28話
「『対災害級魔獣討伐軍の再招集命令予定が中止になった』だと?」
北部辺境伯は王都からの使者の言を聞き、驚いていた。
前段階で、「一旦対象を見失った」という話は以前に聞いてはいたものの、「巨大な魔獣が捜索しても見つからない」などという事態はあり得ないと高をくくっていたからだ。
「ちゃんと捜索隊を編成して、累計で六十日以上探しても見つからないのであれば、仕方がないか。では使者殿、宰相殿によろしくお伝えいただきたい。『新しい幽閉貴族の名簿をシス家の当主が所望している』と」
シス家の当主から宰相への伝言。
それは、北部辺境伯が腹に据えかねていた大馬鹿者二人の扱いについての、言外の追及となる。
彼らは災害級魔獣と戦う予定であったため、上級貴族用の牢に留め置きの暫定処置がされていた。
辺境伯が王都へ戻る使者に託す言葉には「その二名の扱いを変えるのだろうな?」という、痛烈な意味が込められている。
更に言えば、「名簿に載せて罪状と処分を公にし、死ななくて良かったはずの二十六名の家への賠償と、ニューゴーズ領の領主とガンダ領への賠償もきちんと行え!」という意味も、込められていたりもする。
文官上がりで現場事情に若干疎いとはいえ、実態を理解せずに前例からの判断のみで決済をする無能な文官が多い中、宰相はまだマシな方だ。
“前例が正しいのか?”の検証が行われず、“適用することが正しいのか?”を考えることもなくルーティンで事案の処理だけをする文官が、有能だとはシス家の当主は考えていない。
そして、王国内の文官の誰かが処理せねばならない案件である以上、少しでもマシな宰相に期待するしかないのである。
宰相か或いは高位の文官あたりへの婚姻による関係強化で、“内々に意向を伝えるようなことも検討せねばならないか?”と、そんな案も、北部辺境伯は考えてみたりもする。
だがしかし。
北部の要の仕事は激務であり、状況把握と決済が必要な処理案件は多岐に渡っていて、物量自体も大量にある。
時間の余裕は全くないのだ。
できることなら余分な仕事を増やしたくないのが現実であり、辺境伯の本音でもある。
しかしながら、その余分に思える仕事が増えると、要らない緊急事態対応はガッツリ減る可能性がある。
なかなかに難しく、ジレンマに陥るような判断を迫られる案件なのだった。
季節は夏を迎え、ニューゴーズ領の北側、騎士爵領1つ分相当の場所の開拓作業は完了する。
トランザ村ではもう“ゴーズ領、エルガイ村”という固有名詞が普通に使われるようになっているが、正式な登録はまだされていない。
完成した以上は“正式に登録して、村民の募集もしよう”ということで、ラックはミシュラと二人王都へ向かった。
二人とも身一つと手荷物と現金だけを持って王都へ向かうのは、帰りは下級機動騎士を購入して来るつもりがあるせいだ。
もっとも、今回は新品が視野に入っているため、機体をオーダーメイドした場合は、乗って帰って来るのは不可能だけれど。
まぁ、いずれにしてもラックのテレポートだけは確実に使用されるので、移動の手間はどう転んでも大差はない。
「新しい領地名を付けるのであれば、騎士爵を立てねばなりません。兼任という手もあるのですが、そちらを選ぶと新たな領の領主としての義務が発生してしまいます。貴方は男爵位をお持ちですから、新たな領として登録するよりは、男爵領が拡大しただけとして、1つの領に村が二つの扱いにされた方がよろしいかと」
実は新しい領を立てる方が担当者の事務手続きが煩雑になる。
故に、窓口の担当者はラックのことを思っての話ではなく、完全に自分が楽をしたいがためだけの提案であった。
現在ラックが貴族としての義務免除になっているのは、ニューゴーズ領の領主としてである。
そして、開拓をしても無条件にそれが継続されるのは、開拓権が確約されているトランザ村から見て西と北西の魔獣の領域だけとなる。
つまり、北側は対象外のため、新たな領として登録してしまうと、領主の兼任にしなくてはならず、そうするとその部分だけ貴族としての義務が発生してしまう。
通常であれば元々男爵としての義務があるため、どちらでも関係ないのだが、今はそうではない。
結果的に担当者の出して来た案は、偶然利害が一致していた。
なのでラックは内心では、「『めんどくさいから楽な方にしてくれ!』としか思ってないだろお前!」と、考えてはいたのだが、領主の立場では利があるそれを受け入れるだけである。
但し、ニューゴーズ領の名をゴーズ領に変更はして貰ったのだけれども。
そんな流れのやり取りが終了した後、ラック・ダ・ゴーズを領主とするゴーズ領、トランザ村とエルガイ村が新たに無事登録されたのであった。
