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16話

「『王家からの使者が来た』だって?」


 寝起きのラックはミシュラから急かされながら、状況を聞いていた。

 まだ頭がぼんやりとしていて、思考をスムーズにできる感じがしない。

 それもこれも、全てはトランザ領のせいである。


 ラックがトランザ領からガンダ領への侵入を阻止したことで、スーツを装着した逃亡者たち四名は、領の境界部分で足止めとなった。

 彼らは魔獣十六体に包囲され、戦う以外の選択肢がなくなってしまう結果となる。

 そして、その戦いに勝利したのは魔獣たち。

 多勢に無勢の状況で魔獣八体を倒したのだから、敗北したとはいえ迎撃側は頑張った方ではあるのだろうけれど。


 戦闘が終わったのを千里眼で視ていたラックは、テレポートとサイコソード、サイコスピアを使って、さっさとあまり意味のない戦闘を終了させる。

 生き残った魔獣の駆除はそのようにして済まされた。

 そんな流れから、ラックたちがトランザ領の事後処理に着手し、全てを終わらせてゴーズ領に帰還できたのは翌日の昼であった。

 超能力者は色々な意味で疲れていたため、軽く食事をした後は直ぐに休息へと入る。

 ぐっすりと眠ってしまい、目が覚めたら朝を迎えていた。


 まぁ、迎えたのは朝だけではなく、王都からの客人も領主の館に迎えていたりした。

 それが冒頭の話である。




「すみません。私の認識が合っているのかを確認させてください。今のお話は『このゴーズ領を金貨六十万枚で売れ』というお話でしょうか? 他に陞爵で私が準男爵になることや代替地が渡されること。租税の優遇措置が十五年間受けられる。住居の問題が考慮される。等々、条件は付くけれど、メインの部分はそこですよね?」


「ええ、まぁ。わかり易く要約するとそんな感じですね。王国としては『塩の生産地は王家の直轄領とするか、辺境伯領で持たせたい』という意向です。その意向に基づいての提案となります」


 ラックが今までに会って来た、“相談事、交渉事の相手”というのは妻に迎えた女性(フラン)を除くとロクな奴がいなかった。

 その点、今回の相手は物腰が柔らかく、態度が真摯で真面だ。

 そんな当たり前であるはずの小さなことに、超能力者は超感動していた。

 但し、持ってきた話が真面ではないけれども!


「あの。ここまでに領地を発展させるとか、開発する苦労というものがありましてね? 土地や住民にも愛着というものがあるのですけど。『塩が作れるから売れ!』と、言われて『はいそうですか。売りますよ』と、なると王家は考えているのですか?」


「制度上のお話をさせていただきますと、最終的に完全に話し合いでの解決が決裂。この場合は、ゴーズ卿が王家の提案を拒否することがそれにあたるわけですが、そうなった時は強権発動もできます。ですが、遺恨を残すやり方は可能であればしたくはありません。ですので、『条件を詰めて話し合いで解決するべく、私がここに来ている』というお話になります」


 使者はラックの質問に答えているようで、実ははっきりと返答をしていないのだが、暗に「悟って欲しいなぁ」という雰囲気は出している。

 本人に「無理を言っている自覚はある」ということなのだろう。


「『条件を詰める』ですか。では、仮定のお話でお聞きしますが、今、代替地で提案されたのはこの領地の北側の魔獣の領域ですよね? 騎士爵領の大きさの基準で行くと北へ二つ分。もしも、そこからも塩が生産できるようになった場合はどうなりますか? また開発後に取り上げられるのですか? それと制度上は魔獣の領域と認定されている場所は『元々切り取り自由のはずだ』と記憶しているのですが、それが『代替地と言えるのか?』という疑問もあります」


 ラックはガンダ領の整備が終わったため、元々、秋の収穫が終わった後、北側の魔獣の領域を開拓するつもりでいた。

 よって、自由に開発できたはずの場所を、さも「許可して与えた場所だ」と話がすり替わるのはおかしい。

 ゴーズ家の当主が抱いた疑問は、当然の話でもあった。


「塩が生産できるようになった場合については、その時の状況次第でどういう話になるのかは不明です。同じように領地替えの話が出る可能性はあります。魔獣の領域を『代替地と言えるかどうか?』という点は、ゴーズ卿の疑問は実にもっともなお話でして、『他の貴族の切り取り自由を制限する点と、卿の爵位を準男爵にする点でカバーする』という考え方です。付け加えるなら『以前に開拓された実績がある場所』という点も考慮されています」


 王国の考え方としては、「以前に村が存在できた実績があるのだから、もう一度村を作るのは、実績がない場所よりは条件が良いだろう」というものだった。

 ”魔獣に滅ぼされた実績がある”という点を無視するのであれば、それは間違いではない。

 但し、”滅ぼされた実績”という点は、無視して良いほどに軽いものであるはずがないのだけれど。

 そうでなければ、滅んでも直ぐに再入植が行われるはずである。

 そうはならずに、“放置されて魔獣の領域に呑まれるまでになった”ということは、“再入植して容易に維持可能な領地だ”と誰も考えていないと証明されているようなものなのだ。


