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35話

「『最北東の最前線であるティアン領が滅んだ』だと?」


 北部辺境伯は、長男が統治するサエバ領ゴーズ村からの予想もしていなかった急報を受けて、思わず聞き返してしまっていた。

 何故なら、ティアン領は直接魔獣の領域と接する最前線であるにも拘らず、安定して領地運営がされていることを知っていたからだ。


 ティアン家は騎士爵領では珍しく、スーツ五体という潤沢な戦力を抱えていた。

 よって、隣接する魔獣の領域での間引きも十分に行われていたはずである。

 しかも、元々は北と西を魔獣の領域と接していた領地だったのが、ゴーズ家が西側に接するエルガイ村を開拓したことによって、北側からの防衛のみに注力するだけで済むようになった。

 つまり、魔獣に襲われないための間引きの負担は減っていたのだ。


「『先に逃がされた領民のうちの生き残りが三十人ほどと、ティアン家の娘一人がフリーダ村に滞在している』とのことでして、救援に出たフリーダ家の当主とティアン家夫妻や、次期当主を含む実子の男子の生存は、おそらく絶望的かと。『フリーダ村周辺で開拓作業に従事していた最上級機動騎士が一機、一日遅れで現地へ向かった』までが確定情報となります」


「待て。『最上級機動騎士が出た』だと? 搭乗者の確定情報は未だにないが、おそらくはゴーズ家のクーガが乗っているはずだ。単機でいきなり実戦に出したのか? あの家の当主がそんなことを許すはずが。いや、現地で独断で出たと見るべきか。『経験が少ない子供が乗っている可能性が、更に補強された』と考えられるな。『子供故に、判断を誤った』というところか」


 少ない情報からでも的確に状況を推察することが可能なのは、辺境伯として経験も能力も備えている彼ならではのことだ。

 ゴーズ村で先行して情報を受け取っているシス家の長男は、残念ながらそこまでの思考には至っていない。

 ここでは関係ないが、「次期北部辺境伯としては、『まだまだ精進が必要』と思われる事実が露呈した」という話でもあるのであった。


「ルウィンは第二夫人を連れて機動騎士二機で出たのか。ゴーズ村から救援を出しても、おそらく手遅れで意味はない。が、現地の確認という意味で出たのだろうな。戦闘になる可能性がある以上、出せる最大戦力で向かっている判断は評価するべきだ。だがしかし。領主としての行動という観点では誤りだな。辺境伯としての判断で考えれば『完全に間違っている』とも言えんが」


 シス家の当主は冷静に次期当主の値踏みをしつつ、王家への速報として使者を出す指示をする。

 速報となるのは、魔獣による被害という意味では「事態がどこまで拡大するのか?」が現時点では不明だからだ。


 被害拡大の懸念があるのは、ティアン領の西隣のゴーズ領エルガイ村、そして南側で接しているガンダ領フリーダ村の二つとなる。

 特に魔獣の餌となりえる領民が多い南側は、ティアン村を滅ぼしたと思われる魔獣に襲撃される可能性が高い。

 避難民が逃げてフリーダ村へ辿り着いていることから、彼らが意図しての行いではないにしろ、“魔獣を誘導してしまっている”という結果を生み出しているかもしれない。

 もっとも、ガンダ家を背後から支えるゴーズ家の抱える戦力が、“庇護下に置いている村への蹂躙を簡単に許す”とも考えにくいのだが。


 実際のところは、北部辺境伯の想定を上回って事態は推移してしまっている。

 魔獣の向かった方向の予測自体は正解なのだが、時系列的にはこの時点でフリーダ村へ向かった魔獣の第一波は少なくとも殲滅が完了している。

 第二波と言えるモノがあるのか?

 その点は調査中で不明の状態なのだが、遠く離れた地で乏しい情報のみからシス家の当主がそこまで悟ることは不可能な話だ。


「これでティアン家が取り潰しとなるのかどうかは、娘が一人生きている以上不明ではあるが、どうなるにせよ跡地がゴーズ家に組み入れられるのは避けられんだろうな。実質的に六つの騎士爵領相当の土地を支配領域とする男爵家か。規模としてはもう子爵家を超えている。おそらくは故意に開拓をしていない開拓権がある二つの元騎士爵領もある。そちらへの着手も開始すれば、将来的には伯爵家相当になってもおかしいとは言えない。一代で開拓によってそこまで成り上がった例は過去にはない。伯爵へと陞爵が叶えば歴史的快挙となるだろうな」


