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34話

「『フリーダ家の当主が戦死した』だって?」


 ラックはガンダ村へ急報として伝わった情報を、そこへ使いに出ていてトランザ村に戻って来た直臣から伝え聞いた。

 亡くなったのはガンダ家からフリーダ村の代官を任されている家の当主であり、カール(ガンダ家当主)の後見人を務めるゴーズ領の領主としては、気楽に聞き流せる情報ではなかった。


「はい。『フリーダ村の北側の最前線であった騎士爵領と懇意にしていたこともあって、救援依頼を受けてスーツで出撃した』そうなのです。が、その日のうちに当主が戻ることはなく、翌日になって逃げ出すことに成功した領民がフリーダ村に到着。ティアン領はワーム種の魔獣の攻撃を受けて村は壊滅。『領主は領民を逃がすためにフリーダ家の当主と共に殿軍として戦っていた』そうなのですが、『フリーダ村に到着できた領民の数からして、生存は絶望的と考えられる』とのことです。『その情報を聞いたクーガ様の機動騎士が、現場に向かった』というのが最新情報になります」


 最後の部分の最新情報が、ラックにとっては最重要な情報である。

 父親の立場だと、「それを先に言ってくれ」と、言いたいところではあったが、今は何よりも時間が惜しい。

 仮に、聞く順序が違っていれば、嫡男を守らねばならない当主は“詳細報告を聞くことなく”飛び出して行った可能性もある。

 そのため、直臣の女性を責めるわけにもいかない。

 寧ろ褒めるべきである。


 そうして、超能力者は千里眼を使い、フリーダ村の北へ北へと視線を飛ばす。

 土煙が大量に舞う一帯があり、そこには激しく動きのある巨大な影がいくつかあった。

 それを視たラックは、「ワーム種と戦闘状態になっているクーガの機体がそこにいるのだろう」と、判断を下す。


 ゴーズ家の当主は報告に来た直臣にミシュラへの言付を残してから、即座にテレポートで現場の上空へと飛ぶのであった。




 最上級機動騎士は、機体を動かす動力源の出すパワーが大きい。

 故に上級以下の機体に比べれば、重量がある頑丈な装甲をふんだんに纏っている。

 機体によっては防御力を重視して、所謂壁役専門のような特化しているケースすらあるほどだ。

 クーガの乗る機体は、そこらへんのバランスは高機動型側に振られて調整されている。

 そのため、最上級機動騎士の中では比較的薄い防御力となっていた。

 その分、動きは速いわけだが。


 今回では、それが幸いしていた。

 ワーム種は地下から攻撃してくることがあり、それを避けるためには動きの速度が重要となるからだ。


 まだ未熟な操縦者であるクーガは、魔獣との戦闘経験などあるはずもない。

 だが、高い機体性能はその未熟さをギリギリのところで補っていた。

 これがもし、バランス型や防御重視型の機体であったなら、“死ぬ”まではないかもしれないが、機体は激しく損傷し、戦闘不能にされていた可能性が高い。


 仮定の話にはなるのだが、もしそうであったとしても、クーガが簡単には死なない理由というのがむろん存在する。

 もっとも、その理由というのは「彼だけに限った話ではない」のだけれども。


 最上級機動騎士は、希少な高魔力の保有者が操縦していることもあって、どのタイプの機体であっても例外なく操縦席周りの装甲が、念入りにこれでもかとばかりに、頑強に作られている。

 故に、機体としては戦闘不能に陥ったとしても、戦闘対象が災害級の魔獣でもない限り、操縦者の生存率は意外に高いのであった。

 その分、お値段もより一層高くなるというオチもつくわけだが。


 そうした機体についてのアレコレはさておき、クーガの戦闘である。

 さすが初戦闘だけのことはあり、彼の戦果は未だゼロだ。

 但し、初陣が“一対七という数の差がある、圧倒的不利な状況下での戦いだ”という点を鑑みれば、及第点以上の働きはできている。


 しかしながら、この戦いの状況だと最終的にクーガが敗北するのは必至だ。

 ゴーズ家の嫡男は、実質的にワームからの攻撃を躱しているだけで、攻撃を加えることが一切できていない。

 要は、魔獣の気を引いて惑わすことしかできていないのだから、いずれは機体のエネルギー源となる魔石を消費し尽くして、動けなくなるのが当然なのである。


「『初陣にしては良くやっている』と言うべきなんだろうけど、そもそも僕は『戦闘に出ることを許可した覚えはない』んだよな。あくまで『領内整備のお手伝い』という名目の息子の希望を叶えただけなんだし。ついでの目的として、『魔道大学校の入学前に機動騎士に慣れておくと楽かな?』ぐらいの話だったはずだし」


