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47話

「『アイズ聖教国がヒイズル王国に攻め込んだ』だと?」


 東部辺境伯は領境からの緊急報告に驚いていた。

 若干の「緩衝地帯」とでも言うべき狭い草原地帯を間に挟んではいるものの、東部辺境伯領とヒイズル王国は接していると表現しても問題がないレベルの近さなのだ。

 そんな場所が戦争状態になれば、無関係ではいられないのが当然である。


「はい。東側から北側へと大きく迂回して、ヒイズル王国のほぼ真北から三万前後の兵力を叩きつけたようです。先日の魔獣の一件で、戦える人員を大きく減らしているあの国の敗北は決定的です」


「となると、南下して追い落とされるように我が領へ人が流れ込んで来るな。先の件で被害を出させた負い目もある。逃げて来た者については一時受け入れを認める。そして、アイズ聖教国は我が領内に踏み込むほど愚かではないと思うが、絶対はない。境界部分への戦力配置を命ずる。機動騎士を出せるだけ出せ!」


 東部辺境伯の領内に所持している機動騎士は最上級が六機、上級が十機、中級が十六機、下級が三十三機となっている。

 但し、当たり前の話ではあるが、全てを一か所に集めて運用することはできない。

 辺境伯は広範囲を外敵から防衛する任に就いている以上、戦力を集中することで他の部分に穴を開けるわけには行かないからだ。


 そうした状況下で、件の国境へと配置された機動騎士は、最上級一機、上級一機、中級二機、下級が四機であった。

 その他にはスーツ二十体と移動大砲が四門。

 東部辺境伯から出された命令で、「三万の軍に対しては過剰」と言い切れる戦力が集められたのである。




 異変を察して早急に逃げ出したヒイズル王国の住民の集団が、東部辺境伯領へと逃げ込んで行く。

 但し、一部は南下ではなく船による脱出を試みており、敵は陸上戦力であるためそちらは安全に逃げ切ることに成功していた。

 しかしながら、以前にゴーズ領に移住を決断した住民が自らの財産である船は持ち去っており、入れ替わりで内陸部から移住して来た者たちはルバラ湖で運用できる船を所有していない。

 つまり、逃亡に使用できる残されていた船の数は、少数に限られていたのであった。

 もっとも、仮に船が多数あったとしても、操船技術を持っていない他所から来たばかりの住民では、どうにもならないのであるけれども。


 片や、南を目指して逃げて行く住民たちの背後には、それを追う武装集団の姿がある。

 三百人ほどは東部辺境伯領内へ逃げ込むことに成功したであろうか?

