20話
「『サエバ領からニューゴーズ領に向けて中級機動騎士が出た』だと?」
北部辺境伯はサエバ領の家臣からの緊急報告を受けていた。
夜明けが近い空が白み始めた頃、サエバ領からシス家の三男が中級機動騎士を駆って、ニューゴーズ領に向かって飛び出して行った。
それを知った、以前フランに愚痴をこぼしてしまった家臣は、すぐさま、シス家の当主に事態を知らせるために魔道車を出す。
どう急いでもサエバ領の領主がニューゴーズ領に着く方が早いが、だからといって知らせないわけにも行かない。
そんな事態の流れから発生したのが、緊急の第一報を報告した冒頭の場面となるのだった。
「はい。今日からガンダ村へ移住する領民の第一陣が出発する予定になっておりまして、それを知った領主様が『俺が向こうの領主と直接話をつける』と昨夜言い出しまして。お諫めして治まったと思ったのですが。夜明け前に中級機動騎士で出られてしまいました。力不足で申し訳ありません」
「儂からあやつには、『新規の領民になる人材を送る手筈だ』と伝えておったよな? 『引き留めるのではなく、領を離れる決断をした人間は黙って送り出してやれ』と厳命したはずだが。まさかと思うが、それが伝わっていなかったのか?」
家臣はシス家当主の強烈な怒気を浴びせられ、恐怖で縮こまってしまっていた。
だが、それでも何とか言葉を紡ぎ出すことに成功する。
「いえ。間違いなく通達の手紙は届いています。お読みになって、内容を臣の私共に漏らした上で怒鳴り散らして、八つ当たりしておりましたので」
「つまりは、あやつは領主が務まる器ではなかったということか。時間的にはもう疾うにニューゴーズ領に辿り着いておるわけだな? ルウィン。ラトリートを取っ捕まえてここへ連れて来い。二人の妻も一緒にな。暫定でお前にサエバ領を任せる。妻たちも連れて一時間以内に出立せよ!」
長男で次期北部辺境伯となるルウィンは、当主からの命令で愛機である最上級機動騎士を出すことになった。
ちなみに、最上級機動騎士は魔力量十五万以上でないと最低クラスのものでも扱うことができない。
そして、最上級というのは実は上に上限がない。
下限が十五万というだけで上限はないのである。
つまり、同じ最上級の中でもピンからキリまであるということであり、この状況でいきなり抜擢される嫡男の愛機は、キリの側の機体であるはずがないのであった。
「えーと。ニューゴーズ領とガンダ領の境界まで来ている、そこの中級機動騎士。来訪目的は何でしょうか? 私がニューゴーズ領の領主、ラック・ダ・ゴーズです」
「俺はラトリート・シ・サエバ。サエバ領の領主だ。お前が奪おうとしている我が領民の件で問い質しに来た」
アポなし&先触れなしで、唐突に押しかけて来た目的はわかっている。が、手順としては一応確認して、相手の目的を明確にしておかなければならない。
ラックは後々のことを考えて、自領やガンダ領に不利なことがないよう、言動には注意を払う。
「北部辺境伯であるお養父様からは、ガンダ領への領民の移住について、認める旨の返答を書面で貰っている。あそこは北部辺境伯領の飛び地であり、シス家当主の意向には逆らえないはずだと思うが、現状のコレは『そうではない』と言えるのか?」
とりあえず、サエバ領の領主へフランも呼び掛けた。
言いようは「問い掛けた」と言うほうが正しいのかもしれないが。
彼女の夫の戦闘力は魔獣の間引きの戦果から類推すると、確実に目の前の中級機動騎士を上回っている。
なんとか穏便に済ませて欲しいフランは、「おそらく不可能だろう」と思いながらも願っていた。
義弟には「できればこのまま引いて欲しい」と。
「シス家の養女で義姉であっても、今の俺は独立した子爵家の当主だ。口のきき方に気を付けて貰おうか。ゴーズ男爵の立場であれば、子爵である俺の意向に従って、子爵領からの移住希望者をやんわりと断れば済む話だったではないか? 事前に警告もしていたのにそれを無視して移住を強行した。上位の貴族の面子を潰しておいて、『知らぬ存ぜぬ』が通るとでも思ったか?」
ラトリートの言い分は、理が全くの0というわけでもない。
