137話
カクヨム版137話を改稿。
「わたくしたちの滞在先が、『トランザ村ではなく、ビグザ村になる』ですって?」
ミゲラは娘のレイラを伴って、ガンダリウ村で入領待ちの待機期間過ごしていた。
ラックが受け入れ事態を先行して決定し、その情報は既に伝わっている。
それにより、ゴーズ家の当主と彼女との間の婚姻と、レイラをゴーズ家の養女とする、王都の役所に届ける必要がある手続きは既に済まされたのだ。
それはそれとして、実家のカストル公爵家には、ミゲラとレイラの居場所はもうない。
妹のアスラの時と同様で、実父である当主からは、ゴーズ家からの受け入れを拒否された場合の身柄の扱いが事前に告げられていた。
母子共に十年間塔で過ごすことに比べれば、如何にミゲラとしては自身の意に沿わない婚姻であっても、それにしがみ付くしか選択の余地はなかったのである。
そうした状況下で、彼女は妹から突き付けられた現実が、冒頭の発言に繋がっていた。
「ええ。対外的に通用する肩書はゴーズ上級侯爵の第六夫人。但し、上級侯爵は現在妾を三人囲っています。なので、ゴーズ家の内部のミゲラの妻の序列はその下で九位。正妻のミシュラさんに対しても、わたくしに対しても、姉としての振る舞いは許されません。よろしくて?」
アスラは楽し気な気持ちを隠すことのない表情を浮かべたまま、さらりと姉には屈辱的であろう現実を言い切った。
彼女は、自身が再婚でゴーズ家に嫁ぎ、カストル家を出ることになった時の姉の態度を、忘れてなどいなかったからだ。
この案件における、持参金代わりとなる機動騎士。
その部分にもアスラの時とミゲラには差異が存在する。
アスラはゴーズ家との事前の話し合いも絡んでのことだが、最上級機動騎士が与えられたのに対し、ミゲラには上級しか与えられていない。
そう言った面においても、彼女の扱いは格下であった。
「序列については理解しました。ですが、滞在先が領都であるゴーズ卿のいるトランザ村とならない理由がわかりません。その点についての事情の説明を受けられるのかしら?」
「ロディアと、メインハルトが滞在中のトランザ村に、貴女も貴女の娘も滞在が認められるわけがない。単純で明快な理由ですわね。端的に言えば、貴女たちにはラックからの信用がないのです」
「『信用』について言われると、何も言えませんわね」
これでは、ミゲラとしてはラックとの関係を改善して行くための努力のしようがない。
しかしながら、告げられた理由は『不当』とは言い難いのも事実である。
ミゲラがなんとか返答はしたものの、ミゲラとレイラは暗澹たる気持ちになっていた。
それを察していながらも、アスラは追撃をかましに行くのだけれど。
「ああ、そうそう。ビグザ村には所謂使用人の類の人員は配置されていないので、身の回りのことは自分自身でする必要があります。頑張ってくださいね」
追加で告げられた言葉を理解したミゲラは、ガックリと首を垂れる。
後継ぎの男子を産んでいて、正妻である末の妹との立場の逆転は、ゴーズ家にあとから嫁いだ以上あり得ないのは最初からわかっていた。
けれども、アスラが相手であれば話は違う。
もし、ミゲラが先にラックの子を身籠ることが叶えば、その目はあったはずだった。
どのみち、彼女も娘も、現状だとゴーズ家に与えられた環境で生活して行く以外の選択肢は存在しない。
しかしながら、トランザ村から離れたビグザ村に隔離されてしまうと、ラックとの接触自体が難しくなり、そのような僅かな希望も持てなくなる。
カストル家三姉妹の長女が項垂れたのは、瞬時にそれを理解してしまったから。
そうして、短時間の姉妹の邂逅は終了したのだった。
ミゲラ母子の身柄の受け渡しが前倒しされた経緯を鑑みれば、本当のところは客観的に見て今の段階で彼女がロディアやメインハルトに危害を加える可能性は低くなっている。
彼女の母親が正式にカストル家の籍から離脱させられる以上、ここから新たな正妻を排除しても意味はないからだ。
だがしかし、である。
人間は損得勘定のみで動くわけではなく、恨みつらみが原因となる行動も起こし得る。
