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50話

「『アイズ聖教国から緊急の使者が来ている』だと?」


 ファーミルス王国の宰相はルーティンの決済を続けている最中に飛び込んできた文官に驚いていた。

 東部辺境伯領より、「報復戦争に移行した」という報告を二日前に受けたばかりだ。

 アイズ聖教国からの使者が来る可能性と、持ち込まれる事案の内容について、彼は予測をしていたのだ。

 だが、「それが発生する日時」という意味では、想定外だったのである。


 両国の都の間に存在する物理的距離は、決して「近い」とは言えない。

 その程度には遠く離れている。

 つまり、宰相の視点だと、使者が必要とするはずの移動時間を考えれば、ここへの到達が早過ぎた。

 或いは、「予想とは別物の件が、偶然この時期にでもなったのか?」などと、彼は瞬時に考えながらも、文官からざっくりとした内容を口頭で確認する。


 そうして、至急対応が必要な案件であると判断を下した後の宰相の動きは素早い。

 本人は知らないことではあるが、彼は北部辺境伯からは、「少々現場を知らなさすぎるのではないか?」と、能力に疑問を突き付けられている。

 しかしながら、完全に無能であればここまでの地位に登り詰めるはずもないのだ。

 他人から見て残念というか、足りていない部分は確かにある。

 それでも、彼は宰相の地位に相応しいだけの、事務処理速度や優先順位の付け方といった必要不可欠な能力を、堅実に備えているのである。


「陛下。アイズ聖教国から抗議の使者が来ました。抗議内容は簡潔ですな。『ファーミルス王国から攻撃される理由がないのに何故攻撃されるのか?』です。そして、詳細説明はこうですな。『聖教国へ侵攻を企んだ未承認国家であるマークツウ王国への攻撃と、その残党を国王、国民として迎えたヒイズル王国への攻撃。聖教国に正当性はある。そして、聖教国は貴国へは手出しをしていない。聖教国がマークツウ王国とヒイズル王国へ向けた軍を、『旧カツーレツ王国の領土内もしくは、マークツウ王国の領土内』で、貴国の軍が攻撃し、殲滅したと考えられる。これは、貴国が国是と掲げる内容に則って、魔石供給に伴う契約内容に違反していることは明白である。その上、聖教国の領土へと貴国の軍を入れ、教都を目指しているのは言語道断である。即刻兵を引き、損害への賠償を伴う国家間交渉を求める』と、あります。東部辺境伯からの報告とは、内容が乖離し過ぎておりますな」


 宰相は国王へ、抗議として届けられた書簡の写しを渡し、口頭での報告という体で内容の説明をした。


「はて? 東部辺境伯からの『攻撃されたので即応で報復する』という内容と違っておるのか。お互いに、『事実誤認で攻撃してしまった』ということもなくはないだろう? 事実確認をして、東部辺境伯側に非があるのであれば、賠償の問題だな。一旦は国で肩代わりしても、最終的に辺境伯に負担させれば済む話ではないのか?」


 国王は写しにざっと目を通し、宰相の要約内容の解説を受けても、「少々の支出と、一定期間の魔道具や鉄の輸出に色を付ける条件で、済ませることができる内容だ」と判断していた。

 時折発生する事例を参考にして考えれば、「この件は規模の大きさは勿論違う話ではあるものの、要請を受けて他国内に派遣した機動騎士やスーツが、その国の人間を死傷させた場合の対応と基本は同じだろう」と、彼には思えた。

 そして、“その部分”に限定すれば、どれだけ規模が大きく違おうとも、賠償や非がある者に厳罰を与えるという部分を相応に拡大すれば良い。

 つまり、その考え自体は間違ってはいないのである。

 あくまで、条件が限定された範囲内のみに収まっていれば。


「陛下。『誤認したかもしれない。それで攻撃して被害を与えたかもしれない』の部分は、聖教国と話し合う余地はありますな。認識の問題ですから、人である以上は間違うこともあるでしょう。必要ならば謝罪や賠償で済ませるべきです。ですが、東部辺境伯領の軍事力を、“相手の承認を得ることなく、出してしまった点”が問題となりますな。この点だけは言い訳できません」


 ファーミルス王国の周辺国は、「軍事大国でもある王国が大昔に賢者が掲げた理想を本気で実現して、それを実践し続けてしまった国だ」とよく知っている。

 それは長いファーミルス王国の歴史が証明している事実だからだ。


 その部分が信頼できるために、ファーミルス王国の「外征をしない、領土的野心も持たない」という前提条件に沿って、様々な国家間の約束ごとをしている。

 そして、重要な契約には、形式的に条件としてそれを盛り込むこともある。


 周辺国は安価な鉄製品の潤沢な供給や、生活に必要な魔道具の供給を受けてはいる。

 しかし、それには当然対価を支払っているし、それとは別に、王国の欲する魔石を安く(とは言っても、買う側の王国は売り手が良心的と感じる値段で引き取ってはいる)大量に供給しているのも事実だ。


