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126話

カクヨム版126話を改稿。

「『北部辺境伯(ルウィン)がゴーズ家に婚約の打診をした』だって?」


 時刻は太陽が地平線に沈んだばかりの頃。

 サエバ伯爵(ルウィンの弟)はサエバ領ゴーズ村にて、北部辺境伯である兄がゴーズ家へと向けて出した使者が帰りに立ち寄ったことで、青天の霹靂となる情報を得ていた。

 サエバ伯爵は、シス家の当主となった兄を補佐する役目を兼任している。

 そのため、重要な案件は事前に情報をもらえる立場であったはずなのだ。


 しかしながら、今回のゴーズ家に使者が持ち込んでしまった婚約の打診の件に関しては、これまでに何も聞かされていない。

 それ故に、驚きから口にしたのが冒頭の発言なのである。


「私は書簡を届けただけで、ゴーズ家の返事は後日になるのでしょう。しかし、実質的には断ることなどできないのだから、この件は既に決まったも同然。まぁ現在の爵位はゴーズ家が上になりましたが所詮は一代での成り上がり。ゴーズ卿へはフラン様が嫁いでいますが、出自はシス家と血縁関係のない養女ですしね。あの方は優秀で、前当主様からの信認は厚いのでしょうが。『ここらで、シス家とゴーズ家との血縁関係を強化するのが、双方にとって利がある』というのが御当主様の判断のようです」


「(兄貴は馬鹿なのか?)」


 使者を務めた者の口上を聞いて、サエバ伯爵の率直な感想はそれしかなかった。

 そして、前当主で相談役を務めている父が『何故止めなかったのか?』という部分が非常に気になる。

 サエバ伯が自身でも即座に『これ、あかんやつ』と、考えずとも感覚だけでわかる事案なのだ。

 そうであるだけに、ゴーズ卿と家同士だけではなく個人的にも親交が深まっていると考えられる父が、そのことに気づかないのは異常に思えた。


 ついでに言えば、「サエバ伯である自身を前にして、ゴーズ家を『一代での成り上がり』と、見下す発言をしてしまうような無能確定の文官に使者を任せている点でも、兄の差配に眩暈がする」のだけれど。


「一つだけ確認したいことがある。この件。相談役の前当主様は何と仰っていたのだ?」


「シス家の嫡男の婚姻話ですから、当主権限の範疇です。ですから、相談役に退いた前当主様は関与していないのではないでしょうか? 私は現場に居合わせませんでしたが、『御当主様がゴーズ家のクーガの魔力量の情報を得て、その場でこの案件を即断即決された』と聞いています。ですから、前当主様がその場にいなければ助言を得ていないでしょうね」


「ふむ。つまり相談役はこの件を知らないのだな?」


「そうだと思われますな。基本的には相談事は前当主様(相談役)の部屋へ出向いて行われるので、ことの推移を考えれば、まず間違いなく関与していないでしょう。まぁそもそも、私は『許可を取ってから進めるべき案件ではない』と判断していますが」


 使者の愚かさに。

 シス家の現当主の見識と思慮の足らなさに。

 サエバ伯爵は暗澹たる気分で天を仰いだ。


 確かに、兄はこの件で父の許可を取る必要などないのかもしれない。

 当主が持つ権限の話で言えば、建前上はその通りではある。

 しかしながら、現在のシス家に相談役が存在しているのは何のためであるのか?

