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127話

カクヨム版127話を改稿。

「『北部辺境伯からルイザへの婚約の打診があった』ですって?」


 リムルは仮の滞在先となっているトランザ村の領主の館の一室で、驚きの情報を得ていた。

 驚いたのは魔力量が不明なはずのフランの娘(ラックの第二夫人の娘)に対して、シス家から嫡男の正妻とする婚約が打診され、それに伴って嫡男の現在の婚約者を第二夫人へと降格してしまう内容であったからだ。

 確かに『実家の爵位』という観点で見れば、『上級侯爵の娘を正妻とし、侯爵家の娘をその下に置くのは間違い』とは言えないのだろう。

 だが、魔力量が辺境伯家の正妻に相応しい現在の婚約者より、新たに正妻となるルイザ(フランの娘)の魔力量が極端に低かった場合はどうなるのか?

 もし、そんな事態が発生すれば、今代と次代に次々代の三世代にまたがる根の深い問題に発展するのが確実となってしまう。

 勿論、リムルの推測では、ゴーズ家の娘たちの全員が高魔力の持ち主となっている。

 そのため、ルイザが嫁ぐことになる婚約が強行されても、その心配が杞憂に終わる可能性は高い。

 けれども、推測はあくまで推測であって確定ではないのだった。


 また、それに加えて、だ。


 リムルが知る限り、自身と同様のゴーズ家の娘たちについての推測をできる、もしくはできたと考えられる人物はそもそもほとんどおらず、その少ない該当者の中に第二夫人へと降格される元々の婚約者の関係者はいない。

 つまるところ、北部辺境伯がした婚約の打診とは、決まっていた婚約者の実家に喧嘩を売る行為以外の何物でもなく、他者から見れば正気を疑うレベルの話でしかないのだった。

 故に、冒頭の言葉が思わずリムルの口から出たのである。


 それはそれとして、何故、リムルがそのような情報を得られる、トランザ村の領主の館にいるのか?


 ゴーズ家は当初、王都から避難の名目でやって来たリムルとフォウルの滞在先として、アウド村かビグザ村を候補地としていた。

 けれども、彼女たちの滞在先の希望はトランザ村であったのと、ビグザ村に災害級魔獣の侵入を許した事件の発生が、その考えを改めさせることに繋がった。


 そうして、ラックらは当初の予定より安全性が高いエルガイ村を、新たな滞在の候補として検討を開始する。

 しかし、彼の村はこれまで、トランザ村にやって来た客の一時滞在先として、ある意味トランザ村の領主の館の別館的な利用が常態化していた。


 もしそのような地へラックの妹とその息子を滞在させると、今後そのような利用方法が『リムルたちの安全面の確保』という意味合いから不可能となってしまう。

 よって、エルガイ村のその役割を、デンドロビウ村に一旦移す計画が持ち上がって行く。

 しかしながら、そちらはそちらで、将来的にリティシアの娘のスミンに婿を取って任せたい予定地だったりした。


 結局、リムルやフォウルへはなし崩し的に、トランザ村の領主の館に一室を与えたままで、ずるずると時が過ぎてしまう。

 もっとも、母子の視点からすれば願ったり叶ったりで、文句は何もない状況なのだけれど。


 とにもかくにも、そのような事情でリムルはトランザ村にて、ルイザの婚約話の情報を得られる立場にあったのである。


「明らかに無理筋の話ですので、ゴーズ上級侯爵が受け入れないことは確定です。ですが、それだけで済むはずもなく。『今後の事態がどう動くのか?』について、私にはわかりかねます」


 リムルに残された、たった一人の子飼いの女性。

 彼女は、主の驚きに対して冷静に答えを返した。


「最終的には、お兄様の『ふざけたことをぬかすな!』に対して、北部辺境伯は平身低頭での謝罪とお詫びの何かを差し出す未来しかありませんわね。ですが、ことがそこに至れば、シス家の相談役がそれだけで済ませるはずもありません。おそらくクーガへは無理でも、ライガへ血縁関係のある孫娘を出してくるでしょう。それも、最低でも魔力量二十万を超える人材を見繕うでしょうね」


