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48話

「『東部辺境伯領がアイズ聖教国と戦争状態になった』だと?」


 ファーミルス王国の国王は宰相からの報告を受けて驚いていた。

 彼の中では、この国は自ら戦争を吹っかけることはないのが当然である。

 それでも「戦争状態になった」ということは、「相手が先に手を出した故の報復戦争」という結論となるからだ。

 しかしながら、王国の周辺国はこの国が輸出している魔道具や鉄製品を必要としており、国交関係を自ら悪化させる行いは「明らかに異常事態」と言って良い。


 国力、保有軍事力の問題で、力でファーミルス王国から必要なモノを奪い取るのも普通に考えれば不可能。

 よって、アイズ聖教国が自ら戦争を仕掛ける理由はないはずなのだ。


 国王は特別優秀な能力を持っているわけではない。

 ハッキリ言えば、並みか平均よりやや劣るかもしれない力量しかない国王ではある。

 それでも、その程度はさすがに理解しているのであった。


「はい。東部辺境伯領は、アイズ聖教国が戦争を仕掛けて壊滅させたヒイズル王国から脱出した住民の受け入れ行いました。それに対し、国境に押し寄せた聖教国の軍が、『逃げ込んだ住民の引き渡し』か、『我が国内での武力行使』を求めたようです。辺境伯領の対応は両方却下ですな。まぁこれは当然の対応ですから良いのですが、却下する際に『国と国との交渉を』と提案しているのを聖教国側の指揮官から拒否され、領内に侵入されたそうです。そのため、『その時点を以て、戦争やむなしの対応へと切り替えた』と、使者が王宮に届けた報告書簡には記載されていますな」


「なるほど。その話であれば、我が国は自衛戦闘を放棄しているわけではないから問題はないな」


 国王としては大義名分さえ整っていれば問題にする理由がない。

 また、「アイズ聖教国が国として存在していてもらわなければならない相手」という認識もない。

 本来は魔石を輸入する相手国の一つとしてそれなりに重要であるはずなのだ。

 加えて、カツーレツ王国が滅んでしまっていることで、相対的に聖教国の重要度は増している。

 けれども、彼は魔石の輸入量的な面での詳細を把握してはいない。

 そのため、「魔石の輸入調達先はアイズ聖教国だけではない」と、考えてしまう。

 そのあたりが魔道具大国の王としての傲慢さの表れでもあるのだろう。

 平たく言えば「必要なはずの想像力が足りていないだけ」であるのだけれど。


「そうですな。ですが、攻撃を受けたことでの報復として、東部辺境伯からは『アイズ聖教国へ攻め込むことを選択する』と報告が来ています。即応するための辺境伯の権限内の話ですから、この部分も現時点では問題にはなりません。最終的には『やり過ぎかどうか?』という点で国としてアイズ聖教国と話し合う場を設けることにはなるでしょうが、戦争が一区切りした段階での状況次第となりますな」


 東部辺境伯が走らせた伝令により伝達された情報は、王都ではこのように認識されていたのであった。




「視ているだけの情報だから、『どのような指示を出されての行動なのか?』は、推測するしかない。視るべき場所も多くて、視点をガンガン切り替えているから、これは結構大変だね」


 ラックはヒイズル王国へアイズ聖教国が攻め込んだ段階から、日課や魔獣の間引きといった日常の仕事を全部放り出して、作り出した空き時間の全てを千里眼の行使のみに注力していた。

