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135話

カクヨム版135話を改稿。

「『最上級機動騎士用の、固定化された魔石を手に入れた』ですって?」


 ドミニクはラックが手にしている魔石に目を向けつつ、オウム返しで聞き返してしまっていた。

 尚、この部分は時系列的には過去(131話から134話の間)の話となる。


 最上級機動騎士の製造に回される魔石とは、災害級魔獣を討伐して初めて得られるモノだ。

 ファーミルス王国の過去の歴史を鑑みても、災害級の平均的な出現頻度を考慮に入れれば、その品位の魔石を得られた数自体が百五十には届かない。

 しかも、得られた魔石の全てが最上級機動騎士の製造へと回されたわけでもなかった。

 王国の黎明期に、旧来仕様の使い捨て魔道具の兵器に回されて消費してしまったり、対災害級魔獣戦で最上級機動騎士が完全破壊されてしまったことによって、失われたモノも存在している。

 また、研究用に回され、試行錯誤の過程で失われた魔石だってあるのだ。

 ちなみに、ここでは関係ないが、王家の炉を完成させるまでには、災害級魔獣の魔石が五つも消費されていたりする。


 最上級機動騎士を所持している貴族家は、王家、三つの公爵家、上級侯爵家、四つの辺境伯家、六つの侯爵家しかない。

 その他では、魔道大学校に訓練用の機体が確保されているだけである。

 それらの所持している機体数の合計が、即ちファーミルス王国に存在する最上級機動騎士の全てであった。


 総数で七十五機。


 それが現存する最上級機動騎士の機体の数だ。

 狂気の技術者兼研究者は、なんとその所在の全てを記憶しており、個々の機体の心臓部である魔石の個別の特徴も完璧に把握している。

 まぁ、機体の完全破壊扱いで消失扱いとなった魔石も過去には存在するため、『実はそれが実際には破壊されていなかった』として、あとあとになってそれが世に出ててきた例外的な前例もあることはあるけれど。


 こうした事情から、ドクの中では、雇い主であり甥っ子でもある男の発言は本来あり得ないモノであるはずだった。

 けれども、ラックが手にしているのは、紛れもなく最上級機動騎士用の固定化された魔石なのである。

 また、ドミニクからすれば、信じがたい問題点はそこだけではない。

 彼女の眼前にあるその魔石の特徴に合致するモノを、心臓部として作られた機体が既に存在している。

 それをゴーズ家当主の叔母は、一目で見抜いたのであった。


「ええ。偶然発見したモノなのですけれど、」


「それ、南部辺境伯家が所有している機体の魔石ですわね。どうして、それが、ここにあるのかしら?」


 ドミニクはラックの言葉を遮り、魔石に鋭い視線を向けたまま質問を投げ掛けた。

 この時点で、実質的には問い詰めているも同然の雰囲気にはなっていたが。


「えっ?」


「『偶然発見した』ですって? 『盗み出した』や『強奪した』の間違いではないのかしら?」


 ドクはラックに対しての追求する手を緩めない。

 彼女は、自分自身の欲望には極めて忠実な人間であった。

 そうでなければ、彼女がこの場(アナハイ村)に居るはずもないという現実は、指摘しても誰も幸せにはならないのでそっとしておくべき事柄なのであろう。


「何を証拠にそんな話になるのですか?」


「何を言っているの? その魔石の特徴が証拠でしょうに」


「えっ?」


「知らないの? 他と全く同じ特徴を持つ魔石なんて存在しないのよ。一つ一つが個性のある災害級魔獣から得られるのだから当然ね」


「そ、それは」


「わたくしは、これまでに製造された機動騎士に使われた魔石の個々の特徴の全てを記憶していますの。断言します。甥っ子さん。貴方が今、手にしている魔石は、南部辺境伯領の領都に配備されているはずの機体の心臓部よ」


 投げられた言葉に、ゴーズ家の当主は沈黙して考えを纏めざるを得なかった。

 ラックの視点だと、ことがここに至っては、叔母を相手に誤魔化して今の状況を乗り切るのは最悪の手段に思えたのだ。

 それ故に、超能力者は『全てを(つまび)らかにして、事情の説明を行うしかない』と覚悟を決めたのだが。

 けれども、結論から言えば『ドクの続きの発言によってその覚悟は不要なモノとなった』のである。


「その魔石を使って、機体を新造したいのよね? でも、出来上がった機体を正規品として王国に登録するのは不可能よ。つまり、王国に存在しないはずの機体を造ることになる」


「ああ、それはそうなるのかも」


「良いわね! どんな機体が出来上がっても問題ないなんて最高じゃない! わたくしの好きに造って良いのなら、何も言いません。これはわたくしの勘だけれど、魔石がそれ一つだけってわけでもなさそうね。今後の優先順位の計画もあることだし、持っている魔石の情報は先に渡して頂戴な。ああ、当然だけれど、機体製造に『わたくしが』必要とする物資の全てを、ゴーズ家の負担で用意してもらうわ」


