41話
「『アイズ聖教国がマークツウ王国に攻め入った』だって?」
ラックは新たに雇用したヒイズル王国の元住人の魔力持ちから報告を受けていた。
彼らは定期便としてトランザ村で生産される塩をヒイズル王国に運搬する仕事を主としており、情報伝達を兼ねている。
その彼らから、「ヒイズル王国にマークツウ王国からの戦争支援要請が来た」という情報がラックの元に舞い込んで来たのであった。
「はい。マークツウ王国は国として承認がされていないため、当然ですがヒイズル王国と国交はありません。助ける義理もないため、街長は、じゃなかった。国王は支援要請をお断りして使者を帰しています。ですが、マークツウ王国が敗戦した場合、『亡命の受け入れ』と『難民の受け入れ』の可能性があるため、ゴーズ領への報告が必要と判断されていますね」
ヒイズル王国出身の彼は、ゴーズ家に雇用されてから日が浅い。
そして、「ヒイズル王国」と言うよりは「旧カツーレツ王国時代の街の形態の感覚」がまだ抜けきっていないようだった。
もっとも、ヒイズル王国の国民は皆似たようなものであり、未だに国王のことを「街長だ」と思っている人も少なくないのであるが。
「国交がないのに、敗戦時の受け入れはするんだ?」
「そこはヒイズル王国の考え方の問題ですので、私に訊かれても答えられません」
「それはそうだね。すまない」
少しばかり前の話になるが、ラックは千里眼を駆使して監視を継続していたため、マークツウ王国がヒイズル王国やアイズ聖教国へ攻め込む準備をしたことを知った。
そして、ゴーズ家の当主はそれを防ぐために、好戦的な上層部を誰にも知られることなくこっそりと一掃している。
それにより、ヒイズル王国は人知れず戦争を回避したのだ。
けれども、それで終わりではなく、どうやら超能力者が意図していなかった別の結果も生み出してしまったようであった。
アイズ聖教国はラックと同様に、好戦的で危険な隣の地域の動向には注意を払っていた。
聖教国は独自の情報網で、「マークツウ王国の軍の戦争準備が進行中」という情報を掴むことに成功する。
更に「隣の地域の上層部が、いきなり病死で一掃された」という情報も得ることができた。
そうして、国内の土地を荒らされたくない聖教国は、「攻め込まれる前に攻めてしまおう」という決断に至る。
要は、アイズ聖教国が様々な情報から、「好機到来!」と判断したのが今回のことの発端なのである。
「内戦が終わったら今度は外国からの侵攻か。国としては自業自得なところはあるけど、それに振り回される住民はたまったもんじゃないだろうね」
報告した家臣を下がらせた後、ラックはミシュラと話す時間を持つ。
今日も今日とて、ゴーズ家の当主には土方親父や魔獣の間引きの仕事が普通にあるのだが、「元公爵令嬢の政治感覚的な見解を聞いておくべきだ」と、領主としての判断をしたのだった。
彼自身だけでは「対応方針を考えつかなくて、丸投げしたかっただけ」とも言うけれど。
ラックのやり方は、「考えるのはそういう部分の経験と能力に長けた妻たち! 現場での実力行使の実行(犯?)は僕! あ、最終判断を僕がした形で、責任の所在は全て僕にあるからいいよね?」なのだ。
本当におかしな統治形態である。
上手く回っているから問題はないのだけれど。
「貴方。今回の話の重要な点は、『戦後の形態』だと思います。『内戦中は攻め込むことはしなかったアイズ聖教国が、何故今になって突然それを行ったのか?』は、わたくしにはわかりかねます。まぁその疑問点は置いておくとして、聖教国が旧カツーレツ王国の残党を攻め滅ぼして併呑し、一つの国になってくれるのなら良いのです。ですが、攻撃して蹂躙、略奪のみで撤収する場合もあるでしょう。敗戦地域として賠償金を背負わせて、統治には責任を持たない。そんな形がありそうで、もしそうなるとその地に住む人間には最悪の事態となります。ヒイズル王国へ逃げ込む人間が増えるでしょうね」
ミシュラの見解は正しい。
アイズ聖教国は「相手が持つ自国に攻め込むための戦力を潰して、今後攻め込もうとする気を起こさせないようにする」のが目的だ。決して「自国の勢力圏の拡大を狙っている」わけではない。
長く続いた戦乱により荒廃した土地で、主要な働き手が激減している人口構成。
もし手に入れて丸ごと抱えてしまえば、食わせて行く持ち出しばかりで、得られるものが少ない。
つまりは、はっきり言ってしまうと「貧乏くじ」以外のナニモノでもない。
国土を荒廃させた責任があの地域の為政者にある以上、聖教国が手を差し伸べる理由はないのである。
「うへぇ。そういう時に来るのって、前にゴーズ村であったような老人と子供ばかりってやつ?」