 そんな中、後を追って来たアイズ聖教国の将軍は最前列から突出し、立ち塞がる最上級機動騎士を前に吠えた。


「貴国へ逃げ込んだヒイズル王国の人間を引き渡して貰いたい。彼らは我が国の敵性住民である。もし、引き渡しができない場合は、我が軍で捕縛する自由を許可いただきたい」


「それは、ファーミルス王国に対するアイズ聖教国としての正式な要求か?」


「勿論! そうである!」


 最上級機動騎士に乗って駆けつけ、国境地帯と緊急事態への対処を任された東部辺境伯家の三男(さんなん)は、自信満々に見える目の前の将軍の言葉に首を傾げた。

 彼が知る限り、アイズ聖教国はヒイズル王国への宣戦布告を行っていない。

 つまり、この軍事行動は奇襲であり、ヒイズル王国住民の虐殺である。

 それ故、“逃亡者の引き渡しを要求する正当な権利がある”ようにはとても思えなかった。


「では、正式に使者を立て、国と国との交渉を行ってくれ。ファーミルス王国国王からの指示に我が領は従う。この場は引かれよ」


「引けぬ! 敵対した異教徒は皆殺しにせねばならんのだ!」


「我が領に許可なく踏み込んで軍事行動を行った場合、辺境伯の権限として貴国と戦争状態への突入もやむなしとなるが、それで良いのか?」


「引き渡しに応じないのであるな? ならば押し通るまで!」


 そのような問答の末に、アイズ聖教国側は、初手で難民と大差ない見かけの粗末な木槍や竹槍を持った人々が、徒歩で境界を超えて侵入して行く。

 最上級機動騎士の操縦席からそれを見ていた三男は、「おそらくは捨て駒の兵」と判断していた。


 言葉だけは威勢が良かった将軍だったが、彼自身は即進軍することはなく、何故かその場を動かない。

 しかし、領内への許可していない武力集団の侵入が開始された時点で、この場の指揮権を持つ身としては戦争状態へ移行したと判断せざるを得なかった。

 そうなれば東部辺境伯領としては、武力行使での対応を躊躇う理由はない。


 まずは侵入した相手を蹴散らす。

 これは容易に達成された。

 そして、それが終われば領の外にいる軍勢への攻撃となる。


 戦力差は明らかであり、アイズ聖教国側は攻撃を受けて直ぐに撤退を開始した。

 それを見て取った三男は追撃停止を命じる。

 現状ではそのまま追撃しての、逆侵攻をするのは躊躇われたからだ。

 逃亡住民の保護と敵の撃退には成功した。

 彼はここでの仕事は、「まずは現状維持で良いだろう」と判断を下したのだった。

 そうして、彼は領都へ状況報告の伝令を走らせたのである。


 第一報の伝令が領境を発った後、重傷だがまだ息があった敵兵が発見される。

 その直後、その者の発した言葉から驚愕の事実が判明してしまう。

 東部辺境伯の領内へ侵攻したのは、ヒイズル王国の人間のみであった。

 彼らは、「アイズ聖教国の軍に追い立てられ、実質的に領内に踏み込むのを強要された事実はあった」と考えられた。

 しかしながら、その情報源となった者は手当が間に合わず死亡してしまった。

 つまり、証人は存在せず、明確な物証もない状況となる。

 防衛戦として戦った側に残った確定の事実とは、“国外に布陣していたアイズ聖教国の軍へ、東部辺境伯の手勢が攻撃を仕掛けた”というものであった。


 そうして、この場の責任者である三男は、自身が嵌められたことに気づく。

 アイズ聖教国の目的は、「ファーミルス王国が国是を破ったことを、大々的に宣伝すること」であるのだろう。

 彼がそれを悟った時点で、対応策は二つしかなかった。

 それは、黙って“国是を破ったこと”を受け入れるか。

 もしくは、武力行使で“相手を根絶やしにして”もみ消すか。

 その二つだ。

 この時の彼は、もみ消す方を選ぶしかなかったのであった。


 方針が決まれば一刻の猶予もない。

 三男は直ぐに己の手勢へ指示を出す。

 アイズ聖教国の軍の一兵たりとも逃すわけにはいかないのだ。

 そして、それとは別で、第二報の伝令を領都へ向けて走らせる。

 判明した事実は重大であったからだ。


 アイズ聖教国の軍が撤退を開始してから、既に一時間強は経過している。

 だが、敵の進軍速度は最大でも馬の速度だ。

 機動騎士を始めとする魔道具の戦力の移動速度は、それを遥かに上回る。

 そして、敵が目指す目的地のアイズ聖教国は、ここから遠い。

 以上の条件から、東部辺境伯家の三男には“敵を逃さず殲滅する勝算”が、十分すぎるほどにあった。

 地形的に、兵が隠れられるような場所はほとんどない平野であるから、逃走中の敵兵の発見も容易と考えられることも好材料の一つだ。


 そんな流れで、追撃殲滅戦が始まったのである。




「聖教国にしてやられたか。だが、この状況はこちらとしても強弁はできる。『戦争状態に突入した』と言える以上は、小賢しい情報発信がされる前に国ごと滅ぼしてくれよう。辺境伯家にはその権限がある。王都への連絡兵を出せ。そして、出せる戦力全てをアイズ聖教国へと向けろ! 指揮官は次期当主の長男とする!」


