129話
カクヨム版129話を改稿。
「『入領時に受けた検査を、もう一度受けるように』ですって?」
リムルは起き抜けに伝えられた情報に、驚きと寂寥を同時に感じていた。
彼女は『自身がゴーズ家の人間の誰か一人からだけでも、現時点で信用されている』とは思っていない。
それでも、だからと言って再検査を自身だけが指定されて受けることには思うところがある。
「(外部の人間扱いは、どうしたら終わるのかしら?)」
そう考えざるを得なかったのだ。
勿論、『信頼』とか『信用』などと表現される形のないモノが、構築されるのにはそれなりに長い時間が必要なことは重々承知している。
だがしかし、だ。
「(早くゴーズ家の一員として認めてもらいたい)」
リムルはラックに対してそのような意思表示を、これまでにはっきりとしてきている。
そうした自負があるのである。
まぁ、そんなリムルの内心や事情的なモノはさておき、彼女が問い返してしまった以上、それを受けた侍女としては主に返答をしなければならない。
「はい。ですので入領時に留め置かれたあの場所への移動要請が出ています。『旧デンドロビウ領の南側の関所へ、至急向かって欲しい』とのことです」
侍女の役目を熟してくれる昔からの側付の女性が、衣装の準備をしながら主の言葉に答えた。
「それは構わないけれど。別にあの場所に拘らなくても良いでしょうに。『向かうのは構いませんが、この館内で検査を受ける方がお互いに時間を有効に使えると思いますので、場所の変更はいかがでしょうか?』と、伝えてみて。その間にわたくしは身支度を済ませます。そのくらいはそろそろ一人でなんとかするわ。ここで生活して行く以上は、ここの流儀に慣れないといけませんからね」
伯爵以上の爵位を持つ上級貴族家ならば、当たり前に行われている着替えや入浴に専用の侍女が付く生活を、ゴーズ家の面々は行っていない。
専属の侍女に近い働きをする『ラックの直属』と言える古参の娘たちがいるにはいるのだけれど、歴史のない一代での成り上がりの家であるゴーズ家では、雇っている使用人の絶対数が少ないからだ。
要するに、信用できて雇い入れられる人間の数が限られており、上級貴族的な生活の全てを賄えるほどに、人手が足りてはいないのであった。
もっとも、さすがに客人となるカストル公爵夫人のロディアと、その息子のメインハルトには、少し多めに人手が割かれてはいる。
しかし、リムル母子の受け入れについては、それと同様には扱われない。
何故なら、二人の滞在は、最低限の身の回りの世話ができる人材を連れて来ることが前提となっていたからだ。
ゴーズ領へ長期滞在するにあたり、領境で入領を許可される人材を選ぶことがリムルとフォウルの二人の側の責任範囲だったのである。
そもそも、元公爵令嬢であるはずの正妻のミシュラや、同じく元公爵令嬢で元王子妃でもあるアスラが、ゴーズ家の領主の館で生活するのに所謂側付を必要としていない。
但し、そのような生活環境は、上級貴族の生活の在り方としては異質であるのは間違いない。
だが、新興の男爵家以下のレベルであれば自然なことでもある。
特に『辺境の準男爵以下』という条件に限定すれば、『何をか言わんや』のお話となってしまうのだから。
魔力を全く持たない超能力者が当主を務めるゴーズ家は、今は上級侯爵の爵位を賜っている家であっても、少し前までは男爵であった。
更にもう少し時を遡れば、新規の騎士爵でしかなかった。
しかも『特例』という文字がおまけで付く家だったのだから、家の成り立ちから考えれば、「現状がおかしい」とも言えない。
リムルの視点からしても、双方の実家の公爵家から、当時は王領であった辺境の領地を捨扶持として買い与えられ、実質的に縁を切られて追い出されたに等しいラックやミシュラに、付き従うような公爵家所縁の使用人がいたはずもないのは明白である。
そんなゴーズ家特有の事情はさておき、リムルの指示を受けた女性は、ラックの執務室へと急いだ。
結果として、ゴーズ家当主の妹の意見は、概ね実現したのだけれど。
例によって例の如く、関所での尋問を行う爺様の容姿に化けたラックは、リムルに与えられている居室へ足を運んだ。
「それでは、お手に触れさせていただきますね」
「ええ。どうぞ」
接触テレパスを発動させたラックには、リムルの思考が流れ込んで来る。
質問をする前の段階で、奔流のように彼女の考えというか想いが伝わってきてしまったのであった。
それは、端的に言えば、『自身がゴーズ家の一員となって、骨を埋める覚悟』となる。
付け加えると、『愛息にもそれを植え付ける教育を行うつもり』もあった。
「ゴーズ家の秘密と指定されている内部情報を外部の人間に漏らさない。その誓いに命を懸けることができますか?」
「勿論です」
リムルは何の躊躇もなく即答した。
そして、ラックに伝わって来る心の声が、それを真実の言葉だと裏付けていた。
この時の超能力者は、最初に手を触れた段階で先に流れ込んで来た情報から、質問する予定だった内容を変更して無駄な手間を省く方針へと舵を切る。
何故そのような変更が起こったのか?
