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136話

カクヨム版136話を改稿。

「『南部辺境伯領の領都の、復興に向けた初期工事が完了した』だと?」


 宰相はゴーズ家から届けられた書簡に目を通して、そこに記載されている内容が信じられなかった。

 事態の進行速度そのものが異常で信じられないのは当然だが、整備されている場所がおかしい。

 その場所は元々南部辺境伯の領都があった場所であり、今も噴火の影響が色濃く残っているはず。

 つまり、高温の溶岩に覆われているままの地域であるからだ。

 勿論、時間的な意味合いにおいても、『異常事態だ!』と言って差し支えない。


 その情報を得た文官の長は、とにもかくにも見習いの息子と共に必要な対応をするため、すぐにでも動かねばならない。

 ところが、その張本人も部下も、既に現状で疲労困憊の状態だったりする。

 前北部辺境伯から提案を受けた内容に対して、実現のために東奔西走の殺人的忙しさで様々な事柄の調整に追われたのがその原因だった。

 漸く全てを済ませたのが数時間前。

 要は、それが昨日の深夜の話であり、結果をゴーズ家やシス家に知らせる必要があった。

 故に、宰相は朝から使者を出す段取りを始めようとしたのだが、冒頭のそれはその矢先の出来事。

 朝一番で宰相の元へ飛び込んできた情報は、彼の行動の出鼻を挫くモノでしかなかった。


 そもそも、ゴーズ家からの復興支援『も』ファーミルス王国としては当てにしていたのだ。

 とは言え、それは王国からゴーズ家への提案さる予定の話が、全て纏まった後から動き出す事柄でしかなく、本来前倒しで進められているモノでは断じてない。

 しかしながら、思考を進めた宰相は気づく。

 これは、ゴーズ家からの、隠された意味を含んでいるメッセージであることを。

 その隠された内容とは、『最低限の器は、こちらで既に用意した。そちらはそちらで、やることをきっちりやってくれよ!』という要求であり、それが言外に込められているのを悟らざるを得なかったのである。


「『ゴーズ領に存在するほどのモノではないが、高さ十メートル、幅五メートルの長城型防壁を東西南北にそれぞれ三十キロメートル設置し、その外側には深さ五メートル、幅五メートルの空堀が掘られている。その防壁に囲まれた中心部に、辺境伯の住まいとして仮の城が建設済み。また、そこへ繋がる主要道路の整備と、ある程度の区画整理も完了している。但し、城の内装工事は未施工だし、建具の類は未設置。それに加えて、使用するために必要な調度品と用度品は未設置』ときたか。このあたりは他が援助する余地を残したと判断すべきか? うん? 『水源からの水路も整備済み』だと? この『カルデラ湖』とはなんだ? あの地にそんなモノはなかったはずだが」


「父上。いくらなんでも、そんな話はあり得ませんよ。仮にゴーズ家の持つ全ての戦力を振り向けて整備作業を行ったとしても、時間が全く足りないではありませんか。ゴーズ領から彼の地は二千五百キロ以上の移動が必要なほどに、距離が離れているのです。移動に必要な時間を計算に入れると、作業に使えた時間はどう多く見積もっても、今日までであれば三日以下でしょう。それでこの整備内容。可能であるはずがありません」


 宰相の言葉に、次期宰相は正論過ぎる正論で己の見解を述べた。

 但し、その発言が『何を意味することになるのか?』を気づかずに、だけれど。


 このあたり、経験の差が如実に出る部分なのであろうか?


 現役の文官の長は、このような案件においてで、ゴーズ上級侯爵が虚偽の報告を行う必要がないのを理解している。

 よって、到底信じられないような内容の事柄であっても、それを事実として受け止め、追加で動くべき方向へと思考を向けていた。

 ついでに言えば、『あり得ないとは思うが、万一虚偽の報告であったのなら、それはそれで単純に罪に問えば済む』という話でしかない。

 対ゴーズ家に関しては、ファーミルス王国は未払い報酬が山積みとなっている。

 そのため、『むしろ、そうであってくれると、罪に問わないことでこれまでの報酬を幾分(いくぶん)かでも減額相殺できて助かる』という考え方までも可能であった。


 片や未熟な次期宰相は、『信じられない内容だ』と断じて、そう断じた理由を述べただけなのだ。

 仮にそれを前提に事態に対応するのであれば、まず『虚偽の報告だ』としてゴーズ上級侯爵を罪に問うことが確定となってくる。

 その上で、もし報告が虚偽でなかったことが事後に判明した場合には、彼一人の赤っ恥で済ませられる問題ではなくなってしまう。

 勿論、それを避けるために、現地へ人を出して現状調査してから対応する方法も存在するだろう。

 けれども、それはそれで対応速度の問題が発生する。


「緊急案件だからと、『南部辺境伯家再興のために、ゴーズ家の息子(ライガ)シス家の娘(ルウィンの長女)を差し出せ』と、カストル家に要求させるのを、息子や娘を出す側の内諾を得ずに王家が認めたのは一体何だったのだ?」


