26話
「『亀肉の加工品が売れまくり』だって?」
ラックは牢からリティシアが解放された日の三日後、執務室でミシュラから“最近トランザ村に訪れる行商人が急激に増えた原因”についての報告を受けていた。
亀型魔獣は内陸部に現れることがまずないため、ファーミルス王国内で狩られる例がこれまでなかった。
海辺に近い所ではそれなりに出現する魔獣なのだが、気候の問題なのか王国の南部側では出現しない。
そんな事情もあってか、魔獣の知識として魔道大学校の一般教養で存在自体は習うが、実物を目にしたことがある貴族は珍しかったりする。
きっかけは一人の行商人だった。
トランザ村から少量の亀肉の加工品を仕入れた行商人。
彼は「内陸部では珍しい肉の加工品だ」という触れ込みで、王都のとある法衣貴族家に高値でそれを販売したのだ。
そんな経緯で販売された亀肉の加工品は、珍しくはあるものの、味としては「特別美味しい」というほどの食品ではない。
だが、夕食でそれを提供されて食した貴族家の当主は数時間後、「再度の大量購入を、可能であれば定期的な購入を!」と、叫んでいた。
その理由を端的に言うと「夜の生活に劇的な変化が実感できたから」だったりするのであるが。
結論から言えば、「一万以上の魔力持ちの男性が食べた場合」にそういった効果が出る。
但し、亀型魔獣の肉なら何でも良いわけではなく、三百年以上育って肉が変質した個体の肉でなければならない。
だが、再購入の要求を受け付けた行商人は、勿論そんなことは知る由もない。
そうである以上、「食べた人間の魔力量次第で、また、仕入先次第で、効果の有無が変わる」などと、考えていない。
そんな事情故に、行商人がトランザ村以外からも仕入れをして販売し、揉める事件が後日多発したりする。
けれども、それはニューゴーズ領になんらかの責任があるような話ではないのだった。
偶然が重なって妙な効果が発見されたわけであるが、トランザ村で大量に作られた亀肉の加工品は、限られた高魔力持ち男性のみに、特需が見込める商品へと化けたのである。
「ふむ。つまり『夜元気一杯になる食品で、アブナイお薬と違って目立つ副作用も今のところ発見されてない』と。でもさ、僕も食べたけどそれっぽい効果はなかったよ? 効果があるのは高魔力持ちの人だけなんじゃないかな? それと、珍しい食材だけに、そういう品を食べた貴族は過去に存在したんじゃないか? 『今まで誰も気づかなかった』ってのがおかしくない?」
「そうですね。『一定以上の魔力持ち男性にしか効果がない』のはあり得ることです。それと、『効果に気づいた貴族が秘匿していた可能性』も、なくはないでしょう。ですが、定期的に買い求めるような行為をしていれば、目立ってしまいますわね。『バレずにずっと秘密を保持し続けられる』とは考えにくいです。つまり、海辺で狩られて過去に流通していた亀肉とは、『決定的な差異がある』のだと考えるのが自然です。わたくしは、違う点は『大型種だった点』だと考えますわよ?」
ミシュラの「結論」というか考えは概ね正しい。
厳密に言うのであれば、「大型種は別の種としての存在ではなく、同じ種類の魔獣の成長した姿である」と言うのが正しいが。
「つまり、なんだ? 今ルバラ湖の東にいる災害級の魔獣は、お金の塊?」
「表現がアレですけれど! それに普通は倒すのに莫大な戦費が必要になります。付け加えるなら、爪や牙、甲羅、魔石、元々高価な素材が盛り沢山の魔獣ですから。そこにちょっと付加価値が追加されただけです」
決して、ちょっとの付加価値ではない。
実は「まだ理解されていない」というか、「気づかれていない効果」として、頭髪の発毛効果まであるのだから。
正に“謎の健康?”食品であり、対象が一部の人間に限定ではあるものの“夢の食品”でもある。
尚、頭髪に限定すればラックの超能力でも上位互換で再現可能なことは、本人も含めて未だ誰も気がついていない。
ゴーズ家の当主は、バレたら身柄の争奪戦争が勃発しそうな火種となる超能力を、色々と抱えているのであった。
そんな話を二人でしながらも、ラックは千里眼を発動している。
視ているのは災害級魔獣の動向とリティシアだ。
全長六百メートルを超える災害級魔獣は現在は動き回るのを止めている。
おそらくは睡眠中なのであろうと思われるが、単に休息しているだけの可能性もある。
視ているだけで判断がつく事柄ではないので、ラックは「魔獣が動き出すのかどうか?」だけに注意を払っている。
尚、超能力者が「お金になるなら、もう一回サクッと狩りしてきても良いけどなぁ」などと内心で考えていたりするのは、誰も知らない方が平和に済みそうな話だ。
リティシアは昨日の段階で北部辺境伯と共に王都を出ており、北部辺境伯領の領都に到着していた。
彼女たち一行の到着後に出された伝令が今朝早くにガンダ村に着いており、その伝令はその後、トランザ村にも一報を届けている。