 要するに、自主的に切り取るつもりだったラックが異常なだけなのである。

 だが、王国側は、「他の騎士爵の貴族が再開発に乗り出すのは躊躇する場所であっても、ゴーズ家なら話が別だ」と考えた。

 “元々隣に領地を構え、最前線でそれを維持している”ということは、“その地の魔獣の間引きができている”と見たのだ。


 つまりは、「ゴーズ卿からゴーズ領の領地経営を切り離して間引きに専念して貰えば、その部分の魔獣の領域を“短期間で”解放して新たな領地とすることができるだろう」というのが王国の判断であった。

 ラックからすれば実力を非常に高く評価され、手腕を認められていることにはなる。

 けれども、王国側の身勝手極まる、大迷惑な話でしかないのが現実なのだった。


「少し妻たちと話し合う時間を取りたいと考えます。今日中に結論を出してなんらかの返答をさせていただく。そういうことで今晩は我が家に逗留していただく形でよろしいですか?」


「はい。それでは待たせていただきますね」


 そうして、ラックは使者を客室へ案内し、執務室へ三人の妻を呼びだす。

 彼女たちと話をする場を、ゴーズ家の当主は持ったのだった。

 表情には出さない怒りの感情が、まだ少し残ったままの超能力者は、ざっと使者との会話内容を説明した後、彼女たちの忌憚のない意見を求めることになる。


「まず、最初にフラン。この持ち込まれた話は、今のゴーズ領がシス家に組み入れられる案件の話だ。ゴーズ家が傘下に入るわけじゃないけどな。どうする?」


「『どうする?』と言われても。問われている意味がわからないのですが?」


「うん? この話が纏まってシス家の当初の目的が果たされた場合、フランがゴーズ家に嫁いで来た政略結婚の意味合いが薄れる。つまり、『僕との婚姻の継続をするのかどうか?』そういう話。継続しない場合は、娘のルイザをこの家に残して貰って離縁という形になる」


 ラックはきつい内容の言葉を、言いたくて言っているわけではない。

 一緒に暮らしてきた以上、割り切った関係だと距離を置いてはいたものの、それなりの情はある。

 ただ、彼女の背後にはシス家の存在があり、”信用、信頼”というものが低いだけなのだ。


「そうか。そうだな。私の立場はそうなるのですね。この案件は私の意思とは別に、シス家から『戻って来い』と言われる可能性もあります」


 フランは悲しげな表情を浮かべた。

 いきなりの話で心の準備ができていなかったということもあるのだろう。

 ミシュラとリティシアは無言を保ち、冷めた目で彼女を見つめていた。

 ここでの話が”彼女の分水嶺になる”とわかってしまっているからだ。


「ラック。手を握らせて貰っても良いですか? その方が考えが纏まる気がするのです」


 ラックとミシュラはフランの発言に驚いていた。

 接触テレパスのことを完全に理解して知っているのは、正妻のミシュラだけだ。

 超能力者は他の誰にもこの能力だけは告げてはいない。

 通常の神経の持ち主では耐えられることではないからだ。

 ラックは少なくとも、漫画からはそう学んでいるし、それが事実だろうと考えている。


 現状で、フランがどこまでラックの能力のことを理解しているのかは不明だ。

 しかしながら、彼女は今ここで”彼の手を取る”ことに、”重大な意味がある”ことだけは確実に理解している。


 そして、彼女はラックの手を取った。

 自らの考えを。

 自身の心を。

 彼に読まれることを理解した上で。


 接触テレパス。

 言葉はもう要らない。

 ラックはフランの心に触れた。

 シス家への想い。

 ラックへの心情。

 ゴーズ家の家族となった全員への気持ちと考え。

 そういったモノの全てが奔流のように流れ込んで来る。


 第二夫人として五年弱を過ごし、夫と正妻、第三夫人を見て来たフランの心情は、変化していた。


「あの輪の中に私も入りたい」


 明確に言葉にして伝えられない、そのような気持ちが芽生え、徐々に実家(シス家)への優先順位が変化して行く。

 現在のフランは完全にシス家を切り捨てられるわけではないが、ゴーズ家とシス家が対立した場合は中立かゴーズ家側に立つ。

 対立することさえなければ、ゴーズ家が困らない範囲でシス家へ便宜を図る。

 そういう考えに変わっているのだ。


 そんな一幕があり、何気に思わぬところで絆が深まった。

 しかし、それとは別に当然の如く、持ち込まれた話に対して「どうするのか?」が話し合われるのである。


「結論として、拒否はできない。と言うか、拒否するのは悪手でメリットがない。気持ち的に『馬鹿野郎。ふざけんな!』と思っていたとしてもだ。となると、後はどこまで条件を捥ぎ取るかだよね」


