22話
「『災害級の魔獣が出現した』だって?」
ラックは北部辺境伯が出した使者の応対をした、フランからの報告を受けていた。
元カツーレツ王国の海岸線から上陸した災害級の魔獣。
それは「亀型の巨大種であり全長は五百メートルを超えている」とのことだった。
滅んだカツーレツ王国が元々あった地域は、現在三つの勢力に分裂して内戦中である。
そのため、本来であれば災害級の発見後、即座にファーミルス王国に救援依頼が出されるべきであったのだが、使用されるはずの連絡網が上手く機能しなかった。
そうして、結果的に放置されたのと同じ事態に陥り、災害級による被害がカツーレツ王国の跡地で広がる。
要は、情報が伝わるのが遅くなり、ファーミルス王国の戦力の出動が遅れたことで、該当地域の土地にも人にも、甚大な被害が出ていたのである。
まぁ、ファーミルス王国の本音を語れば、「自国内に侵入されない段階で、迎撃して倒すことができるなら、他国の損害が多かろうが少なかろうがどうでも良い」だったりするけれども。
「内陸部へと向かっているらしく、最後の確認できている情報ではルバラ湖の方面へ移動していたとのことだ。この領は義務の免除期間中なので、ニューゴーズ領としては兵役義務での招集はない。だが、ガンダ領の後見人としての兵役義務は発生する。だから軍の招集があれば人を出さねばならない。対象となるのはミシュラとリティシアだな。どちらか一人が出る形になる」
フランは兵役義務の話になった時、表情を曇らせた。
リティシアがガンダ領の騎士爵の義務として、招集に応じることになるのを想定しているからであろう。
過去の例から、スーツでの参戦は損耗率が五割以下になることはない。
つまり、彼女は「戦死する可能性が高い」ということだ。
対災害級魔獣戦は、スーツより遥かに防御力の高い下級機動騎士であっても、概ね二割は無事に帰還することが叶わない。
そういった厳しい戦いとなるのが常識である。
フランの報告内容に出て来たルバラ湖は、巨大な淡水湖だ。
その大きさは南北に百五十キロメートルの幅があり、東西は六十キロメートル。
水深は深い所で百五十メートル程度。
ルバラ湖は、ニューゴーズ領から東に騎士爵領の開拓地を一つ挟んだ位置にあり、領の境界からなら三十キロメートルほどしかない。
そして、彼の魔獣が湖を渡って来るようなら、ニューゴーズ領にとっても脅威となる位置関係となっている。
ラックは彼女の報告を聞きながら、直ぐに千里眼を使用した。
それほどの巨大種なら「移動の痕跡も色濃く残っているのは確定で、痕跡を辿れば簡単に見つけ出すことが可能だ」と考えたからだ。
そしてその考えは正しかった。
対象の現在位置はルバラ湖の東の草原地帯。
周辺に集落はなく、一番近い人里が北に十キロメートルほど離れた所にある。
主要な街道からは外れているため、周囲に人の気配はない。
魔獣は眠っているのだろうか?
ラックの観察対象は全く動く気配を見せていない。
完全な停止状態であった。
「もうそいつのいる場所は見つけた。巨大種の亀型魔獣は現在、ちょうどこの領のほぼ真東、100キロ位の位置かな? ルバラ湖まで十キロって感じのとこにいる。今は動いていないね。制度上、要請がなければファーミルス王国は他国に軍を入れられないわけだけど、この場合はどうなるんだろう? まだ、この地域は現在、『国として認定していない場所』に該当すると僕は思うんだけど」
国是として外征を禁じているファーミルス王国。
ラックは、「こういう時の決まり事ってあったっけな?」と、考えてしまったので、確認のためにそれを口に出した。
ミシュラかフランのどちらかが、答えてくれることを期待して。
「貴方。魔獣の領域以外のファーミルスの領土内ではない場所に、軍の派遣は禁じられていますよ。例外は対魔獣戦で要請があった時のみです。今の状況は要請を出すところがありませんから、魔獣がルバラ湖に侵入してからしか手が出せません」
ルバラ湖は国境に位置しており、双方共に領土としての権利は主張しないことで、ファーミルス王国とカツーレツ王国は合意していた。
自国と接している湖岸部分から二キロメートル以内が、排他的経済水域としてお互いに権利を有しているだけの場所となっている。
要は中立の緩衝地帯のような役割を果たしており、ファーミルス王国としては侵入しての軍事行動はできないが、自国内からの遠距離攻撃は許される場所なのである。
実質的には上陸を阻止する水際作戦に近い、迎撃戦になるのかもしれないが。
「そうだな。近隣にある集落がファーミルス王国に助けを求めれば、魔獣討伐軍の派遣は可能だろうけれど、現状のままではミシュラの言う通りだ。軍という形ではなく、内戦で荒廃した領土の復興作業の形で依頼を受ければ、機動騎士を派遣できるけれど、そんな規模の派遣戦力では、災害級を相手にしたら戦いにもならんしな」
