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39話

「『ゴーズ領の直轄する村が、また増えた』だと?」


 テニューズ家の次期当主は、現当主である父からラックのことを「捨て置け。気に掛けるな」と言われていた。が、そう言われてはいても、兄のことが何となく気になるものは気になるのだ。

 彼はそうしたどうしようもない己の欲求を解消するために、個人で自由になる財貨を使って、定期的に情報を集めて兄の状況を知る努力をしていた。

 そして今回受け取った調査報告を見て、思わず叫んでしまったのである。


 次期当主である自身の(ラック)が辺境で独立した領地を運営することに対して、現当主である父の当初の見解は、「いずれ、魔獣の領域に呑まれる」であった。

 しかし、実際のところは、これまでに彼が受け取った調査報告からだと、父の予測とは真逆の方向性が示されている。

 ゴーズ家の当主の領地は魔獣の領域に呑まれるどころか、逆に次々と近隣の魔獣の領域を開拓することに成功していたのだ。


 そうして、彼の兄であるラックは、今や特例男爵の爵位にまで成り上がり、直轄する領地の規模を爵位に見合うように拡大している。

 現在のゴーズ領の規模は、騎士爵領相当の領地を基準として考えると、その数を四つにまで増加させているのだった。


 兄の大元の基盤であったゴーズ村のある現サエバ領は、王家の命で領地替えの名目で取り上げられている。

 その際にゴーズ家は領地替えの対価を得ているわけだが、テニューズ家やカストル家からその事実を見た場合は、「渡した領地という現物の存在が消えた」という案件になる。


 それは、ただでさえ元々薄くほぼなかった「繋がり」と言うか「関係性」と言うかが、完全に断ち切られたようなものだ。

 だが、そもそもが当事者たちは、「手切れ金のような形の施しで渡された領地だ」と認識が一致していたのであるから、「その時点で関係なんて完全に切れているだろう」と言えなくもない。


 しかし、ラックの弟であり次代のテニューズ家の当主となる彼には、「なにがしかがあれば、便宜を図れよ」と要求くらいはできるようなつもりでいた。

 要は、ゴーズ特例男爵に対して、「公爵家としての貸しがある」という意識があったのである。

 それは完全に彼の身勝手な思い込みではあるのだが、彼の中での認識としてはそうなってしまっていたのであった。


「この状態でも父上はまだ『捨て置け』と言うのだろうか? ゴーズ家は保有戦力の規模からいけばもう伯爵級だ。それもかなり上の方の部類に該当するだろう。『家として施した貸しがある』とは言っても、兄は『長子であったにも拘らず、テニューズ公爵家を継げず、家を追い出された』という恨みの意識も持っているはずだ」


 ラックは、物心ついた時には“公爵邸の離れで孤独な生活をすること”が当然となっており、“最低限の使用人から低レベルの世話を受けただけ”という、ネグレクト的な劣悪な環境で育っている。

 加えて、貴族の子弟なら当然受けるような一般的な教育もほとんど施されてはいない。


 テニューズ家の長男だったラックは、独学と接触テレパスを含むミシュラとの係わりの中で、「彼の中での一般常識」と言えるモノを身に着けている。

 主に彼の知識の源泉となったのは、彼の住む離れに大量に保管されていた写本の数々。

 

 それらは、輝かしい業績を誇るご先祖様が、自身の故郷となる異世界から偶然持ち込んだ電子書籍を元に作り出されたものだ。

 その中には活字の本もむろんあったが、ラックの知識と人格形成に大きく影響を及ぼしたのは漫画が主体である。


 つまりは元々の扱いからして弟の持つ考えとは違い、ラックは「自身が公爵家を継げる立場だ」という認識を持った事実などない。

 そんな考えは微塵もないのだ。


 寧ろ、家から出されるのが確定しているのに、超絶美人のミシュラという婚約者用意されたのだから、公爵家からの自身の扱いに関しては多少の不満はあっても、特に復讐心を育てる大きな恨みに発展するようなそれはないのである。

 付け加えると、超能力者が独立した“特例”騎士爵家を興した後に芽生えた考えではあるけれど、「なんなら内々で殺されなかっただけマシ」まである。


 勿論それは、ラックが置かれた環境で歪んでしまった価値観や常識から来るモノであって、一般的にはあてはまらない。

 故に、彼の弟が考える兄の内心は“的外れ”ではあるのだが、別段「おかしな考え」とは言えないのであった。


「お前はこの家とは縁が切れている兄のことが未だにそうも気になるのか? 任せている実務に支障がないのでこれまでは見逃してきた。だが、それもそろそろ終わりだ。お前も自身の子供に背中を見せる立場になるのだからな。辺境の地でラックがどれだけ勢力を拡大しようとも、我が家に影響が出るようなことは起こらないだろう。それとも何か? 今度生まれて来る子が男子であったなら、あの家に婿にでも出すか? スペアになり得る次男だが、それも不可能ではないぞ? 私もつい最近知ったばかりなのだが、宰相の話では『ゴーズ家の娘は、最上級機動騎士を動かせる魔力量を持っている可能性』があるらしいぞ? 生まれて来るのが娘であっても、あの家の後継ぎの正妻に押し込む手もあるのだぞ?」


