2話
「『村二つを魔獣が殲滅した』だって?」
彼に魔道バイクで報告に来た騎士爵の配下はこの村が最前線に変化したことを告げて去って行った。
「貴方。この村の防衛は大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫だ。この僕が居る限り、ミシュラ。君は勿論、村人全員を絶対に守り抜くさ」
元の名をラック・コウ・テニューズと名乗っていた人物。
現在は新しく家を興している、ラック・キ・ゴーズ。
彼は、妻となったミシュラ・キ・ゴーズにそう答えた。
ミシュラは元カストル公爵家の三女である。
「病める時も健やかなる時も……」
定番の決まり文句を、おそらくは本職でもなんでもないアルバイトの神父は言う。
参列者は誰もいない。
小さな挙式場で行われた二人だけでの細やかな結婚式。
しかし、ラックは満足していた。
そして、彼の妻となったミシュラも誓いのキスと指輪の交換を済ませ、安堵していた。
ある意味似た者夫婦である。
始まりは家の縁を繋ぐためだけの政略結婚目的の縁談相手。
ラックの見た目は先祖の遺伝の影響が強く出ており、体格こそ“平均的よりやや小柄か?”程度であるものの、顔立ちは平坦な印象で明らかに周囲からは浮く。
髪の色は黒く瞳も黒。
他ではまず見かけることはない色彩だ。
片やミシュラは公爵令嬢としては、魔力量の遺伝は最悪だったが、「顔だけは両親の良い所取りしかしていない」と言われるほどの美しさを誇る幼女であった。
将来、妾に迎えたいという内密な打診は引きも切らないほどに多く、それは王家からすらもあったと聞く。
もっとも、婚姻成立後に子が生まれて低い魔力量が遺伝した場合、家の縁が強固になるどころか縁切りに近い罵倒状態に陥る可能性が高くなるその選択を、ミシュラの父は選ばなかった。
妾ではなく、真面な結婚であれば一考の余地はあったのだが、そのような引き取り手の立候補は皆無。
カストル公爵家は公爵家の中では最弱。
故に、“リスクを取ることを良しとできなかっただけ”という極めて消極的な理由からの結果なのであるが。
嫁ぎ先がラックしか選べなかった幼い頃のミシュラは、容姿で劣る姉二人から徹底的に嫌がらせをされ続けており、家から抜け出すことを一番の楽しみにしていた。
婚約者に会いに行く。
理由が理由で、しかも相手が相手だけに姉二人は自尊心を満足させられるためか、その外出の時だけは彼女が着飾って出かけようとしても妨害行為が発生しない。
たったそれだけのことなのだが、幼かった彼女には重大に感じられることであり、見た目がどんなに好みではない相手であっても婚約を破談にしたくはなかった。
打算にまみれた考えからだが、「嫌われるわけにはいかない」とラックに優しさを持って接し続けた彼女は、魔道大学校の入学を間近に控えた、あの日、あの時、あの場所での彼の言葉と表情を一生忘れられない。
単に、「破談にはしたくない」という思いからだけだったミシュラの言葉。
それを、あっさり受け入れたラックを思い出したその日の夜、彼女の気持ちは“打算から恋へ”と変化した。
彼が“外見だけの浅ましい女である彼女の本音を知っても、受け入れてくれた”という事実は非常に大きい。
時間をおいて冷静にそのことを思い出したことで、彼女は状況の整理を済ませた。
そうして、その現実は彼女の心に決定的で重大な変化をもたらしたのである。
ラックからすれば「第一印象の外見から決めてました。他の誰からも受けることのなかった気遣い、優しさ、愛情。そういった部分に釣られて、止めを刺されました!」という状態であった。
思い込みによる勘違い補正もおそらくは含まれている。が、本人の自覚がそうである以上は、他人がどうこうと判断するべき事柄でもない。
ラック自身が「ミシュラの代わりになれる人は誰も居ない」と思い込んでいたのだから、彼女から将来も含めて拒絶されなければ、受け入れるに決まっていた。
衝撃の事実を知った当初のラックは、確かに自ら婚約を終了させようとした。
けれどもそれは、あくまでも、ミシュラの「贅沢をして暮らす」という目的が達成されないことが予想できたからであった。