 夜間にほとばしるハズの熱いパトスをも抑え込んでの行動なのだから、その真剣さがわかろうというモノである。


 監視対象は実質的には移動時間が多く、戦闘をしている時間は非常に短い。

 だが、視ていない時間が長くなると、対象の所在を探すところから始めることになってしまう。

 そしてそれは状況の把握には好ましくないのだから、千里眼の行使が継続中なのは仕方がないのであった。




 戦争難民を迎えるためにサイコフレー村から出港した船団は、逃げて来た一団との合流に成功していた。

 合流後は水と食料を供給し、過剰に乗船させている人員を安全に配慮した数になるよう移乗作業も行う。

 そうした後に、船団を組みなおしサイコフレー村の港を目指す。


 少しばかり時系列を戻して、そこまでの経緯を述べておこう。


 逃げて来た一団は限界まで人員を乗船させており、船自体がとても安全な状況とは言い難かった。

 それを視ていたラックは、ヒイズル王国脱出の直後に船の転覆或いは人員の落水の危険性に気づく。

 超能力者は、そのことを直ぐにミシュラに伝えていた。

 それを受けて、優秀な領主代行を熟す彼女はサイコフレー村へ指示を出したのだった。


 形式上はクーガへそれを伝えて、逃げて来る一団の受け入れを含む適切な対処をする内容の命令だ。

 そして当然のことながら、その情報と命令をもとに差配をするのは彼の教育係兼ゴーズ家の相談役を務めるご老体(ヒイズル王国の元国王)となるのである。


 ヒイズル王国の元国王は、即座に水と食料をそれなりに積んだ迎えの船を手配して出港させた。

 この時、彼が相談役に着任後、直ぐにサイコフレー村の最優先インフラとして整備した巨大な港と新造した多数の船が生きる。

 勿論、実際に土木工事の一環として、短期間で巨大な港を作り上げたのはゴーズ家の当主様である。

 但し、ラックには“超能力で土木工事を行うこと”は可能であっても、“どのような状態の港を作り上げるのが望ましいのか?”の詳しい知識はない。


 そこらへんのサポートを遺漏なく行えるのが、長く湖岸の街を治めて来た相談役なのだった。

 言うべきことは言う老人は、港の整備だけではなく、船を作るために適した巨木や鋼材を超能力者に準備させていたりもする。

 このへんはなあなあでお互いに人使いが荒いのであるが、当人たちは双方共に「これぐらいは当然やるよね?」の意識でいるのだから、ある意味似た者同士ではあるのであろう。

 

 これが船団合流前の経緯であり、湖岸の港町としての発展を目指して整備されたサイコフレー村は、結果的に戦災にあったヒイズル王国の住民の一部を救うことに成功するのである。




「湖上の避難民はサイコフレー村の手配が有効に作用してる。こっちはもう監視から外しても良さそうだ。あとは挑発した軍を追撃している方と聖教国へ攻め込む部隊、聖教国の動きなんだけど」


「あの。貴方。大丈夫なのですか? 眠っている時以外ずっと監視を続けていますわよね? もう丸二日になりますわよ?」


 人間には集中力の限界というものが存在する。

 視点を次々と切り替えて注視するという作業は、「前回まで視ていた同じモノとの差異を探して感じ取る」ということに他ならない。

 そして、発見した差異に対して、それの重要度を判断せねばならない。

 言葉にすればそれだけのことである。


 だが、実際にそれを行うのは、非常に負荷が高い作業となる。

 まして、それを“ロクに休息も取らずに長時間続ける”などという行為。

 それは、“人の身には拷問レベルの負荷”となるはずだ。

 ミシュラはそれを正確に理解していた。

 それ故に、彼女は大切な夫を気遣う発言をしたのだった。


「うん。限界だと思った時点で休息は取るよ。でも、『この事態は後で調べて状況を正確に把握するのは難しい』と僕は考えているんだ。そしてこの国の大きな動きがこの件に関連して起こると予想している。『ゴーズ家がそこに巻き込まれなければ良いな』と期待したいけれど、『そうじゃなかった時のため』の準備もしなくちゃならないんだよ」


 事後に関係した人物へ接触テレパスを行使して、事態の推移を調べる。

 そのような方法はある。

 しかしながら、ラックが行使する接触テレパスは、本人が知っている情報で尚且つ、超能力の使用中に対象者が思い浮かべた情報のみしか読み取れない。

 しかも、対象者が知っている情報自体が間違っているケースもあるのだ。


 加えて、今回の案件は係わる人間の数が多い。

 全てを調べて、情報の正誤、判断を下した人間の正誤の判定も必要となる。


 前提となる正しい状況認識。

 これが「いかに重要であるか?」という話になってしまうのである。


 ラックは自身の使える超能力の限界というか、欠点の部分をちゃんと理解している。

 理解しているが故に、“今”少しばかり無茶をする必要があるわけなのだが。


 ミシュラはラックの持つ超能力については色々と打ち明けられている。

 彼女自身が持つことのない能力の話であるから、“力を持ち、行使すること”で超能力者に発生する“心情的なモノ”は想像力で補うしかない。

 今回夫が無茶をしている“原因”に、彼女は心当たりがあったのだった。


「事情はわかりました。でも『貴方一人で何もかもを背負うのは、無茶が過ぎる』とわたくしが考えるのもまた事実なのです。貴方は余人にはない凄い力を持っています。ですが、『全知全能の完全無欠な存在』ではないのです。『ウォルフを監視していたのに死なせてしまった』と、考えて気にしてはいませんか? あれは状況から察するに不可抗力ですし、事故以外の何物でもありませんわよ?」