 斯くして、東部辺境伯領は完全に戦時体制へと移行した。

 突発的な流れの魔獣へ対応可能な最低限の防衛戦力のみを残し、三男が率いる部隊とは別で残る全てを動員したのである。




「聖教国の目的がよくわからないな。ファーミルス王国に喧嘩を売っても勝てないことは『歴史が証明している』と僕は思うのだけど」




 王都で宰相へ釈明的な説明をして、ゴーズ家の言い分を全面的に認めて貰うことに成功したラックは、トランザ村へと戻っていた。

 超能力者はアイズ聖教国の軍勢の動きと、ヒイズル王国の行く末を千里眼で監視するのを怠っていない。

 そして、超能力を駆使して飛ばした視点からは、「異常」としか言えない光景を視せられていたのであった。


 ヒイズル王国の住民の内、四百人ほどは船で湖上へと逃れることに成功している。

 彼らはどうやらサイコフレー村を目指しているようだった。

 それを視ているラックは、ミシュラに伝えてサイコフレー村への指示を出させる。

 そして、それ以外の住民や王国の首脳部の動きを注視する。


 抵抗する力を持たない住民を逃すために、殿軍のように残ったヒイズル王国の三百人ほどの住民は、不思議なことに“何故か”聖教国から武器の提供を受けていた。

 これが異常な光景の正体である。

 アイズ聖教国の軍は、「これを使って抵抗して見ろ!」と、言わんばかりに粗末な武器を彼らに投げ渡す。

 そしてそれを手にして抵抗を試みようとする住民を“ゆっくりと”追い立てる。

 攻め込んだはずの軍の進軍速度は、異様なほどに遅い。


 アイズ聖教国軍は一人の住民も見逃すことはなく、虱潰しに街を破壊しつつの進軍を行っていた。

 但し、全てを殺して回っていたわけではない。

 逃げ遅れて動けないような者は容赦なく殺しているが、逃げ出す者は南へと追い立てて見逃している。

 攻め手の軍の規模から言えば、総人口四千人に届くかどうかの数に対して完全殲滅が可能な戦力であるのに、実際はそうなってはいない。


 ラックの視点だと、彼らの意図するところが全くわからない。

 やや南へ迂回先行していた騎兵部隊が、ヒイズル王国首脳部の逃走を阻止し、その集団を全滅させることに成功したのも超能力者は確認している。

 ヒイズル王国は国としてはもう滅ぼされたも同然で、民が三割弱生き残っているに過ぎない。

 これは湖上に逃れた数も含むため、アイズ聖教国の軍の手が届くのは実質二割に満たない数なのである。

 逆に言えば、「彼らはこの時点で七割の虐殺に成功している」とも言えるのであるが。


 そうこうしているうちに、戦線は東部辺境伯領との境界に近づく。

 追い立てられているヒイズル王国の殿軍に先行して、前へ飛び出したアイズ聖教国側の指揮官と思われる風貌の男が、なにがしかの交渉をしているようにラックには視える。

 そんな中、殿軍がついに東部辺境伯領に“逃げ込んだ”のだが、そこへ辺境伯が配置した戦力が攻撃を開始した。


「おい! それは敵じゃない!」


 思わず叫んでしまったラックであるが、むろんその声は虚しく彼の執務室に響き渡るだけとなる。

 驚いたミシュラの視線が夫へと向くのは当然のことであった。

 経緯を視ていた超能力者は、それが敵ではないことを理解している。

 だが、「捨て石の兵を督戦隊が追い立てて、戦場へ投入しているように見えたとしても不思議ではない」ということも、後知恵ではあるが理解できてしまった。


「アイズ聖教国はヒイズル王国を消滅させたよ。そして、辺境伯側から“先制攻撃”させることに成功した。それが目的だったのだけはわかるけど」


 ミシュラに一区切りついた情報を伝え、ラックはなんとか考えを纏めようとする。

 そうして、前述の「歴史が証明している」の発言へと繋がって行くのである。




「貴方の話を聞いている限りでは、『アイズ聖教国は東部辺境伯側を上手く騙して、先制攻撃を行わせて自軍に被害を出した』というお話になりますわね? ですが、騙す部分を意図的に行っている以上、辺境伯は『我が国への悪意を持った行動を確認した』と主張できますわね」


