23話
「『リティシアがまだ帰って来ない』だって?」
ラックはミシュラが取り纏めたガンダ村の報告資料を受け取りながら、災害級魔獣の討伐軍への招集命令に応じたリティシアが、既に六十日も経っているのに未だに戻らないことを知らされていた。
「うーん。拘束期間の規定はないのだっけか?」
「魔道大学校でちゃんと教えられているはずなのですよ? 拘束期間は“着任してから”三十日以内。但し、戦闘継続中もしくは、待機以外の作戦行動中は除外。六十日を超えて戦闘継続中の場合は増援戦力の招集あり。ちゃんと教本に載っている内容ですからね?」
このような時のミシュラの冷たい視線を浴びると、ラックは“目覚めてはイケナイ、ナニカ”が目覚めそうになる。
それを振り払うために、軽口で言い訳のようなものを伝える。
「だって僕、魔力量0だからね。『招集されるはずがない』と思ってて、読み飛ばして終わりだったさ」
「あの? 『わたくしが招集される可能性があった』のですよ? それでも『制度内容を覚える気がなかった』と?」
「うん。そこはごめん。その部分に気づいてなかったのは僕の落ち度だ。でも『ミシュラが出るなら、僕も操縦席に同乗してた』と思うし!」
機動騎士は複座だからそうなった可能性があるのは事実である。
そんな苦しい思い付きの言い訳に走った夫。
しかし、魔王からは逃げられなかった!
「あら? わたくしたちの領地規模だと、『スーツしか用意できない』のが普通なのですけれど。色々な偶然から、『わたくしの愛機の下級機動騎士を購入することになった』はずですけれど。それでも貴方はそう仰るのね?」
「僕が悪かった。ごめんなさい」
即時白旗全面降伏。
嫁に言い訳をして誤魔化そうとしてはいけない。いいね?
そんな夫婦間の言葉のやり取りはともかくとして、今、優先すべき問題は戻って来ないリティシアだ。
今回彼女が拘束される理由に、“戦闘継続中”という条件はあるはずがない。
対象となる災害級魔獣は、ラックが“既に”倒してしまっているのだから。
「『リティシアが戻って来れてない』ってことは、さっきの規定の話からすると、『作戦行動中』ってことになるんだよね? でもどんな作戦行動なんだろう? ちょっと視てみるか。災害級の討伐招集軍が『どの辺にいる』とかの情報ってある?」
「いえ。『最初の招集場所』の情報しかありません」
ラックはミシュラから“初期の招集場所”を聞いて、千里眼で確認する。
そこには軍が滞在した痕跡はあった。が、現在は誰もいない様子が見て取れた。
超能力者は「そこから何処かに移動したのは間違いないのだから」と、リティシアが招集された場所を起点として、視る範囲をドンドン動かし、サクサクと視線を飛ばして行く。
「見つけた!」
東部辺境伯の領内の北端に近い場所。
そこはつまり、ルバラ湖の南端にも近い。
そして、元カツーレツ王国との国境から一キロメートルを切りそうなくらいの距離。
そのような位置関係の地に陣地を構築して、招集された対災害級魔獣討伐軍は滞在しているようだった。
但し、その場所にリティシアの姿や彼女のスーツは発見できない。
しかも、これが「作戦行動中か?」と言われれば、そういった節は見えない。
ラックの目からは「どう見ても待機中だろう」としか思えなかった。
そして、その陣地の異常さにも気づく。
中級以上の機動騎士の機体が全くいないのだ。
災害級魔獣を相手にする軍ならば、王家の機体も含む最上級機動騎士がいないとおかしい。
「今、現場を確認してるけど、状況が異常だ。スーツと下級機動騎士しかいない陣地が構築されてる。子爵以上の機体、つまり中級以上が一機も見当たらないんだ。それと、リティシア自体はまだ見つけられない。勿論、彼女のスーツも」
「軍の居場所を見つけたのですか。しかし、それは確かに変ですね。仮に分散して陣地を作っていたとしても、王家か公爵家の機体が指揮官として配置されるはずです。さすがに五つ以上に部隊を分けていることはないでしょうし、男爵以下のみの寄り合い所帯では、指揮権で揉めてしまいます」
三十路を過ぎても、今もなお美しい容姿を保ったままの妻。
ミシュラも、ラックの言を聞き首を傾げる。
聞いて想像できる状況だと、最低でも中級機動騎士以上が一機いて、指揮をしていなければならない。
男爵以下の同格の者だけでは作戦行動はできないはずだ。
少なくとも彼女はそう学んできている。
もっとも、実際には“年功序列で運用されるケース”もなくはない。
けれども、それはあくまで臨時措置で行われることであって、通常ならば行われることはない。