 もたもたすれば、ゴーズ家からは勿論だが、シス家からも前述のような突き上げを食らうのは必定となるのだ。


 更に言えば、ゴーズ家からは、『当家は最速で最大限の助力をしましたが、南部辺境伯家の重要性を強調するファーミルス王国の対応はそんなモノなのですか?』と、痛烈な直言が放たれる可能性も高い。

 書簡に記された初期工事の内容は、それほどのモノとなっているのだから。


 更に、更に、だ。


 この案件は、元カストル公爵夫人と元第三王子の組み合わせでの強制子作りが予定されており、そこにはゴーズ家が効果を保証する、怪しげな秘薬なるモノの存在が必要とされるのである。

 前北部辺境伯の提案に沿って話を進めている以上、今の段階でゴーズ家と険悪な関係になることは、悪手以外のナニモノでもない。

 そもそも、件の二人の身柄を南部辺境伯領にさっさと送り込み、お家再興計画を始動させることが可能ならば、それは朗報でしかないのであった。


 故に、宰相は自身の息子に問わねばならない事態が発生する。


「試みに問うが。お前はそれを主張してどうする気なのだ?」


 次期宰相は、(宰相)が愚か者を切り捨てる時の冷めた声音を感じ取った。

 しかしながら、残念なことに、それでも彼は自身の発言の問題点には気づけない。

 問題があるからこそ、問われたのだけは理解できていたけれど。


「申し訳ありません。私の発言が『愚かな内容だったのだ』と指摘されているのは理解したのですが、『何がどうダメなのか?』が理解できていません。教えを乞いたいのですが」


 宰相は息子の経験不足を考慮した上で、指摘からダメだったことだけでも悟ったことで宰相失格の烙印を保留とした。

 失格の評価にしても良いのだが、次点の人材は眼前の息子よりかなり劣ることがわかっている。

 よって、『極力、息子を鍛えて使える宰相に育て上げる方向を目指すしかない』というお寒い事情も、保留とした原因であったりするのだけれど。

 

