3話
「『掘った井戸が増えたら水位が下がった』だって?」
村民のおばちゃんが「気のせいかもしれないけどね」と前置きした上でラックに井戸水の話をした。
“深く掘れば水が出るだろう”と安易に考えたラック。
彼は超能力を使って、十本の井戸を新たに増やした。
元々なかった場所に新たに井戸を設置したことで利便性は上がり、村民に喜ばれたはずであったのだが、思わぬところからの貴重なご意見。
よく考えれば地下水は無限ではなく有限なのだから、汲み上げ量が増えれば影響が出る可能性は当然あったのである。
「うーん。更に二十本ほど掘って、“農作業にも使いたい”という目論見だったんだが、こりゃダメだな」
「ないものはどこかから持ってくるしかありませんが、候補となるのは川ですか? 三十キロの距離に水路を通すのはいくら貴方でも無理がありますよね?」
「それを考えたんだが、物理的に『できる、できない』で言えば、時間が掛かっても良いならできる。だけど、場所が問題なんだよ。他所の領地を通すことになるから勝手にはできない。それと“どの程度取水するか”という問題もある。元々の水量からこちらに引き込んだ分は当然減るわけで。今まで既得権として大河の水を利用していた下流の人々から苦情が出る可能性がある」
ラックは悩む。
水をどこかから持ってくる。
持ってきたとして全てを使いきることもまた不可能であるはずで、排水が当然出る。
ではその処分先は?
ゴーズ家として領地のことだけ考えるのであれば垂れ流しでも良いかもしれない。だが、他者への配慮がない行動は、いずれ自身や領地へ何らかの形で跳ね返ってくる気しかしない。
究極の話をしてしまえば、水を調達するだけなら、テレポートで運んで来るという解決策があるにはあるのだ。
水のままで運んで来ることも不可能ではないが、ラックが検討していたのは極点付近へテレポートで行き、“氷山を定期的に持ち帰って来る”という案であった。
“溶ければ真水だろ? 極点付近の氷山への所有権を主張する者はいないだろ?”という、ぶっ飛んだ発想である。
だが、この方法は塩の調達の話と同じで、“何らかの理由でラックが氷山を供給できなくなった場合どうするのか?”という問題にぶち当たる。塩の時は“行商人”という保険があった。“では、水だとどうなる?”と。しかし、塩とは話が違う部分もある。元々全くないわけではないのだ。“現在足りていない”とはいえ、外部から持ち込まなくとも最低限の水はあるにはある。
超能力者が色々と考えに考えた末、最終的に出した結論。
それは領地内に人造湖を作り出し、そこから川を引くこと。
川は人造湖に余った水を戻すために村からUターンする形で流れを作り、最終地点で沈殿と濾過で水を綺麗にする。
その後、水車と風車を利用した揚水を行い人造湖へ水を戻す。
そのような案が採用となった。
ラックは全ての場所で水が地下へと染み出すことがないように、超能力を使って細心の注意を払った造成工事を延々と孤独に続けた。
勿論、孤独なのは作業中だけのことではあるけれど。
要するにラックは、農耕や生活に使用する水を完全に領内で循環させ、外に出さない環境を作り上げる方向へと思考を切り替えたのであった。
そして、最初に必要となる水は当初から検討していた氷山の持ち込みで賄う。
もしも、水量が足りなくなれば追加で氷山を持ってくる計画だ。
蒸発、消費での自然減は発生するが、降雨での自然の力による補充もある。
どの程度追加で氷山を持ってくることになるのか?
それは、作り上げた水の循環システムを稼働して、ある程度の実績データが得られる年月を待たねば予測することも難しいであろう。
仮にどこかで破綻して失敗に終わったとしても、元のため池と井戸に頼る生活に戻るだけなのだから本来は村民のリスクは低い。
大変なのは全てを作る超能力者だけ。
但し、失敗した時は、新たな水の供給という希望を見せてからそれを取り上げることになり、村民から恨まれるかもしれないリスクも負う。
万一の洪水被害を防ぐため、人造湖の周囲はそれを作り出すために除去された土砂が、高く分厚い堤防のように積み上げられて固められた。
崩れることがないよう、超能力で超高温に晒し、焼き固めてある。
イメージ的には巨大な陶器を堤防として使っているようなものだろうか?