臨時措置が発生する状況とは、“戦闘中の指揮官の戦死など”なのだから、そんな事態が頻繁に発生したら困るわけだけれど。
「やっぱりミシュラもそう思うか。うん? 物資の受け渡し作業が始まったな。だが、これは陣地の物資を国外へ出す感じだ。ここは補給の中継基地的な陣地っぽいのかな。でも『国外に陣地は作れない』よな?」
「ええ。相手が国として要請が出せませんから」
明らかに元カツーレツ王国の領土内へと動き出した輸送部隊的なものは、当然ながら目的地があるわけで。
そんな理解しがたいとっても謎な状況故に、ラックは千里眼の視点を他へと移して輸送の目的地っぽい場所を探してみる。
三分ほどもそんなことをしていただろうか。
超能力者は、遂に見慣れたスーツが動いている場所を発見する。
そこは、破壊されて荒廃した集落の跡地のようであったが、リティシアのスーツは復興作業に従事しているようにしか見えなかった。
「物資の配達先というか、目的地というか。僕が亀と戦った場所の東へ百キロくらいかな? そんな位置に“あった”集落にリティシアがいる。『スーツで復興作業をしいてる』ように僕には思えるんだが、これも『対災害級魔獣の作戦行動の範疇』に入るのか? 僕からすれば『逸脱してる』ようにしか思えないんだけど」
「察するところ、災害級魔獣の被害に遭って、復興作業の援助依頼がファーミルス王国に出されたのでしょう。援助義務があるわけではないので、対応はその時の国王陛下の判断次第ですわね。ですが、そのケースは以前にフランが言っていた通り、機動騎士を派遣できますので、当然スーツでも行けます。そこにリティシアがいるということは、王国が『復興作業の援助依頼を受けた』と考えられるのですが」
そこまで口にして、一旦言葉を切ったミシュラの表情が曇る。
「リティシアの行いが、『騙されて』か、『自主的に』かはわかりません。が、彼女が現在従事していると思われる作業は、『対災害級魔獣で招集された戦力で行うこと』ではありません。『他に陣地らしいものがなく、中級以上の機動騎士も見当たらない』となれば、もう『招集された軍は解散した扱い』なのではないでしょうか?」
「うん。なんかもう考えるのがめんどくさくなって来た。ちょっと直接聞いて来よう」
そうしてラックはテレポートを使う。
目的地はリティシアのいる場所へ徒歩で行けるけれど、周囲に人がいない、つまり他人に見られる心配がない空間だ。
ちなみに、ラックはゴーズ村にいる元難民の老人男性へと化けている。
容貌は遺伝子コピーの能力でストックしてるパターンの中から、適当に選んでの使用だ。
ついでに、朝の日課の買い出しで使う背負子なども小道具として装備。
リティシアなら「いつもの見慣れた服装や身に着けている装備で、『中身が夫であるゴーズ家の当主だ』と、気づいてくれるかも?」という点も期待しての準備となる。
変装が必要なのは、現地で作業中の貴族階級の人間だと、ラックの容姿を知っている人間が混じっていてもおかしくないためだ。
魔力量0の彼は、それなりに外見が知られている有名人なのである。
ゴーズ家の当主が正当な理由もなく、国外をウロウロしてるのを他者に見つかったら不味いのは確かなのであった。
「こんにちは。すみません。こちらには村があったと思うのですが、住民の方々はどうなってしまったのでしょうか?」
しれっと“僕はこの村に何度も訪ねて来てる人間なんですよ”感を演出し、ラックは復興作業をしていると思われる、近くの稼働中のスーツに声を掛けた。
残念ながら、リティシアのスーツは村の中央部寄りに、少しばかり奥に入り込んだ位置にいる。
よって、外からやって来た彼が直接声を掛けることは不自然であるし、距離的にも不可能であった。
「災害級の魔獣が出たのを知らんのか? ここはそれにやられた村だ。今、私たち対災害級魔獣討伐軍が、魔獣が発見されるまでの待機期間に、上からの指示で村の立て直しの援助しているところだな」
答えてくれた人物は、スーツを纏っている。
声色から男性だとわかる彼は、おそらくは騎士爵家の人間だろうと思われた。
彼は平民の振りをしているラックに威張り散らすこともなく、気さくな感じで事情をわかりやすく簡潔に話している。
但し、彼が話してくれた内容が事実なら、ここでされている行為はかなり問題であるけれど。
そんな話をしている間に、ラックは第三夫人のスーツの足元にある小さな石を念動で動かす。
こっちを向けとばかりに、上からコツンとぶつかるように合図代わりに落としてやるのだ。
しかし、一度コツンとやったぐらいでは彼女は気づかない。
超能力者は諦めない。
二度、三度と小石を落とす行為を繰り返す。