 そんな流れで、王都では次期宰相の成長を促す一幕があったのだった。




「フン、フフ、フンフン♪」


 ラックは鼻歌交じりに、南部辺境伯領の上空に滞在している。

 その場所、高度十二キロメートル付近で、自身の身柄と地表との相対位置を固定していた。

 それは、サイコバリアで身を守りつつ、空中浮揚を駆使しての行動となる。


 超能力者は昔読んだ写本の知識を生かし、上空にある極低温の大気を地表の溶岩へ叩きつけるように次々とテレポートさせる。

 そうやって、急速に冷却を行っていたのである。

 残念ながら、漫画の内容をそのままに真似て、ダウンバーストを発生させることは、ラックの持つ能力だと再現できなかったけれど。


 ゴーズ家の当主は当初、『極地から氷山を運んで冷却する』という、お馴染みでお手軽な方法を実行に移した。

 しかしながら、その方法だと水蒸気爆発が発生して、盛大な音が生じてしまう。

 それでは深夜にこそこそと作業する意味が失われる。

 故に、その手段は断念せざるを得なかった。


 ならばと、ない知恵を絞って講じた次の手段が、遥か上空にあるマイナス七十度の大気を利用する方法なのだった。

 いざお試しでとそれをやってみれば、テレポートで気体を運ぶのにはちょっとしたコツが必要ではあった。

 しかし、運ぶ距離が極地と比べると近いだけに、超能力の行使の面で負担が軽いことに気づかされる。


「(むしろ、何故最初からこの方法を思いつかなかったのか?)」


 気づいてしまえば、前述のような考えがラックの頭に浮かぶ。

 そこから、自身に向ける怒りと悔しさが入り混じった心情へと一旦移行してしまったのは些細なことであり、誰にも言えない超能力者だけの秘密である。

 もっとも、前述の鼻歌の件でお分かりのように、そんな感情が長くは続かないのが、良くも悪くもラックの『らしさ』が出るところなのだが。


 尚、この部分は時系列的にはラックが以前(134話)の夕食会で宣言した十日間の夜間作業の初日であり、冒頭の状況の日時から見れば過去の話となる。


 南部辺境伯領での夜間作業は進む。

 当初の予定では、外周を守る防壁までも整備対象とする計画ではなかった。

 けれども、ラックは作業の途中でこの地に配備される予定の戦力の少なさに気づいてしまった。

 ちなみに、その点に気づいた理由は、自身がガメた魔石のせいなのだから酷い話ではある。


 まぁそれはさておき、そうであるなら、だ。


 魔獣が襲来した場合に、機動騎士が到着するまでの時間稼ぎが必要となるのは誰でもわかる。

 また、元々の予定通りに仮設の城と周辺の更地、主要道路だけを整備して終了とするなら、引き渡し前、あるいは直後に魔獣に侵入されて破壊される恐れもある。

 要は、予定外であった領都の守りも、多少は考慮する必要が出てきてしまったのだった。


 ラックが南部辺境伯領の領都整備に着手してみて、初めて気づいた点は他にもあった。

 どうやら、超能力の行使が以前より楽に行えているのだ。

 つまるところ、バーグ連邦の一件でこれまでにない経験を積んだことが原因で、超能力が成長し、短時間でより多くのことが実行可能になっていたのである。

 それに気づいたことも、降って湧いた追加作業を容認する理由の一つとなる。


 だからと言って、『ゴーズ領と全く同じ防壁を設置する』という考えは、超能力者にはない。

 自領の遠方に全く同じ長城型防壁を設置して、普段目に届かない状況を作り出すことで、侵入方法や破壊方法などの攻略実験をこっそり行われても困ってしまうからだ。

 そんな諸々の事情があっての妥協の産物が、今回設置されたサイズ的にスケールダウンした長城型防壁であり、特殊な加工は省いて、垂直で厚みを持たせた単なる石壁でしかない代物なのだった。


 多くの人間を養う都とするためには、巨大な水源も必要となる。

 以前は、噴火して山頂から三割ほどが吹き飛んでしまった山から湧き出た水が、そこそこ豊富な水量の川となって領都に流れ込んでいた。

 また、地下水脈も別で存在していたらしく、結構な数の井戸も併用されていた。

 しかしながら、ラックが透視で現状を確認する限り、現在は地下水が少量過ぎて都を支える水源としては心もとない。

 南部地域は雨期もあり、年間雨量自体はそこそこある。

 そのため、『器さえあれば何とかなるだろ』と、楽観的な判断を下した超能力者は、噴火口を利用したカルデラ湖を整備し、そこから水を引く造成工事にも着手してゆく。


 ラックがゴーズ村に着任した当初に持っていた力では、ここまでの大規模工事は年単位の時が必要であった。

 今やそれが、僅か十日以内で完了させられる目処がつくほどの力を持つことになるとは。

 人の成長とは恐ろしい。

 いや、これは超能力者限定なのかもしれないが、時の流れと共にゴーズ家の当主が数多の試練を乗り越えて育てた超能力で発現する事象は、紛れもなく本物であった。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックは城と道路、水路以外は更地で、一辺が三十キロメートルで四方の外周を囲う、それなりに強固な防壁を持つ領都の取っ掛かりを完成させた。