 これは、相談役に退いた父の役職の、存在意義の話でもあるのだった。 


 今回の案件とは別の話で、サエバ伯爵(シス家の次男坊)は、サエバ領の代官に就任した時にゴーズ卿のところへ挨拶(111話)に出向いている。

 その機会に、彼はそこで保有魔力量四千の自身の血を引く娘を一旦ゴーズ家の養女にした上で、ゴーズ家との関係が深いガンダ家の当主カールの正妻とする縁談を纏めた。

 そして、現在。彼の庶子であるその娘は既にゴーズ家の養女になっており、カールとの婚約の登録も済ませているのである。


 勿論、これはサエバ伯爵が、相談役に退いた父の内諾をきちんともらってから進めた話だ。

 付け加えると、新たに当主となったルウィンへも事前に話を通している。

 要するに、サエバ家は堅実にゴーズ家との距離を詰めて、良好な関係を構築しつつある。

 そのような状況下であるのだから、「何をしてくれるんだ! どあほう!」と、叫びたい気分になったのは仕方がない。

 事情を理解できる他者から見れば、普通に同情に値するお話なのだった。


 サエバ伯爵が当時(111話)は婚約が成れば些細な話で、『どちらでも同じことだ』と判断してスルーしてしまった部分。

 ゴーズ家の当主から、北部辺境伯(シス家)ではなく、「サエバ伯爵に次点の優先権を与える」と、言葉にされた意味の重さ。


 ルウィンの弟は今更ながらに気づいてしまう。


 代替わりした結果、『北部辺境伯(ルウィン)はゴーズ家との関係を、あの時から現在に至るまで、父が当主であった時とは違い、揺るぎない強固なモノにできてはいない』という現実に。


「私は、当主様と話し合うべき案件が『できた』よ。今夜は明日の執務の調整を行い、明日の朝から北部辺境伯領の領都へ向かうつもりだ。立ち寄って、貴重な情報をもたらしてくれたことには感謝するし、一晩の逗留も許可する。だがな、お前はシス家から書簡を託されてゴーズ家に赴く使者としては不合格だ。それが私の『評価だ』ということを覚えておくと良い」


 サエバ伯爵は、自身の発言後に眼前の使者の表情と全身から醸し出される雰囲気が激変したことに気づく。

 それにより、『言い過ぎ』や、あるいは『今、ここで言う必要はなかった部分』にまで言及してしまったことに気づかされた。

 蛇足となる『だがな』以降の部分については、言ってしまった内容自体に間違いなど微塵もない。

 けれど、それを本人に今ここで知らせる必要はなく、怒りで冷静さを欠いた自身の失言の類であったことも事実である。


 本人の前で言葉にしてしまった以上は、だ。

 このケースだと『撤回』や、あるいは『訂正と謝罪』をしても無意味となる。

 サエバ伯爵は、『これでは、俺も兄貴のことをどうこう言えないな』と考えつつも、さりとて、この婚約打診の話を放置するわけにも行かない。


 そうして、余計な言葉を言ってしまってから、『反省すべき点は反省するべきだな。まだまだ俺も修行が足りん』っと内心で呟き、気を引き締めることに成功したのだけは良かった部分となる。