 ラックはミシュラの指摘に驚かされた。

 超能力者が自分自身で気づいていなかった部分を言い当て、尚且つ理解させることに成功していたからだ。

 言われてみれば、確かに「あの時ちゃんと視ていれば」という思いがあったのは事実であり、「今回はそのような事態は避けねばならない」と無意識に思っていたのであろう。

 それが根を詰めて事態の推移を注視することに繋がっていたのは、どうやら事実だったと認めざるを得ない。


 ミシュラからそうした指摘を受けたことで、ラックは肩の力が抜けたように感じられた。

 だが、それはそれとして、状況の監視が重要であることに変わりはない。

 力の入れ具合と精神的なモノも含んだ消耗度合いを軽減させる方向にシフトしながらも、結局それは続けられたのである。


 そんな一幕があり、ラックとミシュラの絆は更に深まった。

 しかし、それとは関係なく、戦争の事態は進んで行くのであった。




 東部辺境伯の三男は自身を嵌めた部隊の殲滅を目指して後を追う。

 けれども、彼は元々遠征するような準備がされていた部隊を預かっていたわけではない。

 手持ちの物資は国境を守るには十分な量を用意し、万一足らなくなるようなら直ぐに追加で輸送する手筈は整えてあった。


 だがしかし。

 国境を越えて敵部隊を追撃し、追撃に出た戦力を追って補給部隊も動くとなれば、整えた手筈とは全く別物の話となる。

 追撃を開始し、二十四時間以上が経過した今、スーツ二十体と移動大砲四門は継戦能力を既に失っていた。


 現時点で、推定三万の敵軍のうち八割以上は殲滅に成功している。

 だが、残りはバラバラに逃走している厄介な状態になっており、ここからは追い手の数がさらに重要となる。

 そんな状況下での約二時間の補給待ち。

 彼がイラッとするのも仕方がない状況ではあった。

 

 では、追われる側はどうだったのであろうか?


 アイズ聖教国の軍が逃走を選んでから、四時間後には最後方の部分は虐殺されるだけの戦闘状態へと突入した。

 敵の狙いは自軍の完全殲滅であることが事前に周知されており、士官も下士官も味方の兵を一人でも多くを逃がすために、そして各々の兵は自らが生き延びる可能性を少しでも上げるために行動している。


 そうであるが故に、攻撃を受けるとすぐさま的を絞らせないようにバラバラに散って逃げ出すのだ。

 勿論、追っ手の辺境伯軍は確実に一人残さず仕留めにくるので、攻撃を受ける状況になった時点で命が助かる目はない。

 だが、本能に従って逃げ惑うことが時間稼ぎに繋がるのは事実である。


 攻撃された部分は実質的に切り離されて見捨てられ、殿軍として機能する。

 追う側も数的な意味で戦力が限られており、迂回先行して逃走を阻止する形は取れていない。

 その点は「そうさせないように、聖教国軍が上手く逃げていた」と言うべきなのであろうが。

 

 そんなこんなのなんやかんやで、「両軍の追いかけっこは追いつかれては切り離し、そこで虐殺が行われている間に残りが逃げる」という繰り返しが行われ、最終的には三日後に三男が“敵軍を完全殲滅する”という目的を達成して終わった。

 但し、アイズ聖教国軍は殲滅される前に、聖教国に向けた信号弾を打ち上げることに成功している。

 距離的にはその信号弾によって“聖教国へ情報を伝えることができたかどうか?”が微妙な地点での打ち上げであった。

 しかし、それが行なわれたことで、本来の目的である「『東部辺境伯軍が国外に布陣していたアイズ聖教国軍へ先制攻撃した』という情報を聖教国に伝達させない」という部分が達成されたのか?

 その点が不明となってしまった。


 東部辺境伯家の三男は、己の責任でできることを完遂。

 そして、実父である辺境伯家の当主が、アイズ聖教国に戦争を仕掛けられたことを理由として“敵国を滅亡”させる目的で戦力を出したのも、補給部隊から得られた情報で知っている。

 彼の判断では、「今後やるべきことはこの地点で次の補給を待ち、次期当主が指揮する軍へ合力するだけ」である。


 三男の価値観の中では、格下の属国のような国に嵌められたことを許すことはできない。

 当主からの指示は特に出ていないが、彼はこのまま聖教国へなだれ込む気満々であった。


 この時点でファーミルス王国側に“既に国是を完全に破ってしまっている状況に陥っている”のに気づいている者は一人しかいなかった。

 気づいていたのは元カツーレツ王国の貴族であり、ゴーズ家の相談役を務める老人のみだ。

 彼は湖上から来た避難民の受け入れ関連の報告の際、ラックから現在の状況説明を受ける時間を持った。

 その時、国としての重大な問題点に気づくことができたのだった。

 そうして、彼が考えを纏めた後、ゴーズ家にその情報が共有されることとなるのである。


 三男の率いる軍。

 それは「今何処にいて、何処で武力行使をしたのか?」という、正にその点が重大な問題となる。

 彼らの現在位置は、旧カツーレツ王国の領土内であった。


 こうして、ラックはアイズ聖教国の罠が幾重にも仕掛けられていたことを、偶然の重なりで手に入れた相談役によって知ることになったのだった。


 監視を続けて精神的に疲弊して、さり気なく、自覚なく、更に超能力が強化されているゴーズ領の領主様。有能な家臣であるのに、いつも“元国王”とか、“相談役”との認識で、心の中でもそう呼んでしまうサイコフレー村にいるご老体に対して、「あれ? アイツの名前ってなんだったっけ?」と、名を思い出せないことに気づいて、思わず呟いてしまう超能力者。何気に酷い雇い主のラックなのであった。

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