また、それに加えて、「将来的に自分が見限られる」と考えたことと、彼女の目的の達成手段が「自分との結婚とは別に存在している」と気づいたこと。
彼的には「それを妨げる婚約は終了させるべきだ」と考えただけのことである。
これは、純粋に彼女を想いやっての話であり、決して嫌ったわけではなく、怒りを感じての行動でもなかった。
テレポーテーション。
所謂、瞬間移動のことで“能力の正式名称?”はそういうものらしいのだが、ラックが使う時の感覚では漫画の影響もあり“テレポート”となっている。
冒頭の状況、すなわち緊急事態の今、それの使用機会というか出番というかはやってきていた。
周辺地図で、“生存者が一人もいない”という憂き目にあった村の位置の当たりを付けたラックは、即座に現地の確認に飛んだ。
彼は「おそらく、そこにはもう魔獣はいないだろう」と、考えてはいた。
それでも真っ先にそこへ向かったのは、襲撃された痕跡から魔獣の種類が特定できる可能性に賭けたのである。
魔獣の種類が特定できれば対処法も考えやすい。
現場の痕跡を高い位置から眺めたラックは、結果として当時の状況を推測できる情報を得ることに成功した。
彼は、「地上からの攻撃で空いた穴ではなく、地下から盛り上がって空いたのだろう」と考えられる穴の痕跡をいくつも確認したのだった。
確認できる穴の直径にばらつきがあることから「相手は複数で、巨大ワームの一種だろう」と想像がつく。
ラックの知るその類の魔獣は、移動速度が速くはない。
現状からは「真っ直ぐに僕の村に向かったとしても、まだ半分の地点にも到達できてはいないだろう」と推定される。
となれば、途中に餌となる動物を大量に置いて囮の役割をさせれば、知能が高い魔獣ではないため地上におびき出せるであろう。
そうした考えを纏めた超能力者は、通い慣れた魔獣の領域の上空へとテレポートを敢行する。
続いて、囮に使えそうな動物を物色し、捕えて行く。
時間も惜しいので、一定時間動けなくするショックを与えるだけの球を作り出して当てる。
獲物を運ぶ手段はテレポートしかないため、何度も往復しなければならないのは面倒だ。が、その手間を掛けなければ自身に防衛責任がある村が危ないのである。
更には、立派な環境破壊となるにも拘らず、囮が逃げ出せないようにする目的で超能力を行使して行く。
ラックは全く躊躇することなく、直径二百メートル、深さ三メートルほどの大穴を大地に作り出していた。
土砂を目視して念動で動かし、穴の周囲に積み上げて厚みのある壁も作り出して行く。
これは、強度を考えて固めている物ではなく、単に除けた土砂を積み上げているだけなので、ちょっとした雨でも降れば土砂崩れしそうではある。
けれども、ゴーズ家の当主であるラックは、そんなことを気にもしてはいなかった。
そうして、ラックは囮にするための猪、鹿、熊といった大型の捕えた生き物を穴の中に置いてから、更に追加の獲物を捕らえに行く。
二時間ほど作業し、満足する対ワーム用の罠を作り上げた超能力者。
準備万端の彼は、もう待ち受けるのみである。
ラックは安全のために空中浮揚を使用して、上空五十メートルの高さからその時を静かに待っていた。
巨大ワームが囮を襲うために姿を現すその時を。
時は至れり。
次々と地下から姿を現す魔獣に、囮として置いた動物たちはただ座して食われることはなかった。
地下からの振動で危険を察知したのか?
それとも単なる本能か?
生餌扱いの動物たちは、一か所にじっとして留まることなく動き回る。
ラックにとっては、囮に釣られた敵が地上に姿を現せば、攻撃を当てること自体は造作もない作業と化す。
サイコスピア。
精神力を光の槍として具現化して投げるように飛ばすその攻撃は、勿論百発百中などという命中率ではない。が、かなりの割合で当てることはできる。
複数を同時に生み出して飛ばすこともでき、「数撃ちゃ当たるだろ」と言わんばかりのその攻撃は流れ弾で囮の動物たちの一部も仕留めてしまう。だが、一々そんなことは気にしていられない。
仮に動物愛護協会が存在していたら大変なことになりそうな話ではあるのだが、この世界にそんなものは存在しないのでセーフである。
一際大きなワームが二体。小型のワームが十一体。
大きな個体が番でその子供を率いている集団だったのだろうか?
