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132話

カクヨム版132話を改稿。

「『ミゲラ姉様が領境に到着している』ですって?」


 ミシュラは、サエバ領との領境となる旧デンドロビウ領に設置された、ガンダリウ村からの発光信号で来訪者の存在を知っていた。

 通常であれば、最長でも二時間程度で(ラック)が対処する案件である。

 しかしながら、家臣がそれを待たずにトランザ村へ書簡を届けに走った。

 その事実は、それを『急ぐ事態だ』と判断したことを示していた。

 そうして口頭で受けた報告から、知った現状が冒頭の発言に繋がっているのであった。


「形としては『使者』として赴いているそうです。ですが、娘のレイラ様もお連れになっていて、乗機ごとそのままゴーズ家への受け入れを希望されています。ですので、『持参した書簡の内容への返答は、カストル家へ別で使者を立てて欲しい』と語られました」


「わかりました。どちらにせよ、当主判断が必要な案件ですし、受け入れるにしても伝染病対策で待機期間が必要です。ですから、とりあえず二人をそのままガンダリウ村で待たせて。遅くとも明日の朝には、返答します」


 ミゲラはカストル家が保有していた上級機動騎士を駆って、単機でゴーズ領へとやって来ていた。

 使者の役割を果たす者としては、単機行動自体はそうおかしな話ではない。

 けれども、カストル公爵家の長姉とその娘という立場の人間の組み合わせとしては『異常』と言える。

 通常であれば、使いっ走りの役目を担うことそれ自体も、異常なことでしかないけれども。


 それはそれとして、だ。


 持参金代わりとなるであろう、乗機として持ち込まれた機体は上級。

 ミゲラは、魔力量的には最上級の機体が扱える人材である。

 にも拘らず、上級に搭乗してやって来ているのは、カストル家に最上級の機体で出せるモノがないのを示していた。

 まぁ、機体を出したカストル公爵家の視点に立てば、当主専用機は言うに及ばずで、予備機も確保が必要であるからには、数に余裕のない最上級機動騎士をホイホイと出さないのは当然の措置でもあるわけだが。


 そうした機体に纏わる現状はさておき、ひとまずは家臣に指示を済ませて職場へと戻したミシュラ。

 一息ついた彼女は、届けられた未開封の書簡へと目をやる。

 ミゲラを含めた娘と母親の三人の身柄は、カストル公爵と家宰を交えた話し合い(65話)の結果、現在ゴーズ領に滞在中のロディアとメインハルトとの『入れ替わり』の交代の形で実現するはずであったのだ。

 けれど、何の根回しもなく急に変化した事情。

 それが、おそらくそこに書かれている。

 ミシュラはそう考えていた。


 では、急に変化した事情とはなんだろうか?