 テニューズ家の当主は次期当主であるラックの弟に対して、最後は嘲笑うかのようにゴーズ家との婚姻関係を結ぶ道を一つの手段として示した。

 だが、公爵はそれが「絶対に実現不可能な未来だ」と承知の上の発言でもあった。

 少なくともゴーズ家の現当主とその第一夫人が生きている限り、そんな婚姻はあり得ないのだから。


 それはカストル家が希望したとしても同じだ。

 それ故に。

 後継ぎ問題が存在するカストル家には、この件は当面伏せておくことで宰相とテニューズ公は意見が一致していたのである。


 こんな経緯の会話があり、当主から直接的に「もうやめろ!」と釘を刺された次期当主はこの件から完全に手を引いた。

 それを知った双子の妹が、興味本位で調査を始めるのはまた別の話になるのであるが。




「ラック。せっかく雇い入れた二十七人。全員をラーカイラ村への配属にしたのは、何か理由があるのか? てっきり、直ぐにでも家臣同士のお見合いをさせるか、仕事で顔を合わせる機会を増やすか。その辺りをすると思っていたんだが」


 ラックが二十七人の配属を決めてラーカイラ村へ連れて行った後、トランザ村で待ち構えていたフランは疑問をそのまま口にした。


「うん。一応連れて行くのに運転手を務めた子たちが『先遣隊』って言うと変な感じもするけれど、彼らを見定める役割を担ってる。面接とできる限りの調査はしているけど、まだ完全に信用が置ける人材ではないからね。『開拓が完了していて、僕の能力を見ないで済む状態から始めようかな』ってこと」


 どう言ってみたところで、ラックが大切な存在として扱うのは長く家臣をやっている十四人の娘たちだ。

 彼女たちのお相手候補で彼らを連れて来たのは事実だが、現状は試用期間のようなモノであり、信頼が置けると思えるまでは隠しておきたい秘密に触れることは極力避けたいのが当然となる。

 勿論、最終的には秘密保持のために彼らにも催眠暗示を掛けるのだが、それは今ではない。


 加えて、彼らの前の職場が職場なだけに、その関係でフランの時と同様に暗示に対しての訓練を受けている人材である可能性も高いのだ。

 もしそうであるなら、個別に時間を掛けてじっくり取り組む必要がある。

 それ故、最初から係わる人がそれなりにいるトランザ村やエルガイ村に配属するわけにはいかないのであった。


「それにね、彼らは王都に縁者がいる人材でもあるんだ。そういう意味でも元々いる家臣とは状況が違う」


「『ひも付き』と言えるかどうかの差か。なるほど」


 元々の家臣たちにだって、親や兄弟姉妹などが当然いる。

 但し、彼女たちはそこから売られた立場の人間なのだ。

 もし血縁者に出会うことがあったとしても、何らかの便宜を図るようなお願いをされた場合にそれを叶える義理などない。


 彼女たちは元がカツーレツ王国の人間だったため、ラックは態々出身地の精査はしていない。

 彼の地は内戦と災害級魔獣が二体上陸通過していることで、人的被害はかなり出ているのが実情だ。


 つまりは、ラックが大切な存在として扱う娘たち十四人の縁者が、現在も生きて存在しているのか自体が怪しい。

 そういうレベルの話なのである。


 寧ろ、「『売られた一件で命が助かった』という結果を引き寄せている可能性が高い」まである。

 世の中何が幸いするかわかったものではない。


 彼女たちの「身内から売られた」という現実は、「自分だけが親しき者から選ばれて切り捨てられた」ということであり、幼少期に置けるトラウマ的なものを生み出しているのも事実だ。

 けれども、現在の彼女たちの生活は元から比べれば「天国と地獄ほどに差がある」と言ってよい。


 娘を売り飛ばさねばならないほどに困窮している地での生活と、潤沢な給金と十分な量の食事の提供、更には衣類や生活に必要な細々とした物資もちゃんと供給されるラックの家臣でいる生活。

 加えて言えば、通常の村ではまずありえないほどの頻度で、大量の肉類が食卓に上るのである。


 どちらが幸せなのかは論ずるまでもないであろう。


 彼女たちはその点を十分に理解していた。

 但し、「足りていないのは色欲を満たす部分だけだ」という現実も、しっかり理解していたのだけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、百八十日というそれなりに長い時間を掛けて、彼女たちは彼らが自分たちのお相手に相応しいのかを厳しい目線でチェックした。

