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14話

「『トランザ領が合併を打診してきた』だって?」


 ラックは、ミシュラから今日の午前中にやって来たトランザ領の使者への対応として、“今日明日は逗留して貰って、返答を待って貰っていること”を聞かされた。

 領主である超能力者は、今日も今日とて魔獣の領域での金策とガンダ領での土木作業に追われており、日中は不在であった。

 そこへ、領主代理のミシュラでは返答不可能な案件が飛び込んできたのだから、対処自体は間違ってなどいない。


 ちなみに、トランザ領とは、ガンダ領の北側に接している領地であり、ゴーズ領の北東に位置している。

 勿論、これまでに懇意なお付き合いはない。

 塩の販売関連で、係わりが全くないわけではないけれども。


 トランザ領は何故唐突に合併を打診して来たのか?


 この段階でラックたちは詳細な事情を知る由もない。

 けれども、当然ながらそこへ至った相手側なりの事情は存在する。


 トランザ領は東部からの行商人による塩の供給がなくなったことで、元々余裕があったわけではなかった領地経営が追い詰められていた。

 来年から納税の免除期間がなくなる部分が出て来るため、租税を納める前提だと領民が食って行けなくなる。


 そこで、裕福と思われるゴーズ領の傘下に入り、領内として安く塩を販売して貰い、尚且つ防壁の整備を受けたい。

 可能であれば新規の開墾も。

 この提案のゴーズ家への見返りは、トランザ村の代官に現トランザ領の領主が就任し、そのまま統治する形のゴーズ領トランザ村となる点だ。


 一見、ラック側には持ち出しばかりで、何のメリットもないような話に聞こえるかもしれないが、陞爵の基準に係わって来るので無視はできないはずなのであった。




 陞爵の基準は厳密に言うと、条件が詳細かつ明確に定められてはいない。

 良い意味でも悪い意味でも、国王の最終決定に少しばかり柔軟性があるのだ。

 まぁ、魔力量の最低基準は動かないし、大まかな目安というものはちゃんと存在するのだけれど。


 では、騎士爵領の基準とは?


 村一つ以上を治め、人口五百人相当を食わせて納税義務が果たせること。

 防衛戦力で集落に一つ以上の大砲と、打って出ることの可能なスーツ一体以上。

 尚、スーツを扱うには魔力量五百が最低必要となる。

 そうした事情から領主が特例のケースを除き、五百以上の魔力持ちしか領主になれない。


 準男爵領の基準。

 村二つ以上、人口二千人、スーツ二体もしくは下級機動騎士一機、千以上の魔力持ち。


 男爵領の基準。

 村三つ以上、人口四千人、下級機動騎士二機、二千以上の魔力持ち。


 上記のように、準男爵や男爵も目安になる条件が一応決まっている。

 付け加えると、男爵からは年金支給額が激増する。

 上限は一年間で金貨一万枚までと制限があるものの、当主の魔力量の2倍と同じ枚数の金貨が年金として支給されるのである。

 騎士爵は年五十枚、準男爵は百五十枚で固定なので待遇がガラッと変わるのだ。

 勿論、その分義務も増えるのだけれども。

 そんな事情もあって、男爵への陞爵は実のところそこそこ難易度が高くなる傾向があったりもする。


 ちなみに、特例が適用されている場合は、基本的には当主の第一夫人の魔力量が基準となる制度だ。

 但し、夫人が複数いる場合に第二夫人以降を指定したりや、未成年者が当主の場合に後見人制度を利用するケースもあるけれど。


 これは、男爵以上でしか実質関係ない制度であり、適用例が滅多にないため、形骸化して大半の人には忘れ去られているけれど、制度上はそうなってはいるのだった。


 人口は極論を言えば領主以外が皆無でも良い。

 その人数を食わせることが可能な産業を持ち、尚且つ、租税をちゃんと負担することができれば、誰もいなかろうが目安の倍の人数がいようが、参考程度にしか見られない。

 ファーミルス王国には人頭税がない故にそうなっているのだ。


 余談になるが、建国の立役者たる賢者が「国力衰退の原因にしかならないから、絶対に導入するな!」と念を押した税がファーミルス王国には二つあり、それが人頭税と消費税に該当するもの。