 それぞれの国は王国に対して決して立場が強いわけではない。

 どちらかと言えば弱い立場だ。

 だが、一方的に全てをファーミルス王国の言いなりで、受け入れさせられるような力関係でもないのである。


「そうなるのか。ではどうするのが良い?」


 国王は対応策を持ってはいなかった。

 彼は自身の能力を把握しており、そうであるが故に率直に宰相に問うたのだった。


「東部辺境伯に停戦命令を出します。そして、事実確認をして話し合いですな。建国以来、過去にグレーはあっても明白に破られたことはない国是の問題です。ここで対応を誤ると、輸出も輸入もこれまで通りとは行かなくなります。これは我が国と聖教国だけの問題ではなく、貿易の対象国全てに影響が出る話になるのです」


 国王はことの重大性は理解した。

 そして、宰相の言を入れ、即座に停戦命令を出す。

 だが、一方で最後は「鉄も魔道具も供給を止めて良いのか?」と、脅しをかければ済むとも考えていた。

 そう簡単な話ではないのだが、彼の認識はそうなってしまっていたのである。




 ファーミルス王国は停戦命令を出した。

 この案件は情報の伝達速度と、命令を確実に実行させることを重視している。

 そのため、平時であれば伝令を走らせるか、中堅程度の文官を走らせるかとなるところを、尋常ではない対応に切り替えている。


 具体的にどうしたかと言えば、第二王子が最上級機動騎士で出ることになったのであった。

 勿論、王子が単機で出ることはない。

 本当は出したいのはやまやまだが、そうも行かない。

 故に状況を勘案して上級三機が護衛として付けられることとなった。


 本来であれば、王子の立場には護衛として上級一機、中級二機、下級四機辺りが付くのが妥当な編成となる。

 だが、移動速度を重視せざるを得ないこの案件。

 急ぐ理由があるため、特別編成とされたのであった。


 緊急で最上級機動騎士を含む四機を動かす。

 整備や補給を担当する部署は“何事か?”となる。

 必要な稼働時間は大凡の往復移動距離から算出できる。

 そうしてはじき出された稼働時間を基に、必要十分な燃料となる魔石を用意して持たせねばならない。


 建国以来、重要ではあるが地味でもあるその部署は、とある伯爵家がずっと役目を引き継いで仕切っていた。

 そして、緊急で出る理由も説明されたことで、伯爵家に伝わる賢者が出していた密命を実行に移す作業も行うこととなったのであった。


 その伯爵家は、ファーミルス王国の鉄を生産する重要な魔道具の運用管理もしていた。

 その点が王国に重大な危機を呼び起こす結果を引き寄せるのだが、それは少しばかり先の話となる。



 

 遥か昔、賢者は理想と現実を天秤にかけ、「埋伏の毒」或いは、「忍びの草」といった比喩的表現をすれば当たらずとも言えど遠からずという手段を用意していた。


 建国に助力した賢者は、「永遠に続く国家などない」と考えていた。

 そして、「自身が理想とする国家があり、それが実現できたが、いつかは終焉を迎えるだろう」という考えが当然のようにあった。


 可能性の話として、ファーミルス王国の王家だけが持つ安価な鉄の供給技術や、王家と三つの公爵家に分割して持たせた魔道具生産の核心技術の漏洩、或いは伝承の途絶はあり得た。

 勿論、そのような事態を避けるための保険は、“これでもか!”とばかりに幾重にもかける。

 だが、「物事に絶対はない」のを彼は理解していた。


 また、別の可能性として、技術の発見、発明、革新により、ファーミルス王国の独占が維持されないことだってあり得た。

 そうした事情で、この国の運営が破綻することは起こり得る未来だった。


 そもそもの話、賢者は自身が理想とする国が「永遠に続くことはない」と、他の誰よりも深く理解していた。

 それ故に、「安全な期間が一分一秒でも長く続けばそれで良いのだ」と開き直ってもいたのだ。


 お互いに武器を突き付けあっていても、戦乱が起こらない。

 仮にそれが起きてしまったとしても“小規模で済ませられる”という安全は、その実現が平和を維持することに比べれば遥かに容易である。


 安全と平和の違い。

 その実現難易度違い。


 賢者は頭がお花畑だったのも確かだが、これらを正しく理解もしていた。

 一時の安全(見かけ上の短期の平和)は十年の戦乱の世に勝る。

 この大陸の全ての国が自国に対して安全であれば、それは実質的に平和と変わらない。

 彼はそんな考えの持ち主でもあったのだ。


 賢者の本音は、「せいぜい三百~四百年程も国を維持できれば御の字だろう。日本の江戸時代だってそこまでは長くないし!」というものだった。

 そうした誰にも明かすことはできない予測を基に、ファーミルス王国の制度設計は成され、建国した。

 そして、彼自身の持った理想が破られた時、この国の存在に意味はなくなる。

 故に、終止符を打つ手段もこっそりと用意はされていたのである。

 これが前述した比喩的表現(埋伏の毒、忍びの草)の話に繋がるのだ。

 