ロディア母子に危害が加えられる僅かな可能性も排除したい状況下において、ラックやミシュラの下した決定は極めて妥当なモノであった。
勿論、ミシュラが長姉に対して抱く暗い感情も、その決定にしっかりと影響を与えてはいる。
いるのだが、それは幼少期からの過去の経緯を考えれば当然であり、些細なことであろう。
正妻が姉の元へ直接出向いて決定内容を告げず、アスラが嬉々としてその役目を買って出たのを認めたのは、まぁそういうことである。
ラックが南部辺境伯領の領都を整備する作業と並行して、領境に留め置かれていたミゲラの側の事情は、このように推移していたのであった。
王都側でも事態は急速に動く。
ミシュラの母親と幽閉中の元第三王子の身柄の移送と、初期に必要と考えられる物資や人員の手配が漸く済んだところへ、それを待っていたかのようなタイミングで、ゴーズ家から『初期工事完了』の報が届いたからだ。
宰相が全ての手配を済ませて、ゴーズ家やシス家に連絡し、王都側でことを始動させる時期を確定しようとした矢先に、『今からすぐにお願いします』と言わんばかりの話が舞い込めば、事態が動かない方がおかしい。
慌ただしくも二時間後には、南部辺境伯領へ向かう一団が王都を出立したのであった。
本来はゴーズ家に準備完了の連絡して、先方の動向を確認をするために出されるはずだった使者。
その人物は、課される役目を『南部辺境伯領の領都を復興させる人員と物資の王都出立を連絡する目的へ』と変更されて、走り出すことになったのだった。
「まさか、こんな日が来るとは。想像もしていなかったわね。娘を正妻に迎えたはずの貴方が、南部辺境伯家の後継ぎの父親役になるなんて」
「今の私は、相手を選ぶ権利のない単なる種馬だ。だがな、貴女はご自分の歳を考えてくれ。その年齢と身体で、子が産めると本気で考えているのならば、私としては正気を疑うしかないな」
元カストル公爵夫人は、南部辺境伯領へ向かう大型魔道車の座席で、拘束衣で身動きもままならない元第三王子と顔合わせを終えて、雑談タイムへと移行していた。
一行の目的地への到着の予定は、一昼夜の時を経た後になる。
けれど、その間に彼女らにするべき仕事はない。
よって、会話で交流を深める以外にやることがないのであった。
「それは同感ですわね。そもそも王命がなければ、こんな話にわたくしが協力すること自体があり得ませんもの。ただ、わたくしは、ゴーズ家から秘薬の提供を受けることになっています。貴方はご存じかしら? 現在、カストル公爵が実年齢より十以上若い、四十代後半から五十代前半の容姿と体力を保っているのを」
「そんなことが、本当に?」
「ええ。本当です。あの人は若い妻を迎え、待望の嫡男を秘薬を服用したおかげで得たのよ。つまり、秘薬の効果は折り紙付き。ゴーズ家からの情報を鵜呑みにするのならば、わたくしは三十代の肉体を与えられ、子を産んで育て終わるまで生き延びられるようになるようですわ」
齢六十を超える老婆から聞かされて、初めて知り得た情報。
それに、元第三王子は恐怖した。
その恐怖とは、彼が役目を果たす期間の長さと、秘薬自体に向けられたモノであったけれど。
一般論的に『秘薬』と言葉で表現される以上は、それに希少性があって秘匿されており、潤沢な供給量が期待できるモノではないのは確定なのだ。
そもそも、そのような薬効がある薬の存在が公表されれば、入手難易度がどれほど高くとも、なんとかして買い求めようとする者が後を絶たないであろう。
従って、ゴーズ家はそれを武器に、ファーミルス王国内での存在感を増すことが可能であるはず。
なのに、彼の家がそのような行動に出ている節は、過去も現在も元第三王子が知る限りでは感じられない。
だが、眼前の女性や、カストル公爵への秘薬の提供がなされる以上は、特段の事情があり『ゴーズ家が』必要だと判断した相手には処方される、処方できる薬であるのだろう。
これは仮定の話だが、そんなモノをもし、延々と飲ませられる事態が起きたならばどうなるか?
