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125話

カクヨム版125話を改稿。

「『北部辺境伯(ルウィン)からの書簡が届いた』だって?」


 ラックは自分が拉致をした息子(クーガ)を深夜の学生寮に送り届けてから、朝までは眠った。

 そうして、朝からルーティンの一日のお仕事を片付けてトランザ村に戻ってみると、『何の用件だろうか?』と、疑問しか浮かばない書簡が届いている報告をミシュラから受けたのだった。

 要は、冒頭の発言は超能力者が驚きから自然に口に出してしまった言葉となる。


「開封はしていませんので、内容はわかりません。が、ガンダリウ村がある関所にそれが届けられた時に、配達者からは『ゴーズ家の第二夫人様と共に検討をお願いします』と、言伝があったそうです」


「ふーん。僕とフランで相談して決めて欲しい内容なのかな。なんだろうね?」


 そう言いつつ、ラックはミシュラから受け取った書簡を手早く開封した。

 ざっと内容に目を通しただけで、ラックは難しい表情へと変わる。

 超能力者は黙したまま考え込んでしまっていた。


「(これは、あまり筋が良くない案件なのでしょうね)」


 夫の変化を観察していた正妻は、その表情からなんとなく察するモノがあったのは確かだ。

 しかしながら、『では、どういった内容が記載されていたのか?』となると、ミシュラに心当たりなどない。


 これが、直近で話題になっているであろう事案の、『シス家からクーガへ嫁がせたい娘がいるのでよろしく頼む』とかならわからなくもないのだが、もしそうであるなら、検討に参加するのはフランではなくミシュラが主体の、所謂『正妻案件』となる。


 それに加えて、だ。


 そもそも、「シス家からゴーズ家へと嫁に出せる娘がいる」という話を、ミシュラはこれまでに聞いたことがなかった。

 勿論、現時点で婚約済みの娘ならば、ゴーズ家の嫡男に年齢だけなら釣り合う者がいるにはいるだろう。

 だが、最初から嫁がせる気があったのならば、話が来るのが遅すぎるのである。


 むろん、それはミシュラ視点の話でしかなく、ルウィン側の言い分としては異なることもあり得る。


「当主交代が完了して落ち着くまで、私にその意思があったのだが、シス家としては伝えられなかった」


 こんな感じの話が出てくる可能性はある。

 けれど、仮にそうであったとしても、ミシュラからすればこのタイミングでは「遅きに失している」としか言えない。


 もっとも、外部から要らぬ縁談が来ないようにと、保有魔力量二千で年上のテレスをクーガと婚約登録をするように夫へ提案し、過去にそれを実行に移したのはミシュラだ。


 ゴーズ家の正妻は嫡男の保有魔力量を秘匿したまま、『出自不明』の自家の養女と婚約させた。

 これにより、長男の保有魔力量をさも低いようにと、内情を知らぬ者には誤認させている。

 要は、特例男爵の維持狙いをしているかのように、ゴーズ領外の他者の思考を誘導したのはミシュラの発案が原因だったのだから、「客観的に第三者から見れば、どっちもどっち」と言えなくもないのだけれど。


 これは、『クーガが持つ魔力量に釣り合う魔力量の娘など、存在自体しないだろう』と早々に諦めた点と、『嫡男を養子に、あるいは娘への入り婿で出せ』といったような、圧力が掛かる可能性を初期の段階から見据えていたが故の対応でもあった。