復興作業の場合は、魔獣の類を含む害獣退治も仕事内容に含まれるため、戦闘行為が限定的に許されている。
但し、盗賊などの例外を除いて人に死傷被害を出した場合は、厳罰を以て対処されるケースが多い。
不可抗力で人に怪我を負わせるようなことは起こり得るため、状況次第で柔軟に運用はされているのだけれど。
「対災害級魔獣戦にミシュラを出して、僕が妻を失うリスクを冒すのは論外。だからと言って『リティシアを失うのは良いのか?』という話も許容できるわけがない。ということで、夜間で他人に見られる可能性が低い状況の時に、僕がコッソリ始末して来る。巨大種の行方がわからなくなっても、しばらく警戒態勢が敷かれるだけで、それも時間が経てば解除されるだろうし、問題はないよね?」
「貴方が危険を冒すのはわたくし的には問題があります。でも、話し振りからすると、貴方にとっては『危険だ』という認識ではないのですね? 後、『始末』というのは『魔獣がどのような状態になることを指すのか?』を、教えていただかないと。わたくしの判断材料が足りませんけれど」
ミシュラの言い分は実にごもっともなお話であった。
ラックが“彼女を失うこと”を考えたくはないように、彼女もまた“夫を失う事態の発生”など考えたくもないのである。
「うん? 普通に息の根を止めて、大きさ的にはそのままじゃ運べないから、ぶつ切りにでもしてテレポートでこの領内に運んで来るつもりだけど。亀って食べれるよね? 甲羅とか利用価値ありそうだし、たぶん爪や牙も素材として価値があるよね? 後は魔石。最上級機動騎士の制作に使えるものが採れると考えてるけど。これから工房を稼働して色々生産に入ろうって時に兵役だの、妻を失う覚悟だのと、そんなの要らないからね。今夜にでも僕が綺麗さっぱり細切れにしてくるよ。あ、甲羅は大きいままの方が良いのかな? 運べるサイズで、できるだけ大きい状態で切るか」
聞いているだけの置物状態と化したフランは、実は絶句して固まってしまっていた。
彼女の脳内は、エラーコードを吐き出し続けるコンピューター状態だ。
勿論、これは比喩的表現の話であり、この世界にはコンピューターは存在していないけれど。
さも、家の中に入り込んだ害虫を、プチっと潰して殺すような軽い感じ。
ラックは“災害級魔獣”を始末する話を、そのレベルでしている。
そしてそれは、彼の第二夫人を務めるフランの内にある、幼い頃から必死に学んで身に着けて来た常識を音を立てて崩れさらせるかの如く、木端微塵に破壊して行く。
あれ?
災害級って最上級以下の機動騎士とスーツで編成された“軍”で倒す強敵だったよな?
単機や少数で倒すことができる弱い魔獣じゃないよな?
数を揃えて、兵器の物量を備えた“軍”で戦っても簡単に倒せるような相手ではなく、「かなりの犠牲」と言うか、「大きな損失」と言うか、とにかく多大な被害が出るのを覚悟の上でやる軍事作戦行動だったはずだよな?
フランの思考は疑問だらけで迷宮に入り込んでいた。
フランの目の前にいるのは細身の男。
魔力0で、機動騎士を扱うどころか、魔道具の銃すら撃てない彼女の夫。
生身の単身で、しかも徒手空拳で、「災害級魔獣を始末してくる」という夫の発言。
フランはラックが何を言っているのか、わからなくなって混乱していた。
いや、言葉としての意味はわかるのだ。
わかるのだが、持っている常識が邪魔をし、「理解」と言うか、発言内容を呑み込んで納得するのを妨げる。
それは、「ラックの発言を理解することを、理性が拒否している」と言い換えても良い。
魔力0のラックが普段、魔獣の間引きをしていることすら、フランからすれば信じられないレベルの話だ。
けれども、その点は狩った獲物を毎日のように持ち帰って来るのを目の当たりにすれば、「それができているのだ」と信じざるを得ない。
だがしかしだ。
相手が別格の災害級ともなれば、フランの理解が更に追いつかなくなるのは、当然のことではあったのだろう。
そんなこんなのなんやかんやで、色々と細々とした打ち合わせをした後、ラックは日が落ちる前にと、災害級魔獣のいる場所から一番近い集落にテレポートした。
超能力者の目的は、その集落の代表から許可を得るためである。
“周辺の”魔獣を狩ることの許可を。
基本的に、人が住むことができる集落の周辺にいる魔獣は、大小を問わずで害獣扱いだ。
弱い魔獣が多く、強い魔獣は滅多に出ることはないため、村人でも害獣退治はできる。
但し、実入りが少なく手間ばかりがかかるため、好んでやりたがる人間はまずいないのが現実だけれど。
そんな事情故に、特に何事もなくラックは希望した許可を得て、許可証を入手することができた。