 最近起こった重大な情勢の変化を鑑みると、直近であるなら南部辺境伯領で起きた噴火の話くらいしか思い当たるモノはない。

 そこまで思考が進むと、カストル家の三女だったミシュラは、やって来たのが長姉と娘だけで母親がいない点に不自然さを感じてしまう。


 ミシュラはラックから南部辺境伯領の惨状を聞かされた時に、『アスラも自身も何故そこに思考が向かなかったのか?』が、今改めて考えてみれば不思議なくらいにも思えた。

 何故なら、母親がゴーズ領に来ない意味を考えた時、漸く母の実家が南部辺境伯家だったことを思い出してしまったからだ。

 どう考えても、書簡に書かれている内容はロクでもない話なのが彼女の中では確定してしまった瞬間である。


 領主の代行の立場だと、当主不在である以上開封して中身を確認する権限はある。

 しかしながら、予想の段階で既に筋が悪い話なのと、カストル家へ返信は独断で行うレベルのことでもない。

 結局、ゴーズ家の正妻は、書簡の開封を先送りした。


 ミシュラは目の前にある今日片付けねばならない執務を優先し、思考にノイズが入ることを良しとしなかったのであった。




「ミゲラとレイラの思考を読んだから戻って来た。たぶん、もう届いた書簡に目を通す必要はないと思うけどね」


 そう言ったラックは、唐突にミシュラの前に姿を現した。

 夫がテレポートでやって来るのに慣れている正妻は、それに驚くことはなく未開封の書簡を渡す。

 彼女が家臣から書簡を受け取ってから、まだ一時間強しか経っていない。

 時間的に考えれば、今の現状は夫がガンダリウ村に超能力での対処が必要な来訪者があったことに気づいた段階で、直ぐに対応した結果だ。

 つまり、予想通りロクでもない話なのが、超能力者が急いで戻ったことからも理解させられてしまうのである。


「送り込まれる人員に母の姿がない時点で、良くない状況なのを想定していましたけれど。で、何が書いてありますの? そこには」


「聞いても激昂しないようにね。先に言っておく」


「よほどのことが要求されていますのね?」


「ああ。『ライガを南部辺境伯家の当主に据えろ』って話。『それが嫌なら、代わりとなる男子をミゲラかアスラとの間に授かるように』ってさ。ついでに言うと、『今のライガの婚約者を、南部辺境伯家の正妻としろ』ってのもある。あと、現地の後見人として、ミシュラの母親が付くそうだ。『本当なら成人が近いクーガを据えたいが、そこは譲歩している』と書いてある」


 ラックは吐き捨てるように書簡の内容を語った。

 ミシュラには「激昂しないように」と言った張本人が、かなりのレベルの怒気を纏っているのがありありとわかる。

 彼女としても怒りを感じるのは事実なのだ。

 だが、夫が激怒しているのを見てしまうと、若干は冷静になれる。

 どうやら重視されているのは、自身の子の持つ血筋と魔力量の問題であるのが彼女には理解できた。

 だからと言って、『それに従うのか?』は全く別の問題なのだけれども。


「なるほど。わたくしの息子たち(クーガとライガ)は南部辺境伯家から見た続き柄だと姪孫(てっそん)になりますので、血が入っていますし、混ざった血も公爵家と上級侯爵家のモノ。貴方の母親(テニューズ公爵夫人)も考慮に入れるなら、王家の血だって入っていますから、血統的には超優良ですわね。ライガはシス家から辺境伯の最低基準を余裕でクリアする魔力量の娘が婚約状態であるから目を付けられましたか。ライガの魔力量の情報がなくとも、仮に基準に足らなくても、問題はないわけですわね」


 血筋だけを追って議論するのであれば、ミシュラの言は正しい。

 但し、クーガもライガも、『魔力を全く持たない欠陥貴族』と揶揄されるラックと、『カストル家の出来損ない』と言われた過去を持つ彼女との、そんな二人の間に産まれた子供であることを、無視するのであればだが。


「ふぅん。血の繋がりはわかるけど、『姪孫』ってのは初めて聞く単語だね」


「『大甥(おおおい)』という言い方もありますけれどね。っと、そこは重要な事柄ではないでしょう? で、どうなさいますの?」


「クーガもライガも他所へ出す気なんて僕には微塵もない。ミシュラもそれは同じだろう?」


「勿論です」


「だから、そっちはそれを前提として対処方法を考えよう。それとは別で、本当に行われるかどうかはわからないけれど、ミゲラとレイラは僕が受け入れを拒否すると『塔へ送られる』とカストル家で言われて出されている。そこだけは、アスラの時と同じだね」


 アスラの時と違うのは、南部辺境伯家の本家の人間の血筋で、尚且つ高魔力の男子が求められる話となっている点。

 以前に詰められた話と身柄の扱いが変更になる可能性が発生したため、カストル家側の視点で、「反故にするよりは前倒しをして、選んでもらった方が角が立たない」という考えから実行に移された案件だ。


 方法論としては、南部辺境伯家の血が入った家の魔力量が基準に届いていない男子を中継ぎの当主に据え、ミゲラを娶らせて子を望むという手段もあった。

 けれど、それはミシュラたち三姉妹の母親から拒否されている。

 また、カストル家側としても、ミゲラが母子共に南部辺境伯家に在って、実権を握る事態は好ましくはない。

 メインハルトが当主となり経験を積むまでは、潜在的に敵対する力のある家が増えるのは避けたいのが本音であった。

 そのような利害関係が絡んだ末の状況ではあるのだが、ラックやミシュラには知り得ない部分を含んだ、大迷惑な話なだけなのは間違いがなかったのである。


「息子たちの件に関しては、夕食会で皆に知恵を出してもらうとしましょう。わたくしには、今すぐに『これだ』という案はありませんから。でも、貴方は他に相談できる方がいらっしゃるわね? まだ時間があるので、打開策を伺って来てくださる?」