 ついでに年上の同僚となる女性たち六人の仕事への姿勢や素行も、さりげなく見ているのは言うまでもない。

 その六人の女性たちもまた、言っては悪いが行き遅れの年齢であるので、彼女たちのライバルでもあるのだ。

 もっとも、そのライバルたちが一緒に就職した二十一人の男性の中から“伴侶を選ぶ気があるのか?”は不明なのだけれど。


 “旧来からの家臣の厳しいチェック”という目線で見られることで、バレてしまった問題点は随時領主へと報告が上がる。

 そうした報告を受ければ、ラックが時間を作って出向いてきて接触テレパスを使用する。


 尋ねて確認したいことが既に明確な場合に使われる、ラックの接触テレパスを欺くことはその能力の存在を知らない人間にはほぼ不可能だ。

 しかも超能力者はことがことだけに、慎重に複数回の確認作業を行うのだから失敗と呼べる結果は一つもない。

 そうして、問題点の洗い出しはきっちりと行われ、本人にははっきりと突き付けられて改善が要求されたのである。

 幸いなことにそれで脱落する者はおらず、全員が試用期間を終えて本採用となった。


 そうなると次に起こるのは彼らに対しての争奪戦だ。

 但し、この世界は二百以上の魔力持ちで、家族を養うことが可能な経済力を持っていれば、妻を複数持つことは認められる。

 これはファーミルス王国に限った話ではなく、どこの国でも同じだ。

 もっとも、他国では形骸化しており、実態は魔力量による規制すらもなかったりするのだけれど。


 そしてそれは、夫の甲斐性だけに限定されてはいない話であるため、極論を言えば「ヒモ夫に複数の稼ぐ妻の組み合わせでもあり」だったりする。

 唯一認められないのは多夫一妻。

 男性が死ぬ確率が高い世界であるために、こちらは禁止となっているのであった。

 そんなわけで、妻側に夫に対する独占欲求がなければ、そして、生活して行くのに家計上で金銭問題がなければ、女性側が好みの男性をシェアするようなことも許されるのである。


 結果的に、「あぶれる男性の悲哀」というものをラックは見せられることになる。

 

 ラックの領地は場所が開拓村なだけに、当然だがそっち方面の欲求を解消する場となる歓楽街などはない。

 そんな事情で、「定期的に、北部辺境伯領の領都や王都へ行く、大きな声では言えない目的のツアーを開催しよう」と話がなりかけたところで、それがミシュラに露見する。

 何気にラックが引率して行く話になっていたのだから、彼女が魔王化するのは至極当然ではあった。


 真実は藪の中だが、ゴーズ家の当主は「雇用主としての管理責任の一環で一緒に行くだけで、自身がそういうことをするために行くわけではない」と最後まで言い張り、魔王の追及からはなんとか逃れることに成功した。

 正妻は怒ったが、夫の性格や過去の行動を鑑みると、シュンとなった当主が言い張った話は恐らく真実なのだけれど。


 そうした事件が起こったことで、ミシュラは現在特定の相手を持たない、新たに加わった六人の女性陣と面談を行った。

 目的は彼女たちに別途お手当てを出すことで、あぶれた男性のお相手をする交渉を纏めることだ。


 婚姻関係を結ぶわけではないため、「子供を授かった場合どうするのか?」という点もきっちりと話し合われ、ミシュラは上手く話を纏めた。

 また、この頃には雇い入れた二十七人全員に、超能力者が催眠暗示を掛けることを終了させていた。

 そのため、彼らの家臣としての信用度は十分高くなっている。


 だからこそ、ゴーズ家としては夜の問題が原因で仕事を辞めて欲しくはない。

 そんな思いも打算もあって、ゴーズ家の正妻は彼らを囲い込むために労力を割いたのであった。


 こうして、ラックは若い十四人の娘たちが狙っていた、寝室への同衾から完全に開放された。

 ことの経緯の中で正妻のミシュラが魔王化する一幕があろうとも、無事に解放されたのである。


 家臣たちの男女問題をグダグダやっているその裏で、きっちりとやることはやってアウド村を含む騎士爵領相当の地を一つ整備完了させたゴーズ領の領主様。魔道車を運用できる人員が増えたので、ついに長年の野望の一つであった海水での魚介類の養殖事業にも手をつける目処を立てた超能力者。ちょっとした嫉妬心が膨らむようなアレコレをミシュラから聞かされた妻たちを、夜のゴニョゴニョで返り討ちにして、「思わぬ余禄だ!」と喜んでしまっていたラックなのであった。

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