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43話

「『マークツウ王国の王子がヒイズル王国を譲り受けて、乗っ取ろうとしている』だって?」


 ラックはさも何も知らなかった体で、ヒイズル王国からの使者の発言にあった禅譲案の件を再確認した。


 ゴーズ家の当主は、ヒイズル王国へ向けて逃亡の一手しかなかったマークツウ王国の後継者一行への千里眼の行使を怠ることがなかった。

 それ故に、超能力者はリアルタイムで状況を把握している。


 ラックからすれば、ヒイズル王国が彼らを亡命政権として受け入れたのは、正直なところ「どうして受け入れる?」という思いしかなかったし、「受け入れの可否確認がこちらへあってからじゃないの?」とも思っていた。

 もっとも、それはラックの感情の話であって、建前上は独立している国の王の判断を、ゴーズ家の当主が左右するのがおかしいのであるけれども。

 現実的にはゴーズ家(ラック)が庇護下に置いているのだから「勝手な行動や判断はどうなの?」が正論でもあるわけだが。

 

 そして、付け加えて置くと、ラックとヒイズル王国側がそれぞれに持つ前提となる認識には、「致命的」とも言える差が存在している。

 それは、マークツウ王国がヒイズル王国を攻め滅ぼす準備をしていた点と、それを超能力者がこっそりと阻止したという点だ。

 即ち、“彼の国の王国に対する害意の存在を認識していたかどうか?”である。

 それを認識しているラックは「受け入れなどあり得ないだろう?」と考えるし、認識していないヒイズル王国では「元上位の存在だった同胞」となり、「情の問題」となってしまうわけだ。


「我が国が受け入れたのは、脱出に成功した六歳の第四王子とその母親。それと臣下の文官と武官がそれぞれ五名。他にはお付きのメイドが六人です」


「形としてはファーミルス王国はマークツウ王国を国として承認してないけど、ここでは便宜上国として扱う発言をさせて貰う。私がここでそうしたことはあくまで便宜上であって、他では通用しないからその点は理解してくれ」


 ラックは使者に対して形式的な前提をまず念押しした。

 続いて、使者が訪れた理由の概要の説明を改めて受け、彼が携えて来たヒイズル王国国王の手紙を読む。

 そうして、冒頭の発言に続く本題に入るのであった。


「難民の時とは規模が違って少人数だし、逃げて来てしまったのを受け入れる。まぁここまでは『受け入れずに見捨てて、実質見殺しにするかどうか?』って話だろうからそこをとやかく言うのは。『一応、思うところはある』けれどそれは置いておく。だけど『禅譲』ってのは何だ? どうしてそういう話が出る?」


 ラックとしては、ヒイズル王国の建国に助力したのは現在の首脳部がゴーズ家を頼り、庇護下に入ることを願って頭を下げたからだ。

 後からやって来た、ゴーズ家とは何の関係性もないどこぞの王子に国を譲るために行ったことではないのである。


「我々の国は元々、カツーレツ王国だったのでして、やむにやまれぬ事情で現在の形になったわけですが、現ヒイズル王国国王はやりたくて国王をしているのではなかったのです」


「それは知っている」


「端的に言うと、逃げて来た一行の中にいた王子の母親が原因です」


 ラックの千里眼では視るだけであるので、会話の状況まではわからない。

 会議的なものならば議事録が作られるため、それを盗み見れば良い。

 だが、今回の王子一行の受け入れから、ヒイズル王国の国王との謁見を終えるまでの部分では、そういったものは作られてはいなかったのである。


「王子の母親の立場が知りたい」


「マークツウ王国の前国王が病死で崩御されたことは、以前からの情報でご存じかと。王子の母親はその側妃でありまして、序列的には第五夫人でした。彼女は上級貴族の家の出でして、我が国の国王の元主家筋の方です。ご存知の通り、国王は街の代官をしていた旧カツーレツ王国の貴族でしたので」


「そうなのか。『第四王子』ってことは他の王族も当然存在はしているね? 前国王の他の妃も。そちらについての情報は?」


 ラックは千里眼で視ていたため、他の王族がおそらく全て殺されていることは知っていた。

 けれども、当事者たちの状況認識を確認しておくことに、この場合は意味があるのだ。


「亡命者からの情報によれば、『前国王が王太子としていた第一王子が戴冠する前に、アイズ聖教国が攻め込んだ』ということでして、王都は陥落。『王宮は焼かれ、他の王族はおそらく生存していない』そうです」


「よく彼らだけ助かったね」


「『母親の歳の離れた妹が結婚する』という事情で、『息子である王子を連れて王宮を離れていたのが幸いした』と聞いています」


 ラックは視ていて把握していることもあるため、知りたい情報の流れが微妙におかしな感じになっている。

 だが、問う側の本人はそれを自覚していないし、使者は使者で問われた事柄に対して、“自身が知る範囲と話しても良い範囲で、答えられる返答をするだけ”なので特に問題にはならない。