 上空からの実地見物の状態になってしまったラックは、クーガの戦闘状況を見て「まだ慌てる時間じゃない」と冷静になりながらも、ついつい独り言をこぼしてしまっていた。

 周囲に聞いている人間はいないので問題はないのだけれど。


 いくら「やれている」とはいえ、クーガは十歳の子供である。

 ラックがこのまま見物を続け、“介入することなし”という選択は親としてあり得ない。

 息子が“危機に陥ってから助ければ良い”などという判断を、してはいけない場面であることも当然であった。


 クーガに余裕があるうちに、とっとと介入して戦闘を終わらせるべきであるだろう。

 そうしてラックは魔獣への攻撃を開始する。

 単独での戦闘に慣れ過ぎたせいもあって、「味方がいる戦場って誤射が怖いんだよな」と呟きながら。


 間引きの達人は、毎日のように魔獣の領域で戦闘を行っている。

 つまるところ、戦闘面の練度が上がっており、攻撃の精度自体が昔より遥かに上がっていた。


 クーガからしてみれば、気づいたら突如として上空から光が降り注ぐ状況になっており、“何事だ?”と思った時には大半のワームは既に死体へと早変わりしていた。

 彼が知り得る情報ではないが、未だに生きている敵は、地下に潜っている個体二匹のみである。


 それらの個体もラックの透視能力を相手にしていては、所在を隠して逃げることは不可能だ。

 もっとも、この魔獣に「不利な状況に変化したから逃げよう」という判断ができる知能があるのかは、甚だ疑問ではあるのだけれど。


 地下へ攻撃が通るようにと、威力を上げて大地を穿つように、更に二つの光の槍を降らせた超能力者は、“もう戦闘は終わった”と上空からゆっくりと降下して行く。

 そうして大地へと足をつけた後、ラックは息子の乗る機体に向けて手を振るのであった。


 クーガは、激変した状況に思考が追いつかずに、ただ茫然としている。

 そんな息子の状況を透視を使って把握したラックは、さっさとワームの処理作業に入って行く。


 きっちりと死体処理を行うのとそうでないのとでは販売価格に差が大きく出るのを知っているゴーズ家の当主は、現在は別にお金に困っているわけではない。ないのだが、ついつい昔からの習慣でそうした行動をとってしまう。


 サクサクと魔獣の死体を処理して行く父親。

 その手際の良さを、ぼんやりと眺めながらも、どこか現実感がなく、まだ状況を上手く呑み込むことができない息子。


 このような部分はやはり「年相応」というか、「経験がないと上手く対応できるようになるのに時間を必要とする」のであろう。


 今のラックは超能力を使う場面はある程度慎重に選ぶものの、基本的に自重することはほとんどない。

 超能力に目覚めてから二十年以上経っていることもあり、様々な経験をして来たことで状況判断は早くなっている。

 苦手な分野を“妻に丸投げする”という判断も早くなっているのは、「若干問題がある」と言えるのだけれども。


 ラックは過去の自身の経験や成長を振り返り、「今の十歳の息子に比べて、昔の自分がどうであったのか?」を考えた。


 置かれている環境も、持っている才能も、している努力も別物なのだから比べること、それ自体が間違ってはいる。


 だとしても。

 間違っているのは承知の上で、それでもなお比べてしまうのは、親としてのエゴではあるのだろう。


 そんなエゴ丸出しで実際に比べてしまえば、できが良いのはクーガの方だ。

 つまりは、息子が順調に人生経験を積んで行くことができれば、己を上回る人物になれる。

 それが感じられる以上、「今が未熟であっても、それは親としては教えられることがあり、見せられる背中がある」という事実に繋がっている。

 決して悪いことではないのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、ワームの処理を済ませたラックは、素材、食用肉の原形と化したそれらを、テレポートで運ぶことをクーガに宣言して行動に移る。

 茫然としている息子が再起動するまで待っていると、無駄に獲物の鮮度が落ちてしまうのだから仕方がないのだ。


 但し、運び込む先は村ではない。

 ラックが持って行く場所は、“僕だけの天然冷凍庫”である。

 ゴーズ領は未だに亀肉の加工処理に追われている。

 そのため、魔獣の肉の加工を別途行う余裕は人手の問題で苦しい。

 超能力者の統治下の領地は、人手不足の状況から脱却できていないままだったりするからだ。


 魔石だけは引っこ抜いて、加工前のお肉は冷凍保存。

 そんな状況がここのところずっと続いていたりする。

 極点に作った保管庫は、どんどこ増築が繰り返されていたりもするのであった。


 領主としてのラックは、「色々と加工に割ける人手が確保できればなぁ」と、増えない自領の人口という問題に思考が向いてしまうと、憂鬱な気分で遠い目になってしまいがちだ。

 住民という名の働き手である人間を誘致したい場所が増え続けていて、人材供給が追い付かない。

 通常の辺境開拓に挑む領主にはあり得ない、実に贅沢な悩みもあったものだ。


 なんでもかんでもラックの超能力で解決可能であれば良いのだが、残念ながら実際にはそこまで万能な能力ではないのである。


 しかしながら、そんな悩み事も、ゴーズ家の庇護下にある領民の目線では話が変わる。

 ガンダ領もゴーズ領も、「人口の増加への対応力に、『超』が付くほどの余裕がある」というのが現実なのだ。

 それは、彼ら領民の子供や孫の世代の未来に、「食って行けるかどうか?」の不安が全くと言って良いほどにないことを意味し、そういった心配をする必要が丸っきりないのである。