 このような妙な所でも、ラックのご先祖様の影響は色濃く残っているのであった。


 ゴーズ領は既に、ガンダ領を実質抱えている。

 だが、それをないものとして考えた場合、もしも、トランザ領を合併するとその時点で準男爵の基準を完全に満たす。

 ゴーズ領の生産力が大きいため、村二つの条件さえ満たせば、租税の負担の部分までは問題がない。

 ゴーズ領の人口は千二百に届こうかとしており、トランザ村の六百人余を足せば二千が見えてくる。

 ラックが準男爵になればガンダ領を正式に寄子扱いできるようになるため、それを算定に入れられるようになれば男爵も目の前だ。


 年間で王国から金貨五十枚が支給される現状と、ミシュラの魔力量の二倍である金貨四千枚が支給される“男爵”となれる可能性が高い状況への飛躍。

 トランザ領の合併とは、「そんな未来が直ぐそこに!」という、一見美味しい話なのである。




「うん。トランザ領の領主さんは『自分の売り時をよく理解してる』って話だね。僕が使者から接触テレパスで彼らの本音が覗けるって事態はさすがに考慮していないんだろうな。本音が隠しおおせていれば、良い手だったかもしれないね」


 ラックはミシュラから報告を受けた後、逗留している使者と会い、隙を見て接触テレパスを使った。


「真の目的は塩を生産できる場所の略奪か。家の乗っ取りがその手段ってわけだ。内側に入ってから婚姻政策で血を入れて、後継ぎの権利がある子を作り出し、次代かその次の代でってのは遠大な計画だね」


 ラックやミシュラの寿命が尽きるのを待ち、継承権に絡める可能性にワンチャン賭けるような話ならまだマシだった。

 だが、病原菌や毒を使ったゴーズ家抹殺計画が、既に使者から読み取れる時点で完全にアウトだろう。


 使者はトランザ領領主の弟で魔力持ち。

 ゴーズ領の乗っ取りが成功すれば、兄の元で自分も騎士爵として、将来的には村を任せて貰える。

 トランザ領の兄弟間で、そのような話が既にできあがっていたのである。


「貴方。どうされますの?」


「断った場合、武力でこの村や僕らに直接攻撃を仕掛けては来れないけど、人造湖や塩田周辺の破壊工作は検討されているね。それができるできないは別にして、破壊工作をやったからといって彼らの懐が潤う話じゃないから、その点が引っ掛かる。裏で糸を引いてる存在が居るんだろうね。残念ながらそれについては、使者が知らないようで読み取れなかった。質問を返す形で悪いんだけど、今、僕はどうすれば良いのかの答えを出せていないから、先にミシュラの考えを知りたいな。シス家が裏で動いている可能性はあるだろうか?」


 ラックはフランの知恵を借りるべきかを迷っていた。

 ミシュラと二人だけで対応の決断をするか、シス家で育って辺境伯側の視点があるフランを巻き込むべきか。

 裏に彼の家がいるのならば、フランを巻き込むのは藪蛇(やぶへび)であるからだ。


「絶対にないとは言い切れませんが、可能性としては低いでしょう。理由は子供です。彼女はゴーズ家の血を引く娘のルイザを得ました。シス家がここを本気で狙うなら、彼女が男子を産むまで待つか、現時点でわたくしと貴方、わたくしが産んだ三人の子とリティシアと娘のスミンの全員を始末に掛かるか。後は『地位と金銭を用意するので、引き換えに領地を譲れ』と、交渉と言う名の圧力を掛けに来るか。そんな手段を選ぶでしょうね。ですから、トランザ領を使う理由はないように思いますわね。裏で動くとしたら」