「今回の場合は中間で良い所取りする地域があるのかが不明ですから、そうなるとは限りませんけれど。ただ、戦時体制が長く続いていたので、成人男性は少ないでしょうね」
ラックはヒイズル王国の防壁の整備は行ったが、王都となる街の整備や、食料生産の基盤となる農地の整備は行っていない。
それを行わないのは、「自身の領地ではない」という点が大きな理由ではあるのだが、「人口密集地に近い場所での、超能力の行使を避けたかった」という理由もある。
国内の食料が全く足りておらず、農作物の増産が至上命題とでもなるのであればそれを許容する覚悟が彼にないではない。
けれども、現状では事態はそこまでひっ迫していないのであった。
「うーん。ちょっと戦地の状況を視ているんだけど、聖教国側に占領統治をする気はなさそうだね。簡易陣地での移動戦みたいだ」
ラックはミシュラには告げなかったが、若い女性が捕らえられて連れて行かれる場面も視ていた。
そうした女性たちは、性的な搾取対象としてそのまま聖教国へ連れて行かれるのであろう。
「そうですか。では、悪い方の予想が当たりそうですね」
「うん。残されているのは幼い子供と、老人ばかりだね。っと先行して情報だけを得たのかな? まだ戦火に巻き込まれていない地で、ヒイズル王国方面に集団で移動しているのがいるよ。百や二百の数じゃない。千人を超える規模の集団だ。それが三つある」
「総数だと三千人を超える難民ですか? それが一部でも東部辺境伯の方面へ向かうのではなく、全てヒイズル王国へ向かっているのですか?」
ミシュラの疑問はもっともではある。
だが、内戦が続いていた当時から東部辺境伯は難民の受け入れを全て拒否しており、その情報は拒否されて引き返した者たちによって広まっている。
そうした前段階の状況があったために、ファーミルス王国へ向かう難民の集団はいなかったのだった。
「うん。そうしている理由は僕にもわからないけど、三つの集団は東部辺境伯の領地を目指してはいないね。街道の分岐を通過しているからそれは間違いないと思う」
「元は同じ国の人間ですから、頼りやすいとでも考えたのかもしれません。ですが、さすがにその数をヒイズル王国で抱えるのは不可能なのでは?」
ミシュラはヒイズル王国の状況を実際に目にしたことはない。
そのため、彼女の意見はあくまでも想像でしかない。
だが、ゴーズ家の正妻は「ラックが土木工事を請け負った範囲は長城型防壁の作成のみであって、国内の開発の部分には手を出していないこと」を知識として知ってはいた。
ゴーズ家に対価として分割払いがされるのは、現金だけではなく農作物での物納もある。
ヒイズル王国の国内で消費する量に対しての余剰作物は、全てそれに充当される予定であったはずであり、しかも量的に「潤沢にある」とはとても言えない。
ミシュラが持つ常識に照らし合わせれば、予定になかった難民流入による人口増加で、国民が五割近く増えることに対応可能だとはとても思えないのだ。
「うん。不可能だろうね。ゴーズ家への支払いを全面的に反故にすれば、ギリギリいけるのかな?」
「貴方はそれを許容するのですか?」
「許容するわけがないじゃないか。もしそんな話になるようなら、『信頼関係はなくなる』と言って良い。そうしたら僕は援助の全てを打ち切る。内陸部だから塩の入手で詰むんじゃない? あとは『ゴーズ家の家臣として雇用した人材の残留希望者を確認する』ことになるね。残留してくれるなら、彼らの血縁関係者だけはゴーズ領への移住を認めるけどさ」
ラックは態々言及しないが、もしそのような事態になれば「対価を受け取っていない長城型防壁を残しておく必要はない」と、考えている。
完全に破壊するのは勿体ないので、旧ビグザ領や旧デンドロビウ領へとテレポートで運んでしまえば良い。
そして、もしも運びきれない部分があれば、防壁としての機能を発揮できないように部分的に大穴をいくつか空ける。
ラックはそんなことも考えていた。
勿論、「そうならないと良いな」とも考えていたけれど。
ラックの考え通りに長城型防壁を運んでしまえば、それは窃盗行為と言えなくもない。
但し、彼が犯人だと証明することが不可能であるので、超能力者は罪に問われることもないはずではあるが。
「そうですか。では、辿り着いてヒイズル王国が突っぱねた場合や、一部受け入れのみで受け入れ拒否された難民が出た場合はどうしますか?」