「こういう話だと、サイコフレー村にいる元国王(ダーム)は向いてないかな? となると、シス家一択になるか」


「ですね。出自が大元はカツーレツ王国の貴族で、爵位がそれほど高かったわけでもないダームには、荷が重いでしょう。現当主(ルウィン)の娘が絡む話でもありますから、シス家が良いですわね」


 そんな流れで話は纏まり、ミシュラは執務を続け、ラックはお義父さん(シス家の前当主)の知恵を借りに行くことが決定されたのであった。




 チリン♪


 今日も今日とて、北部辺境伯家の当主の館には、ラックがやって来た合図のベルの音が鳴り響いた。

 しかしながら、この合図の音は前当主で現在は相談役を務めるルウィンの父が、詳細を明らかにせず秘匿し続けているモノでもある。


 現当主としては非常に気になる事柄ではあった。

 けれど、その音を聞くと緩んだ表情でいそいそと厳重に施錠された部屋へ向かう当人以外は、誰も事情を知らない案件で調べようもない。

 ルウィン的には、父がそこで重要で秘匿性の高い情報を得るケースがあることを察している。

 そのため、『個人的に子飼いにしている暗部の人間から、報告を受けているのか?』と推測しているに過ぎなかった。


 現実はゴーズ家の当主との密会だったり、孫娘のルイザに会いに行くお忍びへのお迎えだったりするのだけれど。




「えー。今日はシス家の娘さんにも関係してくる話で、知恵を借りに参りました」


「ほう。それはライガと婚約したルウィンの娘の件か? 可愛い孫の一人なのだから真剣に考えねばならんな。で、どうした? 何が起こったのだ?」


 ラックは(つまび)らかにミゲラがやって来てから現在までの状況を語った。

 シス家の相談役でもある義父は黙って聴いてはいるが、その表情は徐々に険しいモノへと変化していた。


「つまり、『南部辺境伯家を存続させるために、ゴーズ家の息子とシス家の娘を差し出せ』という話なわけだな? それも、無償で。いや違うな。仮にそうなった場合、両家は実家として援助を手厚くせねばならない。つまり実質的には、『持ち出しで負担もしろ』という話だな?」


 義父は、怒りを滲ませた低い声で、確認の意味も込めて娘婿に問うた。


 北部の要であるシス家は、統治方法の一環として婚姻政策を重視している。

 従って、このような話には激怒するのが当然の反応だった。

 ラックが語った内容が事実であれば、シス家的には養女でも庶子でもない直系で貴重な高魔力の女性が、何のメリットもなく『単に奪われるだけ』に等しい。

 しかも、事前に何の打診もない状態で、だ。


 更に言えば、『物理的距離が遠過ぎる地へ、頼れる者がほとんどいない状態で嫁に出す話』でもある。

 こっそりと監視を付けるにしても、その情報が届くまでの時間が必要となるのは想像に難くない。

 また、届いた情報を元になにがしかの手を打つとしても、結構なタイムラグが発生せざるを得ないのだ。


 シス家の前当主としても、祖父の立場としても、とても許容できる内容の話ではないのは明白であった。


「援助については書かれてはいませんが、まぁその部分は既定路線でしょうね」


「それしか考えられんな」


「『南部辺境伯という存在がファーミルス王国に必要ない』とは言いません。ですが、だからと言ってゴーズ家とシス家のみが一方的に命令されて、南部辺境伯家の存続に力を貸すのは筋が通りませんよね?」


