4話
「特注したはずのスーツが『ない』だって?」
先日はニコニコ顔で前金と持ち込み素材を受け取った店主は、平然とした顔でラックに応対している。これでまだ申し訳なさそうな態度が見られるのならマシなのだが。
「はい。申し訳ありません。当店の店員が既製品の改造品扱いで間違えて販売してしまったのです。店員は処分として首にしました。お買い上げいただいたお客様には事情を説明して返品交渉をしたのですが、『一度買った物で落ち度があるとしたら店側だろう』と取り合っていただけませんでした。誠に申し訳ございません」
「そうですか。では一つお願いがあります。難しいお願いじゃありません。僕が持ってるこの袋に預かり引換証が入っています。覗き込んで確認をして貰ってから、袋に手を入れてそれを掴んでください。僕も同じように掴みます。その後にもう一度今の説明をお聞きします。ひょっとしたらいくつか質問をすることもあるかもしれませんが、答えられないものは答えなくても大丈夫です。ね? 簡単でしょう?」
接触テレパス。
直に肌が触れている相手のその時に考えていることを読み取る能力。
この時、超能力者はそれを使用する判断を下した。
同じ袋に手を突っ込んで札を握れば嫌でもどこか手が触れる。
それがラックの目的だと悟ることは、この店主には不可能な話なのである。
四つの相槌っぽい適当な言葉の「ほうほう」・「なるほど」・「本当にそうでしたか?」・「よく思い出してみてください」を、最初と同じ説明を受けながら何度か投げ掛ける。
そして更に、「ちょっとよくわからなかったのでもう少し丁寧に」などと言って説明を繰り返しでして貰う。勿論、四つの言葉を投げ掛けることは忘れない。
そんな手順を踏むと、店主の頭に過る当時の状況がラックには読めてくる。
店員が間違えて陳列しかけたのは事実。
偶々そこに来ていた客がそれを買う気になり欲しがったのも事実。
そこで店員が一点物のオーダー品だと気づいて、「他のお客様からのオーダー品なので、注文者ではない人間に売ることはできない」とモメたところに店主が仲裁に入って。
なるほど。客と示し合わせて話を作って、店員に金を握らせて泥を被せた上で一度解雇するけど別の店で働いて貰うってか。
これらが読み取れた情報。
完全にアウトである。
「お話は非常によくわかりました。で、どうされるんです? お店としての対応は」
「はい。弁償させていただきたいと思います」
「そうですか。弁償の金額をお聞きしないと、なんともお返事できかねますねぇ」
「スーツの代金は金貨三百枚。前金で半額の百五十枚をいただいていましたので前金の返却とお代の合計で金貨四百五十枚でいかがでしょうか?」
身体に合わせる最終調整のために一緒に来ていたミシュラが、さすがにここで口を挟む。
「そのお代の金貨三百枚というのは加工賃とお店の利益が含まれている金額ですね? わたくしのスーツは別の客にいくらで販売したのですか?」
「金貨三百枚です。奥様」
「ではだめね。提供した素材価格を上乗せしてくださいな」
「そんな無茶な! お許しください。奥様」
必死な表情に変わった店主はもの凄い勢いで頭を下げた。
そして、口には出さない店主の内心は、「素材価格は金貨六百枚もするのに何を言い出す! この女は!」なのである。
手がまだ触れたままのラックには、情報が筒抜けだ。だが、彼がそれに気づくことはない。
「弁償なんだよね? 提供した素材を返却するか、それ相応の金額を払うかをして貰わないと。それに加えて、前金の返却は当然として、完成して受け取るまでの滞在費も僕たちは使っているのだけど? それから僕たちはスーツが必要で買いに来たんだ。いつスーツが入手できるだろうか? その返答次第ではまだ追加で滞在費が掛かるのだけど?」
嘘である。
テレポートで自宅に帰っていたのだから、滞在費など発生するはずもなく、当然存在しない。
但し、待ち時間が日数としてあったのは事実だから、ラックはそれっぽく聞こえるように条件を釣り上げただけだ。
「ねぇ? 何で三百枚なんていう安い値段で別のお客に売ってしまったの? 価値から行けばもっと高いんでしょう?」
ラックは読み取った情報から本当は答えを知っている。
引き渡し時の回収金額の金貨百五十枚と前金の金貨百五十枚が記載されているタグを、お客に見られていたからだ。
この点でも店側のミスであり弁解の余地はない。
そもそも、ラックとミシュラを騙そうとしている時点で、弁解の余地もなにもないのだけれど。
そうして、ラックとミシュラは謝罪、弁解を繰り返し、引き留めようとする店主を振り切って店の外に出た。
彼らが向かった先は商業ギルドである。
「すみません。教えてください。この預かり引換証を発行した店は、こちらの登録会員でしょうか?」