続いて、「アリバイ作りのため」と言うのも変だが、実際に害獣駆除もついでにささっとやっておいたけれど。
ラックの本命は勿論、災害級魔獣である亀型の巨大種。
今回は国外での活動になるため、「万一バレても問題が少なくなるように」と、置物状態からなんとか復帰したフランが、捻り出した案がコレであった。
準備を終えたラックは、一旦トランザ村の館に戻った。
超能力者は千里眼で魔獣を監視しつつ、暗闇が支配する時を待つ。
結局、災害級魔獣は眠ったままであった。
待ちに待ったラックが遂に行動に移る時も、同じ場所から動いてはいなかった。
夜の帳が下りて更に数時間。
この世界の住人なら通常は寝ている時間帯。
テレポートで現場にやって来たニューゴーズ領の領主様は、本気を出すのであった。
繰り出されたのは、「対大型生物限定の必殺技」とでも言うべき超能力コンボ。
空中浮揚からの透視で体内構造の確認。
巨大種の心臓や脳の位置を確認し、胃袋と思われる内臓を探す。
続いて、胃袋内に空き空間があることを確認する。
その後、サイコバリアで身を守り、胃袋内へテレポート。
そこから最大出力での電撃。
無防備な体内からの強烈な電撃のあと、止めとばかりにサイコスピアを心臓がある場所へ向けて複数を飛ばし、それを潰しにかかる。
更に追加でサイコソードによる攻撃。
内部から内臓も肉も切り刻む。
亀型の魔獣は、おしなべて外部からの攻撃には強い。
災害級の亀型魔獣、巨大種ともなれば、強靭な甲羅を持ち、外部からの攻撃には無類の防御力を誇る。
だが、外側はそうであっても、生物である以上、「内部は柔い」というか「脆い」というか。
要するに弱点の塊である。
そんな弱点だけを狙った超能力者。
ラックのこの寝込みを襲った鬼畜攻撃の前に、巨大な魔獣は屈する。
災害級魔獣は攻撃者に対して、なんら抵抗らしい抵抗をすることもできず、なんなら魔獣自身が、「体内から敵の攻撃を受けた」と認識できたかどうかも定かではない状況で、あっさりと生物から死体へと変化してしまった。
後は加害者により、サイコソードで更に切り刻まれて、解体される未来が待つのみ。
そうして、ラックの手により、解体部位がニューゴーズ領へと次々とテレポートで運ばれたのであった。
朝日が昇る頃。
彼の存在が元いた場所には、「災害級魔獣がここにいたのかもしれないなー。でもいたとしたら何処に消えてしまったんだろう?」という程度の痕跡しか残されていなかった。
別に犯罪ではないから、なにがしかの問題があるわけでもなく、気にする必要もないことではあるが。
「これが、全長五百メートルを超える巨大種魔獣の魔石か。最上級機動騎士の生産用に回されるクラスの実物は初めて見るよ。『意外に小さい』と言うべきなのか、『デッカイ魔石だな』と言うべきか。しかし、これがここにあるのを見せられると、『ラックが災害級を本当に一人で始末してしまった』と信じるしかない。『信じたくない、信じられない』と、私の理性が暴れてもだ」
フランが目にしている今回の件で採取できた魔石のサイズは、バスケットボールで使われるボールと大差ない大きさだ。
ちなみに、弱い魔獣から採れる魔石はビー玉以下の大きさになる。
付け加えると、過去にラックが倒しているワーム種の魔石は、野球のボールからソフトボールで使うボールぐらいまでの範囲に収まる。
「外に出す機会はいつになることやらって代物だけどね。その魔石は当分の間、お蔵入り確定だよ。他の素材なんかは小分けにして加工処理してしまえば流通させても誤魔化せるとは思うけど。でも、量がちょっとヤバイかもね。職人集団の家族で手が空いてる人には、亀肉加工を手伝って貰わないと。ああ、そうだ! ガンダ村から応援を出して貰う手もあるか」
「貴方が無事に戻って来てくださって良かった。これでリティシアは死なずに済みそうですね」
「討伐報告は出せないから、対災害級魔獣戦の軍の招集自体はあると思う。けれど、もう戦う対象はいないからね。ところで、リティシアの拘束期間中に、彼女の子供たちがガンダ村で寂しい思いをするのは避けられないよね? ミシュラとフランにそこの部分の対応は任せる」
こうして、ラックは「天災」と言える規模の、起こるはずだった災害をなかったことにした。
国難レベルの事案を、単独で闇に葬ったのである。
ミシュラ以外の妻には「言葉を尽くして説明しても、絶対理解できないよ」と、災害級魔獣の討伐方法を秘匿しているニューゴーズ領の領主様。「農耕を任せる住民の問題よりも、まずは直臣の娘たちのお相手を探すのを優先しないと、そろそろやばくないか?」と、何の脈絡もなく気づいてしまった超能力者。ふと、気づいてしまった重要な問題に「さて、どうしようか?」と、途方に暮れるラックなのであった。