倒し終えた死骸を眺めながらぼんやりとそんなことを考えたラックは、生き残った鹿と猪に目を向ける。
猪は連れ帰って家畜化しても良いが、鹿はそういった利用方法がない。
瞬時に“食肉化で良いか”と、あっさりと割り切った彼は鹿にも止めを刺す。
猪は傷を負った個体も居たが、ヒーリングの超能力を使い傷を癒して行く。
ワームの肉は塩漬けと干し肉に加工すると需要が高くなり、良い値で売れる品に化ける。
そのため、これもここに放置する選択はない。
死んだ魔獣を生き返らせることはできないが、ヒーリングの超能力は体内に残っている血を消費するように調整して、傷の部分の細胞の活性化を行い、修復がある程度可能である。
商品価値を高めるために行って損はないため、超能力者はそれもちゃっちゃと済ませて行く。
そんな作業をささっと終わらせたラックは、次の行動へと移る。
まずは生きている猪を村に運び、ワームとその他の動物の食肉加工の準備を指示してからここへ戻って来るべきであろう。
五匹の猪を連れてテレポート。
いきなり現れる領主と猪五匹だったが、家畜を世話する専門の家の人間は特に驚くこともなかった。
過去に何度も見た光景であり、もう慣れてしまっていて改めて驚くほどのことではなくなっていたからだ。
独立した“特例”騎士爵となっているラックは、自身の領地であるこの村と周辺地域に限定してのことではあるが、超能力を使うのに自重することはなくなっていた。
人口の総数が知れているせいもあり、領地内の全員に口外しないように催眠暗示を掛けてもいる。
ちなみに、“特例”は当主に基準より魔力が足りない場合で、妻が基準を満たし、貴族の血縁であった場合に認められる物となっている。
要は、一代限りで認められる爵位であり、後継ぎの男子が生まれて基準以上の魔力量がない場合は、当主死亡と同時に家の取り潰し手続きが行われる非情な制度でもある。
基準未満の後継ぎの男子に、基準以上の魔力量を持つ新たな妻を迎えることで、家を存続させることも制度上は不可能ではない。
しかしながら、それが実現した例は過去にはない。
魔力量の維持が目的で貴族間の婚姻が繰り返されるこの国の価値観に置いて、二代続けて基準に満たない魔力量しか持てない当主を輩出した家と、縁を結びたいと考えないのは至極当然のことであり、過去に例がないのは自然なことではあるのだろう。
「この五匹の猪の世話を頼む。いつものことでわかってるとは思うけど、中でボス決定戦をして怪我をする場合もあるだろうから、治療が必要になったら家に使いを出してくれ」
猪は気性は荒いが賢い動物でもあり、飼い慣らすことができる。
雑食で何でも食べて育ってくれる食肉の供給源家畜としては優秀であり、鶏と並んでこの村では重要な家畜となっていた。
「それと、この後、倒した動物とワーム十三体を加工場に運び込むから、加工人員に声を掛けて集めておいてくれ。肉の熟成期間を置いた三日後に大々的な焼肉祭りはいつも通り行うからそれの告知もついでにしておいてくれ」
「はい。領主様。いつもありがとうございます」
そんなこんなのなんやかんやで、ラックが大量に運び込んだ加工前の物体の処置が村の人員の手で行われた。
魔獣からは魔道具作りには欠かせない魔石も取れる。
これも貴重な収入源だ。
ラックの治める村は貧しい。
過去に「食べるに困るまで追い込まれるのは、さすがに嫌ですけれど」と言ったミシュラへの責任感に溢れる領主様は、村の発展に力を尽くすのみであった。
この村はラックが赴任してくる前は領主が置かれていなかった。
王国から代官が派遣され、管理されていた村であったのだが、元は王国に払う租税を徴収されれば食べて行くのが厳しい状況の貧しさ。
ちょっとした想定外の事態が起これば、すぐさまその冬に餓死者が出る有様だった。
辺境の開拓村あるあるではあるけれど。
王国の租税は開拓した農耕可能な面積に対して一律で四割と決められているが、十年の免除期間がある。
付け加えると、畜産物へは売上に対して一割五分で免除期間はない。
租税を誤魔化すのは論外の話になるため、収穫量を増やす、畜産物の売り上げを増やすのが村を豊かにする道。
わかり切った対応策なのだが、それらが簡単に行えることであるのなら、とっくに誰かが行ってこの村は豊かになっているはずである。
つまり、何処かに問題点があるのだ。
ラックは超能力で解決できることの問題点を探す。
そして、それは赴任して三日後には理解できた。
水と塩。
村の発展を妨げている根本は、この二つの供給量の問題であった。
農作物を育てるには水は必須であり、この村のそれは村民の飲料水といった生活に必要な水も含めて、供給元をため池と井戸水に頼っていた。
約三十キロ先には大河があるのだが、この近辺に川はない。
岩塩の産出地も領内は勿論のこと、周辺の他の領地にもない。
塩は行商人が遠方から運んで来るものを購入するだけが入手方法となっており、その価格は非常に高い。
供給源の海から遠く離れている以上、輸送コストが上乗せされるのは仕方のないことではあるが、保存食の加工にも塩は必要なのである。
ラックは塩の供給元を自力で増やした。
テレポートで毎日のように海辺の安い塩を買い付け、村内にわずかな利益のみを乗せて販売する。
但し、行商人が持ち込む塩については、従来持ち込まれていた分量のみを旧来の価格で全量を自分で買い上げた。
これは何らかの理由で超能力者が塩を供給できなくなった場合の保険であり、行商人にはそれについての説明はきっちりと行っている。
行商人はそれを了承した上で、逆に、「この村で販売されている塩を安く買い付けて近隣への行商がしたい」と申し出たのだが、それは領主であるラックが禁止とした。
真面な政治感覚があれば当然の仕儀ではある。
儲けることができるのなら“何をやっても良い”わけではないのだ。
こうして、ラックは、最初の問題のうちの一つを片付けた。
続いて、次の難題へと手を伸ばす。
それは、水の供給量問題なのだった。
豊富な水を得て、「大きな風呂を作ってミシュラとイチャイチャしたい」という、何処から出て来たのか謎な考えを発生させてしまったゴーズ領の領主様。何の目処も立っていないにも拘らず「僕の超能力があれば、水もなんとかなるだろ」と、楽観的に呟く超能力者。村の水問題解決のはずが、おかしな方向へ思考が向かっているラックなのであった。