「っと、『禅譲』の話だ。要は、『元主家筋の夫人が自分の息子に国を譲れ』と主張して、『国王の立場に執着が薄い現国王が、その話を完全に拒否してはいない』ってことで良いのか?」


「その通りです。まだどうするのか決まってはいませんが」


 ラックは何とも言い難い気持ちになった。


 カツーレツ王国が内戦状態になった後、その地域に住む王族や指導者に該当する人物たちは、トランザ領を唆していたり、庇護下に置いているヒイズル王国を攻め滅ぼそうとしたりと、悪い意味でゴーズ家に対してやらかしている。


 また、彼らに直接の責任はないかもしれないが、災害級魔獣の件だってある。

 カツーレツ王国がちゃんとしていれば、災害級に対するファーミルス王国の対応は別物だったはずなのだ。


 その上、内戦が原因で塩の流通に問題が起こり、ラックはしなくても良いはずの苦労もしたような気がする。

 はっきり言って、「マークツウ王国の上層部へは、良い印象など持ちようがない」のが現実なのである。


 それなのにマークツウ王国の王子一行がラックの庇護下へと勝手に入り込み、ヒイズル王国の現国王とすり替わってしまう話。

 そんな馬鹿げた話なのだから、実はゴーズ家としては状況的に激怒まで行ってもおかしくはなかったりする。


 そうならないのは、ラックが多大に影響を受けている漫画の主人公のおかげだ。

 漫画に影響を受けて形成された「性格」と言うか「性分」の問題で、そこまでのことにはならないだけなのだった。


「そうですか。最終的に『現国王がどういう決断を下されるのか?』は私にはわかりませんが、ゴーズ家としては、『長城型防壁の代金の部分の話がきちっと引き継がれる』のであれば、『国王が変更になること』に口を出す気はありません。ですが、行われている援助については『現国王からの懇願』で始まったものです。その張本人が身を引くのであれば当然、『次の代の方と再交渉する』ことになります。その点だけは理解してください」


 使者は、ラックの発言に重大な意味が込められている点に気づいてしまう。

 そして、彼は狼狽した。


 食料や塩の援助、交易、先ごろ起こった難民の受け入れ問題。

 そういったものの全てが「国王をすげ替えるのであれば継続されませんよ」と、宣言されたも同然であったからである。

 そして、それらがなくなるということは、「国の運営に重大な支障が出る」という事態へと発展し、「ゴーズ家への対価を、継続して支払うことが不可能になる未来へ」と繋がる。

 つまりは、使者の眼前にいる“ゴーズ家の当主(ラック)と敵対する国へ”と変わる未来しかない。


 そうなった時、何が起こるのか?


 今のヒイズル王国の国民は、おそらくサイコフレー村に移住した元難民の伝手を頼ってゴーズ領へとなだれ込むであろう。

 住民の数自体は、マークツウ王国の住人がヒイズル王国へ移り住んでくるので、“数だけ”は維持できるかもしれない。

 けれども、「実質的にヒイズル王国はガワだけが残り、中身は総入れ替え」と言って良いモノへと変化するわけである。


 仮定の話で起こり得る未来を想像した使者だったが、彼が国を発つ直前の「周囲の雰囲気」と言うか「感触的な部分」は、禅譲が成立することを肯定している。

 それ故に。

 チャンスは今しかない。

 使者を務めている彼は幸いなことに、瞬時に考えを纏め、決断する能力を持っていた。


 なりふり構わず女神の前髪を掴みに行くのは、今の状況に置かれた人物にとっては至極当然の話であったのだ。


「あの。すみません。使者としてではなく、個人的な相談になるのですが今少しお話させていただいてもよろしいですか?」


 ラックは気軽に了承し、使者からの個人的な相談を受けた。

 勿論、超能力者が接触テレパスをさりげなく使用しているのは言うまでもない。

 そうして、その結果、彼と彼の身内の全てをゴーズ領に受け入れる密約がその場で纏まってしまう。

 そんな感じで、ゴーズ家は重要案件の使者が務まる優秀な文官を一人確保してしまったのであった。

 棚ぼたである。


 そんなこんなのなんやかんやで、マークツウ王国の亡命政権をヒイズル王国に受け入れました情報と、こうなるかもしれませんよ情報の第一報をゴーズ家にもたらした使者が自国に戻った時、既に事態は進んでいた。


 予想された最悪の方向へと。


 使者として発ったことで国を空けたのはたった数日であるのに、第四王子の母親と彼女が連れて来た文官は正にやりたい放題。

 彼らに繋がりの深い商人を呼び込んで食料を持たせて送り出し、子飼いの臣下や新たな住民を呼び込む手配と、第四王子をヒイズル王国の王にする手続きが既に推し進められていたのである。


