5話
「『盗賊に襲われた生き残り』だって?」
ラックは、村の警備が仕事の衛士から呼ばれてこの場に来た。
目の前には疲労困憊の顔立ちの整った若い女性が一人。「盗賊の襲撃により、移動手段が徒歩になった状況でここまでたどり着いた」というのが本人の弁だ。
北部辺境伯からの使いとして来た人員の五名の内で、この目の前に居る女性だけが生き残った。
魔道具の拳銃を所持していたおかげである。
“こういう役柄は、僕には似合わないんだが”と、ラックは思っていた。が、それでも義務感から眼前の女性の手を取り、励ましの言葉をかける。
「大変でしたね。この村の中は安全です。どんな奴らで何人ぐらいの規模でしたか? おっと失礼。今はまず先に私の家に案内しますので、詳しい話はそこで。申し遅れました。領主のラック・キ・ゴーズです」
ラックは女性の手に触れ、わざと先に質問した。
接触テレパスで状況の読み取りをするためだ。
前述の義務感とは、女性を励ますことではないのである。
襲撃者は十名。
殺した死体の数で人数を確認。
街道脇に作ったと思われる塹壕を、通常の大地に偽装して潜んでいた者たちに襲われた。
途中で追い越した、“食事休息をしている”と思われた行商隊が合図を出して、襲撃者が塹壕からいきなり目の前に飛び出して来たせいで、不意を突かれた。
行商人は死んだ仲間の四人の内の一人の顔見知りだった。
襲撃者は毒刃を使っていたようで、小さな傷しか負っていなかった仲間が死亡。
襲撃者全員撃ち殺すことには成功したが、戦闘中に後方にいた行商隊は姿をくらませた。
以上が、女性から接触テレパスで読み取れた内容だ。
短い質問だったため、“彼女が思い浮かべてくれる情報量は少ないだろう”と思っていたのだが、知りたいことは全て思い浮かべてくれて助かったラックである。
そして場面は、ラックの自宅である領主の館、ゴーズ家の応接室へと移る。
「少し落ち着きました。すみません。まだ名乗ってもいませんでした。フラン・ヘ・シスと申します」
「大丈夫ですよ。よく無事で辿り着かれました。改めて、私がこの村を治めているラック・キ・ゴーズです。こちらが妻のミシュラです」
「ミシュラ・キ・ゴーズです」
挨拶が済み、フランは改めて襲撃があった件も含めて道中の話を語った。
そして、ミシュラが亡くなった方へのお悔やみを伝える。
場の雰囲気が若干暗くなった後、フランは唐突にゴーズ領へ来た目的を切り出す。
内容としては、「北部辺境伯の寄子になりませんか? 家の縁を結ぶために辺境伯家の養女と結婚をしませんか?」である。
ちなみに、その養女というのが、ラックの目の前の女性だったりするわけなのだが。
「それはそれは。しかし、その件はお断りします。理由は当家にメリットがある部分がないからです」
「そうですか。では独自勢力として頑張ってください」
「フラン様。わたくしからもよろしいですか?」
ミシュラも聞きたいことがあるようで、発言許可を得ようとした。
「どうぞ。ゴーズ夫人」
「ありがとう存じます。シス家としては“ゴーズ家とどうしても縁を結びたい”というわけではないのですね?」
「ええ。ここは飛び地になりますから。直接辺境伯領と接しているならともかく、間に三つの騎士爵領の開拓村を挿んでいますからね。そして最前線でもありますし、寄子としての救援依頼が出された場合、“寄親としての義務が即座に果たせるのか?” という問題があるのです。それに加えて」
一度言葉を切った後、フランはミシュラをジッと見つめた。
そうして彼女は一秒に満たない間を置いたあと、言葉を続ける。
「元公爵令嬢が正妻となっている家に辺境伯家の養女の私が嫁ぐとなると、“妻の序列をどうするのか?”となります。私の魔力量は二千五百です。辺境伯家としてはゴーズ家が私を正妻として迎えることが前提となるでしょう。ですが、カストル公爵家はそれを許しますか?」
「許すはずがないですわね。家の体面が絡む問題ですもの。ただ、このケースだと王家が仲裁に入った場合は、おそらくわたくしが第二夫人になるお話になるかと思います。そして、後からフラン様が男子を出産された場合、魔力量の結果次第で問題が発生する可能性がございますわね。家にはもう長男のクーガがおりますので」
開拓村は概ね一辺三十キロの正四角形を基本とする面積が基準となる。
勿論、“真四角な領地の境界”などというものはあり得ず、地形や目印になる物で境界が線引きされるので、これはあくまでも面積的な目安というだけだ。
実際にはやや大きめ、やや小さめなどそれなりのばらつきがある。
