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30話

「『王都から賠償案の打診で使者が来た』だって?」


 ゴーズ領の領主は魔獣の領域での仕事を終えて館の執務室へ戻った。

 その時、夫であるラックを待ち構えていたミシュラからの報告を受けたのである。


 時刻は夕闇が迫る頃であり、王都から派遣された壮年男性の使者がゴーズ領に訪れたのは二時間ほど前の話となる。

 ラックは平常運転で本日一日の予定を熟しているため、使者の来訪時には当然のように不在。

 そのため、ミシュラが領主代理として使者に応対することになった。


 ゴーズ家の正妻は夫宛の書簡を受け取りつつ、使者が持ち込んだ案件の内容について口頭でざっと説明を受ける。

 その上で、翌朝までには領主であるラックからの正式な返答をすることと、今晩一泊の逗留の話を纏めた。

 王都からの使者は現在この館の客室に滞在しており、ゴーズ夫妻と共に夕食をとるかどうかも決まってはいない状況だったりする。


 冒頭のラックの発言は、帰宅時にミシュラから“王都からの使者の存在”を告げられた時のものなのである。


「ざっくりとした内容はわかった。この件、ミシュラはどうするのが良いと思ったんだい?」


 ラックは、「ここはサクッと妻の意見を聞いた上で、さっさと結論を出してから使者と会って話を進めるのが良いだろう」と判断した。

 この時点で、何気に自身の希望はもう決まっていたりする。

 だが、独断でことを進める気は全くない。


 ゴーズ家の当主のこのような部分は「正妻の尻に敷かれているだけ」とも言う。

 けれども、夫婦仲を円満にするには一番の方法なのだから仕方がないのであろう。


「それは勿論、最上級機動騎士を要求しましょう。ですが、他も『要らないなら買い取るので全部ください』で話をつけたいところですわね。『対価が金貨ではなく溜まりに溜まった魔石での支払いで通れば』のお話ですけれど」


 ミシュラの意見は、ラックの内心で希望していた内容や、“彼女がするであろう”と想像した要求内容の遥か上を行っていた。


 王都からの使者が持ち込んだ提案に対して、一機か二機を要求する話で済ませることはなく、まさかの全部乗せ。

 対災害級魔獣用に用意されていた機体は、ラックの記憶が正しければ十六機だ。

 支払う対価はファーミルス王国が欲しがる魔石。


 ミシュラの発言を実現する場合、放出する魔石については、妻の見解もおそらくは同じであろうが、超能力者は|お蔵入りで出せない大きさのモノ《災害級魔獣の魔石二つ》だけはむろんそのままにして、世に出すつもりはない。


 しかしながらゴーズ家が保有している魔石の総量は、十年以上もの時をかけて魔獣の領域での狩りを続けた結果だ。

 溜まっているそれの量は、仮に中級機動騎士以下の製造に使用できるサイズまでに限定したとしても、数が万を楽に超えている。

 勿論、スーツ用にすら使えない小さな魔石も含めての数ではあるが、捨て値で売っても莫大な金額になる物量なのだった。


「あの子たちの未来にはどうせ必要になるのです。そして、わたくしたちがいくらお金を積んでも、『おそらく新型の新品は購入許可が出ない』と思うのです。上のクラスの機体は数が少ないですから、中古品やジャンク品も思うようには手に入りません。売却するのは不自由かもしれませんが、自家用で使う分には問題ありませんから。整備問題もシス家を頼ればよろしいでしょう。使用者登録なしの緩い条件で機体が手に入るチャンスはなかなかありません。ここは行ける所まで行くべきでしょう」