それは、アスラもそうだが、リムルに対しても『秘密を厳守させる催眠暗示を掛けることは不可能』という現実があるから。
要するに、王家に王子妃として嫁ぐような女性は、そうした訓練を受けているからだ。
何の話かと言えば、『もう答えが出ているも同然の妹の覚悟を改めて問い、その答えを得てから、テレポートと遺伝子コピー、若返りなどの第二夫人以降の超能力者の妻たちが知っている能力を開示する、覚悟を決めた』という話である。
ちなみに、正妻のミシュラが前述の妻たちの範囲に含まれないのは、『接触テレパスの詳細を知っているかどうか?』の部分に差があるから。
長年ラックに連れ添っている正妻が持つ絆は、他の誰よりも深い。
それに加えて、ミシュラの精神性が、部分的に常人の域を超えている証でもあるわけだが。
「そうですか。では、貴女の息子さんや、直属の侍女さんはどうでしょうか?」
「わたくしから言い含めることは致します。その上で、今されているのと同様の確認を行っていただくのが最上の方法かと存じます」
ラックは満足できる答えが、妹の発言からも心の声からも確認できた。
そうして、超能力者はテレポートの能力を行使する。
覚悟の決まっているリムルへの対応として、超能力の行使を見せることが正解なのか?
こうした状況下で「何が正解か?」などラックにもわかりはしなかった。
けれども、言葉を尽くすよりも、現実を見せるのが最も手っ取り早いことだけは確かであった。
続いて、到着したガンダリウ村の尋問用の部屋において、リムルの眼前でゴーズ家の領主は変装を解く。
「なるほど。お兄様の力を見せてくださったわけですね。少なくとも、わたくしはそこまでは信用を得られたのですわね」
「うん。まぁそういうこと。これは僕だけが持っている特別な力だ。そして、ゴーズ家の最大の機密事項でもある。外部にこれを漏らそうとした場合は、手段を選ばない対応を取るのを承知しておいて欲しい」
「その点は安心してくださってよろしいですわよ? そもそも、わたくしには『そうしたい』と思える対象がいませんからね」
自嘲気味に言うリムルは、予想していた兄が持つ特別な力を知ることができ、重大な秘密の共有者になれたことに満足していた。
しかしながら、彼女が安心したところへ、超能力者は新たな爆弾を投げ込む。
「意地の悪いことを聞くけれど、フォウル君や、連れて来た侍女の命を盾に取られたとしても同じことが言えるかい?」
手が触れたままであるため、即座にリムルの心の声が流れる。
それは!
本当に意地が悪いですわね。
わたくしが最も大切にしている二人を天秤にかけさせようとするだなんて。
でも、お兄様。
わたくしがそのような事態も含めて、お兄様の持つ力を予測した上で頼ったことをお忘れなのではありませんこと?
お兄様が持つ力は、そうした悪意からわたくしたち三人を守ることが容易なはずですわ。
仮定の話として、攫われるなどの事態までは起こったとしても、それを伝えて助けを求めれば対処してくださいますわよね。
ただし、殺されてしまってからではどうにもならない。
それは、想定できる事態のうちの最悪ではあるけれど、『ゴーズ領から出ない』という条件下であれば、考慮しなくても良いでしょう。
トランザ村は王宮内よりも安全でしょうね。
つまり、言えますわね、「お兄様の持つ特別な力を信頼していますし、するしかない」と。
「『お兄様の持つ特別な力を信頼していますし、するしかない』それがわたくしの答えです。挙げられたのが大切な者であるのは間違いありません。ですが、盾に取られて脅されても、唯々諾々と従うことはありません。『助けて! お兄様』と泣きつきます」
「わかった。緊急事態の発生時にはできる限りのことはする。約束しよう。ああそうだ。『脅し』と言えば、リムルは自らの過去の発言が、受け取り手側の判断次第で『脅しだ』と受け取られても不思議じゃないことには気づいていないのか?」
正解と思われる答えを返し、ホッとしたところに別件が追加された。
リムル視点では、危ない感じの質問が追加で突き付けられた状況となる。
片や、問うた側のラックからすると、この場で済ませられる範囲の面倒事を、全て解決する気になっていた。
なので至極当然の展開ではあるのだが、不幸なことにリムルはそれを知らない。
ついでに言えば、『脅しだと受け取られてもおかしくない発言を、彼女自身が過去にしている』という自覚もないわけだが。
「すみません。心当たりがありません。一体わたくしのどのような発言がそれに該当するのでしょうか?」
「ああ。やはり自覚はないのか。先に言っておくが、僕自身は脅しをかけられたと思っていない。当事者同士の認識として、発言した側も、聞いていた側もそのような認識がなかったのが今改めて確認できた以上、本来は問題ない」
ラックは一旦言葉を切った。
