32話
「『レクイエ領とフリーダ領から合併を懇願する打診が来た』だって?」
ラックは二人の使者の応対をしたミシュラから報告を受けていた。
最近の彼はエルガイ村の更に北へと開拓の手を伸ばしており、日中はその作業に追われている。
そのため、領主としての執務は自分でしか不可能なものを除き、ミシュラとフランを代行として丸投げしていた。
まぁ、いつものことで、今までの体制と何かが変わる話でもないのだけれど。
そんな状況の日常であったため、領主不在でミシュラたちは使者の訪問を受けることになったのである。
代行として訪れた使者が持ち込んだ話の内容を聞き、「後日返事をします」としてお帰りいただいたわけだが。
ちなみに、二つの領はガンダ領の東にレクイエ領、ゴーズ領トランザ村の東にフリーダ領の位置関係となっているお隣さんだ。
「『行商人からガンダ村とトランザ村の状況が二つの領の村民に伝わって、総出で移住希望が出かねない』と。それが行われれば領が潰れてしまう。だから、『そうなる前に合併してもらってゴーズ家の庇護下に入りたい』って。そういう話なわけか」
「いずれも村民数は四百人程度。同じ時期に開拓を始めている領地ですわね。租税の免除期間はもう7年前に終了していて、納税義務をギリギリの状態で回しているみたい。使者の言をそのまま信じるのであれば、『村民の一割でも流出したら、それで詰みそうな感じ』らしいです」
「フリーダ領は、以前のトランザ領の領主とは相互救援の約定を結んでいて、それを反故にされた経験がある。領民感情の問題で、領主がラックに代わった後でも付き合いがなかったのはそのせいだな。こちらから『お付き合いをお願いします』と申し出ていないせいもあるけれど。ガンダ領は開拓開始から直ぐの頃に、レクイエ領からの救援依頼が約定がない状態で出されていてな。ガンダ領としてはできる範囲の救援を出したらしいのだが、結果が悪かった。それ以来特に付き合いがなかった。彼の領地は東隣がルバラ湖で、そのすぐ南が東部辺境伯領ということもあって、そちらとの友好関係を重視していたようだな」
ミシュラとフランがそれぞれに補足で情報を出す。
要は、「判断材料の足しにして欲しい」ということなのであろう。
「形としては領の名は合併先である僕らの領名で村の名はそのまま、現領主は領主ではなくなり、寄子の貴族として代官扱いで村の統治を任される。そんなところだろうか? 僕が受け入れるメリットある? それ」
以前のトランザ領の合併の話が出た時には、陞爵で爵位が男爵になるかどうかの部分があったため、『爵位で待遇が激変するラインを超えられるのかどうか?』という点で、利がそれなりに大きかった。
しかしながら、既に男爵位を得ているラックの今の立場だと、負担が増えるだけで利がなさそうなのだ。
支配下の騎士爵領相当の地が二つ増えると、男爵の上の子爵への陞爵がチラつく。が、現状で“特例”男爵であるラックの場合、正妻のミシュラの魔力量が二千であることが問題となる。
勿論、“特例”子爵の最低基準に届く、魔力量一万以上の妻を新たに迎えれば、話が変わって来る。
けれども、それ自体がまず実現不可能な話で現実味がない。
「貴方。カール君の寄子にしてしまえば男爵位が見えてきますから、そちら限定なら利があります。ゴーズ領への合併はないですね。合併するくらいなら未開拓の魔獣の領域へ手を伸ばすべきでしょう」
ミシュラの感覚も異常な夫に長年連れ添って来たせいで、かなりおかしなことになってきている。
通常であれば、魔獣の領域はそんなホイホイと開拓できはしない。
そんなことが可能な者ばかりなら、合併の話など来るはずもないのだった。
そしてラックたち全員が見落としているが、“合併を懇願する”ような打診が来た原因で、最後の一押しとなったのは、何気に機動騎士の配備状況だったりする。
十七機が最近になってゴーズ領に配備された話は、行商人によって即座に近隣へと情報が広まっている。
機動騎士十七機を追加で維持できる財力は、騎士爵領の一つや二つが寄りかかってもびくともしないであろうことは想像に難くない。
加えて、ゴーズ領の余剰機体が、防衛戦力や領内開発の補助として当てにできる。
そうした可能性に飛びついたのが、二人の当主の心情だったりするのも事実なのだ。
合併を打診して来た彼らは、開拓地の維持の困難さを身を以て感じており、もう心が折れかけている。
二つの家の当主たちは、それぞれに粉骨砕身の思いで長年領民を守り、開拓村の発展へと力を尽くして来た。
そうであるのに、「隣の領へと領民が逃げ出そうとしている」という現実は、彼らにとっては辛過ぎるだろう。
勿論、彼らの主となる動機は自身の貴族家としての栄達であり、子への領地継承であったことは間違いない。
しかし、それのみに邁進して領民を蔑ろにして来たわけではないのだ。
自らが統治する領地の領民の本音を知ってしまった今、現状維持のままだとどうなるか?