 元は第二王子妃だったリムルは、その座にいた過去の経歴に相応しい予見能力を有していた。

 そして、腹心に対してすらも、言葉に出して語らなかった内容の部分もある。

 この件が北部辺境伯の独断での失態であることも、リムルは察知していた。


 なんだかんだ言っても、シス家にはそれなりに有能な人材が揃っている。

 現在の当主は、交代したばかりで経験が足りていないために失策はあり得るのだろう。

 けれども、その当主は完全な無能ではない。

 逆に言えば、『そうであるからこそ、今回の件が当主の独断での失態』と、リムルは察知できてしまうのだけれど。


 また、ファーミルス王国としても、北部辺境伯は国内での立地と任される役割の重要性から、愚か者であってもらっては困る。

 そのことを重々承知している先代が相談役に退き、後継者に定めた者が使えない無能であるはずはないのであった。

 まぁ、だからと言って、『失敗をしない完璧超人だ』とはならないのだけれども。


 では、辺境伯を上回る地位にある、ファーミルス王国の王家と三つの公爵家とはどのような存在か?


 その答えを一言で言えば、『傲慢』となる。


 ファーミルス王国の歴史をかなり昔まで遡れば、過去に国内の有力貴族が反逆、あるいは独立をした例はいくつもある。

 しかし、王国はその全てを完膚なきまでに叩き潰して来た実績を持つ。

 王家と三つの公爵家の傲慢はそれ故なのだ。


 過去の事例を見れば、反逆には武力を以て、独立には遺留など全くせずに「好きにしろ!」と、放言する対応をファーミルス王国は例外なく採用してきた。

 前者は王国の持つ戦力以上のモノを、質の面でも量の面でも揃えられるはずもなく、時には局所的な戦術的勝利を得ることはできても、時間が経過すれば戦略的敗北は必然となる。

 しかも、王国の戦術は魔道具による武力のみを徹底的に狙って攻撃し、領地自体への攻撃はほぼ行わない。

 要は反逆者の戦う力のみを奪い去り、それを済ませれば対応を放置へと切り替えてしまうのだ。

 そして、そうなってしまうと、反逆を企てた領地は独立を宣言した領地と同じ道を歩むしかない。

 後者の独立宣言組は、王国から必需品の供給という経済面で締め上げられ、形は様々だが最終的には屈服することになる。

 もっとも、その前に魔獣被害で滅ぶケースもそこそこあったりするが。


 何故、ファーミルス王国はそのような対応をするのか?


 端的に言えば、『それが王国にとって最も都合が良いから』となる。

 対応として、領地自体を物理的に荒廃させさえしなければ、反逆をした者や独立を宣言した者たちのみを最終的に連座で族滅するだけで、美味しい土地が王領となって転がり込んでくる。

 しかも、心を折られて従順になるしかない民も付いてくるケースが大半なのだから。


 反逆や独立を画策する領地とは、少なくとも『それができる』と思い上がる程度には発展して栄えていることが多い。

 まぁ、後先を考えずに、何の力の裏打ちもない貴族が武力蜂起することもないわけではないが。


 また、仮定の話として魔獣被害で滅んだ場合でも『繁栄した土地柄』という実績がある地であるため、未開地をゼロから開拓や開発を行うよりも、遥かに魅力的な領地となる。

 更に言えば、一旦は王領に移行してから、臣下へ与える褒賞や領地貴族になりたい希望者へ売り払うことも可能だ。


 そうした『過去の実績』という事情により、ファーミルス王国の本音は『どんどん反逆、独立宣言を行ってくれ!』だったりするワケであり。

 王国の貴族は全てをひっくるめて、全員が魔道大学校でそれを学ぶ。

 そのため、近年ではそのような愚かな行動に出る者は、なかなか現れない。

 直近の事例でも、なんと五百年以上古い話になってしまうのだ。

 強いて言えば、資産を持って他国へ亡命する者が時折発生するくらいである。


 長々と述べられたファーミルス王国の過去の事情は、リムルの視点だと変化しかかっているように思えた。


 ゴーズ領が持つ『見かけ上』の戦力は、今はまだ辺境伯家の規模には及ばない。

 外形的には、単独で王都を攻め滅ぼすことが可能な戦力ではない。


 しかしながら、ゴーズ家がシス家と密接に結びつき、一丸となって独立を画策すればどうなるか?