塔の住人には、先が見えない終わりのない地獄が続き、精神を崩壊させる未来しかないのが容易に予測できてしまう。
そして元第三王子は、自身の過去の所業が原因で、ゴーズ家の当主から強烈な憎悪の感情を向けられているのを自覚していた。
つまりは、今の段階で恐れている事態は、実現してしまう可能性が高い。
そのことを、彼は感じ取らざるを得ないのであった。
「そのような強烈な薬効のある薬であれば、相応の副作用的なモノが存在するのではないのか?」
怯えの混じった震え声で、元第三王子は率直な疑問を言葉にした。
自身も服用を強制される可能性がある以上は、事前に知っておきたい事柄だからだ。
どうしても子を望みたい高齢の女性なら、少々の副作用は許容範囲であるだろう。
それぐらいは、重罪を犯すほどの愚か者でも理解はできていた。
なんなら少しくらい危険な副作用の可能性があったとしても、だ。
利益となる、『本来産めないはずの身体で子が産める』という点を天秤にかけてしまえば、リスクを許容してしまうかもしれないのも容易に想像がつく。
しかしながら、強制種馬の役目でしかない男の立場だと、そんなモノを服用したくはないのである。
「それがね。抗い難いほどの睡魔と、意思の力で制御可能な程度の軽い中毒性はあるみたい。七日に一回、ぐっすり眠るだけならば深刻な副作用だとは言えないし、中毒性の問題は自覚して抑え込めば良いみたいよ。そもそも、好きなように好きなだけ服用可能な物量が提供されないから、中毒性をあまり気にする必要はないですわね」
「ほ、ほう。薬効が凄まじいわりには、恐れるほどの危険性はなさそうなのか。それでも、私には縁がないことを祈りたいがな」
「貴方は、わたくしと子供を作ることだけに邁進すれば良いのです。一度目で男子が生まれると良いですわね。無事に役目を勤め上げれば、わたくしから王国へ向けて、貴方に恩赦が出るように口添えをしますわよ」
元カストル公爵夫人が男子を授かり、南部辺境伯家の後継ぎとして育て上げることに成功すれば、それはファーミルス王国への大きな貢献となる。
そうなれば、少々無茶な要求でも王国は実現に向けて努力するであろう。
つまり、彼女が元第三王子に告げた言葉は、まったくの空手形ではない。
あくまで成功が前提だが、この案件を成し得ればそれほどに、彼女の国への貢献度が高く評価されることに繋がる。
しかしながら、問題もある。
その結果が出るのは、かなり先の話になってしまうのだ。
現状だと、元第三王子は塔への無期限幽閉が罰として適用されている。
そんな彼にとっては、元嫁の母親の語った言葉自体は、喜ばしい話には違いなかった。
だがしかし、だ。
最短でも十数年は先の話を餌にされても、それを今のやる気に繋げるのは『無理が過ぎる』と言うモノである。
まぁ、元第三王子に提供される食事にはゴーズ家ジルシの特製亀肉が常時混入されているため、本人の意思とはあまり関係なく身体が使われることになるのだけれど。
そのような内容の会話が、南部辺境伯領へ向かう魔道車の中では続けられていたのであった。
そんなこんなのなんやかんやで、ゴーズ家的に重要視しなくてはならない様々な事態が平行して進む中、ラックは驚きからくる独り言をこぼしていた。
「もう四機目に着手しているとは。でもこれはなんだろう? 機動騎士じゃないような?」
南部辺境伯領での作業を終えたラックは、アナハイ村を千里眼で視て驚くしかなかった。
既に新顔の機体が、三機も稼働していたからだ。
そして、現在製造中なのは、巨大なコの字の形をした異形。
人型ですらないそれは、超能力者の視点からだと、機動騎士ではないように思えた。
ちなみに、予想外の機体製造速度を叩き出せているカラクリは、端的に言えば『ドクが魔力持ちである三人の船長たちを使い倒しているせい』だったりする。
船長たちに下級機動騎士が扱える魔力が備わっている事実が発覚した以降に、ドミニクはまず最初に三体の簡素なスーツを僅か二時間で製造し、それを船長たちに着用させた。
これは作業用に特化しており、手抜きであるが故に外装がない部分とかもあったりするが、人が出せる力を遥かに超える膂力を誇る、『シンプルイズベスト』を地で行く自慢の一品だ。
続いて狂気の技術者は、標準的な下級機動騎士を造るのに必要なパーツを一揃い、組み上げる順も考慮して広げて並べた。
それを見本として、三人の船長たちに、同じ組み合わせを別の場所に並べるように指示を出したのであった。