“ゴーズ家の統治下の村へ”と移住を希望する領民たちを、無理に引き留めることは困難極まる話でしかない。
つまるところ、二人の領主が楽な方向に逃げたのが、ラックにとって降って湧いたように思える合併話の本質である。
「ああ。そっちがあったか。僕が新たに開拓する魔獣の領域を譲るつもりだったけど、現状ならその方が早く済むかな? 領内の整備は下級機動騎士でミシュラ、フラン、テレスの三人に手伝って貰って、僕は領の境界の長城の整備だけすれば良いかな? 今までのような村の城塞化までは必要ないだろう。その辺も三人でできる範囲でってことで」
「そうですわね。ある程度の差別化は必要でしょう。ただ、アレだけはお願いします。土の運び込み。農耕地の整備は機動騎士で行えても、直ぐに収穫が見込める土壌にするにはアレが一番効果がありますから」
草原や森林地帯はまだマシであるが、大部分を占める岩石砂漠の部分は整地してもそれだけでは農耕には全く適していない。
作物が栽培可能な肥沃な土壌へと作り変えて行くのには、かなりの年月を必要とするのだ。
だが、そこへ魔獣の領域の良質な土を大量に運び込めるのならば、話が変わって来る。
ラックが短期間でゴーズ村を発展させることができたのは、この手法の成果に因るところが大きい。
その事実を、ミシュラは正確に理解していた。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックたち三人はトランザ村での細かい部分の詰めを全て済ませた。
その後は、リティシアとカールも含めた状態で、ガンダ村で再度話し合いが行われることとなる。
とは言っても、実質はほぼトランザ村で決めた事柄を説明して、承認を得るだけの形だ。
形式的にはガンダ領に組み込むのだが、内実は上にゴーズ家が存在しているのだからそれも仕方がないことではあるのだろう。
そうして、二つの領から持ち込まれた合併案への最終的な結論は決定された。
ゴーズ家の判断は、「ガンダ家から出される条件を受け入れるのであれば、ガンダ領との合併を認める」という形となったのである。
斯くして、ガンダ領レクイエ村とフリーダ村が誕生した。
ガンダ家当主のカールは、後見人にフランを加える形で男爵への陞爵審査を届け出る。
条件的には認められる案件であるので、以前の賠償の件も絡み、貴族年金の激増が楽しみになる話となったのだった。
もっとも、それがあるために審査が厳しくされたり、遅れたりという懸念も存在するのだけれど。
ラックにとっては、この合併によって開拓や整備計画の優先順位に影響が出た。
合併の話が来る前の状態から考えると激変することになり、彼の超能力での“夜間”土木作業が大量に積み増される事態になる。
超能力者の作業が夜間に限定されるのは、目撃者を出さないためだ。
新たに加わったばかりの領民。
それも直接的にはゴーズ家の領民ではないのだから、「安易に手の内を見せるわけには行かない」という事情もあった。
しかしながら、作業可能な時間帯を制限されることで、「速度の面で進捗状況自体は悪くなってしまう」というジレンマも抱えることになるのである。
そんな状況から、ラックはクーガの我が儘に応じることになった。
できの良い息子の「少しでも両親の助けになりたい」と言う、熱意に負けて。
超能力による加齢成長。
ラックがそれを行うことで、クーガは最上級機動騎士を操ることができる体格を手に入れる。
勿論、これはバレたら色々と問題しかない暴挙である。
よって、ゴーズ家の嫡男には、外部から見られることのないハンガー内での機動騎士への乗降が徹底された。
また、「トランザ村の館からの外出は制限する」という条件も付けたのだが、聡い息子はあっさりとその条件を呑んでしまった。
尚、クーガの体格が激変したのを一番喜んだのは、ミレスとテレスの二人。
その日から三人の寝室が同じになったのは些細なことなのである。爆発しろ!
