29話
「『ニューゴーズ領の領主には何の賠償もなし』だと?」
北部辺境伯は王都からの使者が携えて来た“更新された幽閉貴族の名簿”を受け取りながら、各家への賠償内容を確認していて驚くしかなかった。
第三夫人とはいえ、リティシアはゴーズ家の正式な妻。
ラックの妻が護送中に受けた襲撃で命を落とさなかったのは、ゴーズ家が自主的に護衛を務めたことで達成された「僥倖」と言って良い出来事だ。
更に、それに加えて、彼女が王都で収監されてから起こった、食事への毒混入による暗殺未遂事件がある。
こちらもゴーズ家当主の指示で、彼女への毒殺が未然に防げただけの話である。
シス家の当主の価値観において、「ゴーズ家に何もなしで済ませる」などという判断は、あって良い事態ではないのだった。
尚、この時の北部辺境伯は、ニューゴーズ領の名前が変更登録されたという情報は持っていなかったため、変更前のままの認識でいる。
「私に言われても困ってしまいます。ですが、今回の賠償案はあくまで、勝手に復興作業指示を出した結果として“当主が亡くなられた貴族家へ”という位置付けです。ガンダ領は後見人として招集に代理参加したリティシア様を、失ったわけではありません。それに、彼女はゴーズ家の当主の妻の立場で参加されたわけでもありません。私見になりますが、それでも亡くなられた方々の家と同じ扱いの案となっているので、『特別扱いされている』と言えなくもないと思いますが」
本来、使者は自分の見解などを披露するべきではない。
北部辺境伯は憮然とした思いを抱きながら、眼前の使者の顔を改めて眺めた。
こういった部分にも“王都にいる文官連中の驕りが影響している”と見るべきなのであろう。
もし、彼らに「特別扱いをしている」という認識があるのであれば、その理由を明確にすることなく賠償案が実行されると、それはそれでまずいのだ。
復興作業に従事させられた二十七家のうちの二十六家は、「何故あの家だけ特別扱いなのだ?」と、不満を漏らすことになるだろう。
ただでさえ、ガンダ家はリティシア一人だけが生き残っているという事実から、色々な感情を向けられやすくなっているはず。
そのような相手への「配慮」というものがなさ過ぎる。
使者の言う「特別扱いされている」ような仕儀は、恨みがリティシア自身や、ガンダ領、ニューゴーズ領に向かうことになるのを助長しているのだから。
「ほう。『別件だ』と主張するわけか。では、『別途ゴーズ家には賠償がある』と考えて良いということだな? 『妻の命を王子や辺境伯子息の企てで奪われかけた』という事実は重いぞ。その旨は私からの言として、宰相殿に確実に伝えてくだされよ。それと使者殿、ファーミルス王国に限った話ではないが。『使者の仕事は、基本的に決められた内容の情報伝達と権限内での交渉だ』と私は考えている。いつから『私見を述べること』が許されるようになったのか? 『王国の制度が変わったなら周知してくだされ』とも宰相殿に伝言願う」
使者は慌てて何事かを言おうとしたようであったが、シス家の当主は無言の威圧でそれをさせなかった。
無様を晒した彼にはまだ他にも行かなければならない目的地がいくつかあり、のんびりとこの場で話をし続けることはできない。
そんな感じで、王都からの使者は北部辺境伯の眼前からスゴスゴと退散することになったのであった。
北部辺境伯は宰相に独自で使者を派遣することを決めた。
先ほどの使者へ伝えるべき言葉は託したが、彼はその者を信頼することはできなかった。
もう既に遅いのかもしれないが、時間が空けば空くほどゴーズ家の当主の感情は悪化するのが確実だ。
そんな事情から、シス家の当主は“他の場所へ向かってから王都に戻る使者よりも早く、宰相に伝えるべきだ”と判断をしたのである。
「陛下。北部辺境伯からの使者が私の所に来ました。内容は『領主ラック・ダ・ゴーズへの賠償の確認』ですな。先日、領の名前がゴーズ領に変更登録されていましたが、ゴーズ家関連は色々とニュースが多いですな」
「はて? 何か賠償問題になるようなことがあったか? 思い当たる件がないぞ」
「第三王子たちの一件に関する話ですな。彼らは生き残ったゴーズ家の妻を殺そうとしましたから」
国王は首を傾げた。
第三王子たちは生涯幽閉の罰を持って罪を贖わせる決定を出したはずであり、出た犠牲に関しての対処の指示も宰相と相談の上で決定したはずであったからだ。