 ラックが驚いて考えを纏めようとしていた時、ミシュラは更に追加で言葉を足してくる。

 全てを抱えることが叶えば、ゴーズ家の保有機体数は十九機の体制となる。

 その機体数に見合う操縦者が確保できてはいないから、直ぐに全てが運用できるわけではない。

 だが、少なくとも五機は近い将来息子や娘の機体として使えば良い。

 なんなら領内限定で先に練習で乗せても良いのだ。

 勿論、機動騎士を操縦できる体格になるまで、子供たちの成長を待たねばならない話にはなるけれども。


 夫婦間での話は長引きそうであった。

 なので、ラックは「滞在中の使者には食事の提供と入浴を先に済ませて貰う」と、指示を出す。

 使者のそれらが終わるまでには、ゴーズ家の当主は細部を詰めて妻との意思統一をしておかねばならない。


「えーと。僕の爵位は男爵なんだけど。その数の機動騎士を抱えるのって単独の家では、辺境伯を除けばいない気がするんだけど。寄子の機体も込みの伯爵家と同等以上の戦力所持を、ゴーズ男爵家はファーミルス王国から許されるのかな?」


 全ての機体が運用可能であれば十九機の戦力であり、内訳では上級以上の機体が六機とそれより下が十三機。

 そんな戦力を所持した男爵家が存在した前例は、ファーミルス王国にはない。

 もっとも、数はあっても旧式機ばかりであるから、最新型に近い機体で同数を揃えている家と比較すれば、純粋な戦力評価は多めに見積もっても七割程度となってしまうのだけれど。


「ここは最前線ですから、『機体に損傷が出た場合の予備機だ』とでも主張しておけば良いでしょう。『損傷した機体の修理中に、戦力が低下するのを避けたい。だから予備機を維持するのです』という理由に対して、『不許可だ!』とは言えないはずです。操縦者が足りないのは事実ですから、それで押し通しましょう。ダメで元々ですしね」


 普通の男爵家が持つ財力では、機動騎士の予備機を大量に抱えておくことは「厳しい」と言うよりは「絶望的に無茶」な話になる。

 通常であればせいぜいが、機動騎士が使えない時用のスーツを予備用に準備しておく程度なのだ。

 それも、財政面で余裕があったとして、その程度なのである。


 だがしかし。

 ゴーズ家にはその無茶を行えるだけの財力がある。

 そして、魔獣との戦闘に機動騎士を使用していて、定期整備中や損傷の修理中で機体が使用不可能になる事態が時に発生するのは、いくら現場事情に疎い無能な文官であろうとも、容易に予測ができるはず。


 更に言えば、「維持費を捻出できるのか?」と嘲笑いながら許可を出す文官はいるかもしれないが、「その点の心配があるから許可できません」と判断を下して主張する能力のある文官はおそらくいない。


 実に情けない意味での王国の文官たちへの信頼感があるのは、本来はダメダメな話になるのだが、このような場合にはとても都合が良かったりするのである。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックはミシュラとの認識を共有し、ゴーズ家として出す要望内容のすり合わせを終了させた。

 ゴーズ夫妻は遅めの夕食を済ませた後に、使者との話し合いも済ませるのであった。


 話し合いとは名ばかりで、実際には要求を突き付けての返事待ち。

 王都からやって来た使者にとっては、予想もしない要求で、即決返答できる権限内からは完全に逸脱してしまっている。

 翌日の朝、ゴーズ家から送り出された彼は、一晩ロクに眠れておらず、顔色は非常に悪い。


 尚、王都に戻ったら、ゴーズ家の返答内容を報告した段階で、「自分の正気を疑われるのではないか?」とあり得過ぎる事態が心配になって、使者を務めた男がほとんど眠れずに一夜を明かしたのは些細なことなのである。




「私がガンダ村にいた間にそんなことがあったのか。しかしまぁ大胆な要求を出したものだな。ところで今の話には一つ気になる点がある。首尾良く全てを購入できた場合、機体の運搬はどうやる気なんだ? そもそも最上級機動騎士一機だけでも『ゴーズ家に操縦できる者がいない』以上、『運搬の問題がある』と考えるのは私だけだろうか?」