勿論、村民募集の手続きもしている。
応募者が来る期待ができないのが難ではあるのだけれど。
「さて、後は下級機動騎士を一機買うだけなんだけど。新品だと金貨五千枚から二万枚の間が相場みたいだね。ジャンク品って手もあるけど今回は新品かな? 『今使っている機体はフランに譲って、ミシュラが気に入った機体を買う』ってことで良いんだよね?」
購入金額に幅が大きいのは、勿論相応の理由が存在する。
所謂、量産機に近いオーダーメイドでない機体は、出力も各部の部品も規格化されていて安い。
そのような機体は性能もそれなりのものになってしまうのは当然だが、整備費や交換部品が安いというメリットもある。
逆にオーダーメイドのカスタム機は、個人の魔力量に合わせて出力も高く調整され、武装も多く積まれる傾向にある。
故にお値段が高くなる。
日本人的感覚でわかり易く言うのであれば、「吊るしの量産スーツとブランド物のオーダーメイドスーツの価格差と同じだ」とでも考えて貰えば、さほど間違ってはいないであろうか。
ちなみに、ラックの所で使われていた機体はミシュラが使っていた機動騎士が前者で、テレスが使っている機動騎士が後者となる。
魔力量が二千で扱えるのが下限ギリギリであるため、その仕様でのオーダーメイドの機体は珍しい。
テレスの機体は実はレアモノだったりするのである。
瑕疵物件だったけど。
「そうですね。いずれは『フラン用にも新しい機体を』とは思っていますが、手元資金も残しておかないと何かことがあった時に困りますから。最終的には貴方の稼ぎ次第ですね」
ラックの懐具合としては、亀肉の販売でかなりの金額が継続収入となる予定だが、それとは別にそろそろ本格的に魔獣の素材や魔石を、現金化して処分することも始めても良い気はする。
今までは行商人に対して不自然ではない程度に、少量ずつ卸すだけであった。
けれども、それでは得られる金額が知れている。
むろん、騎士爵領の収入と考えればそれでも大きな額ではあったのだが、ゴーズ家の今後の拡大というか飛躍への資金という意味合いから見た場合は、全然足らない。
そうした状況であるので、今回の下級機動騎士の購入はそういう面でのカモフラージュにもなる。
つまりは、「ゴーズ領には三機の下級機動騎士がありますよ!」が、「それを使って魔獣を狩りまくっているのか」という、実に都合の良い認識に繋がってくれるわけだ。
実態は妻たちやテレスにそんな危険なことをさせるわけがなく、ラックが魔獣の領域で無双してくるだけ。
そうであるのだが、「魔力量0の無能にそんなことができる」と考える人間はいない。
それ故に。
ゴーズ領は建前上、魔獣が大量に狩れていてもおかしくない戦力がある状態にしておかねばならないのである。
「今回は多少なりともわたくしが使っていた機体と、部品や武装の互換性が期待できる機体を購入することにします。予算としては金貨五千枚から六千枚の辺りの機体を選びますね」
そんなこんなのなんやかんやで、何かあった場合の予備機として使うために、販売店側が確保していた未使用在庫の機体を購入。
その場で取り付け可能な武装のオプションも込みで、五千七百枚の金貨を支払ってのお買い物終了だ。
ここでは表現としては金貨の枚数で表現しているが、勿論、ラックがそんな枚数の金貨を持ち歩いていたわけではない。
王都内では王札という品があり、大王札が金貨一万枚、中王札が金貨千枚、小王札が金貨百枚として流通している。
これらの王札は王都外でも相手によっては使用可能だが、金貨との交換は王都の窓口のみとなってしまう。
要するに、制約が多い手形のようなものだ。
ゴーズ家の当主は、当然の如く事前に金貨を王札に換えていた。
なので、支払いは王札の中五枚と小七枚をさらっと懐から出せば良いのであった。
即金払いは販売店側のリスクがないため喜ばれ、ちょっとしたおまけも付けて貰えるので、買い手としてはお得でもある。
金貨五千七百枚。
金貨の状態のままなら、持ち歩くのも、数えるのも大変な物量だ。
ラックのご先祖様である賢者の影響は、こんなところにも根付いているのだった。
そうして二人はピカピカに磨かれた新しい機体と共に王都を出て、いつものテレポートでトランザ村へと戻る。
留守を任せていたフランからは、領主不在の間に王都からの使者の来訪があったことが告げられた。
ラックは千里眼でトランザ村、エルガイ村、ガンダ村の三つを定期的に状況確認で視ていたのだが、どうやら使者が来ていたタイミングは見逃したようであった。