引換証を見せられた受付嬢は、“これは何事かトラブルがあったな”と瞬時に察しながらも、とびきりの笑顔を作って肯定の返事をする。
「ちょっとトラブルに巻き込まれてね。登録会員の不手際の相談はこちらでできますか?」
「はい。応接室が二階の一番手前の部屋となりますので、そちらでお待ちいただけますか? 専任担当を直ぐに向かわせますので」
そんな感じでことは進み、応接室での会話となる。
「お聞きした状況ですと、『引換証での不渡り』ということですね。これは契約不履行でもありますから、この件の登録会員は商業ギルドからの処分対象になります」
「えーと。こういう場合、私たちはどうなるんですか?」
「騙されて盗られたことになりますので、衛兵に訴え出て王国法で裁判をして、まぁ仰ることが事実なら引換証が物証になりますから店主が借金奴隷ですかな」
起こってしまった事象に腹は立つが、“誰がどういう罰を受けるのか?”は、実のところラックにあまり関係がない。
勿論、相応の罰は受けて欲しいけれど。
ラックとミシュラに直接関係があるのは、金銭的被害と失った素材への補償だ。
「損害の補償のようなものは?」
「奴隷購入者の購入代金と奴隷の労働対価が、裁判で決まった金額に達するまで指定口座に入金され続けます。素材対価と前金分で合わせてざっと金貨七百五十枚というところですかな。商業ギルドとしては非常に不名誉な不祥事ですので、その引換証を金貨七百枚で購入することもできます」
「つまるところ、『どうやっても損害額の全てを回復することが叶わない』と? これはそんなお話でしょうか?」
「残念ながら。“そんな店を選んでしまった”という勉強代ですな」
ゴーズ家にとって、この案件は非常に理不尽で腹の立つ話で終わった。
そうと決まれば、ラックは最終的に少しでも多く回収できる可能性がある方法を選ぶ。
仮にそれで損切りという結果になったとしても、損失分を魔獣の領域での活動で補填することが超能力者には可能であるから。
「参考になりました。ありがとうございます。ではこれで」
専任担当は、ラックの言葉を受けて驚きの表情を浮かべた。
過去に似たような案件はいくつもあったが、全ての被害者が商業ギルドへの売却を選択していたからだ。
「引換証の売却はしないのですかな?」
「ええ。物証になるんですよね? これから衛兵のところへ行ってきますよ。では」
「待ってください!」
引き留めるためにラックの腕を掴んでしまった専任担当からは、接触テレパスで「この若造が! このまま行かせたらまずい! 引換証を売り払わせねば! 商業ギルドが加盟店の安全を担保していないことになるだろうが!」という心の声が読めてしまう。
ラックは理解が追いつかなかった。
相手から読み取れた「安全を担保」の意味がわからなかったからだ。
王都の治安を守って安全を担保しているのは衛兵だろう?
彼はそこまで考えてから気づく。
眼前の男が主張する「安全」は、客の話だと。
つまりは、「『安心して利用できる店ですよ』というお墨付きが加盟店にはあります」と、商業ギルドは言っているし、言いたいわけだ。
読み取れた「安全を担保」のくだりは、そういう意味での安全なのだろう。
加盟店は商業ギルドが店を利用しようとするお客に対して、「信頼できる店だと保証している」と言い換えても良いわけだ。
そして、その保証は裏切られ、地に落ちた。
その証拠をラックは今、手に持っている。
「手を放してください。衛兵に訴え出て王国法で裁判をするだけですよ? 方法を教えてくださったのは貴方ではないですか」
「引換証を売却したほうが、直ぐにお金が手に入ってお得ですので引き留めました」
「いえ。口座に振り込まれ続けるのを待ちますから大丈夫です」
ラックには専任担当者の心の声が聞こえ続ける。「こっちが大丈夫じゃないんだよ!」と。
「時間が掛かるし、“いつ支払いが完了するのか?”はわからないのですぞ? それに加えて、“そもそも、支払いが完了するまで奴隷が生きて働き続ける保証などない”のですぞ?」
「はい。理解しています。大丈夫です」
押し黙ってしまった男からは、更に「何故だ! 何故売ろうとしない?」と伝わってくる。
「売りたくないからです。もういいですか? その手を放してください」
接触テレパスの行使者は、うっかり相手の心の声に答えてしまった。が、“会話の流れ的にそう不自然ではないだろうからセーフ!”と安堵する。
そしてそこで、“気をつけなくちゃな”とラックは己を戒める。
素材はラックが魔獣の領域の間引きを行うことで、近いうちにある程度はまた揃うのだ。
但し、どの魔獣と遭遇するのかは運次第なので、今回と全く同じものが必要なだけ揃うとは限らないが。
まぁ元手が掛かっているわけでもなし。
最悪、そこは諦めても良いのである。
ぶっちゃけてしまえば、体面というか体裁というかそういった領主の見栄を取り繕うためにミシュラ用のスーツが必要なだけなのだ。