五度目でようやく不自然さに気がついたのか、リティシアは周りをキョロキョロ窺う感じで視線を動かし始めた。
そうして遂に、ここにいるはずのない自身の夫の変装姿に気づいたのであった。
やれやれである。
「おや、見覚えがある顔だな。以前ニューゴーズ領に来たことがあるのではないか? 久しぶりだな。何かの買い付けに来たのか? 現状ではここの村から購入できる品物はないぞ」
リティシアが近くにやって来て会話に加わる。
ラックが“見慣れた”変装して、異国の地であるここに姿を現した。
その事実から、「何か緊急の用があって、態々来たのだろう」ぐらいは、彼女もさすがに察してくれるのであった。
「そうみたいですね。残念です。ああ、そうだ。ここで貴女様と会えた縁に感謝を。『ニューゴーズ領のことでちょっとお話がしたい』のですが、お時間をいただけないでしょうか?」
「私は構わないが。すまんが、少し休息ということで作業から離れても良いだろうか?」
リティシアが周囲から許可を取り、ラックと落ち着いて話をする状況を作り出すことに成功した。
そして、夫から彼女への確認事項は簡単な事柄ばかりである。
なので、長話は必要ないのが幸いする。
こんな所で彼女らが長々と話し込んでしまえば、不自然だからだ。
リティシアの言からは、やはり「軍からの指示での作業従事であり、自主的にやっている作業ではない」ことが確認された。
しかも最悪なことに、口頭指示のみで指示書や命令書といった証拠になる品が存在していない。
つまりは、指示責任の所在が不明。
困ったもんである。
「わかった。これは僕が直接王家に苦情を持って行っても、おそらく握り潰される案件だと思う。フランと相談してからになるけど、シス家にねじ込んで貰おう。リティシアは撤収の準備をしておいてくれ。五日以内に話をつけてくるから」
そんなこんなのなんやかんやで、ラックはフランを通じてシス家に動いて貰う。
ゴーズ家に借りばかりが増えていた北部辺境伯は、フランからもたらされた案件をふたつ返事で了承して、即座に動いたのは言うまでもない。
そもそも、シス家の当主からすれば、「誰が何を考えて勝手なことをしたのか?」が謎な話なのだ。
やる必要がない復興作業に拘束されている準男爵や騎士爵の中には、北部の開拓に従事するはずの人員も含まれている。
そういった人手を“やる必要がない作業”が原因で開拓地に返されないのは、彼の立場として、看過できる話ではなかった。
今回は北部辺境伯自身も討伐軍に参加しており、災害級魔獣が発見できなかったことで拘束期間が終了。
規定通りの“解散”となって自領に戻って来ていた。
まさか「下の者だけが未だに拘束されている」とは想像もしていなかったのである。
そんな流れから、北部辺境伯は直ぐに王都に出向いて、復興作業の件の確認がなされた。
結論から言えば、「第三王子と東部辺境伯次男の結託で処理されていた案件」であることが判明し、謝礼金を懐に入れていた二人の処分は、後でじっくりと検討されることになる。
そうして、復興作業への従事は王都からの伝令で解散が告げられた。
事前に帰る準備していたリティシアは、即、移動を開始することができたのであった。
結果として、そのタイミングで彼女が行動を起こしたことが、彼女“だけ”の命を救う事態へと繋がったのである。
他の復興作業への従事者は、全員死亡したのだけれど。
ラックはリティシアの移動開始を千里眼で見ており、テレポートで迎えに行く。
それが理由で彼女は“同じ場所で作業に従事していた他者が被った、理不尽な死”を免れるのであった。
リティシア以外の作業従事者達は、事前に撤収準備をしていなかった。
いきなり作業中止命令が伝令により伝えられるとは、想定していないのだから当然ではある。
王都の軍部からの伝令がやって来てからこの場を離れる準備を始めた彼ら(騎士爵十八名と準男爵五名、男爵三名)は、撤収準備に約三時間の時を必要とした。
その三時間の差がくっきりと明暗を分け、二十六名全員が遺体すら所在不明の帰らぬ人と化すのである。
リティシアの装備である一体を除く、スーツ二十三体と下級機動騎士三機。
全ては破壊された。
突如襲ってきた全長六百メートルを超える“雄”の亀型魔獣の猛威によって。
こうして、ラックは偶然から第三夫人の命を救った。
運に恵まれたニューゴーズ領の領主様。リティシアを失う事態をタッチの差で避けることに成功した超能力者。自身の妻だけが死を免れたことで、夫を、或いは父親を亡くした遺族の方々からの筋違いな恨みを買うことになるのを、未だ知らないラックなのであった。