「更新された幽閉者の名簿の写し。これはゴーズ家とガンダ家以外に、辺境伯四家と招集で命を落とした二十六名の家へ同じものが届けられている。それと、賠償の話の打診があった。次回の対災害級魔獣の討伐軍への招集の拒否権。但し、最長で三十年の期限付き。後、三十年間の貴族年金の倍増と一律で金貨五百枚の一時金の支給。ま、平たく言えば『賠償金を一時金と年金増額の分割払いで済ませる形』だな。その他には女性を送り込む権利が与えられている。こちらは、各々の家につき年五人までだな。ああ、それと後継ぎの男性貴族がいないか、未成年のみの場合は、特別措置で三十年間現状の爵位と貴族年金が維持される。『その期間で何とかしろ』って話だな」
「ふーん。男爵三人はともかく、準男爵と騎士爵の命は安いってことだね。金貨五千枚と二千枚ぽっちか。そして、陞爵すればその期間の見返りもデカくなるからと、奮起させる効果もあるってわけか。なかなかにせこい感じの考えた手を打ってくるね。それと女性を送り込むのはアレかな? 罪人の女性のルーレットか。無事妊娠出産できて命があれば恩赦が出るやつだよね。年間で最大百三十五人送り込まれるんだから、上級貴族の二人はご愁傷様ってとこかな。あいつらは自業自得だから、僕的には『いいぞ! もっとやれ!』まであるんだけどね」
亀肉の加工品の使用先として有望なのだから、ガンガン食して頑張って励んで貰いたい。
ゴーズ領の領主としての、財政面からの本音はそうなってしまう。
送り込まれる女性たちは、実際には罪人に限られているわけでもない。
子供を授かることは不可能ではないが、色々な事情持ちで、「罪の恩赦ではなく大金狙いの賭けに出る」という、自主的に志願して来る人材もそれなりの数が存在する。
その手の「志願者」というか「希望者」の女性というのは、ラックが噂に聞くところによれば、「娼館で働く」という選択肢がないような容姿の持ち主の方々だ。
なので、通常の感覚の持ち主の男性であれば、お相手するのがしんどいのは容易に想像できたりもする。
ファーミルス王国の生涯幽閉の刑罰が、「過酷」と言われる理由の一つではあるのだろう。
「死ぬ必要がなかったにも拘らず、犠牲者を大量に出した。未亡人と遺児を量産した責任がある以上は、こいつら二人は生き地獄を見て貰っても何ら問題はない」
ラックはフランから手渡された名簿の名と続き柄を、じっくりと眺めて確認しながらも、心の中ではそう呟いていた。
確率は決して高くはないが、何人かは望まれて引き取られる赤子も出てくることだろう。
犠牲者と残された家族のことを思えば、ゴーズ家の当主としては「良いことづくめだ」とまでは言うつもりはない。
けれども、「それなりの落としどころになっている」と言えるのではないだろうか?
超能力者はそうも考えていたのである。
そして、この時のラックは、ファーミルス王国の貴族年金制度を利用して、王国へ意趣返しも追加で考えていたりした。
サクサクと周辺の開拓を行ってカールに領を任せ、ガンダ領の領主を継いだ彼の爵位を男爵に押し上げてやろう。
ちゃんと男爵分の倍額の貴族年金をぶんどってやるからな?
そんな案が、珍しくラックの頭脳からスラスラと出てくる。
金貨五百枚の一時金と三十年分割払いの金貨千五百枚、合計で金貨二千枚。
国側が「たったそれだけの賠償金で済む」と思ってるなら、そんな甘い考えはぶっ壊してやんよ!
おそらくは実現可能な復讐案を、ラックはあっさり思い描けた。
ガンダ家当主の後見人を務める超能力者は、その夢想できた未来予想図により、少しばかりの満足感を得た。
勿論、夢想だけでは終わらせない。
アレコレ無双して、実現する気も満々なのであるが。
なんだかんだと、リティシアを三度失いかけたという事実と、その時に感じた自身の無力さに、ラックは激しく怒りを感じており、未だにそれは治まることはなかった。
ちなみに彼の考える三度とは、復興作業従事の時、護送中の襲撃時、毒入りの食事の三つだ。
そう言えば、牢の食事に毒を入れた犯人は捕まっているのだろうか?
つらつらと色々考えていた中で、その部分の情報だけは入手していないことに今更ながらに気づいてしまい、ラックの今後の確認事項が一つ増えることになったのである。
まぁ、その件に関しては知らされていないだけで、実行犯が既に亡くなっていて、背後関係の証拠がなく、迷宮入り事件化していたりするのだけれど。
こうして、ラックは新しい戦力として自家に下級機動騎士を一機追加し、王国へのやり返し案を得た。
二つの無人に近い村を抱えてしまい、村民という人材には縁が薄いゴーズ領の領主様。「リティシアには色々と負担を強いたから、こっそりと一歳ぐらい若返りさせてあげようかな? 最年長だし」と、呟く超能力者。他の妻が気づかないわけがない危険なことを、真剣に考えてしまっているラックなのであった。