 まぁ、手遅れなので開き直っただけなのだが。


 どのみち、眼前の使者は、今後領外の人間に関与する重要な役目からは降ろすしかないのだ。

 ゴーズ領の上層部が使者と直接会うことがなかったのは偶然の産物でしかなく、シス家の当主にとっては僥倖であっただけなのだから。


 そんな流れの事態が、サエバ領ゴーズ村では発生していた。

 これは、時系列的には、前話(125話)でゴーズ家の夕食会が始まった頃の出来事なのであった。




「ルウィン。話がある」


 時刻は早朝。

 シス家の前当主(相談役)は、ラックが持ち込んだ義娘(フラン)からの手紙が入った筒を強く握りしめたまま、執務開始前で私室にて寛いでいた現当主(息子)に声を掛けた。

 相談役の表情は厳しく、身に纏う雰囲気は実体化していると錯覚するような激しい怒気一色。

 しかしながら、それを向けられた長男は、父の状態がそうであることを察することはできても、そうなっている理由に心当たりはなかった。

 まぁ、この時点で父親の怒りの理由に思い当たるのであれば、そもそも今回のようなやらかしをしてはいないのだろうけれど。


 そんなところへ、更にタイミングよく、次男坊が姿を見せる。


「兄貴。突然で悪いがちょっと話がある。っと、父上もいらっしゃるか。父上。私からの兄貴への話を一緒に聞いていただけると嬉しいのですが」


 斯くして、『ルウィンがフルボッコにされるの巻』の幕は上がった。

 もっとも、完全に自業自得で、同情の余地など微塵もないのだけれど。

 しかも、失態を指摘されて、ボコボコにされて反省したとしても、それでゴーズ家との関係が今回の案件以前の状況に巻き戻るわけではないのである。


 フルボッコにされてから、精神を奮い立たせて立ち上がること自体も、本人にとっては大変なことであるかもしれない。

 だが、そこから更に、ルウィンには『ゴーズ家の面々との間に生じてしまった感情的なしこりを解消し、良好な関係を築き上げる』という無理ゲーが待っているのだった。


「兄貴。前提として確認する。シス家の『次期』当主の婚約に関して。現在決まっている部分は父上が調整済みなので口を出す気はない。が、もしそれを『現在の』当主権限の行使で変更するのであれば、この家にとって重要な案件のはずだな? 違うか?」


 北部辺境伯は『前提だ』と前置きされて確認された部分だけで、自身を補佐する役目を担う弟が、何故このタイミングでここに現れたのかを悟った。

 そして同時に、『父が公の場ではなく、自身の私室に態々足を運んだのも、同じ理由であるのだろう』と思い至る。

 やらかしはしたものの、それを悟るだけの能力はあるのだ。


「違わない。すまん。私はどうやら、致命的なミスをしてしまったようだ」


「ふむ。私の話にも関係がありそうだな。しかも、手遅れなのかもしれん。いや、おそらくは既に手遅れなのだろうな。お前たち。フランから届いた手紙だ。読め」


 全ての事情を把握している前当主は、過ちに気づいて次男へ謝罪した長男へ追い打ちを掛けるべく動いた。

 相談役の老人は手にしていた筒を開け、中に入れてあった手紙を息子たち読ませるために渡したのだった。


「兄貴! これは!」


「すまん。本当にすまん。誰よりも早く動く必要があると判断して、必要なことを怠った俺のミスだ。フランにも申し訳ないことをしてしまった。事前に忠告をしてくれる気遣い。しかも、あいつは直言では俺が歯牙にも懸けない可能性が高いのを事前に洞察していたのだな。俺ではなく父上に宛てて手紙を出しているのは、そういうことなのだろう」


 北部辺境伯とその弟の二人の様子を見ていた父親は、彼らに読ませた手紙が、おそらく義娘(フラン)が目論んでいた通りの効果を上げているのを察した。

 そうして、当主から退いた老人は『鬼札(フラン)を温存し、短期間で平凡な辺境の騎士爵領を見どころのある領地へと変貌させた騎士爵(ラック)に、なんとしてでも嫁がせる決断をしたあの時の判断は、やはり正解だった』と、しみじみと考えていた。

 それと同時に、『あの娘は、本当に考え方とやり口がえげつない』とも思ってしまったけれど。


「それを読めば、『私が何故ここへそれを持って来たのか?』がわかるな?」


 裏事情を把握していて、相談役を務める父親としては、義娘(フラン)娘婿(ラック)から託された信頼を裏切ることなどとてもできない。

 ゴーズ家の総意として、今回の件で今の北部辺境伯に思うところがあるのは厳然たる事実であるだろう。


 だがしかし、だ。


 フランの『手紙を書く』という行動と、それを認め、早朝からそれを届けるためだけに手間を惜しまず義父の元へ足を運んだゴーズ上級侯爵の考えは、裏を返せば、「まだルウィンを見限ってはいない」とも言える。

 もっとも、それは、ルウィンの実父である相談役、すなわち自身の存在があるからこその話であろうことも、理解はしているのだけれど。


 シス家の相談役が演出している怒りとは、現当主が義理の妹や、その婿で義弟の立場となっている、『シス家にとって、また、北部辺境伯領にとっての超重要人物』のはずの存在を、ゴーズ家側に『見下している』と受け止められている事実に対してのモノ。