「それなぁ。トランザ村に救援を出さなかったのと状況は同じっちゃ同じなんだよ。根本の話として、僕が何か手助けをしなくてはならない立場にはない。そして、その難民たちは僕が庇護下に置いているヒイズル王国へ攻め込もうとした、マークツウ王国の足元を支えていた人たちでもあるわけだ。ただねぇ、トランザの住人は自ら志願して開拓村のあそこへ移住してトランザ家に従っていた。彼らの場合は、他所に移住する選択権が当人たちにあったけど、旧カツーレツ王国の時代からそこで生活してた人をそれと同じに見て良いかは僕的には微妙なとこなんだよね」
ラックには力がある。
仮に総数で四千人に届こうかとするような規模の難民集団であっても、受け入れて食わせて行く力があるのだ。
超能力者は、救う救わないを選ぶのも自由である。
更に言うと、こうした案件で迷ってしまった時の解決方法も決まっているわけだが。
「現時点では僕には明確な方針と言うか、答えがない。はっきり言うと迷ってる。ミシュラはどうするのが良いと思う? 参考にしたいから考えを聞きたい」
「大前提として他国の民です。そして、わたくしは知りませんがヒイズル王国に攻め込もうとした過去がある国ですのね? それを貴方が知っているということは何か対処をされたというわけですか。貴方一人で全てを背負わないでくださいね。っと話が脱線してしまいました」
ラックが戦争が勃発しそうなことを察知し、それを回避するためになにがしかの手段を行使したことをミシュラは悟る。
夫から「事前に相談がされなかった」のと、「事後報告もなかった」というその事実。
それは、彼女の精神には負担が重い、「真っ当ではない後ろ暗い手段が用いられたのだ」という証左となる。
更に発展して考えれば、「夫の行動が原因で、今回のアイズ聖教国の動きが起きた可能性」がある。
そうであるなら、夫はその点を「自らのせいだ」と思っている可能性もあるのである。
つまりは難民に対して、負い目のようなモノを感じているかもしれないわけだ。
ミシュラはそこまでのことを瞬時に考えた。
そして、彼女は「夫の精神的負担を軽くする方向が最良だ」と判断する。
そこには“領地的に”の部分や、“ゴーズ家としては何が良いのか?”が基準となる考えは、全く入り込まなかったのである。
「貴方には力があります。貴方が作り出したゴーズ家の直轄となる領地は、ファーミルス王国への納税義務と国の法に反することがなければという前提条件は付きますが、それさえ守られていれば貴方の自由にして良い場所なのです。そして貴方の生み出すモノは人が住まう地だけではなく、生きるのに必要な水や食料、塩の供給にも力が及んでいます。外部から見た時の損得勘定や評判的なものを気にする必要はないでしょう? 貴方が『助けたい』と思うのであればそうしたら良いのです」
そんなこんなのなんやかんやで、ラックはミシュラの見解を考慮し、まずはヒイズル王国の対応を静観することにした。
彼の国が、“勝手に防壁の対価の支払いを反故にする対応”をするのであれば容赦はしない。
けれども、ゴーズ家に援助を求める形の相談であれば受け入れる考えである。
もっとも、ラックのする静観とは、字面からの印象とは程遠い行動となる。
超能力者は千里眼を駆使し、本気で己の持つ超能力を駆使しまくっていたのだ。
ラックはヒイズル王国が行った、押し寄せた難民への対処を決める喧々諤々の議論の場を完全に監視し、そこで作られていた議事録も盗み読みしていたのである。
やはり、案としては「元同胞を助けることを優先し、現物がもう既に手に入っている以上、支払いを律儀に行う必要はない」という意見は出ている。
ラックはヒイズル王国の政治に口を出す気はないが、そのような考えを持つ輩を庇護下に置いておく気もない。
それ故に、排除対象として顔と名前を頭入れておく。
後日やんわりと、国王に処分を迫ってみる方針だ。
最悪は、自力での排除も視野には入っているのだけれど。
こういった部分も実は内政干渉に当たるので、“政治に口を出している”となりかねない。
だが、ラックには庇護下に置く対象を選ぶ権利があり、それを行使しているだけの話でもある。
ゴーズ家の当主には、自身に反抗的な者や裏切り者を守る義務はないのだから。
こうして、マークツウ王国地域からの難民の第一陣がヒイズル王国に到着し、対応にお手上げ状態となった国王は、素直に頭を下げてゴーズ家を頼った。
ラックは難民全員をサイコフレー村へと移動させ、当面はそこで生活することを条件に援助を決定したのである。
精神的な利益しかない難民の受け入れを行ったゴーズ領の領主様。「難民の五割は一桁年齢の子供だけど、十年後には大半が立派な働き手になれる」と、呟く超能力者。「これは未来への先行投資!」と、そんな自己暗示的な思い込みで、目減りして行く備蓄食料の在庫を気にしないようにするラックなのであった。