42話
「『マークツウ王国からの難民が、入国を希望をしている』だと?」
ヒイズル王国の国王は、国境の長城型防壁の関所部分に置かれた、伝令兵からの報告を宰相経由で受け取っていた。
第一報は千二百人余りで、正確には「『入国』ではなく『移住』を希望」していた。
続いて、短時間の間に、第二報、第三報が届けられ、「難民の総数は三千八百人を超えていること」が判明したのであった。
「『単なる一時避難での入国』を希望しているのではなく、彼らは『ヒイズル王国の国民になること』を希望しての入国許可を求めていますな。要するに『我が国への永住』を望んでいるわけですな」
「我が国は八千人程度の人口しかおらん小国だぞ? そのような人数が『受け入れ可能であるはずがない』ではないか!」
宰相の言に対して、国王は冷静に、強い口調で返事を返す。
「『今』はそうですな。将来的には十万人規模の国へと発展する予定ですが」
「建国時の『将来的な』国内の食料生産量で支えられる人口の最大値の予測はそうなっていた。だが、それはあくまでも『将来』の話であって『現在』の話ではない。現状の生産力では防壁の対価として支払う、所謂余剰生産分が約千人分程度だったと記憶しておる」
「はい。つまり、無理をすれば『千人は受け入れて養う』ことが可能です。但し、ゴーズ家へ支払いに回す分の全てをを、『文字通り食いつぶす』ことになるわけですが」
二人は、通常の消費分量でのやりくりを前提に話を進めている。
だが、ギリギリまで切り詰めて、尚且つゴーズ家へ支払いに回すはずの現金収入の全てを食料購入にあてれば。
“今”押し寄せている全員について“だけ”は、なんとか受け入れが可能である。
もっとも、そんな綱渡り的なプランだと、もし第四陣が到着したらその時点で破綻するわけだが。
「ここだけの話で、国の方針を決めるにはことが大事過ぎる。重臣を集めてくれ」
そうして、ヒイズル王国の重臣一同が集められ、意見を出し合うこととなる。
だがしかし。
多くの意見が出てもコレと言った妙案が出るモノではなかった。
結局のところ、選択肢としては大別すると「受け入れを拒否して見捨てる」と、「ゴーズ家との約束を反故にし、その余力を避難民の救済にあてる」の二つだ。
但し、二つに割れた意見は、感情論的に後者が優勢なのである。
だが、国王は見捨てる側の意見の“理由”を重視した。
ちなみに、その反対側、すなわち難民を受け入れる意見を支持する側の言い分はこうである。
「『今後、対価を支払う気がない』という話ではなく、『余裕ができれば』支払う気はある。だが優先順位が『元同胞の救済』となるだけだ。我が国を守る防壁は既に完成しており、支払いが遅れても、それを理由に取り上げられるようなものではない」
要は長城型防壁という現物の引き渡しが既にされている以上、「ゴネ得が押し通せる」という理屈なのだった。
ファーミルス王国の国外での武力行使。
それは、「国是で制限されている」という理由も加味されて、彼らが「舐めた判断をしている」という面もある。
そして、国王が重視した“理由”はこうである。
「短期間であれほどの土木工事が可能な力を持つゴーズ家に対して、『恩を仇で返す』ような話は言語道断である。力を持つ相手だからこそ、我々は『庇護下に入りたい』と願ったハズではないか。『約束を破り、喧嘩を売るような選択』などあり得ない」
国王は感情的には多数派側の、「難民の受け入れ」を支持していた。
けれども、見捨てる側の理由を聞かされれば、「感情に流されることが、如何に危険なのか?」を、理解することにもなった。
彼は立場上、その危険性を理解せざるを得ない。
そんな流れで“話し合いは結論を出すことなく”解散となる。
締めは、「意見は出し尽くされた以上、最終決断は国王が負うべき責任だ」と、宣言しての解散であった。
結果的には、国王はどちらかを選ぶ決断ができなかった。
そして彼は、「ゴーズ家に国の窮状を訴え、新たな助力を嘆願する」という、第三の選択に走ったのである。
ヒイズル王国の王は、“優柔不断で決めることができなかっただけ”なのだ。が、ゴーズ家当主のラックの逆鱗に触れる選択をすることはなかった。
それが、自国や押し寄せた難民にとっての、“最良”に繋がる結果を引き寄せる。
世の中何が幸いするかわかったものではないのだった。
「ハハハ。どちらも選べず泣きついたことが正解だったな。元同胞の命は助かったし、おそらくは今後の生活も安泰であるだろう。そして、『ゴーズ家は我が国の情報をちゃんと得ておること』がこれで証明された。見よ。この処分要請のリストを。全員が『ゴーズ家への防壁の対価の支払いを反故にしよう』と発言した者ばかりだ。つまりは、あの議論の場に参加した者の中に、ゴーズ家と密接に繋がっておる者がいるわけだな」
宰相はゴーズ家から国王へ届けられた、「要請書」と言う名の、実質的には「命令書」となるソレを見せられた。
そこには確かに、あの場で「ゴーズ家を蔑ろにして良い」と賛同した者の名がずらずらと並んでいた。
内容的には「即時排除は求めないが、二年以内にリストに名が挙がっている者は全員国内の要職から外すように」と書かれている。
しかも「可能であれば国外追放が望ましい」とまではっきりと記載されているのだから、彼らが“ゴーズ家の当主に敵認定されている”のは確実である。
宰相もこれを見せられれば、国王と同様に「あの場に参加していた者の中にこの情報を流した裏切り者がいる」としか考えられなかった。
しかし、実際にはそんな人間は存在していない。
単にラックに現場を千里眼で視認されていただけなのだ。が、そのような突拍子もない事実に宰相の思考が辿り着くことはない。
情報を流した者が誰であるのか?