地図上で眺めればすぐにわかることだが、形も様々あるのだった。
ゴーズ領とシス家、すなわち北部辺境伯領との間には、フランが言ったように三つの開拓村が存在する。
それは、最短距離で結んでも九十キロは離れていることを意味するのだ。
仮に、実際に何事かが起こっていざ救援が出るとなった場合は、シス家の戦力が百二十キロから百五十キロ程度の距離を移動して駆けつけることになる。
更に言えば、「その移動の道中は日本のように舗装されている道路」などではない。
緊急時でそれだけの距離の移動を必要とするのでは、着いた頃には全てが終了している事態もあり得てしまう。
つまりは、救援それ自体が現実的とは言い難い話になってしまうのだった。
そして、ミシュラとフランが話をしている最中、ラックはこっそりと千里眼を行使して“彼女が見た”という逃げた行商隊を探していた。
時刻は夕闇が迫る頃であり、野営するのであれば煮炊きや暖を取るための魔道具、明かりの魔道具を使用していてもおかしくはない。
襲われた痕跡が残っている場所は特定できたため、そこからの移動距離を予測し、超能力者はその範囲を探す。
「見つけた」
つい、口に出してしまう悪い癖。
ラックは「直さなければ」と思うが、そんな反省は後回しで良い。
運良くミシュラもフランも彼の独り言には気づかなかったようだ。
そして、“今は奴らを取り押さえに行くべきだろう”と、思考を巡らせる。
そこまで考えた時点で、“捕縛するための理由がない”ことに彼は気づく。
フランを襲った者たちへ“彼女の言う行商人たちが合図をした”という証拠はない。
行商人が野営しているだけでは、罪を問うわけにはいかない。
しかも彼らがいる現在位置はゴーズ領ではなかった。
これでは、ゴーズ家の持つ領主権限で無理を通すことはできないのである。
「フラン様、ちょっとお尋ねしたいのですが」
「様はやめてください。私は爵位を持っている身ではありませんから。わかることでしたらお答えしますのでどうぞ」
「ありがとうございます。質問したいのは、襲撃者全員を殺してしまった件に関連してなのですが。“襲撃の合図を出した”と考えておられる行商隊は、捕えて罪に問うことができますか?」
フランは予想外の質問に驚き、慌てて考えを纏める。
「難しいでしょう。いえ、違いますね。不可能でしょう。襲撃者との関係を証明できるものがありませんし、やったことが合図で、それをした証拠も私の証言のみです。『出した合図は別の目的のものであり、単なる偶然』と強弁されたり、『そんなことはしていません』とシラを切られたらそれまでです。姿をくらませたことも『救援する義務はなく、巻き込まれないために逃げました』とでも主張されたらそれで終わりですね。そもそも、今から捕らえることもできはしないでしょうから、論じても仕方がないことになりますけれども」
「そうですか。“もし、発見できた場合どうすれば良いのか?”と思ったのですが、そういうことでしたら放置するしかないのですね」
「私がシス家に戻ってからになりますが、内々で要注意人物として回状は出すつもりです」
ラックは接触テレパスで、当時の状況を知ることができた。彼が知ったフランの目撃していた状況から判断すれば、あの行商隊は黒である。
フランとの会話の中で、超能力者は単純で簡単な方法を思いついていた。
直接現地へ確かめに行って襲って来るようなら、“害悪として処分”で良いのだ。
そうでなければ今回は見逃す。
そこまで覚悟を決めてしまえば、計画を練り上げるのは早かった。
後は実行に移すのみである。
「今日はもう遅いですし、食事と寝室の用意を致します。ゆっくり身体を休めていただいて明日、ミシュラに送らせましょう」
ラックはフランに、今夜の逗留と辺境伯領へのミシュラの同行を提案する。
安全で早い移動手段は、彼女には公開できないテレポートを除けば、今のこの領では下級機動騎士を使うのが最善だ。
提案は了承され、寝室として使う部屋へ案内しようと立ち上がったところへ、ラックは心の中で「ごめんね」と謝りながら、念動を使う。フランへの膝カックンだ。
そうして、ぐらついて倒れかけた彼女の身体を支え、超能力者はどさくさ紛れに素肌へと触れる。
遺伝子コピー。
対象の人物の遺伝子を直接生身に触れることで読み取り、別の対象に張り付けて利用する能力だ。
支えた手で、生身のフランの身体に触れている部分から、遺伝子情報をラックに移して変身する準備を行う。
このコピーでは外見と声しか誤魔化せないが、今回の目的ならそれで充分なのだった。