「陛下と私が考えていた認識と、北部辺境伯の認識には齟齬があるようですな。そして、彼は『ゴーズ家の当主も自分と同じ認識であるだろう』と考えている。そういうことであるという前提で、賠償の話を持ち出していますな。彼の家は辺境伯の直接の寄子ではない。ですが、養女を第二夫人として嫁に出している家である以上、放置もできない。そんな立場からの行動でしょう」
「その妻、名は。たしか『リティシア』といったか? 彼女への賠償は、『生きているにも拘らず死者と同等の扱い』にしたのであったな? それが『不足だ』と言うのか?」
「リティシアへの賠償については触れられていませんな。要は『全部纏めて彼女に対して賠償すれば良い』と考えたのが、『間違っている』と指摘しているわけです。私には耳が痛い直言となっていますが、ちゃんと指摘して貰えるのは有り難いですな。陛下。こういう臣は大切にするべきですぞ。さて、少し状況を整理しましょう。彼女は解散命令の直後に即撤収したため、災害級魔獣が襲って来たタイミングでは現地におらず、命が助かった。だが、それにより理不尽にも『一人だけで逃亡した』という不名誉な嫌疑が掛けられ捕縛。護送中に襲撃で殺されかけ、収監された後には毒殺されかかっている。彼女の夫が“独自判断”で護衛を出して襲撃者集団を撃退。更に“飲食禁止の指示”を出したことで死を免れている。ここまでは良いですかな?」
「うむ。三回も死から逃れておるのだから、実に運が強い女性であるな。三度もそんな目に遭っているから、迷惑料として死んだ者と同じ賠償を決めたのであろう? 経歴を考えれば、リティシアはガンダ領の前領主が亡くなった時にも命が助かっておるのだったな。未亡人となった後の色々も含めて相当な豪運だ」
宰相に状況を整理して貰っても、国王にはピンと来るものがなかった。
はっきり言えば「想像力が足りていない」のだが、この国の王は本来その程度の能力でも十分に合格点であるのだ。
統治システムができ上がってしまっていて、災害級魔獣以外に国を脅かすような案件がない。
強いて言えば、「それに該当する他の事象は天候不順による不作」くらいなのだが、そうした事態の発生に備えて食料の備蓄は持っている。
つまりは、特殊な案件への対応能力が低くても、国王の仕事が務まってしまうのである。
だからこそ、肝心な官の部分が腐ると、非常に厄介なことになるわけだが。
「そうですな。ですが、死から逃れた結果は何もなしで得られたものではなく、そうなるべく動いた者がいたからこそ得られたのです。そして、動いたのはゴーズ家の夫婦と北部辺境伯となります。自分の妻を助けたことで賠償を得るのには、若干違和感を覚えなくもないですが、『妻を暗殺されかかった迷惑料としての賠償金』と考えれば、ゴーズ家にもなにがしかのものは必要になるでしょう。北部辺境伯にもですな。『あの二人の罪の一部を未遂で終わらせたお礼』と、考えるのもありでしょうな」
その後も、余人を交えない二人の話し合いは長く続いた。が、国王は最後まで宰相の説明する内容と賠償の必要性に、理解を示すことはなかった。
だがしかし。
国王は「態々北部辺境伯が宰相宛てに使者を出してまで、伝えて来た」という事実の部分を重く見た。
そうして、最後は「報告だけきちんと上げてくれれば、この件の対処については宰相の判断で決めて良い」と言って丸投げしてしまう。
“できないことは任せる”という意味では、何もしないよりはマシなのであろうけれども。
国王陛下の決定というか丸投げを受けて、宰相は北部辺境伯へは“毒殺を未然に防いだ”という名目で一時金を出すことに決める。
残る問題はゴーズ領の領主への対応である。
「領地替えの時のことを考えれば、ゴーズ領の領主に対して金銭で済ませる案は悪手だ。全く感謝されないことはないだろうが、国への忠誠心を刺激できるような別の何かが欲しい。何かないか?」
宰相は配下の文官を集めて案を問う。
そんな状況下で、文官の一人がおずおずと手を挙げ、発言許可を求めた。
「彼の家は先日、下級機動騎士を購入しています。そして、息子が一人、娘が四人出生登録がされていますが、未だに魔力量の数値が明らかにされていませんし、婚約の登録もされていません。“極端に低い魔力量で報告を渋っている可能性”もなくはないです。ですが、五人全員が“外れだ”とも考えにくいのです。『許可なく売却不可』という条件を付けた上で、『先の対災害級魔獣戦に出して失われるはずであった機体のうち、中級以下なら二機、上級以上なら一機を提供する』という案ではいかがでしょうか? まだ最上級の二機も解体処分はされていないはずです」
一人の文官が出した案は、「なかなか見どころがある」と言える。
打診するだけであれば、失うものは何もないのだから。
但し、一点だけ誤りがある。
