46話
「『マークツウ王国の王子を入国させた』だと?」
ヒイズル王国の国王は、長城型防壁の関所からの緊急報告を受けて驚いていた。
国外に留め置いて指示を仰ぐのではなく、その場に偶々いた重臣が入国を許可する命令を出してしまっていたのだ。
その重臣が、「我が国の国王の主家に当たる家のご婦人が含まれる一行に対して、入国を拒むなどあり得ないだろう」と勝手に許可を出したのが原因である。
あってはならない事態の報告をそこまで聞いて、彼は天を仰ぐしかなかった。
「入国させなければ外国人として普通に扱えたのだが、入れてしまって元々の主家として遇してしまったら、もう修正はきかんな。追随する重臣も多いであろうしな」
国王の推測は正しかった。
マークツウ王国の国王の第五夫人であり第四王子を連れて来た妙齢の女性は、彼の主家の女性としての要求を突き付けて来た。
それに賛同するこの国の重臣を引き連れてである。
「代官の役目ご苦労でした。後は主家である当家がこの国を引き受けます。この国の重臣たちもそれに賛同しています。まさかとは思いますが『否』はないでしょうね?」
国王はゴーズ家からの書簡を受け取っており、多数派の重臣を含む実に総数の八割を難民の扱いの案件が原因で処分する予定で動いていた。
だが、国王側のその動きは処分される側に漏れており、反発する行動に出る者が多かったのである。
そして、ちょうど良い所に神輿が現れてしまったのであった。
「恩義はありますので。ですが確定の返事はどちらを選ぶにせよ今すぐにとはなりません。後ろ盾となっているゴーズ家との調整も含めて時間を取ります」
そうして国王は「実質的に受け入れざるを得ないだろう」と考えながらも、甥を使者としてゴーズ家に状況説明をするように派遣したのだった。
これが少し前に起こった出来事であり、|時系列的には過去の話《43話の冒頭に繋がる部分》となる。
こうしてその後のヒイズル王国内の上層部の動きは加速し、一部重臣による圧力で無血クーデターに近い状況での禅譲が行われることになったのであった。
ラックはサイコフレー村の住民の要望を受けて、元国王の意向を直接聞き取りをするという名目で現地へ出向いて来ていた。
超能力者は接触テレパスの能力をフルに使い、以前の使者から情報を得た当時から疑問に思っていた状況の裏取りを行う。
そうして、ゴーズ家の当主は冒頭からの部分の内容を理解したのだった。
「つまり、『元々やりたくてやってた国王じゃなかったから誰かに任せたいと思っていた部分があったのは事実だけど、今回王位を譲ったこと自体は、不本意だったが仕方がない事態だった』と、主張するわけだね?」
「はい。あの状況で私が禅譲を拒否した場合、重臣たちの一部が武力蜂起するのは確実でした。それが行われれば、住民の血が流れます。そうした事態を避けるためには、元主家筋の要求を呑むしかなかったのです」
勿論、元国王が言葉には出さない「主家との関係をこれで清算できる」と思っていた面があったのもラックには伝わってしまっている。
しかしながら、当初は国内に留まって、「国王が代わることで住民が苦しむようなら、元国王自ら扇動と誘導を行う覚悟があった」のも読み取れた。
また、「ゴーズ家には申し訳ないが、我が国の国民の脱出先で最も適しているのはゴーズ領のあそこしかない」と彼が考えていたのも、利害が一致してしまうゴーズ家の当主としては苦笑いするしかないのである。
結果的には甥からの説得もあって、暗に自身の行先を伝えて国外脱出を扇動するに留めた。
そして、元国民が「彼の行動は自身のためではなく、ヒイズル王国の元からの住民のためになると考えての行動である」と信用していた点が、現在のゴーズ領サイコフレー村の状況を物語っているのであった。
人口一万一千弱。
ラックが直轄する村の中では、過去最高の人口規模だ。
勿論、彼的にはこのままにするつもりはなく、他の村へ更に割り振る形の移住を進める予定だ。
けれども、それを取り仕切る人材が必要なのは確かであり、適任なのは住民から望まれている統治者のこの男なのである。
「実質的には『ゴーズ家に従う』と言うよりは、『君を頭に置いて君に従う形』を住民が望んでいる。これは当家としては『問題がない』とは言えない。この点についてはどう考える?」
「私は一人の領民となっている身でして、現在はなんの権限も持ってはいません。『ここに集まった住民が何を求めたとしても、決定権は領主様にある』と考えています。これが大前提です」
元国王はまず前提を述べた。
そうして、一呼吸の間をおいてから、続いて本題へと切り込む。
「住民が今回、この村の統治者を求めたのは、現状で村内で起こる細かなアレコレへの決済速度に問題があるからです。トランザ村へ持ち込んで処理するやり方には無理があるのは事実でしょう。今の村の規模に対して、代官を置かないやり方では住民の不満を抑えるのは難しいと考えます。私に『その役目を』と仰るのであればその任に就くことは吝かではありませんが、単に『別の代官を置く形の対処』でもよろしいかと存じます」
元国王は代官の必要性を述べ、それが「自身である必要性はないこと」をラックに提示する。
「そして、私がその任に就いた場合、『領民の忠誠心がどこに向けられるのか?』が確かに問題となるでしょう。ですが、それは一時のことだと考えます。私の年齢的に、代官の執務に耐えられるのは、せいぜいこの先十年が良いところでしょう。その後に、お飾りで構いませんので、私に領主様の相談役的な肩書をいただいて、代官を後任へ譲れば解消する問題と思われます。そして、その時間は『新たな民を靡かせるのに必要な期間としては、長いとは言えない』と考えています」
ラックは元国王の内心を読み取りながら、彼の言に嘘がないことと野心がないことを確認した。
そして、彼の返答自体もゴーズ家として満足できる範囲に収まっている。
よって、超能力者は、事前に想定していた中から適した答えを告げる。
ゴーズ家の当主として、このような場合にどうするか?