ラックは「後のことはミシュラに任せる」と言葉を残し、「所用があるから」と一人、席を外した。
そうして、彼はテレポートで行商隊の居る場所の手前へと向かい、歩いて近づく前に変身。
超能力者の姿はフランのものになる。
続いて、周囲も千里眼を駆使して確認。
目撃者の存在を許すわけには行かないからだ。
しかし、うっかり者でもある彼はフランのような服装の準備はしてこなかった。
よって、「男装の麗人」と言えなくもない姿での行商隊への接触となってしまう。
「こんばんは。野営中の所へすみません。盗賊に襲われて馬車も手持ちの食料も失いました。お金は払いますので水と食料を少し分けていただけませんか?」
「それはそれは災難でしたね。おや、フラン様ではないですか。おい、お前ら!」
そう返事をした行商人は、護衛と思われる男たちに指示らしき声を掛けた。そして彼らは無言で襲い掛かって来たのである。
自衛戦闘になるため、後々バレても問題になる可能性は低いが、ここはラックの領地ではなく隣の領地だ。遠目にもわかるような派手な戦闘をして、人目に付く可能性は避けねばならない。
まして、今のゴーズ領の領主は己の姿も偽っているのである。
テレポートを繰り返し、男たちの背後や側面に移動して電撃ショックを与える。
それは全員動けなくするだけの“つもり”の攻撃。
だが、ラックは対人での戦闘が実は初めての経験であった。
魔獣や動物相手の戦闘と殺傷は経験豊富なため、敵に攻撃することへの忌避感は特になかったのだが、未経験であったが故の失敗も犯した。
全員殺してしまい“必要な情報を得ることはできなかった”という失敗である。
ラックは周囲を探り、目撃者の有無を確認する。
到着時にも確認したことであるので大丈夫だとは思うが念のためだ。
そして殺してしまった全員の死体とその荷物、馬車や馬、その全てを証拠隠滅のために魔獣の領域の奥地へとテレポートで運んで放り出した。荷物や馬は正直なところ惜しいが、下手に持ち帰れば何かの証拠とされてしまうかもしれないので仕方がない。
最後に彼らの野営の痕跡も消去。
これにて完全犯罪の成立である。
超能力者が姿を借りた元の人物であるフランは、ゴーズ領の領主の館にいるのだから。
「貴方。お帰りなさい。どちらへ行ってらしたの?」
「ちょっと不穏分子の始末をね。綺麗に全部片づけたから気にしなくて良い。明日は僕も同行した方が良いかい?」
「そうでしたか。お疲れさまでした。明日はわたくしとフラン様だけで行きます。貴方が辺境伯領を訪ねると、なにがしかのことが起こる予感しかしませんので。わたくしのことが心配でしたら、いつもされている遠見で見守っててくださいまし。お風呂や着替えへの覗きでの悪用は控えてくださると嬉しいですけどね」
ラックの男の子の部分の浪漫は、ミシュラが今まで指摘せずに黙っていただけで、気づかれていたことが発覚した瞬間であった。合掌!
自身の妻から、「見たければいくらでも見せて差し上げますのに」と、冷めた視線の感情を消した表情で言われると、何かに目覚めそうな気がしてならないが、それは目覚めてはいけないことなのだろう。多分、きっと、おそらく。
そして、ラックは心の中で叫んでいた。「こっそり見るのが良いんだよ!」と。「堂々と『さぁどうぞ見てください』もそれはそれで嬉しいけれど、それはそれ。これはこれ。別腹の浪漫なんだ!」と。死んでしまえ!
今回の盗賊の領内潜入事件は、ラックにゴーズ領の境界への関所の設置を早める決断を促した。
北側は魔獣の領域に接しているため入り口は作っていないが、村から東西へ伸びている街道と南への街道の三か所は他の領地と接しており、街道の部分は当然壁を作ってはいない。
急ぐべきは開閉できる扉の設置と、関所に置く人員の手配。その人員は可能であれば二百以上の魔力保有者が望ましい。
欲を言えば、そうした雇用しやすくするには準男爵の肩書が欲しい。
現在の村の発展度合いから判断すれば、準男爵への陞爵は、有力者からの推薦があればそれ自体はおそらく成される。
但し、特例の文字はしっかりと付くが。
こうして、ラックは関所の人員手配のためにも、ミシュラの実家に頭を下げに行くべき時期だと覚悟を決めた。
妻の実父のカストル公爵へのお願い事に、「行きたくないなぁ」が本音のゴーズ領の領主様。本来なら真っ先に来るはずの選択を、思い浮かべもしない超能力者。自身の実家のテニューズ家に願い出る選択肢が、無意識下で完全排除されているラックなのであった。