宰相はどのように調査しても、絶対に犯人が見つかることはない不毛な調査の実行を決意し、国王にその旨を申し出る。
そして、宰相の申し出た調査の実行は、国王の判断で即答され、あっさりと却下されるのであった。
「これを行った者は『国を裏切っている』と言えるのかもしれん。だが、『国民を裏切っているのはどちらか?』と、そういう視点で見た場合、『リストに名が挙がっている者たちが、裏切り者だ』という見方もできるのだ。そして、我が国はゴーズ家の庇護下に入っている以上、彼の家を軽んじることや裏切ることはあってはならんのだ。『このような報告をゴーズ家へする者が内部にいる』という認識が、『それらに対する抑止力になる』と考える方が良い」
国王は宰相へ細部を明言しないが、「状況によっては報告された者“だけ”がゴーズ家から直接粛清されることで、反抗的な判断に関与していない国民が助かることもあるだろう」と考えていた。
元々、なりたくてなった国王という立場ではない。
彼にとっては、自身が長く治めていた街の住民を助けるための最善の選択肢が、己が国王として立つことであっただけなのだ。
ヒイズル王国の国王は、その初心を忘れることはなく、庇護下の住人、即ち今の国民の生活を守ることを最優先にするのであった。
「うーん。最初の集団三つの後続もあるかと思って状況を視ていたけれど、アイズ聖教国の戦争方針がどうも現場で暴走してるっぽいな」
ラックは「聖教国が、マークツウ王国の実効支配領域に攻め込んだ」という情報を受け取った日から、毎日監視を続けていた。
勿論、日常業務で行っているアレコレは停滞させるわけにはいかない。
そのため、常時視ているわけではない。が、それでも頻度としてはそれなりに高い。
初期の頃は略奪はしても全員を殺すような行動はしていなかったのだが、現在のアイズ聖教国軍は有用と思われる者のみを捕え、残り全員を殺している。
更にその場を離れる時には、集落自体にも火を放っている。
これでは国を消滅させる勢いでの軍事行動だ。
それが、マークツウ王国の軍に対しての行動であればまだ納得はできる。
けれども、王国側の軍が駐屯していない場所にある集落へも、そのような殲滅攻撃を行っているのである。
ラックは、「何か命令に変化があったのか?」と考えた。
そうして、千里眼で聖教国の指示書を探して盗み視て行く。
超能力者は念には念を入れて、現場での文書と聖教国に保管されている文書の二つを確認したのだが、新たな命令が出ている事実はなかった。
少なくとも書類上ではそうなっていたのであった。
そうした状況からミシュラへの語りかけとして、前述の発言が出たのだった。
時刻は夕食と入浴を済ませた後の、夜の時間に突入する少しばかり前。
本日の夜のお相手のお迎えに出るには、時間に余裕があったための雑談タイムである。
「貴方? アイズ聖教国の戦争目的は、『国を消滅させること』や『支配下に置くこと』ではなく、『マークツウ側から戦争を仕掛けることが可能な戦力を消滅させること』でしたよね?」
「うん。先程改めて命令書を確認したんだけど、その命令に変更はない。どういうことなんだろう?」
「戦争を仕掛けることが可能な戦力に、後方支援としての生産力を含めたのでしょうか? 現場で拡大解釈しての暴走なら、ありそうな気がします」
アイズ聖教国は、国名の字面から想像できる通りの宗教国家だ。
教皇を頂点とする国の体制は、教皇が世襲ではないけれど独裁ではある。
教皇の在任期間は、一度就任してしまえば“七十歳に到達するか死亡するまで”が、基本となっている。
但し、病魔などに侵されて、真面な指示が出せない状況が七日間続いた場合も、強制で任期満了扱いとなる。
ちなみに、次期教皇は二年に一度必ず選定だけはされる。
そして選定された者は、副教皇として教皇の権限の一切がない形で、教皇が触れる情報の全てを受け取る。
要は、見習いだ。
副教皇はその任期中に教皇への交代がなければ、そのままお役御免となる存在であり、ファーミルス王国の貴族家に当てはめると「部屋住みのスペアに近い扱い」とも言える。
もっとも次の任期に、同一人物が選定されることは珍しくないのであるが。
「お国柄的に、『教皇からの指示は絶対』のはずだよね? 拡大解釈とかありなの?」