 功績を上げて陞爵する。

 そのような事例は、そうそう頻繁にあるものではない。

 だが、耳にすれば「今度は誰が対象だ?」と、話題になる程度には起こる出来事ではある。

 しかしながら、それはあくまで“複数の貴族が時期を違えて”という話であり、“同一人物が一生のうちに何度も”というのは「珍しい」と言える。

 特に爵位が男爵以上の部分であれば尚更の話だ。

 上に行けば行くほど、陞爵の難易度が上がるのは当然なのだから。


 ゴーズ家の当主の子爵以上への陞爵は、未だ起こっている案件ではない。ないのだが、あり得る未来の出来事として心に留めておくべきなのであろう。

 北部辺境伯は言葉には出さないが、「魔力量が0でそこまでに成り上がること。それは、この国では『奇跡を通り越した何か』になるだろう」とも思っていたのであった。


「父上。今はゴーズ家の事を気に掛けるよりは、ティアン家の話が優先でありましょう。少しばかり話の主旨がずれてきているように思います」


 同席していた次男がさらりと口をはさむ。

 彼は以前の同席のみを許される立場から、許可を求めてから発言することを許される立場になっていた。

 ここでは関係ないが、順調なステップアップである。


「確かにそうであったな。現状のシス家にできることは続報を待つのみだ。この話はここまでとしよう」


 こんな感じで、北部辺境伯への情報伝達がなされたことで、シス家から王家へと使者が走った。

 そんな一幕が、時系列的には並行して起こっていたのであった。




「ティアン村に生き残りはいそうもないか。そしてスーツ六体の残骸の回収は必要だな。驚くのはワームの死体が二つあること。『たったそれだけの戦力で、よく頑張って時間稼ぎをしつつ、討伐に成功したな』と、称賛するべきなんだろうなぁ。戦死したフリーダ家の当主の行動は、評価するには微妙だけども」


 ラックはクーガをフリーダ村へと送り返して別れてから、速やかに行動を開始した。

 具体的には千里眼を使用して、現在位置からティアン村までのルートを遡る感じで状況を確認していった。

 気になる場所を見つけては、テレポートで現地の確認を行った。


 そうして、可能な限り亡くなった人々の埋葬も随時行っていく。

 そのような義務はラックにはない。

 けれども、隣に自身の領地を構えている以上、疫病の源泉や害虫の大量発生源などになられても困るだけ。

 なので、そうした行為は、「事前にできることはやっておこう」というだけの話である。


 ラックは「所有権を主張する者はいないだろう」として、発見したワームの死骸からは魔石を取り出し、お肉はちゃっかりと天然の冷凍庫へと運んでおく。

 超能力者にとっては、テレポートで運ぶだけで大した手間でもないのだから、「有用で回収できる物は回収する姿勢が間違っている」とも言えない。

 日本人的感覚だと、やっていることが火事場泥棒的な印象を受けることもあり得るのかもしれないが。


 この時点でのラックの判断では、当然ながら荒廃したティアン領をゴーズ家の領地に組み入れるという発想はない。

 だが、被害の事後処理としてやっている彼の行動自体は、他者にそう受け取られても不思議ではない行動となっている。

 もし、誰もそれを知ることがなければ、それもどうでも良い話になる。

 けれども、二機の機動騎士が状況確認のために、ティアン領へと向かってきているのが現実であった。


 ルウィンたちが現状を確認すれば、適切な事後処理が既に行われていることは明白であり、「それを行った人物が、この領地に責任を持つ意思を示している」と、受け取るのが当然ではあった。

 物事の進行速度という観点では、人なる身の北部辺境伯は事態の予測をできてはいない。

 だが、「ゴーズ家の力で成される結果の予測自体は、正確に把握できているのが証明されている」とも言える。

 現地に来て、現状を目にすることで初めてそれを知る次期当主と、遠く離れて乏しい情報のみからで正解の状況を推察する現当主。

 まだまだ次代へのバトンタッチは先の話になるのであろう。


 そもそも領地が一つ滅ぶような、魔獣による壊滅的な被害の事後処理などというものは、たった一人でサクサクと短時間で行えるはずの事柄ではない。

 本来は多数の人手と多大な時間が必要な話であり、「それを動員してでも行った」という事実は他者に重く受け止められる。

 時間的な意味でも人手的な意味でも、たった一人で不可能を可能にするラックの超能力が異常なだけなのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、道中と村内の後始末を終えたラックは、地中に潜んでいるワームがいないかを気に掛けた。

 超能力者はティアン村に留まって、千里眼を発動することで確認作業を行う。


 時刻は夕闇が迫る頃であり、ざっと確認を終えれば、今日のところはここまでとしてゴーズ家の当主はトランザ村へ帰るつもりであった。

 だが、何気なく視線を向けてしまった領主の館の残骸の地下に、地下室がある点とそこに子供らしき人体がある点に気づいてしまう。

 それは、名が体を現して運を引き寄せているのだろうか?


