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44話

「『元国王を村の代官にして欲しい』だって?」


 ラックはサイコフレー村からの定期報告を受けていた中での、予想もしなかった住民の要望に驚いていた。


「えーと。この国の制度上、村の代官になるには魔力量が500以上じゃないとダメなんだが?」


 正確には特例の制度があるので、嫁の魔力量でその条件を突破する方法自体は存在する。だが、そう都合良く嫁げる魔力持ち女性が確保できるとは限らない。

 そして、ラックが失念しているためにここでは言及されていないが、そもそも別の必要条件もあって、元国王はそれを満たしていないのである。


「はい。承知しています。魔力量の検査で1200を超えていましたのでその点は問題ないです」


「いや、待て。そもそもヒイズル王国の元国王がなんでサイコーフレー村に移住しているんだ? そんな話は了承した覚えがないんだが?」


 横に控えていたミシュラは移住者の資料に目を通していた。


「貴方。ここにちゃんと記載されていますから正規の手続きで領民となっていますわよ。サインもしているじゃありませんか」


「へっ?」


 ラックはミシュラから差し出された決済済みの書類に目を落とす。そこには、確かに元国王の名が記載されていた。


「えっ? これって雇った文官の身内のやつじゃないか。あいつ国王の身内だったの?」


「書類上はそうなっていますわね。続柄で言えば甥にあたるようですけれど」


 いくら優秀な文官でも、二十歳そこそこの若さでは国外へ派遣される重要案件の使者にそう簡単に成れるはずはない。

 そこには「血縁のコネというモノがあって、国王が信頼もしやすかったからこその抜擢であった」という裏事情が存在していたのだが、ラックがそれを知っているはずもなかったのであった。


「そうだったのか。まぁ彼の身内は全てゴーズ領で引き受けるのが条件だったから、そこはちょっとモヤっとする気がするけど仕方がない。だけどさ、この人、形としては『国民を見捨てて自分だけ責任放棄して逃げた』みたいになるんじゃないの? コレ」


「あの。発言よろしいですか?」


 報告を持ってきた元ヒイズル王国の魔力持ちの彼は、ラックとミシュラのやり取りを聞いていて、「自身が知るヒイズル王国の事情を、説明した方が良い」と、判断して発言許可を求めるのであった。


 そうして彼はラックの許可が出た後、「内部事情」と言うか「国民感情」と言うか、そういうモノの推測を述べたのである。


「ふむ。彼は元々代官で主家筋の無茶振りが昔からあって、それに抗うことは不可能だと国民が理解してたわけか。『それでも権限の範囲をフルに使って、庇護下の住民を守る姿勢が崩れることはなかったから彼自身に信用があった』って話なんだね? それと国を出る前に、暗に国民に『逃げろ』と説明して回ってるのか。すごいな。ソレ、良く捕まらなかったね? 新しい国王にバレたら即罪に問われるんじゃない? アブナイ橋渡ってるなぁ」


「彼らの逃げる先の選択肢は実質的に貴方の支配下地域のみになります。ですから、彼が行った行為は『当家の了承を取り付けずに、ヒイズル王国の国民を扇動している』とも言えますから問題はありますわね」


「そうだね。ま、彼は前の難民の件もあってゴーズ家の状況は知っているから、『僕が受け入れない』とは考えていなかったのだろうね。実際、領地としては歓迎したい住民になりそうだし」


 新たにやって来る可能性がある住民たちは、以前の難民とは違って着の身着のままでの移住となることはない。

 しかも年齢層や男女比のバランスも問題ない移住希望者となる。

 強いて言えば、「前に受け入れた難民も含めると元カツーレツ王国の住民が最大で一万二千人ほどになり、従来からのファーミルス王国の民が二千人程度しかいない」という部分が気にはなる。

 しかしながら、従順でちゃんと働いてくれれば領主としては問題はないのだ。

 サイコフレー村だけで受け入れるには少々人数が多過ぎるが、ラックが領民なしで持て余している整備済みの村は他にもある。

 なにも一つの村だけでの受け入れに固執する必要はないのである。


 ラックは結局、代官の件は保留案件として定期報告に来た家臣を下げさせた。

 続いて、夫婦での会話に突入して行く。


「使者君から聞き出した話は僕の能力で確認が取れてるから嘘はないと思う。長城型防壁の支払いの件はきちんと説明自体は、新首脳部とでも言えば良いのかな? そいつらには伝わっている。でも、新たな使者が持ってきた内容は許容しがたいアレだ。彼らの移住の件があったから今まで対処はしていなかったけど、どうするのが良いかな?」