 フランは、ちょうど送り出した使者と入れ違いになる形でトランザ村の館に戻って来て、昨日の一件のあらましを聞かされた。

 彼女は苦笑しながらも、ラックやミシュラが見落としていた点をさらりと指摘したのだった。


 機動騎士の機体の受け渡しは、操縦者が出向いて受け取る方法が一般的となっている。


 もし、機体を操縦することができない人間だけで、機動騎士を運搬しようとした場合。

 そのケースだと、大きな力が出せる道具や、運搬時に機体重量に耐えられる道具に頼って行うことになる。

 勿論、それは不可能な事柄ではない。

 けれども、操縦者が出向いて受け取る方法と比べると、手間も費用も段違いに変わってくるため、よほどの事情がない限りそんなことは行われないのだ。


 操縦者である人一人と、全高十五メートル前後もある巨大な機動騎士。

 大きさだけの問題ではなく、重量だって当然重い。


 どちらを移動させるのが楽なのか?


 それを考えれば答えは自明なのである。


「あっ!」


「すみません。貴方。そこを考えていませんでした。最悪キャリーに載せて、わたくしとテレスの下級機動騎士で引きますけれど」


 ミシュラの言は暗に王都から離れた後は「貴方にお任せしますよ」というラックのテレポート頼りの部分が含まれている。

 しかしながら、それは方法論的に可能ではあるけれど、他者から見て不自然ではないように見せかけるには、一日に一機しか運べない方法となるので効率は悪い。


 運搬する移動時間を考えれば、王都とゴーズ領の距離の問題から、一日に複数回受け取りに来られるはずがないからである。


 実のところ、魔力量的には最上級機動騎士が操縦可能な人材は、ゴーズ家に存在している。

 だが、魔道大学校を卒業していない未成年者に、領外でそれを操縦をさせるのは大問題となる。

 そもそも、年齢からくる体格の問題で、「上手く操縦できるのか?」という話にはなるのだけれど。


「話が纏まってからになるが、私の方からシス家に操縦者を出して貰えるように頼んでみよう。この領まで運んで貰うのは無理かもしれないが、辺境伯領の領都まで運んで貰うだけでもかなり違いが出るはずだ。たぶんシス家の次男が受けてくれる気はする」


 そんな感じのうっかりは発生していたものの、結局は王都からの返事待ちの事態に変わりはなく、対応策を決定した後の彼らは日常の作業へと戻ったのであった。




「ブハハ。面白いではないか。構わん。対価で魔石を受け取って、ゴーズ卿が望む機体は全部渡してやれ。『ちゃんと運用できるのか?』や『維持費の負担に耐えられるのか?』は望んだ側の責任だ」


 国王は宰相から想像外のゴーズ家の要望を聞かされ、思わず声を出して笑ってしまう。


 解体処分予定だった機体の解体費を含む処分費が浮き、望まれての譲渡になり、それが賠償代わりとなる。

 しかも、余っていて払い下げ予定だった機体も「全て引き取りたい」と言うのだからびっくり仰天の話になるのであった。


 賠償で王国の持ち出しになるはずが、利益を生む話に化けたのだから、国王が笑ってしまうのも無理はないのである。


「はい。では陛下。この件はそのように話を纏めさせていただきます。しかし、これで『ゴーズ家には最低でも一人、魔力量十五万以上の子供がいることが判明した』と言えますな。次期当主の長男だと不可能ですが、四人の娘の内の誰かが該当者であるならば、侯爵家以上の爵位を持つ家との婚姻が検討されるレベルです。通常であれば喜び勇んで嫁を望む家の物色を始めるのですが、それが行われていない。その点から、『長男が該当者だ』と考えることもできますな」


「そうであるなら、魔力量に見合う爵位へ押し上げる検討や嫁がせる娘の検討も始めねばならんな。だが、高魔力持ちの娘でゴーズ家に嫁がせられるような人材がおるのか?」


「いえ。年頃が合う娘で婚約者がいない者はおりません。魔力量が判明した後の話にはなりますが、婚約者の変更で対応しなくてはならないかもしれませんな。確定情報が出る前の段階で話し合うことではないかもしれませんが、もしそうなれば揉める案件になるでしょうな」