 狂気の技術者兼研究者のドミニクには、実現が絶対に不可能と思われていた機体の構想がある。

 それは、複数の心臓部を搭載し、心臓部の数に相当する操縦者を必要とする機動騎士。

 心臓部を増やすことで生み出される出力は当然のように跳ね上がる。

 そして、攻撃力という面でも、複数の操縦者が存在するとメリットがある。

 兵装で攻撃することだけに専念する人間が乗っていれば、それだけで戦果に差が出るのだ。


 ちなみに、賢者が複座の仕様に拘ったのは、そういう部分も想定してのことだったりする。

 某可変翼機が彼の好みであった事実とは、何の因果関係もないことになっているのは些細な話であろう。

 結果的には、搭乗者と機体の数の関係性もあって、二人搭乗しての役割分担といった運用はされないのが当たり前になってしまったのは、もっと些細なことなのだった。


 尚、ドクは知る由もない話だが、日本のアニメオタクならば、「それって発想が太陽炉を二つ積んだアレと同じじゃね?」と、指摘する可能性はある。

 だが、彼女の夢想する機体は、アレとは違って、一人のパイロットでの運用は不可能であるから全くの別物なのだけれど。


 出力が上がれば、機体に要求される強度や耐久性も当然のように上がる。

 必然的に、従来の機動騎士に使われている素材ではなく、高価で希少な魔獣素材や金属を潤沢に使用して製造する機体となってしまう。

 そうした必要な量の素材を入手すること自体が夢物語であり、金銭面でも多額の費用が想定され、恐ろしい金額が積み上がるのが必定。

 そして、そのような予算を確保することなど、狂気の技術者の持つ全ての権限を行使しても、到底不可能で、ハッキリ言えば『できはしない』のがこれまでの現実だった。


 仮にドミニクのポケットマネーの全てを突っ込んでも焼け石に水。

 そもそも、彼女は元々自腹で様々な費用負担をしていたのである。

 少なくとも、ドクが魔道大学校で機動騎士関連の総責任者としてトップに立っていた時分には、それが事実であった。


 ついでに言えば、仮に夢想した機体を完成させたとして、『どこが運用する(運用できる)のか?』という問題も発生してしまう。

 十五万以上の魔力量を誇る操縦者を三名も必要とする機体を、運用できる貴族家は果たして存在するであろうか?

 ドクの夢見る機動騎士とは、要は運用面での問題もしっかりと存在してしまう機体であった。

 まぁ、構想するだけで終わることであるし、浪漫を追求する機体なのだから、過去の彼女の中では、そんな現実は無視することになっていたわけだが。


 だがしかし、だ。


 ゴーズ家への報酬代わりとして、王国から自身の身柄を甥に与えられたことになっているドミニクの周囲の状況は、ここにきて彼女に予想外に都合が良すぎる方向へと変化した。

 雇い主の意向は最上級機動騎士を新造すること。

 おそらくは仕様についての注文もあったのだろうが、ドク的にはそこは好きにやらせてもらう所存であった。

 そして幸いなことに、ゴーズ家にはラックの子供たちの成長を待ちさえすれば、最上級機動騎士の乗り手が多数存在するのである。


 ドクの視点だと、全ての問題に、解決の兆しは見えていた。


「『ゴーズ家の負担』か。そこはまぁ、できる範囲で対応する」


「それで良いのよ」


「でも、一点だけ指摘しておく。今の時点では機体を新造しても、それを登録できないのは確かだ。けれど、魔石が公式に消失扱いとされてからなら問題はないはず」


「それ、建前上はそうだけれど、長い時を経ていない状況で、要は失ったはずのモノが直後に他者の手によって見つかった場合、『元の持ち主が何を考えるのか?』を想像した上で言っているのかしら? 王国としても、どちら側に味方するかしら?」


 消失が公式に発表された以降の話ならば、元の持ち主となる貴族家が所有権を主張することは『ファーミルス王国の法律上』だと不可能である。

 しかしながら、大切なモノ(機動騎士)を失った状況に心情的な部分を加味して考えると、「優先買取させてくれ。価格も格安でな」となる、なってしまう可能性は非常に高い。

 ラックが逆の立場ならば、そのような話に持って行きたくなるし、上に立つ王国が調整役としてしゃしゃり出てくるのも想像に難くないのだ。


 叔母の指摘で、超能力者はその点に気づかされた。

 もちろん、強引に法を振りかざしてことを進めるやり方もできなくはない。

 けれども、それでは不要な恨みも買うことになるのは必定であろう。


 南部辺境伯家の機体に限定すれば、「ゴーズ家からの復興援助の代償だ」と、主張することも可能かもしれない。

 だが、「では、当家は将来的に必要な機体を、どこから調達すれば良いのだ?」と、問われると困る。

 絶対数がないモノだけに、『譲り渡せ圧力』が発生するのは最早『必然』と言って良い。


 更に言えば、だ。


 今回の案件で得られた魔石は、他家のモノもかなりの数が存在する。

 対応に格差をつければ、それだけで付け込まれる隙となるし、恨まれる原因になりかねないのだ。


 考え込む甥っ子に対して、ドミニクは更に言葉を紡ぐ。


「秘密裏に機体を製造して運用し、耐用年数が限界になったら心臓部を流用してまた新造すれば良いでしょう? そのくらいの時が経っていれば、正規に登録しても問題はないでしょうね」