 あるいは、王権の奪取を目論んだ場合はどうであろうか?


 リムル視点だと、それらは不可能ではないように思われた。

 付け加えると、『見かけ上』の戦力と北部辺境伯の戦力だけで考えてもそうであるのに、ゴーズ家は『単独で災害級魔獣を討伐した実績を持っている』と推測できる。

 その上更に、『スティキー皇国から大量の兵器を強奪する実力を持っている』のが証明されているのだ。


 あくまで推測可能なだけであって、確定情報ではない災害級魔獣の討伐の件は脇に置くとしても、対皇国戦に至っては信じられないことに、ゴーズ家が受けた被害らしい被害の情報が全くないのである。


 元第二王子妃の情報収集能力は、宰相に劣るものではなかった。

 リムルの手の内を晒すならば、王宮内で得られる情報に加えて独自の伝手がある分だけ、ゴーズ家に関しては若干ではあるが優位ですらある。


 そうした情報の秘匿能力も加味して考えれば、リムルにはゴーズ家が隠し持つ真の実力は、ファーミルス王国の力を凌駕しているようにすら感じられた。


 真の実力の部分の中で、大部分を占めているのは何か?


 それを問うた時、リムルの頭脳は常識的に考えればあり得ないはずの推論を導き出す。

 彼女は疑っていた。


「(ゴーズ家が持つ真の実力とは、自身の実の兄であるラックの個人の力ではないのか?)」


 ラックの妹であるリムルは、テニューズ家の人間しか知らない、兄が生まれてすぐの頃の不思議現象についての情報を持っている。


「(だからこそ、兄が常人にはない、なにがしかの不思議な能力を持っていたとしても、おかしくなどない)」


 リムルにはそう思えた。

 そもそも、魔力を全く持たない人間の存在自体が、本来あり得ない異常事態なのだ。

 よって、そんなことも『さもありなん』となるのである。


 現時点では、確たる物証がないためにリムルは確信を持つまでには至っていない。

 但し、テニューズ家の長女の心の内では、『一応』疑いの段階としているだけで、実際は『ほぼ確定だろう』と思っているが。


 そんなこんなのなんやかんやで、リムルの思考はルイザへの婚約打診をきっかけとして、ラックの持つ超能力への考察にまで飛躍してしまった。

 そうして、リムルは自分自身が完全にゴーズ家の一員になるための奇策を捻り出す。

 兄が持つと思われる特殊能力を暴いて利用することを、彼女はもう躊躇わなかった。

 その結果として、元第二王子妃は、自身の婚姻の話をゴーズ家の当主へ打診することになるのである。




「えーっとですね。逗留中の僕の妹の件で、本人から『ゴーズ家の人間と婚姻関係を結びたい』という申し入れがありました。それについての可否が今夜の最後の議題になります」


 ラックは夕食会で各種報告や別件の話が済んでから、困った表情を浮かべたままで妻たちに議題をぶっこんだ。

 尚、これは時系列的に言えば、前話(126話)のラスト付近で、ルイザの案件の情報を開示し、その話が済んだ以降の出来事だったりする。

 超能力者は夕食前にお義父さんとの話を終えてトランザ村へ戻った直後に、妹から短時間で濃い内容の話を振られたのであった。


「ちょっと待ってくれ、ラック。血が繋がっている実の妹なのだろう? 兄妹での婚姻は認められていないぞ。叔母と甥の関係でも不可能だから、クーガやライガも無理だ。一体誰と?」