流れ込んでくる妹の思考を受け止め、考えを纏めながら長めの発言をするのは実のところ難易度が高いからだ。
実際、リムルからは困惑の感情が現在進行形で流れ込んで来ているのである。
「話した言葉を正確に覚えてはいないが、内容的には僕の持つ能力に気づいているのを何度も伝えて来ていたことだね」
リムルは絶句するしかなかった。
兄から秘密を打ち明けてもらい、秘密の共有者となること。
それこそが、単なる庇護を受ける者としての弱い立場から脱却する最善の方法。
リムルとしては、そう考えていたからだ。
そして、弱い立場からの脱却を目指したのは、そのままでは切り捨てられる危険性も存在するからである。
ゴーズ家の一員として認められ、ガッツリと内部に入り込まなければ、そういう意味合いでの安心を得ることなどできない。
婿入りが決まっている息子だけは別なのかもしれないが、我が身が可愛いのも事実なのだった。
リムルの立場からすれば当たり前の思考であり、それ故の手段として最良と考えられていた発言。
それは、兄へ意図が曲解されることはなく、正確に伝わっている。
よって、過去の彼女の言動は「完全な失敗だった」とは言えない。
寧ろ、思い描いた未来を掴み取った現状から鑑みれば「成功している」とさえ言えるだろう。
けれども、その成功の裏で『兄への脅迫を行った妹』と、他者から事実無根の後ろ指を指されてはたまらないのが本音であった。
「要するにだ。『秘密を知っているから、ばらされたくなかったら私に従え!』って言っているのも同然で、『それって脅迫じゃないの?』って受け止める人間がいてもおかしくないって話。あとは、僕らの関係を『元々、親密な仲良し兄妹だったわけじゃない』と周囲は認識している。だから、僕がゴーズ領に妹を引き受けるのは不自然に見える。で、『そうせざるを得ない何かを妹側がしたんじゃないか?』って勘繰られることもあり得る」
絶句したまま思考の海へと沈んだ妹へ、超能力者は流れ込んで来る彼女のそれを読み取りつつも、なんとか説明の言葉を紡いでいった。
そんなこんなのなんやかんやで、最終的にラックは今後同様な手口に頼らないことを確認した上で、リムルと口裏合わせを行うことで合意した。
勿論、エドガとの婚約は暫定であり、別に発生するであろう婚約話除けを主目的としたモノであることを再確認したのは言うまでもない。
また、もしも将来それが実現してしまった場合でも、正妻の権限自体を行使できない確約を書面として残してからの合意であったけれども。
ちなみに、兄妹が口裏合わせを行った密約的な内容は二つとなっている。
一つは、過去にリムルがラックに対してしてしまった他者から誤解されかねない発言はなかったことにすること。
もう一つは、「テニューズ家の現当主や双子の兄である次期当主からの要らぬ横槍を避けるために表面上は疎遠で無関心を装っていたが、実は裏ではコソコソ親密にしてました!」と言い張るという少々無理があるモノ。
特に二つ目の内容は強引過ぎる嫌いがある。
しかしながら、これなら当事者である二人が言い張れば済む話であり、連絡役はリムルに付き従う女性が務めたことにしてしまえば、『他者からは親密度の虚偽の証明は不可能』と言って良い。
もっとも、『事実である』という証明も不可能なのだけれど。
「さて、お兄様。お話は全部済みましたし、他の二人への確認も済んだからには、わたくしからの次のお願い事も勿論承知されていますわよね? まさか、年増の外見のままの嫁を、可愛い孫のエドガ君にあてがったりはしませんわよね?」
「うん。まぁそれはね? けど、急いで行う必要もないような?」
「わたくし、昔から『姉』という立場に憧れておりましたの。ただ、機動騎士に乗れなくなっても困りますから、十五から十八あたりの年齢の容姿で今後十五年ほど過ごせるように要求します。細かな部分はお任せしますわ。『エドガ君からお姉様と慕われ、そのまま婚約者として過ごしたい』と考えているのも、たぶんご存じなのですわよね?」
こうして、ラックはリムルとの問題に一区切りをつけた。
実母の容姿が変装で激変したと受け止めているフォウル君(彼は物理的に変質した肉体だとは知らない)からは、「『母上』って呼ぶのを躊躇う外見に変装させるのは、『ゴーズ領の特産品の広告塔としての意味合いを持つのです』と説明されても納得しかねます」と苦情が入ったのは些細なことなのである。
妹案件のゴタゴタを整理し終わって「一息ついたかな?」と思った翌日に、王都からとお義父さんからの急使の来訪を立て続けに受けてしまうゴーズ領の領主様。フォウル君から出たリムル関連の至極真っ当な苦情は、ミシュラたちに対応を丸投げしてしまう超能力者。届けられた急報の内容に、「一難去ってまた一難。南部辺境伯領って呪われてるんじゃない?」と思わず呟いてしまうラックなのであった。