寧ろ、心情的な話に限定すれば失政をしたわけではないのだから、陥った状況は同情されても良いくらいの話ですらある。
けれども、ファーミルス王国の制度上でガンダ領側に落ち度がない以上、結局は暴論に過ぎない。
「サエバ子爵様は結局、何をしにここへいらしたので? ガンダ領の後見人の一人である私に何を望んでいらっしゃるのです?」
「移住希望者のガンダ村への受け入れを断れ!」
ラトリートはラックの言葉に、怒りの感情を隠しもせずに即答する。
「そういうお話ですか。少し、相談する時間をいただきたいです。具体的には二時間ほど」
ラックとしては、もう既に新たな住民を受け入れるための準備も全て済ませ、今日はゴーズ家の直臣がガンダ村に待機しているのだ。本来なら、リティシアとカールも朝からガンダ村へ向かい、やって来た住民の第一陣を歓迎する予定であった。
彼にはラトリートの要求を呑まなければならない理由も、呑むことで生じるメリットもない。
断固として、全く全然、微塵も一欠けらすらも利が存在しないのである。
それはそれとして、この会話が行われている最中に、ラックは千里眼を使用していた。
故に、シス家から機動騎士三機が発進し、サエバ領へと向かっているのも知っていた。
三機の最終的な目的地は、サエバ領ではなくこの場であることは想像に難くない。
それらの現在位置からは、「遅くとも二時間以内にはここへやって来るだろう」と予想できる。
ラックは本心を言えば、はっきりと「できませんと言ったら?」と、あっさりとした否定形の問い掛けをして、煽ってやりたい気持ちはあった。
しかしながら、もしそれをやってしまうと、まず間違いなく“武力衝突をした”という事実が残る事態へと発展するであろう。
ゴーズ家当主の本音は、「シス家の三男坊には、激昂して撃って来て欲しい」という気持ちが満載だったりする。するのだが、フランが横にいる手前、「大急ぎでここへ向かっていると思われるシス家の努力には、報いてあげたい」とも考えてしまう。
シス家としてもラトリートの暴走は想定外であろうし、せっかく走らせている三機は、遅きに失する状況にするつもりで出したわけではないはずだ。
僅かな可能性として、“この恫喝への増援”という悪い方向の可能性もなくはないが、それならそれでラックは遠慮なく叩き潰すだけのことである。
機動騎士を四機。
同時にそれだけの戦力を相手取ったとしても、テレポートを駆使して一機ずつに分断し、各個撃破する自信が超能力者にはあった。
しかしそれは、実体験に裏打ちされたものではない。
所謂、根拠がない自信ではあったけれども。
そして、恫喝の増援だった場合は、この場の戦力を完全殲滅した後、シス家の当主に己の命を以てして責任を取って貰うだけの話だ。
勿論、「そんな事態にはならない」と思っているし、「なって欲しくない」とも思っているのだけれど。
「二時間だと? 待てん。長過ぎる」
ラトリートは、今いる関所の前に到着してから、ゴーズ家の面々がやって来るのを待たされていた。
現時点で、既に三時間ほど無駄に時間を使っているのだ。
権限を持つ当主がこの場に来ている以上、彼的にはこれ以上待つのは許したくない話であった。
「そう仰られても。ガンダ領の後見人は三人いるのですよ。全員の意思統一なく返答はできかねます。そして三人のうちの一人はトランザ村に残してきておりますので、呼んで来なくてはなりません」
ラックは、「時間稼ぎができれば良い」としか考えていない。
そのため、「リティシアを置いてきたのは正解だったなー」と、発生した現在の状況に内心で喜んでいた。
もっとも、状況的にその人員配置は偶然ではなく必然だったはずなのだけれども。
「仕方がないか。だが待たされるのであれば、返答次第では武装決闘を申し込む。その時は受けて貰うぞ!」
「それは、私が魔力量0だと承知されていての発言ですか? そもそも、代理を立ててもニューゴーズ領には下級機動騎士しかないのですけれども」
「双方の合意があれば、戦力差など関係なく成立する話だ。逃げる気ならばこちらは別の手段に出る」
シス家の三男坊の言う「別の手段」とは何か?