 賢者の予想は良い意味でも悪い意味でも裏切られ続け、せいぜい三百年どころかその十倍を超える四千年余りの安定の時代が存在し続けた。

 皮肉な見方をすれば、技術的には長期の停滞であったわけだが。


 これから起きる事態は、そうした安定の時代が、終わるかもしれない時が遂に来てしまっただけの話だ。

 即時発動することはない、賢者が仕掛けておいた策はひっそりと発動する。

 人間には間違いがある以上、途中で引き返せる安全装置も、最低一度はやらかしてしまっても更生を期待してやり直す道も用意はされている。

 ひょっとしたらこれらの部分も伝承が途絶して機能しないこともあり得たわけだが、彼は全知全能の神ではない。

 単なる人の身だ。

 それならそれで仕方がないとも開き直っていた。

 

 できることはやっておく。

 これが過去に賢者と呼ばれた彼の後世に対するスタンスだ。が、彼が全てを背負う必要はないし、そんな義務もない。

 最終的に未来に責任を持たなければならないのは、その時代を生きる人々の役目である。


 それが幸いなことであったのか?

 それは誰にもわからない。

 だが、賢者がやっておいたことは、長い時を経て直系の子孫であるラックが生きる時代に、結果的にはきちんと機能してしまったのであった。




 アイズ聖教国は教都が攻撃を受ける前であり、国内への東部辺境伯軍の侵入も受ける前の段階でフライング的にそれらを確定事項として使者を出している。

 そして、ファーミルス王国はその使者がもたらした情報に可能な限り最速の対応をした。

 両国は事態への対応速度という点において、これ以上はない最善を尽くしている。

 しかし、結果的にそれらは間に合うことはなかった。


 派遣された第二王子が、最速で聖教国の教都があったはずの場所に辿り着いた時。

 そこには破壊しつくされた残骸と、人の亡骸しか残されていなかったのである。


 アイズ聖教国の誤算は、国の北方から侵入した東部辺境伯三男の戦力であった。

 予想外の時に、想定外の場所へ。

 完全な補給と簡易整備、そして休息まで済ませた万全の攻撃体勢の三男率いる武力集団が、教都へなだれ込んで来たのだ。

 それでも時間を稼ぐことが勝利に繋がるのを理解している聖教国側は、出せる力を振り絞って侵略者への抵抗を続けた。

 しかしながら、それも遅れて教都の西側へ到着した、東部辺境伯次期当主の戦力が加わると完全に破綻してしまう。


 スーツや災害級以外の魔獣が相手であれば、魔道具ではない武器でも甚大な人的被害さえ覚悟すれば、数の力で圧殺するのは不可能ではない。

 宗教国家の特性上、「教徒を死地へ向かわせるのも、他国の事情に比べれば簡単だ」という利点はある。

 けれども、相手が機動騎士となると話が変わってしまう。

 機動騎士が持つ、厚い装甲を打ち破るだけの威力がある攻撃が必要となるのだ。

 その条件が非常に厳しい。


 むろん、機動騎士にも弱点は存在する。

 稼働時に構造上どうしても露出してしまう装甲がない関節部分と、稼働時間の限界を迎えた場合の魔石の補給時。

 それが一応弱点ではあるのだ。

 但し、それは運用する側も承知しているので、そう簡単にその部分への攻撃や、補給中の攻撃を許すことはない。


 教都は国の都であるから防備は整えられてはいる。

 しかし、それは大型の魔獣を想定しての防備であり、機動騎士の攻撃を想定してはいない。

 大型の魔獣を相手にしても勝利する機動騎士、その集団の攻撃力の前には、それはないよりはマシ程度の安全担保にしかならなかった。

 しかも、攻撃を受けたのは想定していた西側とは全く違う北からとなってしまった。

 聖教国の戦力は西側を厚くしており、北側は比較的手薄であったのだ。


 弱いところを突かれ、戦力移動で対応するのに手を付けたところへ、今度は別の攻撃を受ける。

 新たな攻め手の攻撃力自体も想定の五割増しに近く、聖教国の対応できる物量を完全に超えてしまった。

 その上、相手の目的は戦争での勝利ではなく、アイズ聖教国を消滅させることである。


 教皇は副教皇とバラバラに教都からの脱出を目論んだが、時すでに遅しであった。

 教都は灰燼に帰し、東部辺境伯の軍事行動は聖教国国内に点在する集落の殲滅へと移行してしまったのだった。


 こうして、ラックは千里眼で、アイズ聖教国が指導者を失い、国として成立しない状況へと追い込まれて行くのを、ただただ視ていた。

 陰鬱な気持ちになりながらも、超能力者は目を背けることはしなかったのである。


 この話では全く出番のなかった主人公、ゴーズ領の領主様。緊迫する状況の推移をきっちりと確認し続ける超能力者。それを怠ることなく、その上、前回の反省から夜のご休息の時間をしっかりと確保するラックなのであった。

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急展開。起承転結の転ですね。
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