「一部始終を視ていた僕は『そうだ』と言い切れるけど、アイズ聖教国側はおそらく明確な証拠は残していないよ。ヒイズル王国へ攻め込んだのも、『マークツウ王国の残党を匿っているからだ』と主張するだろうし、この件も『殲滅するために追っていたら、無関係なはずのファーミルス王国の戦力から、国内に踏み入っていないにも拘らず、攻撃を受けた』と主張するんじゃないかな?」


 ラックはミシュラへ自身の推測を述べた。そして更に言葉を足す。


「仮にさ、『東部辺境伯がファーミルス王国の国是を破った行動をした』と広く喧伝できたとしてだ。あの国はそれで何を得る気なんだろう? そこが全くわからない。ぶっちゃけ、この国が『誤認で攻撃してしまった。ごめんなさい』って開き直って素直に謝罪する行動に出たらどうなる? 賠償として金銭か期間限定のちょっとした優遇は得られるかもしれないけれど、隣接している東部辺境伯の怒りを買うのは避けられないよね? 損得勘定が全く合わない気がする」


 ラックの推測は、彼の中の常識を基準として構築されている。

 アイズ聖教国はヒイズル王国を滅ぼすついでに、東部辺境伯を引っ掛けて嵌めにきているのだから、聖教国の主張する内容の推測もほぼ正解だ。


 だがしかし。

 その後の目的を推察するのは、聖教国の人間ではないラックには困難であるだろう。

 思考の基準が、宗教国家ならではの部分になってしまうからだ。


 アイズ聖教国の目的は、最上で国を併合して“もらって”、国としてはファーミルス王国の一部となり、アイズ聖教を国教に指定させることだ。

 最低でも、王国内にアイズ聖教の教会の建設し、布教の自由を得ること。

 それが、聖教国を導く教皇の望みとなっている。

 要は、聖教国側の最終目的は、宗教という手段でのファーミルス王国内部からの乗っ取りである。


 弱みを握って要求を押し通す。

 目的が宗教的な独特の思考から来るモノであり、内容の実現性も含めて、宗教に縁のないラックには理解できるはずもない。

 そしてそれは彼の周囲にいる人間も同じである。

 たった一人の例外を除いて。


 ミシュラはゴーズ領の決済が必要な書類を捌く手を止めることなく、ラックに自身の考えを述べる。


「貴方。国の根底にあるアイズ聖教の考え方で、おそらくこの国とは行動原理が違うのではないでしょうか? 彼の国のことを良く知り、それが推察可能なのは東部辺境伯領の南部地域の貴族か、旧カツーレツ王国南部の貴族だと思います。ゴーズ領の中でそれを求めるのならば、可能性があるのは相談役に任命した彼しかいませんわね」


 ラックはミシュラの考えが正しいだろうと判断する。

 そうだとわかれば即テレポート。

 超能力者のフットワークは軽い。

 ゴーズ家の当主は、何の臆面もなくサイコフレー村のご老体の見識を頼るのであった。


 こうして、ラックはヒイズル王国からの言い掛かりに対して、何もすることなく“闇に葬る”という結果を享受した。

 ヒイズル王国が自覚することなく国家的自殺行為に走った結果、アイズ聖教国に攻め滅ぼされて消滅したからである。


 宗教的思考(推測)を説明されて、理解はできても共感はできないゴーズ領の領主様。「現状では東部辺境伯やファーミルス王国としての対処案件であって、ゴーズ領にはルバラ湖の湖上に逃れた難民の受け入れ以外、全く関係はないはず」としか思えない超能力者。そう思えるのに、何故か火の粉が飛んで来る予感しかしないラックなのであった。

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