ゴーズ家の頭脳と相談して決めていた対処を、彼に通達するべく言葉を紡いでゆく。
「僕の息子のクーガを、将来への勉強のためにサイコフレー村の代官に準じる形で置く。君へはゴーズ家の相談役兼クーガの教育係としての任を与える。そういう体裁と言うか詭弁で、実質的に代官の役を熟して貰う。拒否権は認めないからね?」
そんな感じの流れで、ゴーズ家は元国王を一領民のままにするのではなく、家臣として召し抱えることに成功する。
彼の見識はファーミルス王国出身の人材にはないものが多く、今後の領地の発展への貢献度が地味に大きなものになって行くのである。
「元国王の面談名目での調査は終えた。過去の印象とは違って、国を譲ったのは実質的には自主的って感じではなかったね。『国民を放り出して逃げた』って話でもなかった。ゴーズ家を都合よく利用し過ぎな思考以外には、特に気になる点はなかったよ。なので、事前に決めていたパターンの中から、相談役兼クーガの教育係で決定してきた。甥のほうはラーカイラ村に置いて実務を任せる。彼は実績がないから肩書も家臣ってだけだけどね」
「そうですか。それは良かったです。外様の視点が学べるのはクーガにも良い経験となるでしょう」
そんなこんなのなんやかんやで、ゴーズ領の領内の体制は固まって行く。
ヒイズル王国からは、「お断り案件を持って使者が訪れる」というイベントも終了する。
但し、しばらく経ったところで、全く別口の事件は起きるわけであるが。
後日、ラックの元へ急報が二つ届く。
それは、ヒイズル王国への魔獣襲撃被害の報告と、フリーダ家当主ウォルフの事故死の報だった。
奇しくも、それらがゴーズ領に同日に届けられたのであった。
この二つは別件のようで実は繋がっている。
魔道大学校の授業の一環として、東部辺境伯領の領内で実戦実習をしていた学生の中にウォルフは参加していた。
その実習の最中に、学生たちはアイズ聖教国方面から流れて来た魔獣との遭遇戦へ発展。
偶発的に起こった激しい戦闘では、フリーダ家当主を含む数名の学生の戦死という犠牲を出しつつも、なんとか撃退(討伐ではない)に成功する。
学生たちに撃退されて手負いになった魔獣は、逃げる過程で東部辺境伯の戦力に追撃を受けて北上し、ヒイズル王国へと侵入したのであった。
辺境伯軍は形として魔獣を他国へ追い込んでしまったので、即座に軍の派遣を申し入れた。
だが、しかし。
ヒイズル王国は何をどう判断したのかが不明ではあるのだが、その申し出を突っぱねた。
結果として、「住民の半数である約三千人の死と引き換えに魔獣の討伐には成功した」というのがことの経緯だ。
尚、ヒイズル王国の魔獣討伐方法は、愚直な人海戦術を用いた竹やり攻撃での圧殺となっている。
ヒイズル王国の件はともかくとして、ラックはウォルフを要注意の観察対象として千里眼で定期的に監視をしていた。
けれども、所謂学業の活動時間帯については、その定期的な監視の対象から外れており、戦闘に気づくことがなかったのである。
更に別件として、ウォルフの婚約者からは妊娠の報告があった。
ラックとしては「学生のくせになにをやってるんだ」と、呆れはしたが、卒業後の進路が確定して安定している者は、最終学年度の半ば過ぎになれば割とよくある話でもあったので彼女を責めることはできない。
ちなみに、超能力者がそれに気づかなかったのも、授業中のサボり行為でそれが成されていたために、千里眼での監視から逃れていたからであった。
在学中であるために正式に婚姻が成立していないが、ネリアの身籠った子はフリーダ家の血を受け継いでいる。
フリーダ家の扱いとフリーダ村の統治者をどうするのか?