 そこまで言ったミシュラはラックの手にそっと手を重ねた。

 言葉に出してしまうと、誰かがそれを知ったらまずいことになるからだ。

 そして、そんな対象と言えば「それは何処か?」となると、彼女が想定していたのは、王家と東部辺境伯家だ。

 更に、非常に低い可能性としては、お互いの実家である二つの公爵家もあったりする。


「考えもしなかったよ。ありがとう。なら、フランを呼んで話をしてみるか」


「それでしたら、今夜はフランに任せますのでその時にでも」


 暗に接触テレパスを使った方が良いという提案だった。

 完全に信用するのはまだ危険。

 ミシュラの言葉は裏を返せば、「フランをそう見ている」ということなのだろう。

 実際、いざ重大事となった時に、「どちらの家の味方をするんだ?」という決断をフランに迫る事態に陥れば、「彼女はシス家側に与してしまう」とラックも考えている。

 始まりが家の事情での婚姻なのだから、それは仕方のないことではあるけれど。


 それはそれとして、ラックはリティシアを呼び、トランザ領について知っていることを尋ねてみた。

 彼の地はガンダ領の北側に隣接している領地であり、”多少なりとも付き合いはあっただろう”と考えての話だったのだが、彼女から出てきた情報は酷かった。

 具体的に「何が?」と言えば、「その内容が」である。


 トランザ領は現在、北側と西側を魔獣の領域と接している。

 以前は北側だけが接していたのだが、ずいぶん昔にゴーズ領に襲来したワームが、トランザ領の西側であり、ゴーズ領の北側にあった騎士爵領を滅ぼしてしまった。

 そして、跡地に魔獣の領域がじわじわと広がった結果、現在では西側も接してしまっているという形だ。


 リティシアからの酷かった話の内容は主に二つ。

 トランザ領の救援依頼で夫のガデルがスーツで出たことがあり、それについての謝礼が言葉のみで済まされたこと。

 二領間で約定を結んでおり、“相互で救援依頼に応える”というのがあったための救援。

 常識として救援行為には、金銭や物品での謝礼があるのが当然であるので、態々約定にそれを明記してはいなかった。

 その点を利用され「お互いに困った時は助け合う。そういう約定だ。救援感謝する」と言葉だけで済まされて、ガデルは帰らされたことがあるというのが一つ。


 更に、西隣の騎士爵領が襲われていた時、“救援を出していなかったらしい”というのが二つ目。

 これはトランザ村の村民がうっかり溢した言葉を、行商人が偶々耳にした情報の又聞きではあるものの、“信憑性は高い”と彼女は判断している。


 ついでに言えば、ガンダ領が襲われた時、彼女の夫は救援を求める使者を出しているのだ。

 だが、救援は来なかった。

 来たのは通常であれば来るはずがない、ゴーズ領の下級機動騎士二機のみである。

 ちなみに、ラックも救援時にはいたはずなのだが、彼女の認識の数には入れられていない。

 地味に活躍はしていたのだけれど!

 出した使者が戻って来ていないので、ワームに襲われてトランザ村に辿り着けていなかった可能性はある。

 けれども、トランザ領で始末された可能性もある。

 この点の真相は藪の中だ。




 ラックはリティシアからの聞き取りを済ませた後、改めて、トランザ領から来た使者に会った。

 超能力者は接触テレパスを使い、確認のための質問を投げ掛けたのである。


「そういえば、今、私の妻の一人として迎えているのが、貴方の住む領のお隣の元領主夫人でしてね。その妻から聞いている話で気になっていたことがあるのですよ。で、良い機会なので一つお尋ねしたい。彼女がガンダ領の危機の時、トランザ領に救援依頼の使者を走らせたそうなのですが、戻って来ていないみたいなのですよ。何かご存じのことはありませんか?」


 彼の心の声が接触テレパスで流れ込んで来る。

 どの使者の話だ?

