38話
「『幽閉されているアノ二人の元配下が、ゴーズ家に就職したい』だって?」
レクイエ家のネリアが実家に送った情報を、ラックはリティシア経由で報告を受けていた。
塔に幽閉されている第三王子と東部辺境伯の次男の元配下たち。
魔力量五百に達していない青年男性ばかりが、二十人ほど。
ネリアからの情報によれば、そのような人材が王都で無職のまま仕事にあぶれているらしい。
彼らは在職当時に、元の雇先の権力を振りかざしていたせいもあって、再就職がなかなか決まらなかった。
或いは、仕事が決まっても揉め事を起こして短期間で辞めてしまったりしていた。
あの事件からそれなりに時間が経っていることもあって、貯えが乏しくなったり、実家から追い出されそうになったり。
それぞれに抱えている事情は千差万別なのだが。
要は、彼らはお金に困ってきつつある時期になったのである。
「魔力量が二百以上で五百未満か。わりと仕事には引く手数多の人材のはずなんだけど?」
「元が権力が強い所に勤めていたせいで、周囲への態度が横柄だったようだな。後ろ盾がなくなって本人たちが態度を改めても、色々やられた側はその時のことを覚えているからな。まぁ、高位の人材が没落するとよく聞く話ではある」
ラックが述べた疑問には、多少なりとも体力に余裕のあるフランがあっさりと答えた。
ちなみに状況は閨での一段落がついた後の話であり、ゴニョゴニョの相手をする疲労で時間稼ぎがしたいが故の、リティシアからの雑談的な面もあったわけだが。
今晩の担当はフランとリティシアの二人である。爆発しろ!
「まぁそういうこともあるんだろうけど。でもさ、辺境の地なら就職には困らないよね?」
ラックのこの発言には、へばっていた状態から復活しつつあったリティシアが答える。
「ああ。勤務地と給金に拘りがなければな。言っておくが、開拓地で相場かそれ以上の給金を出している所はまずないぞ? 将来の好待遇の空手形はあるが、良くて相場の七割くらいの金額しか出ない。普通なら六割以下だ」
ラックはミシュラの言に従って、魔力持ちの家臣への給金は王都相場の五割増しを支払っている。
これは、財政状態が良いゴーズ家ならではのことであって、一般的ではないのだが、超能力者はそれを知らない。
それはさておき、ラックは当主を務める身としては、他所からの家臣の引き抜きがあったら困るし、ミレスを除く十四人の娘たちには辞めて欲しくない。
それ故に。
ミシュラがその意を汲んで、彼女たちを繋ぎ止める意味合いが大きい好待遇にしている。
ゴーズ家の当主は「それは他所の領地でも同じだろう?」と漠然と考えていた。
けれども、現実は財政状態の問題から、そうではないケースが常識であったのだった。
開拓地では王都や大規模領地の領都にあるような歓楽街はなく、娯楽面でのお金の消費は基本的にない。
強いて言えば酒を飲むくらいだが、それはある程度雇用主から支給される。
根本的に、行商人が持ち込む量以上の酒を消費することも不可能であるので、“金さえ払えば”と、無制限にガバガバ飲むことができないという事情もある。
つまるところ、「お金の使い道もないから、そんなに払わなくても良いよね?」というのが、雇う側の論理だったりするのである。
雇われる側が“それで納得するのか?”は、また別の問題であるのだけれど。
環境的に危険できつい仕事。
でも給金は安い。
勿論、「安い」と言っても、それは魔力持ちの人間基準の話であるので、開拓地に入植する農耕への従事者たちから見れば十分に高給取りだ。
それに加えて、将来的に雇い主が開拓地を発展させ、陞爵でもすれば「譜代の家臣としての立場で好待遇へと変わる」という夢は見られる。
けれども、通常は危険度や仕事のキツさに対して、貰える給金は見合っていないのが現実なのである。
「しかし、この話が何故ネリアから来たんだ? 彼女にそういう人材との伝手なんてあったのか?」
ラックの疑問はもっともで、学生のネリアにはそんな接点はないはずだった。
だが、魔力量が似通っている同級生という存在がいて、彼らには親兄弟、親戚といった縁者が普通に存在する。
そして、理由は様々だが、所謂穀潰し的な存在が話題に上ることもあるのであった。
「そこまでは報告にはないが、おそらく縁者が同級生にいて、愚痴のようなモノがあったのでは? ネリアはガンダ家の上にいるゴーズ家の人材不足と、財政面での余裕を知っているからな。それならばと声を掛けて、情報収集をしたのだろうよ」
リティシアの推測は、完全ではないが概ね正しい。
そこに足りていないのは、ネリア自身が「功績を上げて自身の将来をより良きものにしたい」という打算を持っていて、それが強烈に働いていることに気づいていないだけである。
そして、全員が気づいていないこともある。
それは、災害級魔獣二体をラックが狩ってしまったことにより、三十年間に一回程度の割合で本来出るはずの大量の人的被害が大幅に減ったことだ。
人的被害と言えるモノは、“やらかした二人の幽閉とやらかしが原因の二十六名の死亡のみ”で済んでしまった。
災害級による被害が発生することによって、本来であれば大量に席が空くはずであったのだ。
だが、それが大幅に減ったために、その部分へ入り込む形で就職先が発生するという事態には至らなかった。
この点も彼らが職にあぶれた原因の一つなのである。
人が余っていれば、条件の良い者から先に採用されるのは、当然の話であったのだから。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックは集められた“問題あり”は承知の複数の人材と「採用試験」とでも言うべき、個別面談を行う機会を得た。
当初、ゴーズ家の当主が聞いていた「二十人ほど」とは、一体何だったのか?