ガンダ家の後見人を務めているラックにとって、その家臣扱いの彼の家の件は頭が痛い問題となるのだった。
そんな状況でしばらくの時が過ぎた後、ヒイズル王国から正式な手続きを踏んだ抗議の書簡が、唐突にファーミルス王国に届けられた。
そこに記載されていた魔獣被害の話は、本来は国と国との問題であり、強いて言えば「ファーミルス王国の国内的には、東部辺境伯にも責任があるかな?」程度の話である。
そうであるはずなのだが、抗議で届けられた書簡の内容はぶっ飛んでいた。
そこには、「ゴーズ家が支援を打ち切ったことが、甚大な被害を出した原因の一つだ」と明言されていたからだ。
そうしたヒイズル王国の異常な主張に、なんとか責任を分散したい東部辺境伯が、書簡の内容を知った後に同調する。
付け加えると、逆恨み的な話ではあるのだが、東部辺境伯は次男の件でゴーズ家のことを良く思っていなかった点も加算されての行動であり、実に酷い話であった。
そんな流れでラックは無関係なはずの事態に巻き込まれる。
宰相からの呼び出しが掛かり、超能力者は王都に赴くことになってしまったのだった。
「さて、ヒイズル王国からの抗議。平たく言えば『損害賠償金を支払え』となっているわけだが、その原因の一つだと名指しされている領にゴーズ領があってな」
宰相は憮然とした表情で、ラックに呼び出した主旨を説明した。
「それが理由で呼び出されたのは承知しています。ですが、仮定の話として、当家の支援が打ち切られていなくても、賠償を請求されている被害に変化があったとは考えられません。それに、災害級魔獣という例外を除けば、そもそも魔獣から自国を守るのはその国の責任のはずです。それが、どういう経緯でやって来た魔獣だとしてもです」
甚大な被害が出た理由として、ヒイズル王国からは“長城型防壁の整備依頼をゴーズ家に断られたこと”が挙げられている。
だが、一度目にそれを整備した後のゴーズ家からの支援については、塩や食料の安価な提供という部分に留まっていた。
そして二度目の整備がなかった理由は、「彼の国の自業自得だ」とゴーズ家は主張するだけだ。
ラックの指摘は間違ってはいない。
この事案は、自国の防衛という観点を持ち出すまでもない話なのである。
「この書簡には『長城型防壁の整備依頼を断られた』とあるが?」
「対価が支払われないものの整備をする余力は、今のゴーズ家にはありません。特にその件に関しては、行うとすれば大規模な土木工事となります。当家の優先順位の問題としても、旧ビグザ領や旧デンドロビウ領の整備が先になります。最近やっとその目処がついたところなのですよ」
「卿の言い分を聞く限り、この件は『ヒイズル王国の言い掛かり』としか考えられんな」
ラックの主張はすんなりと宰相に受け入れられた。
東部辺境伯からの圧力はあっても、彼にとっては考慮に値しなかったのである。
「ところで宰相様。その抗議が有効なのは、『ヒイズル王国が存続している』のが前提ですね?」
「いきなり物騒なことを言い出すな。我が国の国是は承知しておるだろう?」
「はい。勿論です。私が主張したいのは、一点。『これを公にしたということは、アイズ聖教国に対して、彼らが『ヒイズル王国にマークツウ王国の王族の生き残りがいる』と宣伝したも同じだ』という点です。聖教国の軍が動くのはそう遠い時期の話ではなく、近々だろうと考えました」
ここでこの話をラックが提示したのは、アイズ聖教国の動きを実際に千里眼で視て既に知っていたからだった。
そう遠くない時期どころか、明日か明後日にはヒイズル王国は戦争状態へと移行するはずだったりする。
そうなった時、「滅ぶ以外の道はないだろう」と、超能力者は考えていた。
「なるほどな。しばらく返答を引き延ばせば賠償請求をしてくる相手が消えてなくなるか。それは良い情報だ。聖教国の動きを調べてからの対応案件とする。卿を王都まで呼び出してすまなんだな。開拓を継続して頑張ってくれ」
こうして、ラックの王都招聘はあっさりと終了した。
東部辺境伯が逆恨みも兼ねて宰相へ情報工作を仕掛けても、辺境の地を開拓し続け、安定的な領地経営をしているゴーズ家には宰相からの信用があったのだった。
貴重な資源の男性家臣を増やしたゴーズ領の領主様。「戦火の渦に巻き込まれるヒイズル王国の国民は気の毒だ」とは思ってしまう超能力者。けれども、「そこは視ないようにしよう」と心に決めたラックなのであった。