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133話

カクヨム版133話を改稿。

「『先代の北部辺境伯から、面会が申し込まれた』だと?」


 当主を息子に譲ってシス家の相談役へと退いた老人が、態々王都へ出向いて来るような用件。

 そんなモノに、宰相は心当たりが全くなかった。

 しかも、先触れを出しての面会予約ではなく、「既に到着していて、上級貴族用の待合室で待機している」と聞かされれば驚くしかない。


 北部辺境伯家の先代の当主となる人物の、そのような行動が示す事態とは一体何か?


 それは、重大で急ぎの案件に他ならないからだ。


「急な来訪となっているのは先方も承知です。ですので、『宰相殿の都合がつくまでゆっくりと待たせてもらう』とのお言葉でしたが、いかがいたしましょうか?」


 情報の伝達のために走ってきた新米の文官は、弾ませた息が整う間もないうちにそう問うてきた。

 宰相的には、『なかなかに状況判断の良い若者だ』と値踏みをしつつも、自身が十五分以内に向かうことを告げて、その場の話を打ち切ったのであった。




「シス家の当主交代の手続きの時以来で、久しぶりですな。今日はどういった用向きで王宮に?」


 次期宰相を紹介して、型通りの挨拶を行ってから、宰相はずばりと本題へと切り込んだ。


「おや? 私が出向いてきた理由。それに心当たりがないのか? それはそれは。当家の存在価値はファーミルス王国にとって軽くなってしまったようだな。残念なことだ」


 シス家の前当主は、『心外である』という態度を隠しもせずに言葉を発した。

 彼は孫娘の件が、『自家への打診を事前に行うことなしに進められた』という事実から、現状のような対応がされるのを、薄々察してはいたのだ。

 それでも、宰相に自覚が一欠けらもないのを実際に目の当たりにしてしまえば、王国への怒りと失望が同時に発生してしまう。

 それは、感情面では仕方がないことであろう。


 それはそれとして、だ。


 宰相側からすれば、『前北部辺境伯の発言内容が、看過できるものではない』のは言うまでもないのである。


「待たれよ。どうして、どこからそのような発想へと至ったのだ? ファーミルス王国にとって、北部地域の安定に貢献している北部辺境伯領の重要性は、これまでもこれからも変わりないのだぞ」


「ほう。『北部辺境伯の娘を、新たに爵位を継ぐ南部辺境伯の正妻に据えることが決定している』という信頼性のある情報が当家に入ったのだが。ここでは寝耳に水の話であるようだ。つまりそれは、どうやら誤報だったようだな? こちらとしても、『我が家の娘を、何の打診もなしにそのように扱う話があるはずはない』と考えてはいたのだ。が、情報の出元を鑑みると確認なしに放置もできぬでな。だからこうして、『万一を考慮して、確認に来た』というわけだ。これは失礼をした。私の早合点であった。非情に申し訳なく思う。謝罪させてもらおう。宰相殿の貴重な時間を浪費させて、すまなんだな。私は安心して領地へ帰るとしよう」 