「その通りだ」


「で、『これを何とかする知恵はないものか?』と。そういう話なわけですが」


 義父はラックの言葉を受けて、瞑目して思考の海へと沈む。

 一番良いのは南部辺境伯家の本家の人間で存命の者がいることなのだが、災害状況から察するにそれはあり得ない。

 次に考えられるのは、南部辺境伯家出身のカストル家の正妻に、南部辺境伯の当主となれる息子がいれば話は簡単なのだが、それもない。

 そもそも、そんな男子がいれば、あの家のこれまでのゴタゴタはなかったのである。

 付け加えると、彼女は年齢が年齢だけに、ここから先に男子を出産する可能性もないのだ。


 血筋だけを言えば、南部辺境伯の本家の血縁者は存在するであろう。

 だが、そこには『辺境伯基準の魔力量をクリアしているか否か?』の問題が付いて回る。

 そして、その魔力量の問題が解決できないのは明白となる。


 また、現実問題として、血縁者を立てたとしても、これまで辺境伯家の傘下に入って従っていた家が全てその立場を継続するとも限らない。

 後ろ盾が弱い当主で、しかも特例が適用されるようなお飾り紛いでは、離反者が続出しても不思議はないからだ。


 そう考えると、悔しいが持ち込まれた話は『南部辺境伯家を安定的に存続させる』という一点において、非の打ち所がない案であった。


「残念なことだが、単純に何らかの理由を付けて断る以外の方法がない。本来はより良い案を提示して、そちらに乗り換えさせるというのがベストなのだがな。此度の案件だとそのより良い案そのものが存在しない。ゴーズ卿の正妻の母親に男子が生まれていればやりようはあったのだが」


「おお、あるんじゃないですか。そんな簡単なことで良かったのか。けれど、父親が問題ですね。今のカストル公爵が父親の男子だと、子を手放すわけがありませんし。離縁してもらうことが前提になるとして、高魔力持ちの父親役に心当たりはありませんか?」


 ラックにとっては、この段階で『超能力の行使と、亀肉の供給で解決可能な問題に成り下がった』という認識に切り替わっていた。

 バーグ連邦の一件で、『若い女性の身体の構造』と言うか、『生殖機能』と言うかについて無駄に詳しくなった超能力者には、若返りを含む超能力の行使を躊躇う案件ではなかったのである。


「待て待て。どこが簡単なのだ? 齢六十をとうに超えている女性に、子が生まれるはずがないだろう」


「そこはまぁ、こちらで何とかします。ぶっちゃけ、両親不明の高魔力の男子をミシュラの母親の養子扱いにしたってことで誤魔化して、後見人として彼女が立てば問題ないでしょう。実子なら、彼女は後見人に喜んでなるでしょうしね。ゴーズ家としても彼女は引き取りたい御仁ではないので、南部に厄介払いできると思えば、復興の援助も『私にできる範囲』でしますよ」


「そんなことが可能なのか? しかし、父親役が問題なのか。魔力量が高くなくてはならんな。最も簡単なのは、塔に幽閉されている廃嫡された元第三王子なのだが」


 シス家の相談役は驚きから口では娘婿に問い掛けつつも、『『簡単だ』と言い切るからには目の前の細身の男には、何らかの特殊な手段が存在するのであろう』と考えた。


「(テレポートというあり得ない異能を持つ人物ならば、そういうこともあるのだろう)」


 そんな感じで、それより先の思考を放棄しただけでもあるのだけれど。


 そんなこんなのなんやかんやで、ラックはお義父さんに王家とカストル家に孫娘の件で苦情を入れてもらうついでに、無理を通してもらう話を纏めた。

 それは、以降にある夕食会で再検討をしてからの決定にはなるが、具体的には、『カストル公爵の離縁の話と、ミシュラの母親と元第三王子の身柄を一年間の期間限定で譲り受ける』というモノ。

 ただし、『もしそれで事態に進展がなければ、当初の提案内容を再検討する』という一見厳しい条件付き、ハッキリ言えば『ゴーズ家やシス家に不利な話』となったのだが、それでも超能力者には勝算があったのである。


 こうして、ラックは王家の意思を含むカストル家からの無茶振りを、なんとか躱す算段をつけた。

 ミシュラの母親へ宛がう相手についてで、「いくらなんでも対応が厳し過ぎるのではないか?」と、心配した義父へは、納得してもらうために彼女の過去の罪状をリークせざるを得なかったのは些細なことなのである。


 無茶振りには無茶振りでやり返すゴーズ領の領主様。ミシュラの母親については、「扱いが粗雑になっても仕方がない」と考えてしまう超能力者。「だって、ロディアの暗殺を企てて、暗部にそれを命じていた人だから仕方ないよね」と、ボソリと呟くラックなのであった。

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