ラックの息子のクーガには、ミレスとテレスが婚約者として登録されているはずなのだ。
その部分は、発言した文官が勘違いか。
或いは単に見落としているのか。
原因は不明であるものの、誤認していることになる。
もっとも、その誤認が良い方向の結果に繋がるのだから、ここでは問題はないのだけれど。
最上級の機体は「解体予定であった」とはいえ、使おうと思えばまだ三十年以上は使用に耐える機体だ。
勿論、使って行くにはそれなりの随時メンテナンスが必要だが。
そして、上級以下の機体は払い下げ予定であったが、モノがモノだけに買い手が多いわけでもなく安い値しかつかない。
失われても良い前提の機体ばかりなのだから、真面に運用されている機動騎士と比較すれば色々と見劣りする部分があるのだ。
元々、最上級機動騎士は、旧式化して最新型との性能差が出ているための入れ替えであり、「維持費が無駄になるから解体予定だった」というだけの話だった。
有効活用できるのであれば、それはそれでアリなのである。
機動騎士の購入は、通常なら魔力量で制限が掛かる。
運用できない機体を買って、横流しされては困るから当然の制度だ。
つまり、もし、ゴーズ家が「中級以上の機体を購入したい」と考えたとしても、現状であれば簡単には行かない。
そうした状況を鑑みると、ゴーズ家が飛びつきたい提案になる可能性があるのだった。
そして何より。
欲しがる機体によって、「ゴーズ家の子供の魔力量が推し量れる」という余禄まで付いてくる。
そんなこんなのなんやかんやで、“処分予定であった機動騎士提供案”の細部が詰められ、国王の決済も無事に下りた。
ゴーズ領へと使者が出されることが決定され、そのついでと言ってはなんだが、直言をしてくれた北部辺境伯へも、礼の意味も込めてこっそりと内容を伝えることも決まったのである。
「ほう。当家にも一時金が出るのか。金はいくらあっても困るものではないから有り難く頂戴するとしよう。そして、この後ゴーズ領を訪ねて行くわけだな? この賠償案を携えて」
シス家の当主は訪れた使者の情報から、ニューゴーズ領の名がゴーズ領に変更されていたことと、エルガイ村の名が増えたことを知って内心では驚いていた。が、彼はそれを表情に出すことはなかった。
「はい。宰相閣下からは、『辺境伯様が使者を立ててくださった』という気遣いへの感謝と共に、『王都で捻り出した案に、シス家の視点で不備があるようならご指摘を願いたい』と伝言を承っています」
北部辺境伯は自身への褒美を期待していなかった。
だが、それでも「名目を付けて金を出して来た宰相の感謝の気持ちは本物だろう」と考えた。
それはそれとして、ゴーズ家に王国が出す賠償。
シス家の当主は、“以前の領地替えの時に付けた義務免除の期間上乗せと一時金”を予想していたのだ。
そのため、想定外の案に驚かされる。
しかしながら、特にケチを付けるような案でもないため、あの家の当主がそれを受け入れればそれはそれで良いだろうし、受け入れなければ金銭や免除期限の延長で再交渉すれば良いだけであった。
「案自体に問題はない。だが、気になる点は『ゴーズ家がそれを受けなかった場合の、次点案があるのかどうか?』だ。おそらくは金銭を考えているとは思うが、『ゴーズ家は自家とガンダ家の義務免除の延長も喜ぶ』と私は考えている。もし、条件交渉になった場合は参考にしてくれ」
ゴーズ家が保有する機体が増えれば、整備の機会も増える。
そしてラックが機動騎士の整備で当てにするのは、今まで通りであるならシス家の管轄の整備場だ。
勿論、機体整備への対価はちゃんと支払われるし、受け取りもする。
けれども、便宜は図っているわけで、気分的には借りが減って行く気になれる。
シス家にとっては良い結果が出そうな提案なので、内心では「ゴーズ家での交渉を頑張ってくれ!」と使者を応援したいまであったりする。
「ご助言、ありがとうございます。今回の件に限らず、『そのような視点もあるのだ』ということで持ち帰る情報とさせていただきます」
そんな会話のやり取りを終えた王都からの使者は、北部辺境伯領の領都を発ち、急ぎゴーズ領を目指したのであった。
こうして、ラックの知らない所で、彼が欲しがっていた機体が手に入りそうな話が進んで行ったのである。
このお話では出番が全然、全く、欠片もなかったゴーズ領の領主様。正妻のミシュラからは、機動騎士購入時に「貴方の稼ぎ次第ですね」と、言われてしまった経験を持つ超能力者。王都から嬉しい提案を携えている使者が来ることも知らず、魔獣の領域を金策目的で飛び回り続けるラックなのであった。