 宰相の返答に、呆れるしかなかった前北部辺境伯。

 彼は、途中で『しまった』と失敗を悟った表情へと変化した次期宰相の失態を確認しつつ、表面的には平静を保っている宰相に対し、謝罪の言葉まで一息に語って頭を下げた。

 相手側に発言の途中で遮ることを許さない、一気呵成なそれは『老獪さの賜物だった』と言えよう。 


 そうして、シス家の相談役は即座に席を立つ。

 北部辺境伯領の領都へ帰るために。


 まぁ当然の如く呼び止められて、それを阻止されるのは織り込み済みのパフォーマンスなワケだけれど。


「待ってくれ。私が弁明をする機会が欲しい。まずはもう一度席についてくれないか? シス家に対してこちらの不手際があった点を謝罪をしたい」


 平静を保っていた態度から一変し、慌てて前北部辺境伯を引き留めに入った宰相(実父)の無様を晒す姿。

 そこに、息子である次期宰相は驚くしかなかった。


 次期宰相は残念なことに実務経験が足りておらず、当事者意識が薄いからこその冷静さ、あるいは鈍感さがある。

 その部分が、そうした『驚き』という反応に繋がっているのだが。

 そして、その未熟者である彼自身をシス家の相談役がしっかりと観察していて、落胆の度合いを更に強めていることにも本人は気づいていない。

 悪化している事態を息子によって、更に悪い方向へと加速されている父親は不幸であった。

 宰相は、『眼前の人物の機嫌を直してもらう方向に、知恵を振り絞って全精力を傾けねばならない』と言うのに。


「おや。ということは、『当家が掴んだ情報は正しかった』と。そう認められるわけか? 宰相殿」


「ああ。認める」


「そうですか。ならば、『当家が王国に軽視されている』となるのだが?」


「それは違う。すまなんだ。確かに事前にシス家に話を通しておくべき案件であったのに、南部辺境伯家の再建にばかり意識が向いていて、重要なことを失念しておった。誠に申し訳ない。当主殿への正式な謝罪の使者も大至急出す。此度の失態、それで許してもらえないだろうか?」


 元シス家の当主としては、宰相があっさりと事実だと認めたことと、謝罪が即座に行われたことは満足できる部分となる。

 しかし、それで全てを水に流すわけには行かない。

 それが、建前上は遠路遥々と王都に態々出向いた自身の立場だった。

 ただ、実際の移動は、娘婿の助力のテレポートの恩恵を受けて、ショートカットしていたりするのだけれど。

 まぁそんな立場であるが故に、先代の北部辺境伯は更に言葉を紡ぐ。


「私の一存で、その点に言及する権限はない。許す許さないは現在の北部辺境伯が判断する話だ。しかし、個人的な感情を含めた発言がこの場で許されるのならば、言いたいことはあるがな」


「なるほど。そういうことならば、是非とも貴殿の考えを知りたい」


 宰相は立場上、ここで、前北部辺境伯から『個人的』な見解を聞かずに帰らせる選択は取れるはずもなかった。

 次期宰相である息子が同席していて、事態の推移を見ている以上は『手本とならねばならない』という自負もある。

 過去の事例を以て判断を下すのであれば、眼前の老人が王都に出向いてきた以上、直接怒りをぶちまけるためだけにやって来たとは考えにくい。

 彼が良く知るシス家の前当主とは、そのようなタイプの人物ではないからだ。

 在任中はファーミルス王国の北部を問題なく統治し続け、次代へと無事にバトンを渡すことを成功させた前当主。

 宰相が知る限り、目の前の人物はこのようなケースだと、必ず王家側に提案できる案をセットで持っているはずなのである。


「では。はっきり言わせてもらう前に事実確認を行うか。南部辺境伯家を再建するに当たって、『あの家の人間が噴火の被害で全員死亡している』という認識から話が始まっているな?」


「その通りだ」


 前提となる認識のすり合わせはどうしても必要なため、話がどれだけ長くなろうともこれは不可避な工程であった。


「魔力量が辺境伯家基準を超えていて、南部辺境伯家出身であるが故に現在も影響力が期待できる。婚姻で領外へと出ていたために、今も生き残っている血が濃い人物の該当者。それが、カストル家の正妻のみである。その点も間違いないな?」


「間違っていない。それ故に、カストル公爵から王家に持ち込まれた話に、こちらで修正を加えたのだ」


 今回の案件は、王家からカストル家に水を向けるのは下策であった。

 そのため、宰相はカストル公へ『噴火に伴って、南部辺境伯家が全滅した情報だけ』を流したのだ。

 カストル家の跡取りが絡んだ妻の序列の問題は、外部からでも明らかであった。

 そのため、公爵が自ら動いてくれる可能性が極めて高かったからこその、判断でもあったわけだが。


「カストル公爵家はロディア(後継ぎを産んだ側室)を正妻に据えて、『メインハルトが正妻の子である』という形式的事実が欲しいであろうから、今の正妻を『実家の再建』という本人が納得する形で排除できる此度(こたび)の案件は、渡りに船の事態であろうな。それに巻き込まれようとしているゴーズ家と当家にとっては、迷惑極まりないが」