ラックは自身の知恵を絞り、極力問題が出ないようにこれらを入念に作り上げた。
遊水地まで準備する念の入れようなのだから、「洪水対策は万全」と言って良いレベルではある。
ここまでやっても、後々、「予想できなかった、あるいは考えが及ばなかった」と言い換えても良いような何事かが起こる可能性は勿論ある。だが、「それはもう起こってからの対処で良いだろう?」と、彼は開き直ったのであった。
赴任して二年目の冬に完成し、稼働した水の循環システムは村民に歓声を持って迎えられた。
水路で遊ぼうとして溺死しかけた馬鹿者も出現はしたが、最初の一人にガツンと罰を与えたことが良い見せしめとなり、以降そういうドアホウは一人も出ることはなかった。
そうして水の供給の問題が完全に解決した三年目以降の収穫高は伸びに伸びる。
赴任した初年度と比べると、農作物の生産量はなんと三倍を超えるまでに増加していたのだ。
村は豊かになった。
水洗トイレと公衆浴場が作られたこともあり、衛生面での生活環境も向上した。
病を患う者が少なくなり、運悪く患っても可能であればラックがヒーリングで治療してしまう。
勿論、超能力で全ての病に対応できるわけではない。が、若者の健康状態が良ければヤレバデキルにも繋がるわけで、村の人口も増加しだしたのであった。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックが赴任してから五年が過ぎた時、ミシュラは一歳になる息子クーガの世話に追われていた。
そして、“息子の魔力検査の結果は秘匿すること”が夫婦間の話し合いで決められていた。
但し、今は秘匿できても、息子が成長して魔道大学校に通うようになれば、その時に発覚してしまうわけだが。
「父上。ゴーズ家の領地の税収が近隣の村と比較すると異常です。あそこには元公爵令嬢としては極端に低いとはいえ、通常の騎士爵の五百クラスと比べれば四倍の二千を持つミシュラがいます。“魔道具を借り受けて開拓に使用でもしたのか?”と考えましたが、魔道具の使用記録を見る限りそれはないようです。人を出して調査したほうがよろしいでしょうか?」
「捨て置け。辺境の村1つ。税収が上がったところでそんなものはたかが知れておる。それに数年前にその村は『最前線に変わった』と聞いたぞ。いずれ魔獣の領域に呑まれるのではないか? ラックはお前の兄ではあるが、テニューズ家から出てゴーズ家を興したのだ。今更気にかけて援助でも考えるのか? 自分の結婚式に招待状すら出さなかったお前が?」
テニューズ家はカストル家と親戚として縁を結び、公爵家同士の付き合いは強固になった。
だが、しかし。
テニューズ家もカストル家も“ゴーズ特例騎士爵家の独立後の援助”というものは一切してはいなかった。
両家で金を出し合って、王家が管理して領主なしの宙に浮いていた辺境の村一つを、彼らの捨扶持として最初に買い与えただけである。
それは、婚約を決めた当時からの当主同士の密約が守られただけのことであって、テニューズ家当主の彼が率先して行いたかったことではない。
カストル家当主の「家としての体裁もお互いにありますでしょう」という言を尊重した結果であった。
はっきりとそう告げたわけではないが、両公爵家当主とゴーズ家夫婦の四者の認識としては、“結婚への祝儀、持参金、手切れ金、そういったものの代わりに領地を渡した、渡された関係”ということになっているはずだ。
そして実際のところ、テニューズ公爵が考える関係者全員の認識についての推察は正しいのである。
ラックが倒した巨大ワームが滅ぼした村二つは、四年以上の時が経過している今でも再入植が行われることはなく、放置されたままであった。
滅ぼされた実績がある場所へ好んで移住したがる人間はそうはいないのだから至極当然の話ではある。
理由はともかく、放置されていれば、魔獣の領域というものは広がってくる。
魔獣の領域に一番近かった村は既に呑み込まれており、もう一つの村が呑み込まれるのも時間の問題だ。
ラックは水の問題が片付いた後は領内の防衛強化に奔走していた。
村内は治安維持用に専任の衛士を置き給金を払う。
村を取り囲んでいた簡易の柵は撤去され、代わりに「城壁」と言えるほど立派ではないかもしれないが、ちょっとした砦程度には見える堅牢な防壁を設置。
そこまでの措置が終わった後は、領の防衛のために境界線上へ壁を作り始めた。
勿論、魔獣の領域に近い場所を優先してのことである。
総人口がまだまだ知れている村一つの領主であるラックには、執務と呼べるような仕事は少なく、元公爵令嬢である妻のミシュラに差配を任せても問題がないものが大半であった。