なんやかんやと色々ありながらも、時が経てば開拓は進んで行く。
吸収合併により拡大したガンダ領は、住民の安心度が上がったせいもあったのだろう。
急激な「ベビーブーム」とでも言うべき状況が発生することになる。
青年から壮年の男性がいる家庭の多くで、新たに子供が生まれた。
その結果、元々の領民の総数で三村合わせて千七百人ほどだったところに、いきなり三百人ほどの人口が増えたのだから、「激増」と言って良い状況である。
ガンダ領に新たに加わった二つの村。
合併前は食べて行くことへの不安や受け継ぐ農地の問題があり、無意識に子供を沢山持つことへの制限をかけていたのだが、それが一気に解き放たれた。
少なめに見積もってもガンダ領だけで一万二千人程度までは食わせて行ける伸びしろがあり、家単位で農地を考えても二千五百~三千程度の戸数を受け入れるだけの余力はある。
各村には小型の太陽炉を熱源とした公衆浴場が整備され、領民の衛生環境も改善した。
ソーラークッカーと呼ばれる調理器具も、ゴーズ家が領内限定で格安で供給している。
調理器具も含めた魔道具に頼るだけの生活は便利だが、魔石というエネルギー源が必要になり、安い小さな魔石で十分だとはいえ、それはタダではない。
全面的に太陽光に頼るのは不可能であるから、両方を上手く使いこなして行くことにはなるのだが、金銭面で節約できるところは節約して行くと、生活資金に余裕が出るのは自明の理となる。
そしてそれは、「各戸の購買力が上がる」ということでもあり、「訪れる行商人が増えて領内が活性化して行く」という好循環も生み出して行くのだった。
二つの村はルバラ湖が隣接していて近いこともあり、淡水の水源に困ることはなく水を潤沢に使うことができる。
前述の話と時系列は前後するが、領地合併後、直ぐにマスの養殖事業も始まることが決定していた。
とどのつまり、「新生ガンダ領」とでも言うべきガンダ村、レクイエ村、フリーダ村の三つの村には、未来に向かって明るい材料の話しかなかったのである。
更に言えば、領民募集中のトランザ村やエルガイ村、そして「現在開拓中だ」というラーカイラ村(仮称)へも現在とほぼ同条件で移住可能なのだ。
領民にとっては、良い意味で選択肢が豊富にある。
代官になったレクイエ家とフリーダ家の当主は、複雑な思いでそれを見る羽目になるのだけれど。
「貴方。ここまで同じタイミングで赤子が生まれていると、育児にも人手を取られるので農業生産に影響が大きいです。大人なしでというわけには行きませんが、農作業への貢献度が低い子供たちへ、給金を出して育児の補助を行いませんと」
「そうだな。付け加えるなら、がっつり知識を植え付けるまではしなくとも良いが、最低限の教育もついでにしてはどうだ?」
「なるほど。託児所兼学校か。平民階級は家業を継ぐ師弟制度的教育が主流で、元々そういうものはないけど、別に導入したらダメって決まり事があるわけじゃないしね。教師役は直臣たちでやって貰うか。送り迎えは僕がすれば良いんだし」
若々しい見た目へ変化したミシュラとフランから意見が出され、ラックはそれを了承する。
超能力者が了承してしまうと、「それに必要な施設や設備を作る」という、土木作業なお仕事も自動的に暗黙の了解で追加されるのだけれど。
尚、ミシュラたちの見た目が変化した理由は、ラックの超能力だ。
若返りの超能力が原因である。
ラックが父親として、クーガの我が儘を受け入れた。
それで、身体年齢を操作できる能力を持っていることが妻たちに普通にバレただけの話であり、彼女らからのもの凄い無言の重圧に超能力者が負けた結果の産物でもある。
ラックが「貴方の見た目が昔から変化せず、おかしかったのはそのせいだったのね!」と、閨を共にした魔王から追加で責められたのは、些細なことなのだった。
加齢はともかく、若返りが可能な能力をラックが有しているという情報は、流出すればマジモンの彼の身柄争奪戦争が勃発することは必至である。
それに気づいていながらも、ミシュラも、フランも、リティシアも自らの欲求を抑えつけることはできなかった。
だが、それでも“誤魔化しきれるかどうか?”は別として、偽装手段を二つ用意して対処することは直ぐに決められた。
具体的には人目につく所では自身が老けて見える化粧を施すことと、怪しげな美容製品を複数でっちあげることだ。
ミシュラたちにとっては、特に美容製品をでっちあげること自体は簡単だったりする。
夫が魔獣の領域で、狩るなり採取するなりして持ち帰って来る品々は、他所で簡単に入手できないものばかりである。
よって、“効果が安定していません”や、“効果に個人差があります”を謳った上で、怪しげなそれっぽい美容製品を用意すれば済んでしまう。
そんな事情で、偽装工作は楽であった。
実際、若返るほどの効果ではないかもしれないが、美容面で既存のものよりは効果が出る品物も存在するので、「丸っきり騙しているわけでもないところがタチが悪い」とも言えるけれど。
こうして、ラックは傘下の村を増やし、ガンダ家当主を男爵位に押し上げることに成功した。若返りという火種を新たに抱えてしまっていたりするけれど。
頑張っているのに何故か、直接統治している村の住民が全く増えないゴーズ領の領主様。ガンダ村在住で、最近クーガとなかなか会えないルティシアの不満が、溜まりに溜まっている事態には気づかない超能力者。色々な面でやばい状況の父親なラックなのであった。