内容は彼女が今日中にはガンダ村へ帰還することと、無罪で解決済みであり、賠償というか迷惑料については後日追加処理になること。
更に、暫定で半年以内に対災害級魔獣討伐軍の招集が出された場合、ガンダ領の招集に応じる義務免除が確定しているのも加わる。
届いた情報の内容は、その三点であった。
この時のラックは、ガチガチに護衛を付けられたリティシアが、既に北部辺境伯領の領都を発っているのを千里眼で視ていた。
そして、伝令が届けた一報の内容も、もう既に聞いている状態でもあった。
そうした状況であったことから、「この件への心配事はもうなくなったかな」と考えていたのである。
ラックの家族と彼が庇護する人間に、現状から招集による生命の危険が迫ることはなくなっている。だが、災害級魔獣は距離で言えば百キロメートル辺りの場所に鎮座しており、トランザ村の方へ向かって来る可能性は0ではない。
二十六名の貴族戦力の犠牲が既に出ていることから、ファーミルス王国が出す戦力で簡単に討伐可能だとは考えにくい。
一戦終えているはずの巨大な魔獣は、負傷している様子には超能力者の目には見えないのだ。
それは、スーツ二十三体と下級機動騎士三機では傷一つ付けることが叶わずに、一方的に蹂躙された証明であるだろう。
“自領の安全”という観点で見た時。
ファーミルス王国の戦力に任せるべきなのか?
それとも前回同様にサクッと自分で殺してしまうべきなのか?
それをラックは悩んでしまう。
そして、そのような状況になった時、ゴーズ家の当主が最後に選ぶ方法は決まっているのであった。
「ミシュラ。前の個体より大きい全長六百メートル超えの災害級亀型魔獣は今、この領から百キロほど東に離れている所にいる。前に僕が戦った場所の付近だ。放っておくとこっち方面に来る可能性がある。それも今までの進行方向の傾向からすれば、可能性は高いと思われる。今は動いていないけど、いざ向かって来るとなれば、ここまで来る移動時間は知れていると思う。僕はどうするべきだと思う? ミシュラの考えを聞かせて欲しい」
夫が投げて来た質問は、ミシュラからすれば判断するには情報が足りていなかった。
まず、目的が明確になっていない。
加えて、王国が魔獣の居場所を既に把握しているのか、それともそうではないのか。
王国が招集して編成する、災害級討伐に向けた軍の準備が現在どうなっているのか。
情報が足りない部分を、想像して補うことは勿論できる。
けれども、想像する部分の認識が夫と食い違っていては困るのだ。
まずはそのすり合わせが先であろう。
そんな感じに加えて、ミシュラは「夫が把握していない情報もあるのだろう」と、承知もしている。
よって、投げ掛けられた問いは、なかなかに直ぐに答えることが難しい質問であったのだった。
「貴方。認識の共有をまずしましょう。そうでないと結論がおかしくなりますから。『どうするべきか?』は、貴方が達成したい目的を明確にしないと。それと王国の対応状況の情報もわかる範囲で構いませんので欲しいです」
「そうだね。王国は現在離れた所から監視の人間が交代で見張っている状態。日中は頻繁に報告の伝令っぽいのが行き来してる。二~三時間おきに。だけど、制度上の建前が律儀に守られているんだろうな。武装はしてない感じ。軍部の人間ではなさそう。遠距離からの目視だけだから夜間の監視はできてない。討伐軍の招集や編成についてはまだ情報がない。千里眼でわかるのは、最上級機動騎士が二機、上級が四機、中級が四機、下級が六機の全部で十六機が出撃準備っぽい状態になってるってだけ。でも目的が災害級魔獣の討伐だとしたら、戦力が足りてないように思う。だから、何か別の目的での準備状態かもしれない」
ラックは“ここまでは良いかな?”と、ミシュラの理解度を確認する感じで言葉を切り、様子を見る。
別段追加で質問が出るわけでもなく、続く言葉を促す視線を向ける妻。
人生の大半をお互いに依存しあって生きて来た二人は目で語る。
「僕の目的は大目標としては、『ニューゴーズ領とガンダ領、整備中のこの領の北側の魔獣の領域の三つを災害級魔獣に荒されたくないから侵入させない』ってこと。で、それを達成する手段は、『夜間にこっそり僕が倒して解体して持ち帰る』のと、『どこかに誘導してこちらとは縁がなさそうな場所に追い払う』のと、『王国の軍を嗾ける』のどれか。僕にはそれぐらいしか思いつかない。それと、『選んだ手段によって、後で起こりそうな展開の差異も含めての考え』が、僕の灰色の脳細胞では導き出せない」
ラックの発言は、最後がなにやらおかしな言動になっている。
しかし、「たぶん、なにがしかの写本の影響なんだろう」と、ミシュラは理解を示してスルーする。
そして、彼女は夫に追加された情報を頭の中で整理して行く。
王都の最上級機動騎士は、軽々に動くものではない。
仮に王家の機体が動くのであれば、最低でも各公爵家からも一機が出されて四機編成となる。
二機だけとなると侯爵家のみで動く?