ラックからすると謎だ。が、ロクでもないことには違いないだろう。
シス家から出ている三機が到着しさえすれば、状況は変わるはずなのだ。
故に、ゴーズ家の当主の選択は、時間稼ぎの賭けに出ることだった。
「約二時間。もう一人の後見人を連れて来るのと、話し合うのに必要な時間です。その話し合いの結論を返答とした上で、『子爵様の判断次第で、決闘方法について話し合う』ということで」
「よかろう。では待たせて貰う」
さらりと武寄りの領主を煙に巻き、ラックは決闘の確約はしないで誤魔化す。
ニューゴーズ領の領主として、テレスがトランザ村の防衛戦力として戻る指示を出し、代わりに「リティシアがスーツでこちらへ向かう」という指示を彼女に託した。
建前としては、後はガンダ領の三人目の後見人が到着するのを待つのみである。
まぁ、実際に待ちわびているのは、シス家からの機動騎士三機なのだけれども。
ラックは千里眼で移動中の三機の機体を探して、状況把握に努める。
良い意味で彼の予想が裏切られ、彼の機体たちは移動が高速であった。
下級や中級とは機体性能が違うということなのだろう。
そんなこんなのなんやかんやで、リティシアがラックの元に駆けつけた時、彼女の到着が少しでも遅れるのを願っていたガンダ領の後見人たちには、こちらへと向かう機動騎士の姿が遠方に目視で確認できたのである。
「では今から少しばかり、話し合いの時間を取らせて貰います。もう少々お待ちください」
心の中では「待つのはここに向かって来ている機動騎士なんだけどね」と呟きながら、ラックはラトリートへ声を掛ける。
そして十分後。轟音と共に彼の機体は横倒しにされ、操縦室の外側から剣を突きつけられていたのであった。
尚、この時少々、領の境界を守る長城に、破損個所が出たのは些細なことである。
後処理をする超能力者のお仕事が、少しばかり増えるだけの話だ。
「ラトリート。北部辺境伯、シス家当主からの捕縛命令が出ている。素直に操縦室から出て来て捕縛されるか? それともここで死ぬか? 選べ!」
「わかったよ兄貴。今、外に出るから待ってくれ」
そんな流れでこの騒動は一先ず終わりとなった。
シス家の三男は強制連行されることとなり、フランは久々に次期当主のルウィンと話をする機会を得る。
そうして、彼女は「シス家で何がどうなったのか?」を、義兄から聞ける範囲で聞き出す。
ルウィンの語った内容は、「当面は彼自身とその妻たちがサエバ領を任されて運営する」ということであり、それはフランにとって安心できる話であった。
次期当主なだけあって彼の能力は稀有なほどに高く、信頼に値するのである。
ルウィンは「今回の件はシス家の本意ではなく、改めて家として代表を立てて詫びに来る」と、ラックに告げて去って行く。
やって来た機動騎士の目的が、僅かな可能性としてだが「恫喝の増援かもしれない」という警戒感を持っていた超能力者は、この時になってようやくそれを解除する。
ラックは頭の片隅に常にそれを置いていたせいで、精神的にはかなりの疲労感を覚えていた。
希望込みの予想通り、暴走した三男の捕縛目的でやって来てくれたことに、彼はホッとしたのであった。
この事案の発生で、通常では見ることが叶わない、中級よりも更に上位の機動騎士の戦闘性能の一部を見せつけられた。
それに対して、ラックが超能力を全開にして戦うことを想定した場合は、複数同時ならともかく「一機だけであれば、勝てる相手だ」と確信できたのは大きい。
根拠がなかった自信が確信へと変化したのだから。
辺境伯家嫡男の機体であれば、かなりの高性能機だと思われる。
それを相手に“本当に戦う可能性を考える”ということは、すなわち北部辺境伯との全面戦争を考えることに繋がってしまう。
フランを娶っている以上、正直なところその事態に陥るのは避けたい。
けれども、ラックは「戦術の想定だけはしておくべきかな?」などと思いを馳せる。
そうして、色々なことをごちゃごちゃ考えつつも、最後には「時間は貴重なのに、半日無駄にしてしまったなー」という悔しい気持ちを胸に、テレポートでトランザ村へと戻ったのであった。
十五日が経った時、事後の顛末のお話がしたいとして、サエバ領から先触れがやって来た。
ニューゴーズ領の中にシス家の機動騎士を招き入れるのは、現状では好ましくない。
よって、留守をテレスに任せ、ラック、ミシュラ、フランの3人がゴーズ村へと出向くこととなる。
ゴーズ村での話はルウィンから淡々と行われた。
結果的に、ラトリートと妻の二人には、騎士爵領での、開発作業を完了するまで無料奉仕で行うことが罰として決められた。
対象となる場所は三か所であり、北部辺境伯領からサエバ領に繋がる三つの騎士爵領がそれである。
尚、逃亡を防ぐため、機動騎士は三十分毎に魔石を補充しないと動かないように制限が加えられる。
ラックからすれば、「死罪ではないのか?」と甘い処分だとも思えたが、彼の子爵年金の五割を永年、ガンダ領に詫び金としてシス家の責任で徴収して支払うことも決められており、作業に使われる機動騎士の経費も考えたら、平民並みの暮らしがやっととなるらしいので文句は付けなかった。
彼らの従事期間の予想は十五年。
貴族としては死んだも同然の扱いとなる。
後見人としてのラックへは特に何もないが、「分けるのであれば詫び金からの分配を話し合って欲しい」とのことで、今回の後始末は終了となったのだった。
ガンダ村の村民受け入れは順調に行われている。
移住者の話によれば、お詫びにとガンダ領の手前までの荷物の運搬に、なんと機動騎士が従事したそうである。
そして、村民がいる以上、領主不在はよろしくないため、リティシア、ルティシア、カール、スミンの四人はガンダ村へと居を移した。
こうして、ラックはガンダ村の復興を完全に終えた。
同時にリティシアに対する、通い夫生活も始めることになったのである。
まぁ、テレポートで一瞬の話なので何の問題もないけれど。
トランザ村の住民を四人失ってしまったニューゴーズ領の領主様。貴重な男が一名減な事態に直面し、嘆くしかない超能力者。「そろそろミシュラが男の子を授からないかなぁ」と、漠然とした希望を呟きながら、夜の生活に野望を燃やすラックなのであった。




