため、ラックにはその指示の正確な内容は現時点ではわからない。

 だが、結果からみると、辺境伯家の当主の指示は、根切りであったのだろうと想像がつく。


 東部辺境伯はアイズ聖教国に嵌められたことを完全に理解しており、それをなかったことにしてしまうための指示であったのだろう。

 選択された手段は、「己の配下の失態を挽回するため」とは言え、「やり過ぎであろう」とは思える。

 しかしながら、“アイズ聖教国のやり口に悪意があったこと”も事実であり、“過剰に”報復しただけでもある。


 ラックはなんとも言い難い気分になりながらも、撤収していく武力集団を視るのを最後に現場の監視は終了とした。

 後は、「東部辺境伯と第二王子が報告に戻る部分を押さえておけば良いだろう」と思考を切り替える。


 現状ではゴーズ家に直接の影響が出るのは、湖上へ逃れた難民の受け入れの部分のみだ。

 これはラックの裁量内の案件であり、国から口出しされるようなことはないはずである。

 超能力者は、残念ながら予知能力を持ってはいない。

 未来を知ることはできず、予測するしかない。

 彼の手持ちの情報では「ゴーズ家に今回の件で影響が出る未来はない」としか予測はできない。

 けれども、予感の部分はそれを否定する。

 そしてそれは正しかった。


 四か月後、ファーミルス王国に国の根幹を揺るがす事態が発生し、ゴーズ家は否応なくそれに巻き込まれて行くのであった。




 ファーミルス王国の王家が持つ、安価に鉄を供給するための高炉の魔道具。

 その魔道具は、突如として使用不能となった。

 管理を仕切っていた伯爵家が、「賢者の理想が失われた」と判断し、その場合に決められていた手順を実行したためである。


 本来これは、発動する難易度が相当に高いはずであった。

 三十日に一回程度の頻度で行われる、燃料となる魔石の補給作業の手順が発動のキーとなっていたからだ。


 しかも、それは一回では発動しない。

 複数ある手順の中から、まったく同じ特定の手順で連続三回行われなければリセットされて発動は保留される。

 つまり、作業に携わる人間の個々の判断の複数が合致し、尚且つ魔石の供給手順がその期間ずっと同様に行われることでしか、仕掛けられているギミックが発動することはない。


 要は、その期間内に個々の判断が変わらないという条件が必須であることが、発動の難易度を高くしていたのである。

 そして係わる人数の問題で、長い年月を経ればその継承が途絶える可能性もそこそこ高かった。


 賢者は電気炉の発明を予見しており、「いずれは鉄の独占は維持できなくなる」と考えていた。

 ある程度の年月を経れば、「自主独立の考えから周辺国の製鉄技術が発達するであろう」と予想していたからだ。

 故に、「近々に理想が破られることがあるならば」を考えての措置であり、何百年も先のことを想定して仕掛けられたモノではなかった。

 近々に彼の理想が失われるならば発動する安全装置の一つであり、「一応、こういう手も打っておくか」程度のモノであったのだった。


 結果は賢者の予想とは異なってしまったわけだが。


 ギミックが発動し、高炉の基幹部分となる魔石の固定化が解除される。

 そうして魔石は失われ、魔道具は稼働を止めたのであった。


 製鉄の部門からの高炉停止の報告が上がり、国王と宰相は頭を抱えた。


 王家に内密に伝わる口伝には、「賢者の理想、建国の理念が破られし時、この国の礎をなす魔道具は停止する」とある。

 当然のことながらそれは国王と一部の王位継承権を持つ者だけが知っていることであり、宰相は知らない。


 宰相は魔道具が停止したこと自体を問題視し、その解決策を考える。

 それに対し、国王はこの魔道具の停止は国是が破られた証明であると考え、こうなった場合に魔道具を一度だけ再始動させる方法があることを思い出していた。

 しかし、その方法には災害級魔獣クラスの魔石が二つ必要となる。

 そして、そんな用意はされていない。


 二人は同様に頭を抱えていても、「同じ事態に直面しながら考えている中身が異なる」という奇異な状況に陥っていたのであった。


「理由は言えぬし、詮索は禁ずる。だが、高炉の魔道具を再稼働する方法があるにはある。実現可能かどうかは別であるがな。災害級魔獣の魔石が二つ用意できれば再稼働は可能だ」