 しかも、ホイホイと新規で魔獣の領域解放し、物理的な長城の防壁によって領地防衛能力の高さが見せつけられる。

 更には、食肉の供給も安価で潤沢になされている。


 安価な肉の供給は、通常であれば、食肉の生産に携わる家が発狂して廃業しかねない話になる。

 けれども、「産業の維持が必要」という理屈で利益を確保できるように全量買い上げが行われるのだから、不満が出るはずもないのだ。


「新たな住民を移民で募る? いやいや。無理に募集して人を集めなくても、長い目で見れば人口はどんどん増えて行くから。領主様はどっしり構えていてくれればいいんじゃね?」 


 実際、直近の人口の伸びは著しい。

 食わせて行く不安もなければ受け継がせる仕事への不安もないのだから、沢山子供を持つことへの抵抗がないのだ。

 つまりは、領民は本音を問われれば、長くラックという領主を見て来た者であればあるほど、前述された言のように答える以外の選択はない。


 もっとも、“どっしりと構える=土木工事は頑張ってね!”だったりするのは、公然の秘密であったりもするわけだが。


 安全、食料、水、塩、辺境で最低限必要なものは“有り余るほどに”自前で確保し、更には鉄製品の供給までも視野に入れてくれる領主。


 そんな理想的存在が「他の何処にいる」と言うのか?


 搭乗者が足りないほどの機動騎士を用意して、維持する領主がラック以外に一人でもいるのか?


 ゴーズ家の当主とは、魔力が0なことも含めて、正に唯一無二の存在なのである。




「父上。勝手に出向いて戦闘を始めてしまいました。すみませんでした」


 事後になり、冷静になれば、クーガは聡い息子であるが故に、自らの行いを振り返って「緊急で父親が駆け付けた理由」という部分に、思考を向けることはできるようであった。

 もしも、事前に想像力を働かせることで、失敗を回避できるようになれるならば、将来の当主の思考として完璧に近いのだろう。

 けれども、現時点でそこまでの判断力や対応力を、十歳でしかない彼に求めるのは、「さすがに酷」と言うか、無理がある。


 結果だけから言えば、クーガはワーム型魔獣の足止めには成功している。

 仮に、彼が何もしなかったとしても、フリーダ村に魔獣が到達する前にラックが間に合った可能性は高い。

 だが、それは正に結果論であって、彼が村での作業を中断して飛び出した時点では、それを予測するのは困難を通り越して不可能なレベルだ。


 そんなことをフリーダ村で当時得られた乏しい情報から判断可能である人間がいるとすれば、それは予知能力というあり得ない異能を持つ存在か、ラックのように千里眼や透視、テレポートを使いこなせる人間だけであるだろう。


 前者を持つ者はこの世界に存在しないし、後者はクーガの父親だけが持つ特殊能力であり、それは努力することによって習得可能な技術ではない。


 人として、或いは貴族としては、人命救助の姿勢は正しい。


 但し、将来の領主としては、自分の領民を第一に考えるのが当然であり、今回のクーガはその点においての判断としては間違った行動をしている。

 彼はガンダ領の領民に責任を持つ立場でもなければ、ティアン領の救援に向かう立場でもないのである。


 片や、戦死したフリーダ家の当主の救援に向かった判断も「正解だったのか?」と言えば微妙なところだ。

 結果だけを見れば、「明らかな間違いだった」と言える状況になってしまっているのだから。


「うん。後でゆっくりと判断理由、行った行動の是非については家族会議で話をするし、おそらく説教をすることにはなる。だが、今はそれよりも優先する事柄がある。クーガはこれからフリーダ村へ戻って、私の新たな命令があるまでは防衛戦力の一環として休息待機だ。ゴーズ家、ガンダ家、フリーダ家、レイクエ家の四つの家の人間への情報伝達も重要な仕事だ。できるな? 私はこれからティアン領全域の調査へ向かう。倒した魔獣が『この領内へ侵入した全てであるのかどうか?』はまだ不明だからな」


 こうして、ラックはクーガに任せるべきところは任せることにし、自身は絶対に愉快な気分になることはない、被害状況確認作業へと着手することになったのである。


 厄介事を抱え込む展開になりそうなゴーズ領の領主様。土木作業が主体の時は「こんなことばかりしている超能力者はいないと思うんだけどなぁ」と、考えていたりもした超能力者。いざ厄介事の気配が濃厚になってしまえば、「そんなことは望んでいない!」と、文句を言いたくなってしまう身勝手な思考のラックなのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 普通の辺境の村って、いつ襲われて全滅するか判らないって生活で結構怖い。 昨日までそれぞれの人生、予定、ドラマがあったのだろうけど、一家どころか村全滅って生き残ってもトラウマですね。 それでも…
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