「先程の話も含めて考えると、ヒイズル王国への支援は完全に打ち切りで良いです。ですけれど、打ち切る時期は少し先延ばしした方が良いでしょうね。具体的には逃げ込んで来る彼の国の国民がいなくなってからで良いと思います」


「ああ、その点はそうしよう。ごめん。僕の訊ね方が悪かった。『長城型防壁をどうするべきかな?』って話」


 ミシュラはラックが「何を言い出したのか?」となり、意図が理解できなかった。

 彼女は「『設置してある防壁をなんとかする』ってなんだろう?」状態だったからである。


「あの。貴方? 仰っている意味がわからないのですけれど」


「うん? 対価が支払われない以上、アレの所有権はあの国にはない。だから、撤去するのが良いか、破壊してしまうのが良いか、気は進まないけど放置で良いか。そういう話」


 ミシュラはそれを聞いて思考が止まってしまった。

 予想する事態を遥かに超えている内容であったからだ。

 それでも彼女はなんとか数秒の時間で再起動に成功する。


「えっと。放置する以外の選択肢がおかしいように思うのですが。選択肢があること自体がおかしいですし、どう処理したらそんなことが可能なのですか?」


 長城型防壁はラックからの説明を信じるのであれば、災害級魔獣以外の魔獣では簡単には破壊不可能なレベルの堅牢さで作られているハズなのだ。

 そんなモノが「簡単に破壊や撤去できる」とは考えられないミシュラである。


「運べるサイズに切り分けてテレポートで撤去するか、防壁として意味を成さない程度に穴を開けてしまうだけだね。僕の能力なら問題はないよ」


「そうなのですか。では、貴方の手間という観点の問題にすり替わると思います。放置はゴーズ家が侮られる原因になりかねませんので可能ならば避けたいですわね。ですのでこれは選択には入れられません。『運ぶ』というのは『何処へ?』と『再利用可能か?』と『0から作るのと運ぶのとどちらが楽なのか?』など、貴方にしかわからない部分が判断基準になりますわね。運ぶより穴を開けるだけの方が楽なのは明白でしょうし」


 夫からはあっさりと、「簡単な作業だ」的な言葉を返され、そこに驚きつつもミシュラは自身の考えを言葉にした。


「そうだね。説明が足りていなくてごめん。穴を複数開けて済ますのは、数にもよるけど一晩あればおそらく終わる話。で、撤去する場合は今整備に手を付けている旧ビグザ領と旧デンドロビウ領へと移築する感じになる。これは0から作るよりはマシって程度で作業効率が劇的に変わる話でもないけど無駄にはならない感じかな。但し、全ての撤去を終えるには60日ほど時間が必要になると思う」


 ミシュラはラックの言を聞いていて、夫の可能な作業について考えることを放棄した。

 彼女は「その都度できることを確認した方が、精神衛生上良い」と判断したからである。


「では、基本は移築する方向で。但し、南部の街に近い部分はゴーズ領への人の流入が止まった時点で穴を開けてしまう感じで良いと思います」


 ラックはミシュラの提案を受け入れた。

 そうして、住人が少ない北部からの撤去作業に着手することを決定した。


「それはそれで良いとして、元国王の件ですけれど」


「だよね。約束は約束だから受け入れるのは仕方がない。ちょっと『僕に甘え過ぎ』って言うか『頼り過ぎ』って部分で問題がある人物ではあるけれど、統治能力は実績があるだけに活用したいとは思ってしまうんだよね」


 ラックはミシュラにこの件で元国王に対する胸の内を、態々言及することはない。

 件の人物は、常駐する身近な統治者として住民から望まれる時点で得難い人材なのである。

 ラック個人から見れば、ちょっとムカっと来ている部分があるのも事実なのだが。


 元国王が移住して来た経緯を考えれば、住民から嫌われるケースも普通はあり得るのだ。

 と言うか、石を投げられてもおかしくはない。

 しかしながら、現実はそうなってはいない。

 つまりは、「人徳というモノも備わっている人物」ということなのである。


 そして、超能力者は気づいていないが、更に上位の存在として、ラック自身も庇護下にある民、庇護下に入りたい民たちから望まれる領主様だ。

 今回のヒイズル王国の元国王という肩書を持つ人物が、サイコフレー村の代官に就任するのを村民たちから望まれるのは、前提としてゴーズ家の存在があってこその話であったりするのであった。


「貴方。魔力量は問題ありませんが、彼は元がファーミルス王国の人間ではありませんので魔道大学校を卒業していません。つまり、代官になる資格がないのです。それと大砲はまぁ良いですが、スーツを扱わせることもできません」