 宰相はそこまで話が進んだ時、いつの間にか内容が脱線していることに気づく。

 不毛な方向へと話を進めても仕方がない。

 ファーミルス王国の制度では、魔道大学校の入学時の検査で魔力量が登録される規則になっているため、一歳時に通常行われる検査は任意であり、得られた検査結果を強制で公表させることはできない。

 もっとも、王都で検査が行われれば「不思議と、どこからか情報は流出する」のであるが。

 それはさておき、つまりは、今ゴーズ家へ五人の子供についての保有魔力量の情報開示を迫ったとしても、先方にはそれに応じる義務がないのである。

 そして、既に高魔力があると判明しているにも拘らず、現段階まで公表していない時点で、十五歳の魔道大学校入学時までその情報を秘匿する気なのは、伝わってきてしまう。


 通常であれば、早めに手を打たなければ、良い縁談相手はいなくなってしまう。

 高魔力の相手は人数が限られているのだから当然の話だ。


 そこまで考えた時、宰相は恐ろしい可能性に気づく。

 それは、「魔力量の公開を後出ししても、前の婚約者をかなぐり捨ててすり寄って来る者がいる自信がある」という可能性についてだ。

 それこそ、王族基準の最低値三十万を超えているレベルであれば、そんなことも起こり得る。


 それが娘ならばまだ良い。

 色々と工作を仕掛けて狙った家に嫁に出させる手がなくもない。


 しかし、それが次期当主だった場合。

 新しい派閥の盟主が誕生するかもしれない事態になる。

 貴族家のパワーバランスが辺境の地から変わるかもしれない。


 そんな家に旧式とはいえ、最上級機動騎士を渡してしまって良いのだろうか?


 それも複数。


 もう国王陛下の決済は下りている話だが、つらつらと考えていると、宰相は少々不安になってしまうのであった。




 ラックは確かに実子である子供たちの魔力量を秘匿している。

 だが、それは辺境の地で地盤を固めることが目的であるからで、王都にいる貴族と婚姻で縁を結ぼうという気など全くない。

 今後のラック自身の爵位がどうなるかはわからないが、男爵のままなら二千、子爵なら一万の魔力量を息子の次代が確保できればそれで良いのだ。


 息子のクーガに限って言えば、「結婚相手の女性の魔力量が低くても、貴族階級クラスでありさえすれば高魔力の子供が生まれる可能性は高い」のである。

 つまり、ゴーズ家の当主としては、自分の息子に「好きな女性を好きなだけ囲え」と教育していたりするのであった。


 但し、平民階級の女性は除く。

 女性側の魔力量が低いと子供ができにくいのに加え、相手が平民だと魔力中毒症で死亡する可能性があるから。


 片や、父と母を尊敬するできの良い息子(クーガ)は、幼い頃から身近にいたミレスとテレスを好いており、歳の差なんてなんのそので、二人を嫁にする気満々だったりする。

 元々婚約者に指定していて、婚約登録もされているのだから、それで良いのだけれど。


 更に言うと、クーガはリティシアの娘のルティシアのことも「大好き」だ。

 彼女とは未だ婚約関係にはなっていないが、本人からの内諾だけはとうの昔に貰っていたりする。

 それも最近の話ではなく、十歳にもなっていない時点で既にそんな話を済ませている辺り、クーガは非常に手が早い。爆発しろ!


 こうして、ラックは最上級機動騎士以下十六機を得ることが、王都で内定された。

 その際に、息子一人と娘四人に対する、要らない保有魔力量の詮索も付いてきたりするけれども。


 お返事の使者の訪れをドッキドキの気持ちで待っているゴーズ領の領主様。本人たちが隠しているつもりのクーガとルティシアの関係については、既に知っている超能力者。偶然からではあるものの、接触テレパスでそれを知ってしまっているラックなのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 購入代金の魔石は、今回の量では、なぜそんなに所持している?と思われない程度なのかな。
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