45話
「『ヒイズル王国から緊急の使者が来た』だって?」
ラックは通常の一日の作業を終えてトランザ村へ戻ったところで、ミシュラから本日の報告を受けていた。
ゴーズ領トランザ村の領主の館に到着したヒイズル王国の使者は、「代行ではだめだ。領主様が戻り次第直ぐに会いたい」と言い張り、応接室で午前中からずっと待機していたのだった。
「ふむ。ま、来た用件はわかってるけどね。長城型防壁の件だろう」
「それしかありませんわね」
ラックは「良い気分で聞ける話でないのは九分九厘決まりだ」と、考えた。
そうであるなら物事の順序として、使者と会った後に夕食の時間とすると「飯が不味くなるわ!」になってしまう。
そんな理由もあって、「既にここまで待たせたのならもう少々放って置いても良いだろう」と、判断した超能力者は、帰宅後のルーティンである夕食と入浴を優先する。
そうして、全て済ませてすっきりしたところで、本日のメインイベント前の消化試合へと突入するのだった。
ちなみに「メインイベントとは何か?」と問われれば、その答えは夜の運動会である。爆発しろ!
「お待たせしました。ゴーズ男爵家当主のラックです」
「第一夫人のミシュラです。同席させていただきます」
ミシュラは発言するためではなく、証人に近い立場での同席となる。
但し、もしもいざ証言することになれば、彼女は妻の立場であるから証拠能力は低くなってしまう。
けれども、「ラックと使者の会話内容をミシュラが書面に起こして、彼ら二人にサインを求める」という手段はあるのだ。
「おお。待っておりました。私はヒイズル王国から使者として二度目の来訪をさせていただきました。今回の用件としては、我が国で緊急事態が発生しまして、助力のお願いに参りました。具体的にはこの書簡に」
使者の話の途中でラックは右手の手の平を彼に向け、言葉を止めるように促す仕種をする。
そして、ゆっくりと首を左右に振った。
それは、明確に拒絶の意思を示すための布石であった。
「先日、当家は『貴国への支援を全て打ち切る』と使者を出したはずです。ご存知ですよね?」
「いえ、あの、あのような一方的なお話はないかと考えます。我が国はゴーズ家の庇護下にあることが前提で建国された国なのですよ? それなのに、『いきなり梯子を外すような真似は、ゴーズ家にとっても外聞が悪いか』と存じますが」
「ええ。そうですね。ですが、今の貴国は当家に庇護を求めて来た当時とは、国内状況や周辺状況の条件が違っています。対価をいただくはずの長城型防壁は完成して既に引き渡されております。あれがあれば『外敵からの脅威はほぼない』と言って良いでしょう。ああ、勿論、災害級魔獣だけは話が別になりますが。そして貴国は当家に分割払いで支払うはずの対価の棒引きを、こちらに相談することなく勝手に決定し、支払いを停止されましたね? その上、『旧カツーレツ王国のあった地域の住民たちを、ヒイズル王国の新規住民として受け入れを行っている』と聞いています。これは、『当家の庇護も支援も、もう必要ない状況だ』と判断しております」
ゴーズ家の当主としてのラックの発言は、建前と正論のみで組み上げられている。
多大な援助をしているゴーズ家に何の相談もなく、ヒイズル王国が独断でお荷物となる新規住人を抱えるならば、それは王国が自立できるのが前提でなければ手順がおかしいからだ。
ミシュラは横で二人の会話内容を書き出しながら、笑ってしまいそうになるのを必死に堪えていた。
元公爵令嬢だった彼女は、勿論そういった分野でもきちんと教育を受けている。
だが、ものには限度というものが存在するのだ。
ゴーズ家の正妻は、ラックが既にヒイズル王国に設置した防壁を、撤去と破壊で無意味なモノにしてしまっているのを知っていた。
それ故に。
ミシュラはこの場で、限度ギリギリの戦いをしていたのであった。
正に激闘である!