「宗教的に、『殺すことが慈悲である』と遠征軍の総指揮官が考えてしまえば、あり得ますね。住民への略奪は行いますから、無抵抗でなければ『攻撃されたので反撃した』との言い訳も、不可能ではないように思います」
「ああ。確かに反抗して石を投げつけたり、殴りかかったり、農具を持って攻撃しようとして取り押さえられた場面は僕も視ていた。隠している食料がバレて暴行を受けているのもあったな。そういうのを理由にして、殲滅へと切り替えるわけか。なるほどね」
実際、遠征の総指揮官は種もみとなるはずの部分まで略奪の対象としており、生きて残された住民は飢えて死ぬ未来しかないのが実情だったりする。
遠征途中でその点に気づいた総指揮官は、「全てを殺してやることが慈悲である」と考えるようになっていた。
故に、些細な理由であっても、殲滅命令を出す理由としてこじつけることができさえすれば、それを躊躇うことなく行うようになっていたのであった。
宗教国家なだけに、同じ神を信じていない人間、所謂異教徒へは、「死んだ異教徒だけが良い異教徒だ!」などという過激な考えを持つ人間も、間々いたのである。
そのような考えを持っている者が遠征軍の総指揮官になっていたのが、マークツウ王国の無辜の住民にとっては悲劇であった面もあるのだろう。
残念なことに、ラックは遠征軍が初期に通過して、生き残りの住民が多数いる集落の状況を監視対象には入れていなかった。
超能力者は“難民としての移動を開始する集団があるかどうか?”という観点で、広範囲を対象に千里眼で監視をしていた。
だが、「難民として移動するための食料すら残されていない」という事実に気づくような、個別の集落への注視はしていなかったのである。
遠征軍が「文字通り、全てを根こそぎ奪っている」という考えに至っていなかったのは、ラックの人格が善良の側に寄っていたのが原因であるのだから、悲しい話でもある。
ゴーズ家の妻たちもまた、その点に思い至ることはなかった。
故に、「後続で難民として押し寄せて来ないのは、その必要がないからなのだろう」とゴーズ家の全員が考えていたのだった。
まさか、「残された住民たちにその意思があっても、物理的に不可能な状況に追いやられている」とは、神ならぬ身の彼らは想像だにしなかったのであった。
そんなこんなのなんやかんやで、初期にマークツウ王国を見限る決断が早かった三つの集落の人間のみがサイコフレー村の住人となる。
彼らは、ラックから食料の供給を受けて、安泰な生活へと移行していた。
ゴーズ領に受け入れられた難民たちは、来春以降の農地と農作業の割り振りもされる。
生産性は高くはないものの、租税さえなければ、なんとか自前で食べて行けるだけの農作物の生産力も、彼らは確保するに至ったのである。
ラックの直轄地はファーミルス王国への租税の免除期間中であった。
そのため、領主としての税の徴収を彼が控えてしまえば、生産性の低さには目を瞑ることが可能なのだった。
ゴーズ領の領主様は、これを機に領内の税の基準を決定した。
国としての基準通りに強制することはなく、独自の基準で「最低限の生活が可能な部分を課税対象外として優先確保すること」を認めたのである。
つまり、国の基準の四割と課税対象外の部分の合計が総収穫量を上回ってしまうとその部分は領主の持ち出しとなる。
但し、これには「緊急時用の食料備蓄を従来の七割に減らす」という交換条件も含まれていた。が、住民からは歓迎される政策となったのだった。
勿論、これらを考えたのは領主様本人ではなく、彼の妻たちが知恵を出し合った結果なのは言うまでもない。
それは古くからのラックの領民たちには、深く理解されている公然の秘密なのである。
こうして、ラックの庇護下に入った者とマークツウ王国に残留した者では、激しい差がつくことになった。
マークツウ王国の国民たちの未来は、判断と行動で明暗が分かれたのである。
色々と視るべき場所が増えて、精神的に疲弊する。それが何気に超能力を成長させることに繋がっているゴーズ領の領主様。襲撃と略奪を監視し続けて、陰惨な光景に気持ちが沈む超能力者。「どうせ略奪されて殺されるのであれば、先に僕が手を出しても良いんじゃない?」と、やるはずもないアブナイ考えに至ってしまったラックなのであった。