集まった個別面談の対象者の総数は、予定よりも増加していた。
その集団は、なんと、倍の四十人を超えて四十二人に膨れ上がってる。
ちなみに、年齢層的には二十五歳前後に集中し、性別を見ると男性が多いが、女性も六人混じっていた。
超能力者は、ゴーズ家の当主としての風格が欠片も存在しない若者の容姿で相対し、彼らを選別するために接触テレパスの能力を駆使して行くのであった。
「僕の見た目だと、『見下される感じになるかも』って思っていたんだけど、内心はともかく、露骨に態度に出す愚か者はさすがにいなかったね」
「そうだったのですか? 貴方が魔力量0なのは有名ですから。そういった面でも、雇い主となるかもしれない存在に取るべきではない態度の者が、一定数は混じると思っていましたのに」
ラックは面談を終えて、別室に控えていたミシュラとの雑談タイムへと突入しながら、“面談では”合格とした者から提出された、自己アピール満載の履歴書を再度眺めていた。
問題がないかの彼的な最終チェックであり、それが済んだ合格者候補のそれを正妻へと回す。
彼女が更に、“それを厳しくチェックする”という念の入りようだ。
「元々『問題あり』ってわかってる人材だから査定は甘めにした。けれど、それでも『これはアカン』ってのだけは弾いた。最終的に男性二十一人と女性六人が残ったから、収穫としてはまぁまぁかな?」
「そうですね。それはそれとして。ゴーズ家には本来は関係ない話ですが、宰相様からのお願いで『不採用にした者については、その理由を報告書として提出して欲しい』となっています。ですから貴方には、不採用者十五名分のそれを纏める仕事が残っています。弾いた理由を忘れないうちに、さっさと作ってしまって下さい」
就職活動をしている以上、本人たちに一定以上のやる気はある。
宰相は独自の情報網で、ラックの大量採用面談が開催されることを知った。
彼は知ってしまった以上は、放置できない。
そうして、宰相は「職にあぶれたままで将来王都内で問題を起こす可能性のある人間をできる限り減らしておきたい」という打算から、お願いという名目の横槍を入れたのである。
不採用理由が本人に開示されれば、前向きな者はそれを受け入れて改善する方向に行くかもしれない。
そうでなくとも、こういう理由でゴーズ家からは不採用とされたが、その部分は許容するという雇い主が存在するかもしれない。
それらの理由から、宰相はゴーズ夫妻へ“お願い”をしたのであった。
「これって僕らが恨まれる可能性のある仕事だよね? 一応宰相様からは、不採用者たちに『本来開示する必要がないモノを私からの要請で“ゴーズ家の善意で”作成して貰っているので、希望者にはそれを見せることもできる。が、その場合はそれでゴーズ家を恨むなどということはないと誓って貰う』という説明をすることになってはいるけれど。どこまでそれが守られるかな? 他人の心の中の話だからね」
「まあそうですけれど。でもこういう時に貸しを作っておけば、以前の機動騎士の購入時のような、こちらからの要望を聞いて貰い易くなる面もありますから」
ミシュラはこの場では言葉に出さないが、「家臣の十四名の娘たちのお相手候補としてもちょうど良いかも?」という考えもある。
どのみち、後々夫には知られる考えではあるけれど、“今”それを知らせる必要はないのだ。
ゴーズ領は大きくなった。
現在のラックは、騎士爵領のサイズ基準でゴーズ家の直轄としては四つ目となるサイコフレー村の開拓に着手している。
それが完了すれば、その後は西側に接する南北方向に三つ分の騎士爵領の開拓も順次行う予定だ。
ラーカイラ村の西隣はアウド村(仮称)として開拓予定であり、その南側二つは過去に滅んでしまった旧領の村名そのままでビグザ村、デンドロビウ村として再建するつもりだ。
全てが成れば、ゴーズ家は七つの騎士爵領を直轄する領主となる。
傘下と言って良いガンダ領やティアン領も含めて考えれば、もう領地の規模的には子爵を超えて伯爵の領域へと突入する。