 間が悪いことに、難民受け入れの件でゴーズ家に睨まれている多数派の重臣たちが、自らの立場を守れる可能性に賭けて、禅譲案に賛成してしまっている。

 だが、実際にはマークツウ王国の元からの子飼いの生き残りが呼び寄せられて重用される。

 つまり、彼らの立場は守られることはなく、新たに上に立つ者の下でこき使われる未来しかない。

 だが、それでも。

 彼らの視点だと、「禅譲が起こらずに国王から『国外追放』とされるよりはマシ」なのであった。


 斯くして、ヒイズル王国の国王は交代し、前国王はそれと引き換えに一介の在野の民の身分を得た。


 前国王は国王の座を禅譲することで元の主家筋の呪縛から完全に解放され、庇護下に置いていた街の住民、即ち、現ヒイズル王国の国民に頭を下げて回ったのである。


「私はもう国王ではなく、街を守る権力もない。だが、全てを失ったことで旧カツーレツ王国の流れを汲む主家筋の呪縛からも解放された。この後は一族でゴーズ領へと渡り、そこで一からやり直すつもりだ。皆も自分の身の振り方を考えて行動してくれ。今まで私を支持してくれたことに感謝している」


 そうして、元国王は血縁者である元文官で使者を務めた彼と共にゴーズ領、トランザ村を目指して出発した。

 先日使者を務めた彼がラックと交わしたゴーズ領への受け入れ条件の一つ、“身内の全て”の中に血縁である元国王も含まれていたので、何も問題はないのである。

 もっとも、受け入れ先のゴーズ家の当主はその事実を知らないのだが。


 接触テレパスを欺くことは難しい。

 しかしながら、対象者が思い浮かべたり考えたりしなかった細部の情報を、完璧に読むことが不可能な能力でもある。

 “身内の全て”を条件とした時、一々全員思い浮かべなかった彼は、全くの偶然ではあるが超能力者の意表を突くことに成功するのであった。


 有能な文官を一人雇うつもりで血縁の一族を一緒に領内に受け入れる。

 その程度のことなら対価としては安いモノ!

 そう考えていただけのラックは、更に上位互換の人材も手に入れた。

 ついでにミシュラとフランのジト目も付いてきたのは、些細なことなのである。

 たぶん、きっと、おそらく、Maybe!




「貴方。ヒイズル王国からの使者が来ています。代理で用件を伺おうかと思ったのですが、『ゴーズ家の当主様と直接お会いしたい』の一点張りでして。今晩は逗留してもらう話で客室に通しましたけれど。以前の使者と比べると質に問題がありますね」


 ミシュラは淡々と、本日の必要な伝達事項のついでに感想も述べた。

 ちなみに、この時点では、以前の使者の彼を含む御一行は、まだゴーズ領に到達できてはいない。


「そうなのか。僕が夕食と入浴を済ませた後に、先方が了承すれば時間を取るよ。そうでなければ明日の朝食後だね。ま、用件はたぶん『国王が交代しました』のお知らせだと思うけどさ」


「あら? もうそんな事態になっていますの?」


「うん。先日来た使者が、もしそんな事態になればヒイズル王国を見限って、ゴーズ家に仕えてくれる話になっていたからね。注意して視ていたんだよ。意外だった点は前国王の立場になった、僕たちと係わりがあった国王が国に仕える役職を与えられなかったことだね。僕には理解不能な話だよ」


 実務も国の実態も、おそらくは最も理解している元国王。

 普通であれば知恵袋として手放さないハズである。

 なんなら幽閉してでも留め置きたいレベルだ。

 しかも権力への欲もない安全な得難い人材。

 そんな希少な人物を野に放つとか馬鹿のやることでしかない。


 もっとも、手元に残せば新しい国王より優秀だと判明した場合、不味い事態になるケースがあり得るので、「ある意味正しい措置である」とも言えるのだけれど。


 そして、「残念」と言うか国民にとっては「不幸」なことに、ヒイズル王国の新しい国王は傀儡で、実務を行うのは私欲にまみれた無能な人材の集団だ。


 後の世の評価がどう出るか?


 それは、現時点で既に決定的だったりするのであった。


 こうして、ラックは翌朝予想通りのお知らせと、「今後も変わらぬお付き合いをよろしくお願い“する”」という挨拶を受けた。

 更には援助要請が並べ立てられた書簡も受け取った。

 その書簡には、誰もが予想していなかった理不尽な内容も記載されていたのである。


 “庇護者であるゴーズ家からの新国王の戴冠への祝儀として、長城型防壁の対価の残額の全てを棒引きする形でそれに代えて受け取る”


 問題しか生み出さない呆れた内容が、ゴーズ家に持ち込まれた瞬間であった。


 さらっと書簡に目を通して、瞬間でキレたゴーズ領の領主様。心の中で「おいおい。先日の使者君よ。君は帰国してから一体何を伝えたんだ? 次に会ったらしっかり問い詰めてやる!」と呟いた超能力者。眼前の使者ではなく、(くだん)の使者への尋問を決心したラックなのであった。

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