故に、任せられる仕事は任せてしまって、ミシュラの夫は超能力者にしかできない仕事に邁進していた。
決して幼い頃に漫画で読んで憧れた、「ミニ万里の長城モドキを再現しよう」などと考えて、遊び半分で境界の壁を作っていたわけではない。
ないったらない。
多分、きっと、おそらく。
魔道具。
字面から受ける印象は、おそらく手に持てるサイズの道具から精々、大きくても車ぐらいであると思う。
この世界で使われる魔道具は小さなものならライターや懐中電灯のようなものがあり、生活に役立って平民が使う魔道具であれば、“照明器具、暖房器具、冷蔵庫、洗濯機、掃除機、コンロ、給湯器”といったものになる。保有魔力が少なくても扱えるものの限界がそんな程度なのである。
ちょっとした武器や移動用のバイク、車を扱うには二百の保有魔力が必要であり、平民には手が出せない領域。
騎士爵基準の五百は、“スーツ”と呼ばれる武装付きの金属製全身鎧を扱える。
そこを超えると戦車や土木用の重機。
更に上は魔道具の花形、機動騎士となる。
機動騎士はサイズや性能でランク分けされており、下級、中級、上級、最上級の四段階で分類される。
騎士爵の最低ラインが五百とされるのは、「拠点防衛に使う最低限の大砲と打って出る場合のスーツが扱えることが領主の仕事として求められる」という理由からだ。
そして、ラックは魔力0だ。
平民が扱う一般的な道具さえ扱えない。
当然、基準から言えば「領主として求められる能力がない」ことになる。
しかし、彼は特例騎士爵。
つまり妻のミシュラがその部分を肩代わりするのが本来の姿である。
故に、肩代わりするための魔道具というものが必要なのだが、問題はお値段だ。
大砲は元々設置されていたので自前で用意する必要はなかった。
だが、打って出るための装備は揃えなくてはならない。
そして辺境の開拓村であれば、平時は開墾のための重機代わりにも流用されるのである。本来は。
「うん。いずれは購入するよ。でも今直ぐ必要? 僕がいるのに?」
「あの。今までは財政的に余裕がなかったのと、社交の場に出る機会もなく、辺境で注目を浴びている領地でもなく。そういう条件が揃っていたので持っていなくても良かったのです。ですが、貴方。村の中には公衆浴場。村の外周は砦レベルの防壁。自前の水源の人造湖。領地の周囲を囲む対魔獣用防壁。これだけ揃えられて税収も問題ない領地で、それは通りませんよ? 『今直ぐ使うので必要』というお話ではありません。本来持っていなければいけないものを理由があって先延ばししていただけで、その理由がなくなったと周囲が認識する状況でも『いずれは購入するよ。今じゃないけど』が通用すると思うのですか?」
一児の母となり、辺境の村のおばちゃんと交流してきたミシュラは強くなった。
ひょっとしたら元からそうだったのかもしれない。が、少なくともこの村に来るまでは、婚約者の時代から夫である自身に対して、今のような強気の主張をすることはなかった。
それが嬉しくもあり、怖くもあるラックである。
「すみません。すみません。僕が悪かったです。直ぐ買いましょう。今から買いに行きましょう。王都で特注オーダーメイドしましょう」
ラックはいそいそと特注するために必要になりそうな素材を用意し、背負子に括り付けて背負う。
更に、遠距離透視を発動。
所謂、千里眼でテレポートするつもりの場所の周囲に人目がない事を確認する。
ちなみに、千里眼は水問題を解決する際に、必要に迫られて新たに身に着けた超能力だ。
そんな流れで、ゴーズ家の当主はクーガを抱いたままのミシュラを連れて、王都の外側で外壁沿いへとテレポートした。約五年ぶりの王都である。
こうして、ラック率いる特例騎士爵家の三人は王都へ到着した。
魔獣の素材を背中にガッツリ背負っている如何にも風変わりな男を含む一行は、怪訝な目で門番に見られることになる。だが、咎められることはなく、中に入ることが許されたのだった。
予定を立てての行動ではなく、いきなり決定して来てしまっただけに、お互いの実家に王都へ来訪することの事前連絡は何もしていない。そして、お互いに会いたいと思っている間柄でもない。更に言えば、予告もなく実家に顔を出した場合、気まずい思いをする未来しか想像できない。そんな色々な事情に思いを馳せるゴーズ領の領主様。「幼いクーガを抱えている状況で、王都に長時間滞在するのは良くないよね」と、微妙な理由を呟く超能力者。「スーツの注文だけして、最速でトンズラしてやる!」そう心に決めたラックなのであった。