 超能力者は、「おそらくは死体だろう」と思いながらも、現場の空間に余裕があるのでテレポートでそこへと向かった。

 続いて、荷物で埋もれているロフト部分と思われる高い位置から、ラックが「遺体だ」と思っていた物体を念動で引き寄せる。


「ぐっ」


 こぼれ落ちる小さな呻き声。

 それは生者の証である。

 息苦しいこの空間は、おそらく酸素がもうかなり薄いのだろう。

 慌てて外へとテレポートするラックなのだった。


 ゼイゼイと荒い息をして酸素を取り込もうとする男の子。

 歳の頃はクーガよりも少し下くらいだろうか。

 領主の館内にいたことや身なりの良さから、おそらくは領主の一族の子供であろうことはラックでも容易に想像できる。


 とりあえず、子供の呼吸が落ち着いてきて、「話ができるだろう」と思われる状況になるのを待つ。

 そうして、超能力者は少年に声を掛けるのであった。


「どうしてあんな場所の高い位置にいたのかはわからないけど。君は幸運だったね。下の方にいたのなら窒息死していたと思うよ。僕はラック・ダ・ゴーズ。隣のゴーズ領の領主だ。『魔獣の被害に遭ったこの地に何かできることがあれば』とやって来たんだけれど、結果的にそれで君を救出できたのだから、大きな意味がある行動だった。正確な情報を僕は持っていないけれど、『ここから避難に成功した人が、少数だけどフリーダ村にいる』って話は聞いている」


「助けてくれてありがとうございます。僕はブレッド・キ・ティアン。ティアン家の三男。九歳で末の弟です。父様や母様たちは何処でしょう? 兄上や姉上は? 家の者たちも無事でしょうか?」


 子供に残酷な真実を告げるのは、ラックの心情的には辛い。

 だが、もう陽が落ちて薄暗くなり始めている。

 長々と廃村状態の場所で話し込んでいる余裕はないのだ。


 それ故に。

 ラックは真実を告げる決断をするしかなかった。


「スーツ六体。うち一体はフリーダ家の者が搭乗していたのはわかっている。残りの五体が全てこの領地のものかどうかを僕は知らない。だが、その六体全てが残念だけれど全員死亡となっていた。フリーダ村からここへ来るまでの道中でワーム七体が討伐されたのを確認している。それとは別で二体のワームの死体。ワームが食べたと思われる犠牲者の痕跡も多々見て来た。フリーダ村に避難することに成功した人たちとは会ってはいないから、人数などの正確な情報は持っていない。だけれども、『君の血縁者の生き残りは、いない可能性が高い』と思っている」


「そうですか。『皆亡くなった』のですか。おじえでぐださってありがどうございます」


 涙声になりながらもお礼の言葉が出せるのと、現実を受け止める知性があることに感心しながらも、ラックは「この後どうするかなぁ」と考え込む。

 さすがにこのままブレッドを連れて、トランザ村やフリーダ村にテレポートするわけにはいかない。

 暗示を掛けるにしても、今のこの激情の状態からでは直ぐにそれが可能ではない。


 気の毒だけど、弱い電撃で気絶でもして貰うか?

 

 そこまで考えた時、ラックは機動騎士が移動時に発する独特の音が迫ってくるのに気付いたのであった。




「そこにいる二人。何者だ? 壊滅したティアン村の生き残りか? 私はルウィン・へ・シス。現状確認のためにここへやって来た。もう一機は私の妻が搭乗している機体だ」


「お久しぶりです。私はラック・ダ・ゴーズです。こちらの子供がティアン家のブレッド君。現状のこの村の、唯一の生存者です」


 魔力0の「お飾り」と言って良いはずのゴーズ家の当主。

 ルウィン視点だと、一人こんなところにいるのは不自然極まりない話ではある。

 そうではあるのだが、今はそれを問題として取り上げて話し合う場でないことは確かであった。


 ルウィンは、まだ今のシス家の当主の能力に追いつけてはいない。

 とは言え、それぐらいのことは直ぐに判断できる。

 次期当主としては経験が足りていないだけで、決して無能ではないのだから。


「ああ。久しぶりだな。こんな状況で邂逅していて言うのもおかしなことだとは思うが、お互い息災でなによりだ。ところで君たちはこれからどうするつもりだったんだ? 見たところ野営できる準備があるようには思えないのだが」


 こうして、ラックは良いタイミングで現れてくれた二機の機動騎士に少しばかり状況を説明した後、今夜はエルガイ村へと機体に同乗させて貰って、送り届けて貰う話をつけたのである。


 今晩休むための行先を、フリーダ村とエルガイ村の二つで迷ってしまったゴーズ領の領主様。「自分の直轄領地の方が気が楽だ」と、特に深い意味もなく行先を選んだだけで、結果的にクーガとその乗機を、ルウィンに見られることのない選択を引き当てている超能力者。「名は体を表す」を地で行く、小さな幸運男のラックなのであった。

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