今回の一件が他の貴族に知れ渡った場合、“騙されたアホウ”というレッテルが貼られるかもしれないが、“新たにそれを用意するための金がない”とも思われるだろう。
つまり、“しばらく買わなくても良い大義名分?”が手に入ったことになる。
一緒に来ているミシュラが何も言わないのは、おそらく似たようなことを考えていると想像もつく。
あまり良い印象が持てない商業ギルドだが、お金を受け取る口座はここでしか持てないため、ラックは仕方なく口座を作った。
そして、衛兵の詰め所に出向き、一連の手続きを終え、即日即決の裁判を受ける。だが、結末だけは予想から変化した。
有罪の確定と七百八十枚の金貨の支払いが命じられ、店主の処罰への執行に三時間の猶予が認められたのだ。
引換証が裁判所預かり保管になった後に、店主の家族と配下は金策に走り回り、三時間が過ぎることなく七百八十枚の金貨が持ち込まれる。
ゴーズ家の当主の手元には七百八十枚の金貨が残り、今日一日の疲労と関係者からの逆恨みの感情を受け取る羽目になったのだった。
現金を手にしたものの、無駄に時間を浪費し、目的の品は手に入らず。
もう、王都から帰りたくなっていた二人は、家に残して来たクーガのことも気になる。でもこうなった以上“手ぶらで帰るわけにも”となって、彼らはジャンク店へと向かった。
そこへ行けば、“製造元からは何の保証も受けられない”という格安の中古品が、現金と引き換えにその場渡しで当日手に入る。
ジャンク店では、「いつ壊れて動かなくなるのかわからないし、修理するとなれば新品を買った方が良いかもしれないお金が掛かる品だ」と念を押された上で、ミシュラがギリギリ動かすことが可能な、古びたボロボロの下級機動騎士を金貨五百枚で購入。二人は早速乗り込み、機動騎士でゴーズ領への帰路に就く。
勿論、人目につかない場所まで行った後に、テレポートしたのは言うまでもない。
そんなこんなのなんやかんやで、“領地の領主としての体裁を整える”という作業は完全に終了した。
王都で後で何がどうなっていようとも、ラックにもミシュラにも知ったことではないのだった。
後日、ミシュラの話によると、「男爵以上になると店からの扱いが激変するが、準男爵と騎士爵は店側のほうが力関係が強く、強気に出るケースが多い」とのこと。
扱いが激変する理由の説明もその時に受けたのだが、どうでも良い話として聞き流したラックである。
北部辺境伯。
ファーミルス王国の東西南北に、それぞれ一つの貴族家として置かれている辺境伯の内の北部担当だ。ざっくりと言えば魔獣の領域と接する東西約三千キロの長い防衛ラインを担当している。
ちなみに、辺境伯は四つ置かれているが、魔獣の領域と接しているのは北部辺境伯のみ。
そして、厳密に言えば「北部の防衛ラインの要を担当しているだけ」であって、直接接しているのは半ば捨て駒扱いの騎士爵家が主体。
彼らが本当の意味で最前線を担っている。
騎士爵家が開拓に成功し、一定以上の税収が安定してあげられるようになってから、辺境伯が養女として抱えている魔力量千~三千の女性を妻として出して婚姻関係を結ぶと同時に陞爵の王国へ推薦を行う。
但し、養女というのは建前で、実態はほぼ辺境伯家の血縁の人間による魔力量が高い平民へのお手付き庶子であったりする。それが公然の秘密だ。
もっとも、中には訳アリの娘で、辺境伯家の実子ではない娘もいたりはするが。
そうやって特例の準男爵や男爵に爵位を押上げ、初めて寄子として抱え込む。基準未満の子しか授からなかった場合、子の代に切り替わった時点で領地は取り上げとなり、辺境伯直轄に切り替わる。子供は騎士爵として再度開拓に挑戦するか、辺境伯の持つ領軍の指揮官兵として就職するかの二択となる。実際は全員が就職を選ぶことになるのだけれど、制度としてはそうなっているのだ。
そして、そうした制度であるため、ラックが買い与えられたような王家の直轄に切り替わる領地のケースはそう多くはなく、「それなりに珍しい」と言える。
珍しいが故に公爵家当主の記憶に残っており、“買い取ろう”という話に繋がったわけだが。
もしそうでなければ、何もない荒野へ移住希望者を募って連れて行くスタートになったはずであるので、ラックやミシュラにとっては小さな幸運に恵まれたということになる。
こうして、ラックは赴任後五年で領地を安定させ、北部辺境伯が目を付ける基準に到達してしまっていた。
テレポートでミシュラと共に自宅に戻り、突如出現した下級機動騎士で村民を仰天させることに成功したゴーズ領の領主様。ゴーズ家の実績と実力に着目した北部辺境伯の使いが自領に向かっていることをまだ知る由もない超能力者。最近、勝手に領内に侵入する人間が増えているため、漠然と「領地の境界に関所でも置くかぁ?」と、脈絡もなく考えだしたラックなのであった。