 また、それに加えて、ルウィン本人も気づいた部分。

 すなわち、『フランからの直接の諫言は、真摯に受け止められないのだろう』と認識されている点である。

 勿論、『そういう体で怒っているぞ』と見せかけているが、実際には、『何をやっとるんだ馬鹿者が』と、内心で怒鳴りつけているのは言うまでもない。


「はい」


 ルウィンは項垂れたままで、短く肯定の言葉を返す。


「兄貴。ゴーズ領は、位置関係・保有戦力・経済力・独自技術と、北部辺境伯領からすれば、絶対に険悪な関係になってはならない領地だぞ。わかってると思うが、サエバ領は隣接地だしな! ゴーズ家へは、俺の娘を養女に出してもいるんだ。おかしなことをしてもらっては困る」


「うむ。婿殿とは個人的な関係を良好に保っているので大丈夫だとは思う。だが、私がいずれあの地へ妻たちと共に居を移すことも忘れてもらっては困る」


 そんなこんなのなんやかんやで、北部辺境伯は相談役(実父)補佐役(実弟)から、ライフゼロを通り越す勢いの追い打ちまで受けて猛省を促された。

 また、それを理由に本日の執務を後回しにして、善後策を練る話し合いができるまでに精神が回復するための時間を、彼は必要とした。

 結果的に、ルウィンが本来朝から行うはずの仕事に手を付けたのは、夕刻が迫る時間帯になってから。

 この日の彼は、夜を徹して各種案件の決済を行う羽目になるのである。


 善後策を練る話し合いでは、ルウィンは、三歳の長女をゴーズ家の次男に嫁がせる仲介を父と弟にお願いするのと、彼自身がトランザ村へ赴き、ゴーズ家の面々に直接謝罪する場を設けてもらうこととなる。

 そんな話で、対応策は纏まったのであった。


 ちなみに、この案件の使者を務めた者は、サエバ伯爵の直言が受け入れられ、ルウィンの指示で閑職へと追いやられた。

 それで済めば良かったのだが、愚かな文官の彼は自身への仕儀を恨んだためにとある行動を起こそうとしてしまう。

 万一に備えて、ルウィンが付けていた監視役がそれを察知して『物理的に永久排除』という事態が発生したりもしたのであるが、そんなことはラックにもゴーズ領にも何の影響も及ぼさない些細なことなのだった。




「えっと。今朝の案件の結果はもう出ました」


 ラックはお義父さんとの本日二度目の話し合いを済ませて、夕食会の前にトランザ村へ戻って来ていた。

 前述の発言は、フランに向けた言葉なのだが、場は夕食会である。


「早かったな。で、どうなった?」


「順に行くね。手紙を届けてから、お義父さんが北部辺境伯を怒鳴りつけに行ったら、そこにサエバ伯爵もやって来た。彼は、昨日の午後にあの書簡を持ち込んだ使者が帰りにゴーズ村に立ち寄ったことで状況を知り、慌てて北部辺境伯に会いに行ったのだそうだ。あと、こちらの返答は今日の夕方、北部辺境伯の元へ届いている」


 持ち込まれた案件に対してのお断りの返答は、朝の段階でトランザ村から人が出されたが、配達を急がせてはいない。

 そうした措置は、ラックが朝方届けたフランの手紙に意味を持たせるための小細工の一環であった。

 そして、書簡を持たせた家臣には、「ついでに北部辺境伯領の領都で一泊してゆっくりして来い」と、超能力者がミシュラを通じて、少額のお小遣いを渡す指示まで出していたのだった。


「そうなのか。つまり、ルイザを狙ったのは、ルウィンの独断の暴走で確定なのだな?」


「そうだね」


 超能力者からは、この時にこの案件についてで、お義父さん視点で得られた情報の全てが開示されたのであった。


 こうして、ラックは今回のフランの娘への縁談問題にきっちりとケリをつけた。

 もっとも、ルイザの婚姻相手は未だ未定のままである。

 超能力者の四人の娘たちに対して、今のところ入り婿はフォウル一人しか決まっていないのだった。


 娘への縁談を蹴ったら、まだ幼い次男への縁談が決まってしまったゴーズ領の領主様。「これって、『お詫びに高魔力の娘を差し出します』って話だよね」と、またしても、意図しない人材をゲットする話に化けた現実に、驚くしかない超能力者。「なんだかなぁ」と呟くしかないラックなのであった。

6月中に127話、128話を投稿する予定です。

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