「その防壁が今は機能していないのです。南部の王都部分に近い場所には元から設置されていた門以外の場所に、大きな開口部がいくつも開いています。そして北部の防壁は消滅しているのですよ」
「ほう? 国民を新たに受け入れることで支配下地域を増やすために撤去されたのですか? それは勿体ないことをしましたね。ああ、なるほど。『防壁が存在すると、内外で生じるであろう格差が問題になる』というわけですね? 『大きな開口部』というのも、利便性を考えて開けたのでしょうねぇ。大変な工事でしたでしょう」
ラックは思ってもいない無茶苦茶な理由付けをして、さも「自分は納得しました」という体を装って使者を煽りに行く。
「そのようなことをするはずがないではないですか! 『自ら流民となってヒイズル王国の国民である権利を捨てた民を返せ!』とは言いません。ですが、我が国の元国民がゴーズ領にいることは知っていますぞ」
「ほう? そうなのですか? 私の領地は開拓したばかりで住民が足りていませんから。人手はいくらあっても困りません。なので、『入植したい』とやって来た人材の出自を問うような真似は致しませんからね。ああ、そう言えば貴国の先代の国王だった方からは、お願いされて四千人弱の難民を受け入れたことがありますよ? なんでも彼らは『住んでいた土地が税を納めている国に守って貰えそうもなく、土地を捨てる以外に戦火を逃れる術がなかった』と聞いています。彼らへも、『どこの地域からやって来たのか?』を問うようなことはしていませんけどね。まぁ、『先祖伝来の土地よりも、自身を含む家族の命の方が大切だ』と考えての行動だったのは理解できます。もっとも、その家族の中には、所謂働き盛りの男性は一人もいませんでしたがね。『兵役で連れて行かれてしまった』のだとか」
ラックは暗に、「国を見捨てさせたのはお前ら自身だろうが!」と、「ロクに真面な働き手がいないお荷物でしかない難民集団を救ったのはゴーズ家だ!」の二点を主張した。
そしてここでは関係ないが、ラックは内心では偉大な賢者であるご先祖様に感謝していた。
賢者の功績で、ファーミルス王国には人頭税に相当するものが存在しない。
そのため、住民の受け入れに対する税負担がなく、心理的ハードルが低いのだ。
もっとも、それは、一時的にでも全てを背負って食わせて行くことができる能力の所持や、住まいも含む分け与える農耕地が、潤沢になければ成立しない話でもある。
ファーミルス王国は「豊かな国である」とはいえ、一年にも満たない短期間で一万人以上もの人口が増加してもびくともしないのは、ゴーズ家の影響下にある地域以外ではあり得ない。
新たな住民としてゴーズ領に流れ込んで来た難民たち。
彼らを受け入れて領民とするには、二つの条件を満たさねばならない。
その条件とはなにか?
一つは、彼ら自身が、食料を自給できるようになるまでの期間、その場しのぎの食料を提供すること。
もう一つは、翌年以降の収穫が行える自らの農耕地を分け与えられること。
以上二つの条件を満たすのは、領地の規模としてゴーズ領とは比べ物にならない大きさを誇る北部辺境伯領ですら、達成が困難である。
予定していない案件で、一時で流入する人口が百人を超える規模になってしまうと、「いきなり丸ごと抱える」というのは、本来簡単なことではないのだった。
「ええい。我が国はとにかく、国を守る新たな防壁を必要としているのです。ゴーズ家にその建設を行っていただきたく。勿論、対価はお支払い致します。分割払いにはなりますが」
使者は議論しても分が悪いことを悟らざるを得ず、要求のみを主張する手に出る。
勿論、それは悪手以外の何物でもない。
それがわかっていても。
彼にはもう他の手立てはなかった。
「お断りします。理由は二つ。ゴーズ家は現在開拓中の土地があり、そこの開発で余力がないこと。そして、『国王を変更すれば、約束していた対価を支払わなくて良い』と考える国は信用に値しないこと。貴方の所属しているヒイズル王国は最も大切な信頼関係を裏切ったのです。当家からの支援は今後一切ありませんので御引取りください。これでも忙しい身なのでね。ああ、今晩は当家に逗留してくださってかまいませんよ。こんな夜更けに放り出すほど鬼ではないので」
そうして席を立とうとしたラックだったが、ミシュラが目線で待ったを掛けていることに気づいた。
超能力者は、大事なことが一つ残っていたのを思い出したのである。
「おっと、忘れていた。この後、妻が今日の会話を書面に起こしますので、双方でサインしてお互いに一部を持つことをお願いする。『言った言わない』で後々揉めないようにするためです。ご協力いただけますね? それがあれば、貴方も国へ戻った時、報告するのが楽になると思いますよ」
ミシュラは十五分ほど掛けて二枚の同じ書類を書き上げ、夫に手渡した。
ラックは割り印を行ってから、さっと二枚にサインし、使者にもそれを求めたのだった。
そんな流れで、翌朝には憮然とした表情のままの使者を送り出す。
ラックは部外者がいなくなったので、ミシュラとフランとの会話の時間を取る。
エレーヌ、ブレッド、ルアンナの三人は、既にティアン村に居を移しており、ゴーズ家の本拠地となっているトランザ村にはミシュラしか常駐はしていない。