「あ、そうか。それもあったね。うーん。じゃ、当面実務は任せるけど最終決済は今まで通りゴーズ家って話にするしかないかな? 『実質代官みたいな扱い』ってことで。防衛戦力はこれまでと変更はなし。君とテレスの下級機動騎士の巡回で誤魔化す」


 防衛戦力に関してはサイコフレー村に常駐させるほど人材が豊かではないため、その部分では妥協せざるを得ない。

 但し、実際にいざという時になればラックがテレポートで駆けつけるため、安全はしっかりと担保されてはいるのだが。


 そんなこんなのなんやかんやで、夫婦の話し合いは終了し、ヒイズル王国の元国王とその甥である元使者は文官としてゴーズ家へ仕官することが確定した。

 配属はサイコフレー村に元国王、ラーカイラ村に元使者となる。

 そしてそれらが決定された頃には、住民の流入も始まっていたのであった。




 ラックは流入して来る住人の接触テレパスによる確認で大忙しとなった。

 勿論、ストックしてある遺伝子コピーの中から適当な人物に化けていることは言うまでもない。


 ゴーズ家の当主様の容姿は目立つ上に知れ渡ってもいるため、変装なしにはそのようなことはできないのである。

 そして、彼が超能力を行使することできっちりと確認作業をすれば、当然のことながらあまり受け入れたくない人材というモノも中には混じっているのが発覚する。


 だがしかし。

 ここでそういった人物のみを追い返しても、彼らには戻る場所がない。

 故に、受け入れ拒否した場合は、野盗化などのよろしくない愚行に走る恐れがある。

 なので、とりあえずそういう人物には要注意として、住居の配置への配慮や巡回監視を強めるように指示を出すに留めた。


 領主の責任として、最悪はこっそりと始末することも視野には入れている。が、周囲の環境次第では悪さができない可能性もある。

 実害が生じなければ、領内の労働力が増えるプラスの面しかない。

 ラックとしては「どうか真っ当に生活してくれよ」と祈りながら、様子見の保留とするのだった。




「エレーヌ、ブレッド、ルアンナの三人を呼んでくれ」


 ラックは執務室へ、ティアン領を統治する関係者である三人を呼びだした。


 増え続ける住民の割り振りをどうするか?


 それを決めるのに意見を聞くためである。


 ティアン領の整備はこの時点では既に完了していた。

 だが、ティアン領の中心となるティアン村は、未だに農耕に従事する領民がいないままであった。

 具体的には、現在の領内の人口は二名のみ。

 連絡要員として、ゴーズ家の魔力持ち家臣が領主不在の領主の館に常駐しているだけとなっている。

 ティアン家(ブレッド)の後見人を務めているゴーズ家自体が領民の募集活動を止めているので、当然と言えば当然の状況ではあるのだけれど。


「集まって貰ったのはティアン村の住民についての意見を聞くのが目的。元カツーレツ王国の住民で今はヒイズル王国の国民になっている住民が国を見限ってゴーズ領へとなだれ込んでいる。前の難民四千人弱に加えて、今回約七千人が新たに移住して来ている。単刀直入に聞くけど、彼らの一部をティアン領の領民として受け入れたいかどうか? 全員の考えを聞きたいな」


「フリーダ家としても、ティアン家としても対岸の民との交流はありました。あまり大きな声では言えませんが、民の間では婚姻関係で親族がお互いに対岸にいる状況もあったのです。勿論、数が知れてはいますけれどね。ですから受け入れにはあまり抵抗はないです」


 まず、エレーヌが意見を述べた。


「出自に拘るつもりはありません。ですが、質は気になります。『男女比や年齢構成に問題がない形での割り当て』としていただけるのでしょうか?」


 幼いながらに教育はしっかり受けていたようで、ブレッドの意見は子供らしさがない。

 しかし、領主を継ぐのが決定している以上は好ましい考えではある。

 ラックに対して「良い部分だけをください」と言っているも同然だという点を、無視するのであればだけれど。


「私は嫁いで領を出る身ですので、特に何もありません」


 ブレッドの姉のルアンナはこれまでも自己主張をすることがなく、それはここでも同様であった。


 こうして、ラックは直轄する村とティアン領への住民の割り振りを決定した。

 近々に新生ヒイズル王国発の厄介事が来るのは確信できていたため、ゴーズ家内部の問題は可能な限り前倒しして処理したかったのである。


 やることはやるゴーズ領の領主様。新たな住民の受け入れと割り振りが終わり、並行してこそこそとヒイズル王国北部の防壁の撤去作業も進めている超能力者。「そろそろ南側に大穴を開けに行くか!」と、穴を開けた後のヒイズル王国の反応がちょっと楽しみになって来ている、悪い顔になったラックなのであった。

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