そこまで考えた時、「何かがおかしい」と、ミシュラは思い至る。
「貴方。準備に入っている機体の操縦席付近に封印装置が付いていないか、確認できませんか?」
「ああ。そうか。幽閉されていた貴族が出るアレか。うん。付いているよ。恩赦狙いの特攻部隊か」
千里眼で確認したラックは、ミシュラの言からその編成されている機体の目的を察した。
「ということは、この前『調査中』とか言ってた話に、上級貴族が絡んでた証明になるわけか。僕の記憶だと存命で幽閉されていた貴族の中に、最上級の機体が操れる者はいなかったはず。となると、万一こいつ等が討伐に成功した場合は、リティシアの件になんらかで係わったのが無罪放免にされるってことだ。それは良くないね。王国としても特攻で死亡させるより、幽閉して生かした方が使い道があるような気もするし。それに機体だってタダじゃないんだ。『要らないならうちにくれ!』まである。くれないだろうけどさ」
幽閉された貴族は高魔力の子供を得るための道具として扱われる。
ある意味死罪よりキツイ刑罰だったりする。
その過程で、魔力持ちの子供が得られれば、犯罪被害に遭った者たちへの賠償の原資へとプールされるわけである。
両親不明扱いで生まれた子供に罪はないので、望まれた家に“対価と引き換えで”養子などで引き取られる形になるのだけれど。
この時点で、ラックとミシュラの意見は言葉を交わすことなく一致していた。
今夜のゴーズ家の当主のお仕事が決定した瞬間である。
そんなこんなのなんやかんやで、超能力者はテレポートを敢行し、前回の対災害級魔獣戦の時と同じように、最も近い村を訪れた。
ラックがその村の周辺の魔獣を狩る許可を、コソコソと取得したのは言うまでもない。
斯くして、ラックの超能力を駆使した、二度目の本気の戦いがその日の夜に行われたのであった。
大きさが前よりも大きかろうと、寝ている状態ではなく動いている状態であろうと、超能力者でしか実行不可能だと思われる、対大型生物限定の必殺コンボが炸裂してしまえば、亀型魔獣になす術はない。
巨大な魔獣は沈黙し、屈する結果しかないのである。
倒すこと自体は短時間で可能であっても、巨大な魔獣の解体はそれなりに時間を必要とする。
夜の帳が降りている間に作業を完了しなければならないのだから、正に時間との戦いだ。
ラックはその戦いにも勝利した。
超能力者は夜が明ける寸前に全てを解体し終えて、その成果をトランザ村に持ち込むことに成功したのである。
夜が明け始め、空が白みだした頃。
ファーミルス王国が派遣していた監視の人員は、巨大な魔獣の姿が見えないことに気づく。
但し、この時点ではまだ焦ったりはしていない。
監視対象が何処かへ移動することもある前提で見張っていたのだから、焦らないのは当然だ。
対象の巨大さ故に移動の痕跡は残りやすく、移動先を突き止めるのは簡単なことであるはずであった。
そんな状況から捜索に人員が割かれ、三時間が経過した時。
彼らは「監視対象の完全ロスト」という結論に至った。
災害級の監視に携わっていた全員が、頭を抱えたのは些細なことなのである。
こうして、ラックはまたしても災害級魔獣の脅威をコソコソと摘み取り、起こるはずだった災害をなかったことにして闇に葬った。
ついでに犯罪者の恩赦の機会も奪い去ったのだけれど。
国王陛下や宰相の思惑をあっさりと覆すニューゴーズ領の領主様。近々の招集がなくなり、北部辺境伯が矜持を見せる機会を失ってしまったのに、気づくことはない超能力者。大量の亀肉の処分で、疑いの目を向けられるのを避ける算段をしていないことにだけは、しっかり気づいてしまうラックなのであった。