 エレーヌが即座に突っ込んだ。

 ゴーズ家の人間と女性が結婚する。

 そのこと自体は別に問題はない。

 だが、その対象となる男子は少ない上に、対象の女性が現当主の妹となると、問題なしとはならない。

 常識的な想定できる範囲だと、ファーミルス王国の制度上では許されない話になってしまうのだから。


「うん。そこが問題なんだよね。妹の希望はクーガの息子との婚約登録。なんと『年齢差三十八歳』という驚きのお話。年齢差と魔力量の観点から、『正妻に据えても、特例適用で爵位を維持する目的の婚約だと周囲からはみなされる』のと、『要らないエドガへの婚約話を簡単に蹴れる』という利点が、本人から申請されている。もっとも、最大の目的は妹の意に沿わない縁談を全て蹴るためなんだけどね」


「それはさすがに」


 ラックが語ったあまりな話に、リティシアから驚きの声が上がる。


「つまり、『子を成すという意味での妻を、第二夫人以下で迎え入れるのを前提とする話だ』と解釈すれば良いのだろうか?」


「高齢の男性の元へ、若い女性が嫁ぐ例はそう頻繫ではありませんが、それでも前例はいくつもありますわね。逗留中のロディアさんもそうですし。ただ、逆のパターンはわたくしの記憶にないですけれど」


 フランの発言に続いて、アスラが発言した。

 両者の表情からは、『そのような婚約を認めるのか?』という考えがにじみ出ているようにラックには感じられた。

 クーガとミレスの歳の差でも滅多にないレベルであるのに、『初婚の婚姻相手が四捨五入すれば六十という婆が相手なのはどうなんだ? 孫が可哀想だろう!』という理屈が、超能力者でも理解はできる。

 しかしながら、実年齢はともかくとして、肉体の年齢に限った話に問題をすり替えるならば、ゴーズ家の当主には解決可能な話に成り下がるのも事実なのである。


「貴方。エドガ(初孫)の相手にリムルさんを据えるということは、もう彼女をゴーズ領から外に出す気はない。少なくとも公式に、外部の人間に姿を見られるようなことは、基本的に避けるということでよろしくて? どこまでお話されたのですか?」


 ミシュラは『リムルが若返りを受け、子を成す』という意味での正妻も務める気であるのを見抜いた。

 しかしながら、ラックの超能力はまだ彼女には明かされていないはずなのである。


「僕の持っている力については、何も語っていないんだけどね。妹は僕に『常人にはない不思議な力があるはず』ってのを確信してるようなんだよ。その根拠として、僕の実家の人間だけが知っている、赤ん坊の時の空中浮揚の話を持ち出して来た。長くここにいれば、ずっと隠し通せるもんじゃないだろうし、『完全に取り込む』って意味でも『秘密を共有するのはありなのかな?』と少し思っている」


 リムルをゴーズ領から追い出すことは、息子のフォウルの感情を無視すればできないことではない。

 しかしながら、行き場のない彼女は、ラックがそうしてしまえば彼が直接手を下すわけではなくても確実に殺されてしまうため、間接的には殺すことになるだろう。

 また、殺される前にある程度の期間は高魔力の子を産む道具として、何処かに拉致監禁されて塔の住人のように扱われることも考えられる。

 そんな現実が起こってしまい、耳に入れば寝覚めが悪いことこの上ないのは確定なのだ。

 そして、この話題の決定に関与した妻たちも、もしそうなってしまうと同様の状態になるであろう。

 そういう意味では、最初から結論は出ていたも同然なのである。


 こうして、ラックは生まれて間もない初孫のエドガの婚約を決定した。

 これはあくまでも暫定の話で、「まだ、将来解消もできる婚約であって、婚姻じゃない!」と、実に都合の良い言い訳を超能力者のみならず、夕食会に参加していた全員が心の中で呟いていたのは、些細なことなのだった。


 何となくの流れで、妹に超能力の一部を公開する方向に舵を切ったゴーズ領の領主様。「観察眼が鋭く、洞察力が高い。有能な人材ってこういう時は困るよね」と、ぼやきが入ってしまう超能力者。誰に聞かせることもない「エドガのお相手は、見た目は同年代の若い女性。でも『頭脳は』ってか中身は『アレ』だけど」と、呟きが思わず口から出てしまうラックなのであった。

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