アナハイ村は、ファーミルス王国基準の騎士爵領と同等の広大な土地の全てを、機動騎士と飛行船のために使用することを許されている地。
彼女が魔道大学校に勤務していた時と比べ、作業に使用できる場所が有り余っているからこそ選択可能な方法なのだった。
ドクは、『随時説明や指示出しが必要な助手は、不要であり、害悪だ』と、本気で思っており、もしそうした存在がいたら『邪魔である』として排除すら考える人物である。
しかしながら、見本通りに部材を並べるだけの単純作業であれば、それも、別の場所で『黙って』必要な準備だけをしておいてくれる便利な助手がいるのならば、話が変わって来るのだ。
幸いなことに、アナハイ村に住む船長たちは、飛行船の簡易整備や簡単な修理を必須の技能として元々身につけている。
それだけに、分野は違えど、モノづくりに対してど素人というわけでもなかった。
更に言えば、『最初の三機分は、当面彼女たちに使ってもらう機体』となる。
ラックの叔母は、三人にスーツと機動騎士を併用させ、別個に作業させる気が満々なのであった。
ドクの今回の機動騎士製造の段取りは、製造速度を最速化するために考え出されていた。
最初の三機はドノーマルで余技のレベル。
必要ならばあとで改装すれば良いのだから、そこは開き直っての製造だ。
五機目からが前座で、この段階からいよいよ高性能機に着手する。
趣味と実益を兼ねた本番の機体は最後。
つまり、その先になるのだ。
勿論、前座で造る機体に、『ちょいちょいと新発想でテストしたい部分が盛り込まれる計画』なのは最早言うまでもない。
では、現在製造中の四機目とはどのような機体であるのか?
その答えは、機動騎士を製造するために特化した、『工場機』とでも表現するのが正しい機体である。
比喩的に船のカテゴリーで言えば、母船を兼ねる移動式ドックのようなモノであろうか?
形状としては、コンテナ船用のコンテナの移動に使用される、ストラドルキャリアに近いのだけれど。
巨大なコの字の形のそれは、内側から見ると側面と天井は壁になっていて、側面の下には移動を可能にする無限軌道が取り付けられている。
側面と天井からは無数の腕が内側に向かって伸びており、内側の壁面に取り付けられているレールに沿って、移動できると思われる操縦席も存在していた。
武装が皆無である以上、戦闘を目的としていないのは一目瞭然であった。
そもそもだが、『機動騎士に分類して良いのかを悩む機体』と言える。
上級機動騎士に使用されるレベルの魔石の入手と、巨大機が置けて運用も可能な場所が確保されていること。
これらの条件が満たされていなければならず、狂気の技術者に構想はあっても、これまでなら造ろうとすらしなかった機動騎士。
この巨大機を製造するために、ドクには三機の下級機動騎士が必要だったのである。
こうして、いろいろと必要な事柄を済ませたラックは、アナハイ村のドクの元へと赴く前に確認がてらの軽い気持ちで千里眼を行使して、視てしまった光景に絶句してしまった。
ドクが完成を目論んでいる機動騎士製造専用機が完成すれば、彼女一人だけで、なんと最短だと二日に一機という速度で、機動騎士を造ることが可能になるのだが、超能力者はまだそれを知らない。
勿論、『モノによる』という但し書きは、当然のように付いてしまうのだけれど。
謎の機体を視てしまったからには、叔母様に事情説明を求めるしかないゴーズ領の領主様。「『見ればわかるでしょう?』とか、ドクからはきっと言われるだろうこと」を事前に予測ができてしまう超能力者。少し先の未来を予想したことで「視てわからなかったから、現地で問い質すことになるんだよなぁ」と誰に聞かせるでもない愚痴が自然にこぼれ落ちるラックなのであった。
お詫び。
体調不良で寝込んでいたため、今月は今日まで投稿できていませんでした。
申し訳ありません。
さて、そんな状況なので今月の投稿回数の予定は数字を出せません。
ですが、なるべく多く投稿させていただきます。
以下は作品の宣伝です。
【最強になった勇者の後日譚 ~転移罠で超空間に飛ばされたファンタジー世界の勇者は、超科学文明が造り出した生体宇宙船を相棒にして大宇宙で自由に生きる~】というスペースファンタジーの長編(50話完結済み)もありますので、未読の方はぜひ読んでやってくださいませ。
その他、【1%ノート ~何故か突然、自室で発見された謎のノートは、書き込んだ事象が仮に天文学的な極小の発生率であっても、必ず1%に固定する超便利アイテムでした~】というローファンタジー(25話完結済み)もありますので、よろしくお願いします。