「すまぬ」


 宰相は、謝罪の言葉で短く返答しつつも、前北部辺境伯の発言から『カストル家当主の正妻を交代させたい理由』を自身が勘違いしていたことに気づかされた。

 けれども、そこは今重要な点ではない。

 勿論、軽視して良い事柄ではないけれど。

 ここで重要なのは、眼前の人物の発言の中で『当家』以外に『ゴーズ家』という言葉が出た部分となる。

 つまり、眼前の老人の怒りの理由には、『娘婿の家(ゴーズ家)への差配について』も含まれている。

 それが判明した点は『要チェック』となるのだった。


「カストル家からゴーズ家に持ち込まれた話。これに王家が関与していて、持ち込まれた内容についても当然把握しているな?」


「関与も内容の把握も事実だ。勿論、認める」


 話がここまで進めば、宰相らにとって前北部辺境伯が先に語った『信頼性のある情報』の出所は、明言されずとも明らかになる。

 シス家の情報網が独自に動いて得た情報ではなく、当事者から情報を得ているのであれば、信頼性はあって当然だ。

 両家の親密性を鑑みれば、ゴーズ家に届けられた書簡にシス家の当主が直接目を通している可能性すらも存在するのだから。


「内容についてだが、現カストル家の正妻が公爵家の籍を離れて南部辺境伯家の籍へと戻り、新たな当主の後見人として、実質中継ぎで当主代理となる条件。それは、『彼女の孫であるライガを南部辺境伯に据え、その婚約者である私の孫娘を南部辺境伯家の正妻にする』という話で間違いはないか?」


「ああ。間違いない。疑問点があるのでこちらからも確認したい。貴殿はゴーズ卿と事前に話を済ませていて、ここでの話はゴーズ家の意思も含んでいると解釈して良いのか?」


「うむ。私がここへやって来れたのは、ゴーズ卿から詳細な事情を説明していただけたのが原因だからな」


 長々と続いた前提となる確認事項のすり合わせが、ようやく終わった。

 そうなれば当然、話はその次の段階へと移行する。

 宰相が知りたいのは、眼前の老獪な人物の『個人的見解』という名の、解決策の提案内容なのである。


「真っ先に言っておくのは、『今回の案件でゴーズ家も当家も、持ち込まれた話に従う気は微塵もない』という点。ここをまず明確にしておく」


「ふむ。しかし、貴殿らもファーミルス王国の上級貴族に名を連ねる家。そうである以上、『南部辺境伯』という存在が王国に必要不可欠であるのは理解しておるだろう?」


「ええ。それは勿論。しかし、だからと言って、私どもの家『のみ』が何の利益もなしに一方的に負担だけをする(いわ)れはありますまい」


 シス家の前当主としては、理解を示して当然の部分は当たり前に肯定する。

 しかしながら、だ。

 別途、『それはそれ。これはこれ』の部分の主張をするのもまた、正当な権利となる。

 つまるところ、この場の彼は、正論だけで宰相の言葉に対処可能であった。


「『のみ』とは人聞きが悪いな。カストル家も現在の正妻を失う。除籍して南部辺境伯家に籍を戻すのだが?」


「おかしなことを。それはカストル家にとってメリットが大きい話なのは、先ほど確認したばかりではないか。それを『負担だ』と主張するのは無理があるな」


「まぁそう言われれば確かにそうだが。しかし、元正妻を出す以上は、復興への援助もするのは確定であるのだし、負担が全くないわけではない」


 宰相は自身が不利な言葉の応酬であるのを承知の上で、それでもなんとか理屈をつけて理解を求める方向に話を進める以外に道はなかった。

 何故なら、『会話での理屈の取り合い』という面では、事前に大き過ぎる不手際があったせいで最初から敗北が確定しているから。


 この状況下での宰相側の勝利条件は二つ。

 一つは、実現可能な南部辺境伯家の再建プランを得ること。

 もう一つは、自身も含めた王家側への評価をゴーズ家とシス家の両家からできる限り下げないこと。

 その二つが、宰相的是が非でも達成したい目標になるのであった。


「それを言うのであれば、従わないので無意味な仮定となってしまうが、一つ確認をしておこう。『ゴーズ家と当家が息子と娘を出した場合、実家からの復興への援助はさせない。他で全てを賄う』と明言してくれるのか?」