フリーダ村の仕事を任されているフランがいたのは、昨夜の運動会の担当をミシュラと二人で務めたからである。
「使者の用件は『再度の長城型防壁の設置』が目的だった。ゴーズ領に流入している元国民の件は向こうにも都合が悪くはないから放置のようだね。で、防壁に穴が開いたり、撤去されている原因については何も把握していないこともわかった」
「原因を把握していないのは当然だろう? 夜間に寝ずの番を置いているのは入り口がある周辺くらいだろうし。どうせ深夜にこっそりとラックが処理した話なんだろう?」
フランは「何を言ってるんだ?」という目でラックを見ながら発言をした。
ミシュラはミシュラで「そう考えるのが当然ですね」という面持ちで、黙って聞いている。
「うん。まぁそうなんだけど。『犯人として疑われてないから良かったね』って話」
「いや、仮にバレたり、疑われて責められることがあったとしても、『対価を受け取っていないからヒイズル王国の所有権はない』と突っぱねて終わるだろう? そもそもバレるようなヘマをラックがするとは考えられないけれどな」
フランのラックへの実行能力の評価は高い。
なにしろ災害級魔獣を一人で始末して来た実績を目の当たりにしているのだから、そうなるのも当然ではある。
「あはは。そりゃそうだ。まぁそれはそれで良いとして、現状のヒイズル王国の話。マークツウ王国の生き残りが徐々に集まってきていて人口規模は推定で六千人。内訳で千人は逃げ出さずに残留した人たちなんだけど、新旧の住民同士の対立が始まってる感じがある。後、税も重税になっているね。ゴーズ家に支払う分がなくなったはずなのに税が重くなるとか、意味がわからないんだけど」
ラックの言を受けて、フランは変人を見る目に変化して言う。
「他国だと『そんな感じの王家』と言うか『愚かな貴族』は多いぞ? 辺境はあまり無茶をすると領民が逃げ出すから多少はマシだが。寧ろこっちが例外だろうな」
「そういうものなんだ? ところで話が変わるけど、長城型防壁の整備が終わった二つの領域なんだけどさ、中央だけに村を大規模に作る形じゃない整備をしようかと考えた。具体的には関所の部分に門前で小規模の村がある形を想定してる。他所では聞かない形だけどね。事前に問題になりそうな点があれば指摘して欲しい」
ラックは報告的な話が終わったため、今後の話で知恵を借りる方向へと話題を変えた。
今朝の話の主目的はこちらである。
「普通であれば防衛戦力の配置問題でその形はあり得ない。だが、ラックが整備している防壁があると条件が変わるからな。配置する住民の規模次第だろう。あと、情報伝達はどうするんだ?」
「規模は一か所三十戸前後、百人少々くらいを目安に東西南北の四か所だね。もっとも領内で接している部分は関所の門を挟んでいるだけだから倍の規模に見えなくもないけど。情報伝達は人の移動も兼ねて、定期便のバスを毎日数回走らせるつもり。魔力持ちの家臣が増えたからね。活用しないと。ミシュラからは何かないか?」
「インフラ整備。特に道路と水路ですね。そこだけきっちりやっていただければ、今気になる問題はありません」
特に重大な問題点はなさそうなので、とりあえず旧デンドロビウ領は中央にデンドロビウ村を置き、東西南北の街道を整備して防壁の関所部分にも住居と農地を整備することが決定した。
四つの村はガンダリウ村、ギガンダリウ村、ガンダミウ村、ガンダニュウ村と呼ぶことを決め、ラックが整備に着手するのであった。
尚、旧ビグザ領の村の整備は、デンドロビウ村を含む五つの村の先行入植で運用し、問題点の洗い出しを行った後、整備することがこの時決まったのである。
そんなこんなのなんやかんやで、決定した事柄は、翌日の夜にはもう二人の担当も知ることになった。
そして、リティシアは感激のあまり、涙を流すのだった。
「ありがとう。ラック。私の実家のデンドロビウ家はもう存在していないが、村の名は残る。そして、四つ配置する村にはガンダ家と繋がりがあることを感じさせる名を付けてくれるとは。こんなに嬉しいことはない」
「あー。うん。なんとなく思いついたから。喜んでくれて僕も嬉しいよ。将来的にはスミンに婿を取って任せても良いよね? まだ確約はできないけどさ」
「フランから聞いてはいたが。ナチュラルに後家の心を掴みに来るのだな。打算で嫁いだ女性ばかりだと言うのに」
自身の心情も含めて、「異常なことだ」とエレーヌは考えていた。
そして、ついそれを口にしてしまったのだった。
「あはは。そんなつもりはないんだけどね。僕はただ、ゴーズ家の基盤を確かなものにして、次の代に残すのが目的だから。妻が増えたのは成り行きだよ。勿論、こうして夜の時間を過ごしている以上、情だってあるけれどね」
こうして、ラックの領内整備計画は進み、ヒイズル王国とは関係を断ち切った。
自然増以外で大量の領民を抱えることに成功し、超能力者が持て余しているので目立つのは、買い込んだ機動騎士の機体のみとなったのである。
使われずにトランザ村のハンガーに立ち並ぶ機動騎士を抱えるゴーズ領の領主様。外に出せない魔獣素材を、大量に抱え込んでいる超能力者。「豊富にあるそれら使って、機動騎士の改造ができる人材が欲しいなぁ」と考えるようになってしまったラックなのであった。