 ラックの叔母による提案は、あるいは悪魔の囁きの類であったかもしれない。

 けれども、それは、二人の間にある利害関係が許容範囲内どころか諸手を挙げて歓迎するレベルとなれば、ゴーズ家の当主は受け入れる以外の選択肢などないのが実情であった。


「運用するのはゴーズ領か、魔獣の領域でしょう? 製造後の機体の心臓部は外部から見えないのよ? 機体の数の誤魔化しは必要になるけれど、その部分は容易ではないかしら?」


 トランザ村やエルガイ村へ新造の機動騎士を配備した場合は、王都からやってくる人間の目に触れる可能性は高い。

 けれども、ゴーズ領は広く、今後も拡大して行く予定なのだ。


 先に挙げた二つの村以外、特に北側の村の周辺で運用するならば、徴税の調査時くらいしか王都の役人はやって来ない。

 しかも、ゴーズ家には『税の免除期間』というモノが現時点では存在している。

 つまり、当面はそうした人間が立ち入る可能性はないのであった。

 よって、所有している機体の数の誤魔化しはできてしまう。

 付け加えると、機動騎士の必要性が高いのは、開発の余地がある地となる。

 そうした面を考えても、配備運用するのに完全整備済みの領都となるトランザ村や、それに準じる扱いのエルガイ村は適してはいないのだった。


 そこまで思考が進むと、ラックはドクの発言内容を肯定するしかない。


「うん。叔母様の仰る通りだ。内密に機体を製造して運用する。この方針で行こう」


「了解よ」


「けれど、僕からの注文も付けさせて欲しい。ゴーズ家としては機体数の確保を優先したい。上級以下の機体で構わないから。時間の掛かる趣味全開の浪漫機体は後からゆっくりと造ってくれないか? どのみち、必要な魔獣素材を確保する時間も必要だしね」


 利害が完全に一致した二人は、ガッチリと握手を交わしてこの話題に終止符を打ったのであった。

 ここまでが、前話までで語られていなかったアナハイ村での一幕なのである。




「上級以下でも複数の心臓部を持つ機動騎士を造ることは不可能じゃなかったけれど、出せる出力を考えると意味がなかったから造らせてもらえなかったのよね。理論上の段階で、ひとつ上のランクの機動騎士に劣る性能しか出せない機体の存在価値なんて、ないのも事実だし」


 ラックから固定化された魔石の全てを渡されたドミニクは、誰に聞かせるでもない言葉を呟いていた。

 雇い主が去ったのちに、狂気の技術者は最終的に造る機動騎士に思いを馳せる。

 そうして、『どの順番で、どういった機体を製造するのか?』の構想を練り上げてゆく。

 彼女は機動騎士の製造に、一般的な技術者が使用しない機動騎士やスーツを駆使する。

 そのため、たった一人で機体の全てを造り上げるくせに、その製造に要する時間は、通常の工程で他者が作る場合と比較すると遥かに短い。

 もっとも、他者と作業の進捗状況のすり合わせをおこなったり、製造段階で設計図を確認したりするのをすっ飛ばせるという事情も、多分に影響したりもしているが。


 全てを頭の中に記憶していて、それを他者に伝えて理解させる時間が必要ないドクのやり方は、他の誰にも真似ができない最高効率を叩き出す。

 具体的に言えば、『ドミニクは他者の半分以下の時間で一機を造り上げること』が可能だ。

 それでも、彼女が一機を仕上げるのには、『通常ならば』三十日という時間が必要になるのだけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、ゴーズ領は機動騎士の更なる大量配備への一歩を踏み出した。

 これは、ファーミルス王国にその計画の全容が知られれば、反逆を疑われるどころでは済まない所業である。

 だが、最悪テレポートで機体をどこにでも運んで隠してしまうことができるラックや、機動騎士愛に溢れたドミニクにとっては、歯牙にもかけない些細なことなのであった。


 こうして、ラックは自身の子供たち用の上級以上の機動騎士を複数確保する目処を付けた。

 現段階でファーミルス王国と敵対する気は毛ほどもない超能力者ではあったが、相手側も同様であるとは限らない。

 また、先のビグザ村への災害級魔獣の襲撃という前例もある。

 どのような状況にも対処できるだけの戦力を、ゴーズ領は準備しておく必要性が出てきていたのだった。


 叔母様に特急での機動騎士量産を、依頼し終えたゴーズ領の領主様。どんな機体が出来上がるのかを、この時点では全く想像していない超能力者。漠然と、「急ぎだから、標準的な仕様の機動騎士を潤沢に魔獣素材を使って造るんだろうな。それだと、少し性能が良くなるかな?」と考えていて、趣味人の暴走がもたらす結果を悟ってなどいない。機体の完成後に突き付けられる現実で、驚愕する未来が待ち構えているのを、全く理解していないラックなのであった。

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