 直ぐに出るから先に戻ってくれと追い返した後に、後ろから襲って領内で始末した使者は何人か記憶にあるが。

 いや、これは引っ掛けか?

 時期を言わないで俺の不用意な発言を引き出そうってか?

 あぶねぇ。


「すみません。そのガンダ領の危機というのはいつの話なのですか? トランザ家は三つの領と相互救援の約定を結んでいまして、救援依頼の使者が来れば当然、戦力を送り出しています。ですが、時期がわからないと思い出しようがありません。ひょっとしてガンダ領が滅んだ時の話ですか? それがいつだったのかがわからないですけどね。気づいたら廃村状態だったので」


 完全に真っ黒の思考を読み取ったラックは、もう彼の言葉は真面に聞いてはいなかった。

 西側の領地が滅んだ時もガンダ領の時も、おそらく同じやり方をしているのだろう。


「一つ訂正して貰いましょうか。ガンダ領は滅んでいません。領主であるガンダ家当主と後見人が健在ですし、納税義務もきちんと果たされています。村は現在整備中ですが、近いうちに再入植も始まるでしょう。ああ、そうだ、ついでで興味本位の話なのですが、相互救援の約定は現在も有効なのですか? 約定を結んだ前領主のガデルさんはもういないわけですが」


 この時のラックは、彼のあまりの黒さに怒りを感じて、うっかりとそれを表情に出してしまった。

 だが、話の内容を訂正させる部分についてで怒っていると、彼に誤認して貰えたのでセーフである。

 相変わらず運が強い!


「申し訳ありません。廃村状態なのは以前に行商人から聞いておりまして、領が滅んだと表現してしまいました。そうですね。納税義務を果たしている領主が健在であれば、『滅んだ』と言ったのは間違いになります。失言でした。すみませんでした。それと、約定の話は当主が交代すれば結び直すのが通例ですから、自然消滅した物と考えています。それに、現実問題として、現在のガンダ村に人を走らせても出せる戦力がありませんよね? 現時点では新たに約定を結ぶ意味はないと考えます。更に付け加えると、今の案件が実現した後には無意味な話になりますから」


「そうですか。では私はガンダ領の領主後見人の立場として、一つ要求させて貰いましょうか。『ガンダ領とトランザ領の間でガデルさんが結んだ約定は全て無効とする』という内容で文書を作りますので署名をお願いします。勿論、二通作ってお互いに一通を所持する形です。私も署名します」


「それは構いませんが。そんなもの、必要ですか? 通例で消滅していると考えられるものですよ?」


「ああ、現在の領主の彼はまだ幼子ですからね。将来の勉強用の資料という意味合いもあるのです。特に不都合がなければご協力いただきたいな」


 そんなこんなのなんやかんやで、なんとか使者を言いくるめて、昔の約定の無効化を確定させた。

 これでトランザ領がどうなろうと、もうラックの知ったことではない。

 この段階で必要な話は済んだので、今夜は解散とした。

 残るはフランの考えを確認して、明日になってから使者の彼へ結論を伝えるだけである。もう内容は決まったも同然ではあるけれど。


 ラックはフランと一夜を共にし、シス家の暗躍の可能性を彼女から読み取れなかったことにホッとする。

 トランザ領の裏側にいるかもしれない存在。

 その可能性についての彼女の考えは、ミシュラと全く同じであった。


 こうして、ラックはトランザ領からやって来た使者が持ち込んだ領の合併話をすっぱり、きっぱり、はっきりと完璧にお断りした。


 娘が一気に四人も増えたゴーズ領の領主様。「しばらくの間、領内の防備を強化しなくてはならない」と、トランザ領へ帰って行く使者を眺めながら呟く土方親父兼超能力者。「明確に悪意があると判明した相手には、どの段階でどこまでやるべきか?」と、人間相手には基本受け身で先制攻撃をした経験がないために、考え込んでしまうラックなのであった。

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