 痛いところを突かれた宰相としては、ぐうの音も出ない。

 南部辺境伯に据えようとしていたライガ(ゴーズ家の息子)とシス家の娘の婚約が好都合なのは、まさにその点も加味されての話であったからだ。


「それは無理だ。すまないが仮定の話であることだし、忘れてくれ」


「私個人の見解としては、『王族内で人材を見繕って南部辺境伯に据え、カストル公爵夫人の籍を戻した上で、実務采配を一定期間全権委任する後見人に据える王命を出すべきではないか?』と思っている。勿論、資金援助も国費負担でな。けれどもその方法では、南部地域の貴族家の反発が起こるのも容易に予測できてしまう。そこで、だ」


 シス家の当主を退いた老齢の男は、一旦言葉を切って宰相と次期宰相の二人の様子を確認した。

 ここから先の話には、常識的に信じがたい内容が含まれるからだ。

 少なくとも、真摯に受け止めて話を聞く姿勢が感じられなければ、とても提案できる内容ではないのである。

 ただ幸いなことに、『この場にいる二人ならば、問題はない』と判断されたけれど。


「南部辺境伯領を『正式な南部辺境伯を選定するまで』という条件を付け、暫定の特例で最大二年間の期間限定で王家の直轄地としてもらう。その期間中の実務は、当然だが、『元』カストル公爵夫人に任せる。そして、最初の一年間で、南部辺境伯家の籍に戻った彼女には『王命で』子作りをしてもらおう。魔力量の観点から、父親役として幽閉中の元第三王子を指名したい」


「待て待て。年齢的に妊娠も出産もあり得ないはずであろう? 仮に可能だったとして、それが彼女の実子だと誰が信じるのだ?」


 宰相はようやく披露された想定外過ぎる提案内容に驚きつつも、なんとかその案の不備を指摘する。

 しかしながら、その一方で『もしもそれが可能ならば』とも考えざるを得ない。

 そうであるなら、『如何様(いかよう)にして元第三王子を塔から出すのか?』の算段が必要とされるからだ。

 提案を全面否定するような、極めて常識的な感情も存在する彼の頭の中では、実のところその点の検討が既に開始されていた。


「妊娠と出産の部分は、ゴーズ家が所有する希少な薬の使用で『なんとかなる』と聞いている。カストル家にメインハルトが生まれたのは、それの恩恵もあってのことらしいので、効果のほどは折り紙付きだ。もし結果的に一年経った段階で良い結果が出なかった場合は、ライガと当家の孫娘の件を再検討する用意がこちらにはある。つまり、『自信がなければこのような提案はしない』と解釈してもらって構わない」


「なるほど。しかし、客観的に『実子』と受け入れられるかどうかの部分が解決していない」


「問われた『実子かどうか?』は然程問題とはならない。手続き上は、最初から生まれた子を両親不明の高魔力の子として扱い、実母が養子に迎えれば済む。両親の魔力量からの推定になるが、王族級の魔力量の子が期待できる。そのため、南部辺境伯家の血筋で魔力量が辺境伯家には相応しくない者を配偶者と定めれば問題はなかろう。そうしても次代は辺境伯家基準の十五万の魔力量は維持できるはずだ」


 そんなこんなのなんやかんやで、二者プラス見学者一名での長時間の話し合いは、休息を挟んで続けられ、結果的に宰相は提案された内容をほぼ丸呑みするのを前提とした段取りに奔走することとなる。

 提案者である前北部辺境伯は、満足げな表情でシス家が王都に所有している邸宅へと移動し、結論が出るまでの待機期間を過ごした。

 そのような流れで、ラックと義父が密談して纏めた話は実現する方向へと舵が切られたのである。


 こうして、ラックは直接的に王家やカストル家に交渉を持ちかけることなく、ゴーズ家の意思を貫くことに成功した。

 但し、最終的にミシュラの母親に仰天の王命を呑ませるのには、事前に密書を送り付けて『過去の秘めたる罪状をネタに脅しをかける』というサポートをこっそりと行ったりはしているけれど。


 王都での交渉を、頼れる義父に全面的にお任せしたゴーズ領の領主様。義父に交渉を行ってもらっている間に、アナハイ村で最上級機動騎士の新造を目論んでしまう超能力者。新たな最上級機動騎士欲しさから、南部辺境伯領で入手した固定化された魔石を持ち込んでしまったが故に、それを一瞥した叔母様からは強烈な疑いの目を向けられてしまうラックなのであった。

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