 国王は悩んだ末に、「解決方法」と言えるのかどうかが微妙な部分のみを伝えた。

 口伝自体は秘事であるから伝えることはできない。

 だが、再稼働の機会はどうせ一度だけだ。

 それに加えて、「再稼働に必要なモノを、伝えるだけであれば問題はない」と考えての発言である。


「左様にございますか。それは『固定化されていない魔石が必要』という解釈でよろしいですかな?」


 宰相は国王が「何故再稼働に必要なモノをここで断言できるのか?」に疑問は持つし興味も覚える。

 けれど、そこは先立って禁じられてしまった。

 そうなれば、後は実務で必要な確認をして行くのみとなる。


「そうだ。従って、最上級機動騎士に組み込まれているモノは使えぬ」


 固定化されていない魔石は、実は時間の経過で自然減がある。

 表面積の大きさでその量が決まるため、小さな魔石ではさほど問題にならない。

 だが、災害級魔獣のサイズの魔石になると元の大きさにも左右されはするが、三十年から五十年程で一ランク下の魔石へ変化してしまう。

 つまり長期の保存はしても意味がない。

 そんな理由から、希少性の問題も絡んで、直ぐに固定化して利用されるのが普通であった。

 ここで重要になるのは、「利用できる魔石の在庫は存在しない」という点なのであるが。


「少し古い情報になりますが。『ゴーズ領では新型の炉を利用して、小規模ながら金属加工を行っていること』が、北部辺境伯から報告として上がっています。そこで扱う金属の中に鉄についての情報はありません。が、それはおそらく『王家の鉄の権益を犯さぬため、或いは、技術を奪われることや禁止の措置を恐れているためだ』と判断しておりました。報告では、『規模の拡大が難しいと考えられる技術だ』ということでして、今まで特に問題視はしていなかったのですが」


 ファーミルス王国は周辺国と比較すると、鉄の供給量と燃料コストに絶対的な優位性を持っていただけであり、製鉄の技術自体はどこの国にも存在はしている。

 そうである以上、大量生産して供給することができないゴーズ家の加工技術は、王家の炉の競争相手とはなり得ない。


 つまるところ、王家の炉が稼働していれば無視して良いレベルの話だったのである。

 これまでは。


 だが、状況は変化してしまった。

 ゴーズ家に利用可能な技術であれば、おそらくそれは特別な魔道具を必要とする技術ではない。

 つまり、周辺国でも運用可能な可能性がある技術となる。


 王家が持つ高炉と同等の魔道具を独自に作り出すことは、ゴーズ家には不可能なはずなのだ。

 仮にそれができたとしても、魔道具を稼働させるのに必要な超高魔力量の保持者もいないはずである。

 宰相はそこまで考えた時、魔力量の保持者の部分に不安を覚えた。

 少なくとも最上級機動騎士を稼働させられるレベルの魔力量を持つ者が、ゴーズ家にはいるはずであることを思い出してしまったからだ。


 そんなこんなのなんやかんやで、国王と宰相は当面の対応策を纏めた。

 ファーミルス王国は、災害級魔獣の発見に高額の懸賞金をかけた。

 更に、災害級魔獣の魔石に対して、上限を二個までと条件を付けて、先着順での高額買取の募集も発表されたのであった。

 そしてそれとは別に、ゴーズ領へ王命の調査団の派遣が決定された。

 目的は当然、ラックが運用している太陽炉である。


 こうして、ラックの「なにがしかの事態に巻き込まれる」という予想は的中する。

 実に気の毒なとばっちりではあるのだけれど。


 第二王子の帰還と報告。更にその報告書と総括まで盗み視て、その後の王国の対応でも「ゴーズ家に影響のある話はなさそうだ」と安心して千里眼での監視を止めたゴーズ領の領主様。安心した後に、時間差攻撃で厄介事がやって来るのは想定外な超能力者。王家からの要求で、妻とアレコレする精神的余裕を奪われることは、予想できなかったラックなのであった。

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