 諸般の事情を鑑みると、過去のミシュラの選択は「間違っていた」とはとても言えない。

 実際のところ、そこまでやっていても、彼女の実家で後継ぎ問題を抱えていたカストル公爵家は、クーガ獲得を目指して強引に動こうとした現実もあるのである。


 但し、それについては超能力者による力技(若返り)寝技(ロディア)の合わせ技一本となる実子の嫡男メインハルトが生まれたことで、なんとか撥ね退けたわけなのだが。


 また、ミシュラが知らない事実もある。

 シス家についてもっと言えば、当主交代する前のシス家の当主は、五年以上前の段階で、クーガの魔力量が少なくとも最上級機動騎士が操れる程度には高いことを察知していた。

 当時はまだ、辺境伯であるシス家の爵位がゴーズ特例男爵家を上回っており、ルウィンには先じて動くチャンスがあったはずなのであった。


 そうしたミシュラが知り得なかった部分はさておき、彼女がそんな思考の海へと浸っている間に、事態は動く。

 彼女の夫は、ついに重そうな口を開いたのだった。


「これね。簡単に言うと、『フランの娘であるルイザをシス家の次期当主の正妻にしたい』って話なんだ。けれど、現当主のルウィンの長男には、もう婚約者が別でいるんだよね。『まだ結婚しているわけではないから、その婚約者を第二夫人とするか、相手がそれを拒否すれば、婚約解消させるので』ってさ。僕はその婚約者の名前も、実家がどこかも知らないけど、普通に高魔力持ちの娘だろうから侯爵家あたりの出じゃないかな。つまり、これを強行するとゴーズ家はその家から恨みを買うのは確定。ミシュラはそのあたりの事情で知ってることはあるかい?」


「えっと。今のシス家の当主がサエバ領の代官を務めていた当時に、嫡男とわたくしたちは面識がありますわよ? あの時に『第二夫人が産んだ次男を、男子に恵まれていない彼女の実家の侯爵家の跡取り候補として養子に出す代わりに、夫人の実家で一番魔力量が高い娘を嫡男の嫁に迎える話になっている』という内容の雑談があったではないですか。『ゴーズ家の娘の縁談状況はとんと聞こえてこないが、もし必要ならその息子の第二夫人以下の序列になるがどうだろうか?』と、冗談交じりに聞こえなくもない打診らしき話も出ましたよ? 貴方は『当家の娘を外に出す気はないので』って一蹴されましたけれど」


 淡々と答える美しい妻がラックの目に映る。


「(ジト目になったミシュラの表情もイイ!)」


 この時の超能力者の思考が少々脱線していたのは、本人だけの秘密だ。


 ちなみに、当時のルウィンが自身の息子を紹介したのは、サエバ領ゴーズ村に残された住人から得た情報の中に、村の子供たちの健康状態の話があったからである。


 村民たちの話は『何故か』あやふやで要領を得ない部分があったのだが、それでもゴーズ家の統治時代に子供の世代に死者が出た例はなく、村内の墓地を確認することでそれは確証を得られた。

 その実績から、ゴーズ家は高い医療技術を確保している可能性が極めて高いことは容易に予測できる。

 サエバ領の代官を務めている期間中は、手元に置いて教育を施している息子が、病気を患ったり怪我を負った場合に、受けられる治療は北部辺境伯領の領都に比べれば劣ってしまう。