 上級貴族家の、それも『たった一家のみから』という条件下で、短期間で行われる援助としては『破格のモノ』と言えるのは誰の目にも明らか。

 これ以上の支援は、他者にお任せするべきであろう。

 しかも超能力者には、この案件での極めて重要な仕事が、まだ他にも残っているからだ。

 偽薬の供給とミシュラの母親への若返りの処置、元第三王子の逃亡を阻止する身柄の管理。

 それらに加えて、最大の難関、『母体を確実に妊娠させる』という、人として踏み込んではいけない事柄かもしれない領域にも手を突っ込む。


 ファーミルス王国がエゴを丸出しでゴーズ家への無茶振りを止めない以上は、超能力者も良心のタガを外して行かねばならない場面が、今後必ず出てくるはずなのである。

 幸いなことに、此度の案件は対象者が明確な犯罪者。

 それ故に、贖罪的行為の一環として、当人たちの意思を無視してアレコレを強制することになっても、罪悪感や躊躇いを持たずに済む。

 特に元第三王子に関しては、被害にあった二十六家の貴族家の心情と事後の苦労を想像すれば、ラックの視点では『まだまだ償いが足らない』とさえ、言えてしまうのだから。


 当主を失い、更に家の保有戦力である虎の子の兵器までも同時に失うこと。

 それは、貴族家の『民を武力で守る』という存在意義に直接関係するため、それほどに意味が重い。

 未だ塔に幽閉されたままの、元第三王子と同罪の東部辺境伯家の元次男についても、その点は同様だ。


「もう良い。許す」


 少なくとも被害を受けた二十六家の全員が、そう言える日が訪れるまでは、強制種馬の役目を終了させたくはない。

 それが、ゴーズ家の第三夫人(リティシア)の命を脅かされた夫としての本音である。

 なんなら、ラックがこっそり出向いてサービスで若返りを行い、罪を償う期間を無理矢理引き延ばしてやっても良いくらいだったりもするのだ。


 王家と三つの公爵家が『安価な鉄の販売や、魔石の固定化技術の独占』という力を振りかざして来るのならば、だ。

 ゴーズ家は『他者にできないことを実現した事実』を突き付けて、力を誇示して対抗する。

 そして、それはゴーズ領を武力でねじ伏せることが不可能であるのを、相手が認めなければ成立しない。

 だからこそ、ラックは少々困ったところがある叔母様(ドミニク)を容認する。

 叔母の持つ斬新な発想と技術は、ナニモノにも代えがたい。

 その上、ドクは、義務や仕事としてではなく、嬉々として機動騎士を『秘密裏に』という条件付きでもガンガン製造してくれるのだ。

 そのような人材など、他に存在するはずもないのであった。


 人と人との交渉で、合意が不可能でどうしても決裂するしかない場合に、最後の最後で頼るモノは暴力でしかない。

 ファーミルス王国における最大の暴力装置とは、『公然のモノ』に限定するのならば、それは最上級機動騎士を頂点とする、機動騎士の個々の性能と数の力だ。


 ゴーズ家の当主は、これまでのアレコレにそろそろキレそうになっている。

 が、ファーミルス王国からの独立や、反逆は容易に選択できる道ではない。

 ゴーズ家の未来を考えると、それはおそらく最悪の手段であることも、理解してしまっている。


 しかしながら、だ。


 噴火災害の発生により、固定化された魔石を大量入手したことで、超能力者の心境は変化した。

 まだ誰にも語っていないラックの心の内では、南部辺境伯家復興の案件は、権力的に無茶振りをされることのない、三つの公爵家と対等の権限を自身が得るための布石でもあるのであった。

 

 こうして、ラックは南部辺境伯領の復興作業の場を利用して、ゴーズ家の持つ力の一端をファーミルス王国内に知らしめることを成功させた。

 厳密に言うのなら、それは『家の力ではなくラック個人の力』でしかない。

 だが、しかし。

 機動騎士の大量保有の目処が立っている以上は、『家としての実力は、どうせ後から付いてくる』と嘯いて、開き直っても平気なのが『現実』というモノなのだった。


 元第三王子の逃亡防止策の一助として、ゴーズ領特産の蜘蛛糸から作られる布で作成された特別製の拘束衣を用意したゴーズ領の領主様。視界も音も遮る仕様であったことが、逆に罪人の精神的苦痛を減らしてしまっていたのには、気づくのに時間を要した超能力者。それに気づいてしまった時、『他のことで、罪人の精神的な苦痛を増加させる手段。何か良い手はないものか?』と、他者が聞いたら物騒に感じるであろう呟きを思わずこぼすラックなのであった。

お知らせ。


11月中に、続きの137話以降を投稿する予定(投稿数は2~15程度で検討中です)


作品の宣伝。


【最強になった勇者の後日譚 ~転移罠で超空間に飛ばされたファンタジー世界の勇者は、超科学文明が造り出した生体宇宙船を相棒にして大宇宙で自由に生きる~】というスペースファンタジーの長編(50話完結済み)もありますので、未読の方はぜひ読んでやってくださいませ。


その他、【1%ノート ~何故か突然、自室で発見された謎のノートは、書き込んだ事象が仮に天文学的な極小の発生率であっても、必ず1%に固定する超便利アイテムでした~】というローファンタジー(25話完結済み)もありますので、よろしくお願いします。

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