ミシュラはラックの第一夫人の座を他者に明け渡す気が微塵もない。
そのため、魔力量の高い女性を新たに夫に受け入れさせての“特例”子爵や伯爵への陞爵は、ゴーズ家では一切検討されていない。
家としては、クーガの代となれば魔力量の問題は自然解決されるからだ。
故に、それまでの間の子爵や伯爵に相当する年金支給さえ諦めれば、ゴーズ家の初代は“特例”男爵の爵位のままで押し通しても良いのである。
もっとも、物事はゴーズ家の事情だけで決まるわけでもない。
ファーミルス王国内には、塔に幽閉された二人に離縁された高魔力持ちの妻が四人存在し、そのうちの二人は嫁ぎ先が決まったが、残りがまだ二人いる。
彼女らは、未だに新たな嫁ぎ先が決まっていないのだ。
片方は子持ちで、もう片方は実家に難があるせいもあるのだけれど。
残りものの女性の魔力量的には、子爵家へ嫁ぐことはあり得ない。
だが、ワケアリ女性の扱いなので、侯爵家より一つ格下となる伯爵家ならば検討対象になる。
ゴーズ家が順調に領地開拓を進めた場合、二人のどちらか一人、或いは二人共を“国の善意で”という名のゴリ押しが行われ、ラックが引き取り手となる可能性は存在するのであった。
但し、もしもそれが実現した場合には重大な問題が発生する。
そのうちの一人は元侯爵令嬢で、ちょっと実家がアレではあるがある意味問題はない。
しかし、もう一人が不味い。
その女性は、カストル公爵の次女であり、ミシュラの姉だったりするのである。
しかも、コブ付き。
本人がラックへ嫁ぐのを激しく嫌がることは過去の経緯から明白であり、ミシュラとしても到底許容できる話ではない。
だが、カストル公爵家としてや、ファーミルス王国の事情としては「高魔力持ちの子供を増やしてね!」という面からありな話になってしまう。
宰相が推測しているクーガの実績がある以上は、尚更の話だ。
特にカストル公爵家には、家の後継ぎの問題がある。
次代は長女の入り婿が継ぐことが決定している。
だが、次期当主は侯爵家から入り婿で迎えている夫であるので、実娘に男子が生まれなかった場合の選択が難しくなるのだ。
次女の子供の男子をカストル家に養子として迎えるか、或いは長女の娘と従妹同士の結婚という選択肢も考慮したい。
故に、現在は出戻っている次女には夫をあてがって男子を望みたい。
次女は子持ちではあるが、娘しか生まれていないので、そんな話になるのである。
そういった事情であるから、もしもクーガの魔力量がこの段階でカストル公爵家の当主にバレていれば、入り婿や養子の話が出る可能性は非常に高い。
けれども、幸いなことに、現当主はミシュラの子へは全く期待をしていない。
魔力量二千の出来損ないの三女と、魔力量0の超欠陥品の夫という組み合わせの夫婦から、“公爵家の求める最低基準を遥かに上回る高魔力の男子が生まれる”と想像できるはずはないのだから、当然ではあるけれど。
また、ミシュラはミシュラで、「自身の子が、実質縁が切れているはずのカストル公爵家から、『次々代の当主に』と望まれるかもしれない」などという未来は、全く想定していない。
それは夫であるラックも同様だ。
現在の当事者たちは、そのような色々な面で“危険な可能性が存在している”ことに全く気づいていない。
それ故に、平穏が保たれているだけの話なのだった。
こうして、ラックは二十七人の新たな家臣を迎え入れることに成功した。
それとは別に、順調な領地開発を続けた先の未来に対し、予見できない重大な危険を抱え込んでいることになった。
思わぬところからの情報で、長い付き合いの家臣の女性たちのお相手候補を確保できたゴーズ領の領主様。最近になって「私たちの相手もして欲しい」とストレートに言われてしまっていたけれど、一気にお相手が十四人増えて、十八人のローテーション体制となるのを避けることに成功した超能力者。内心では「一度くらいは若い娘を相手にしてみたかったな」と、ミシュラに知られたら、にこやかに首を絞められかねない考えも持っていたラックなのであった。