 勿論、万一の時には機動騎士を駆って領都まで緊急搬送する手もあるけれど、シス家の領都よりもゴーズ家の統治下の地域の方が断然近い。

 つまるところ、いざという時にラックたちにお願いしやすいように、息子の面通しをしたのが、当時の次期当主(ルウィン)が掛けた保険であったのだった。


「ああそうだった。覚えてる覚えてる」


「そのバレバレの嘘は良くないですわよ。子供たちが真似をしたら困ります。絶対に覚えていませんでしたわよね?」


「あはは。ごめんね。でもまるっきり嘘ってわけじゃないよ。なんとなくだけど、『そんなこともあったかも』って程度には、薄っすらと思い出したんだ」


 ミシュラは「それは、覚えている範疇には入らない」と、内心で呟いた。

 けれども、それを指摘しても無駄なことを彼女は承知、いや熟知している。

 彼女の夫は知能が低いというわけではない。

 ないのだが、興味がないことはバッサリと切り捨て、最初から覚える気がない傾向が強い。

 しかしながら、この件だと、話題が夫自身の可愛い娘に関してのことだったのだから「それはどうなんだ?」と、ミシュラの視点からすると思わなくもない。

 おそらく、超能力者の頭の中では雑談中の些細な話として、『記憶不要』の扱いにでもなっていたのだろう。

 ゴーズ家の正妻は、瞬時に思考を走らせてそう結論を導き出していた。


 そうして、この話題はもう少し後に始まる夕食会へと持ち込まれることになるのである。




「ラック。私の意思を尊重してくれるのは勿論嬉しいことなのだけれど、権限の話で行くと当主のみで決定して良い案件なんだぞ?」


 フランは嬉しいのか怒っているのか、感情が混じったよくわからない表情を浮かべたままラックへと率直な考えを述べた。


 ルウィンから持ち込まれた話は、結局夕食会の議題の最後に回されている。

 この流れは、面倒な話題になる予感しかしていなかったミシュラが事前に助言をし、ラックがそれを受け入れた形であった。

 ちなみに、何も考えていなかった超能力者は、正妻からの気遣いのある提案がなければ、この案件を最初に議題に出していたのは確実であり、「ミシュラには完全に行動パターンを見透かされている」とも言えるのだけれど。


「うん。それは理解してるんだけどね。たださ、この家はどこかの家と密接な関係を築き上げなければならない段階を越えたと思うんだよね。上の機体は足りてるとは言わないけど、機動騎士の数は揃ってるし、ヒイズル王国の住民がなだれ込んだおかげで、各種職人も充実した。自前で揃う商品が増えているんだよ。勿論、ファーミルス王国の王都のレベルには届いてないだろうけど、辺境の地でそこまでを求める必要なんてないだろう? だからさ、母親や、本人の意に沿わない婚姻を強要する必要なんてないんだ」


 ラックの言葉は、ゴーズ領の現在の本質を表している。

 超能力者の考えとして、機動騎士を含む魔道具の武器や車両が手に入らなくなる点のみが最重要視する事項であるために、ファーミルス王国に所属する高位貴族家の立場はまだ必要となる。

 けれども、魔道具の供給以外の部分に目を向けると、王国に依存している部分がほとんどない。


 既定の税を王国にきっちり納めても、スティキー皇国からの搾取のおかげもあって、財政面には余裕があり過ぎる。

 その上、究極的には、ラックが重視している必要な武力の部分すらも、対魔獣戦に限定すれば飛行船の量産化と超高空からの爆撃によって補うことは可能なのだ。

 それは、『災害級が相手でも』である。

 反撃を受けない高所からの一方的な攻撃は、それほどに有利となってしまう。


 スティキー皇国が開発に成功した航空機による攻撃で、機動騎士によってガッチリ守られていたはずの、ファーミルス王国の南部辺境伯領の領都はなす術もなく焼かれた。

 その事実が証左となる。

 但し、そうなればなったで、今度は『飛行船に必要な燃料と弾薬の安定した製造と供給』という、新たな問題に悩まされる可能性も十分にあるわけだが。


「そんな風に考えていたのか。その言葉を額面通りに受け取って良いのならば、私はこの縁談話には反対する。理由は二つ。一つ目は、シス家にそれが必要なら、養父の代の段階でその話が来ていなければおかしい。つまり、『養父はそれを重視していなかった』という結論になる。二つ目は、シス家の内部に不穏な火種を入れたくない。第二夫人やその実家。ついでに言えば正妻の実家も。シス家へもゴーズ家へも良い感情を持つはずがない。そんな場所へ嫁いでしまっては、『ルイザが大切にされて幸せになれるかどうか?』が、火を見るよりも明らかな話だと考える。それと、これは私が口を出すべきことではないのを承知で言うが、この家の娘たちは、ゴーズ領の外へ嫁がせること自体に反対だ」


 フランは反対意見をはっきりと表明した。

 しかしながら、彼女は自身の中で、反対した理由の内で『別にある最大の懸念の部分』には触れなかった。

 勿論、そうしたのには相応の理由が存在しているのだけれど。


 ゴーズ家の第二夫人は『ラックの魔力量が0であることが、生まれて来る子供の魔力量を決定する因子にバグを発生させ、その結果、飛び抜けた魔力量という結果が得られるのだ』と推測している。