「ラック。相手が呑みやすい案で、尚且つラックにメリットが大きいと考えられる案が私にはある。だが、この案を通すには、金銭補償の減額がバーターとなる」


「そうか。お金のことは良い。だから、聞くよ」


 目立つから。

 ただそれだけの理由で、売るに売れない魔石は金庫に大量にある。

 いざとなればそれを放出すれば良いのだから、お金に拘る必要はあまりないのだ。

 ミシュラに“良い暮らしを”というだけなら、実はもう稼ぐ必要はなくなっている。

 だが、ラックには自身が安心して住める場所が必要なのである。

 異能の力を持つ異分子な彼の居場所は、王都にはおそらくないのだから。


「十五年間の免税と義務免除付きで男爵の爵位を要求する。義務免除は出兵義務を振りかざされると困るからな。まだ隠しているクーガの魔力量。公表していないが、あの子は男爵位が継げる魔力量を持っているんだろう? 後のことを考えれば爵位は高い方が良い。当然、爵位の要求だけだと王国側の年金負担が増えるから、義務免除期間中の年金は準男爵と同額の金貨百五十枚とした上で、金銭補償の金貨六十万枚から十万枚の減額をバーターとして出す。更に、代替地にトランザ領の追加を要求する。追加だから前の二つに加えてという意味だ。今ならあそこは少し手を入れるだけで拠点機能は果たせるはずだ。こちらは五万枚分。そして最後は塩。塩の生産ができる場合でも、領地のゴーズ領としての保全の確約。十五万枚分。これは権利を買うという意味で、生産できなかったとしても返還要求はしない」


 長々と腹案を語ったフラン。

 少しの間を置いた彼女は、悪い顔になって更に言葉を紡ぐ。


「王国側には、『塩の生産ができるかどうか?』は判断材料がない。そして普通に考えれば、『滅んだ北側二つに塩が作れる場所があったなら、以前からそれは発見されていたはずだ』となる。どうせ、王国側に知られていないんだろう? 海水をゴーズ領に引き込んだのは、ラックがやったことだと」


 全ての要求が通るとは限らない。

 けれども、ファーミルス王国がまだ知らないトランザ領の滅亡という最新情報の提供と復興案がセットの話に、作れるかが不明な塩ができた場合の領地保全権に大金を出す。

 三つの騎士爵領を持てば、どうせ男爵に陞爵は検討されるのだから爵位は前渡しでも悪くはない。

 ゴーズ家の全ての要求を王国側が呑めば、金銭補償は予定の半額になる。

 王国から見た場合、魅力的に思える提案ではあるだろう。

 ラックが後々、塩を作り始めるのが確定だと知らなければ。


 ラックが出す要求を呑むかどうか?

 その決断するのはあくまで王国側。

 よって、結果責任は王国が取るべきである。

 後日、領地保全の違約金が、金銭補償額の千倍に設定されたとしても。


 そんなこんなのなんやかんやで、その日のうちに使者へゴーズ家としての要求条件を伝えた。

 要求の内容が内容なだけに、さすがに使者の判断で呑めるレベルの条件ではなく、持ち帰っての検討となった。

 三十日後に再度使者がゴーズ領を訪れた時には、塩の部分だけ金貨十万枚が上乗せされた条件で再交渉となり、ならばと“違約金を千倍に設定する”という流れになった。




 王国では、最初に条件が持ち帰られた時、塩の部分以外は即、了承された。

 その後、「態々条件で足してくる以上は、ゴーズ卿にはなんらかの見込みがあるのではないか?」という話になり、二つの領地が滅ぶ前の徴税時の検地データを文官たちは必死になって漁った。

 だが、これといった情報は見つけられない。


「ゴーズ卿に新しい地で塩を生産する自信があるのであれば、条件を吊り上げても呑むのではなかろうか?」 

 

 情報を精査するのが嫌になった文官の愚痴が、そのまま採用される珍事が発生した。

 試金石として金貨十万枚の上乗せで再交渉の使者が出向く。

 しかし、ゴーズ家はあっさりと条件の吊り上げに応じて、逆に王国が保全を簡単に反故にできない条件が足されてしまう。

 こうなってしまうと、「そこは代替地で渡すのではなく、北部辺境伯家での開発をさせるべきではないのか?」とまで話が飛躍する。

 飛躍してしまうのだが。




「『シス家で開発を』ですと? 御冗談を。魔獣の領域と対峙してみてから仰っていただきたいですなぁ。機動騎士を三十機ほど、王国で戦力として投入してくださるのであればやりますぞ」


 呼び出されて意見を求められた北部辺境伯は、能面のような表情を保ったままでそう言い切った。

 現場を知る者の言は重い。

 彼は、固定価格で塩の買い上げを提案した。

 “ゴーズ家が自領内で利用する分を除いて、王国による全量買い上げ”という妙案を置いて、領地へと戻ったのであった。

 ちなみに、その案の出所はフランだったりするのだが。


 こうして、ラックはその年の収穫を最後に、慣れ親しんだ領地を離れることになった。


 関所の警備でゴーズ家の直臣扱いの少女たちを“共に連れて行くこと”を、条件に入れるのをすっかり忘れていたうっかり者のゴーズ領の領主様。調印前にギリギリで気づいて、慌てて追加条件としてそれを足すことになってしまった超能力者。「危なかった。最後の最後で、気づいて良かった」と、胸を撫で下ろすラックなのであった。

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