 そして、彼女は、ファーミルス王国では闇に葬られているはずの「暗黒の歴史」とでも言うべき部分の知識も持っていた。


 シス家の秘蔵っ子は魔道大学校の在学中に、過去の歴史資料として残されている暗号化された文書の解読に成功している。

 半信半疑ではあったものの、彼女は解読できた驚愕の内容を誰にも話すことはしていない。

 それは、「できなかった」と言うのが正しいのかもしれないが。


 その内容とは、問題がない部分としては賢者の魔力量が0であり、その子供たちの魔力量が軒並み「異常値」と言って良いほどに高かったこと。

 但し、当時は魔力量の検査機の最大計測値が低く、高魔力者の魔力量測定には現在の簡易版の性能の物を使うしかなかった。

 そのために、正確な数値の記録は残っていない。

 それ故に、「高い魔力量とは一体いくつなのか?』という疑問が生じる余地があった。

 フランが『学生だった当時』に半信半疑となってしまった理由がそこに『も』ある。



 ここから先は完全にフランの推測になるが、暗黒の歴史化されている理由とは、『アッチ方面の欲望は普通に旺盛な男性だった賢者の死後に、非嫡出子の庶子として生まれていた娘たちがどう扱われたか?』の部分が、見るに堪えない記録と化していたから。


「(この記録がフィクションではなく正しいとするならば、人はどこまで非道になれるのか?)」


 ここにも、フランが半信半疑となってしまった理由と、他者に一切の情報を漏洩しなかった理由が存在していた。


「(おそらく、このおぞましさしか感じられない記録は正しいのだろう)」


 フランの考えでは、そう思われた。

 何故なら、貴族の幽閉用の塔の存在は、この隠蔽された黒歴史から生まれたモノと推測できてしまうのだから。


 最大の問題とは、たとえ高魔力の持ち主であろうとも、身体能力は普通の女性と変わらない部分。

 要するに、力、所謂肉体的な暴力の部分では、例外はあるにせよ、基本的に女性は弱い。

 魔道具の装備を持っていれば話は変わるのだが、それは本人が独力で生み出せるモノではないのである。


 何の話かと言えば、フランが危惧するのは『歴史が繰り返されかねない』という部分。

 すなわち、自身の娘であるルイザを含めたラックの娘たちは、一度ゴーズ家の目が届かない地へ嫁いだ場合、『最終的に、どんな目に合わされるのかわかったものではない』という点が問題となるのであった。


 そんなこんなのなんやかんやで、この案件はキッパリ、ハッキリ、バッサリとお断りすることが決定とされた。

 理由は単純明快に、「ゴーズ家の娘たちの婚姻相手は、入り婿以外を考えていない」として、突っぱねることになったのである。


 その日の夜。当番はフラン、リティシア、エレーヌの三人となっていたため、ラックは閨を共にしていた。

 そして、接触テレパスで読めてしまったフランの心の声。

 超能力者は心の中で「ふぅん。そんな重たい秘密を孤独に抱えていたのか」と、呟いてしまった。

 そうして、彼女は夫にそっと抱きしめられて、眠りについたのだった。


 こうして、ラックはシス家の現当主からの縁談の打診をお断りした。

 但し、その返事を出す前に、『フランが(したた)めた手紙を持って、シス家の前当主に会いに行った』のは言うまでもない。

 超能力者がそこで何を知っても決定事項が動くわけではないが、『お義父さんの意思がこの案件に係わっていたのか?』はそれなりに重要な部分だったからだ。


 ゴーズ家の娘たちの婚姻問題に一石を投じた案件に、お義父さんの意思が介在していなかったことにほっと胸を撫で下ろしたゴーズ領の領主様。フランから養父へ宛てた手紙は、今回の案件を事前に見通した体で書かれており、内容は養父を通じての現当主(ルウィン)へ釘をさすモノ。ゴーズ家が正式な返事を届ける前にこの手紙が養父の元へ届くことが重要な意味を成す。お義父さんからそれを見せられた超能力者。「こういうところ、フランは本当にえげつないですよね」と、お義父さんと二人で認識を共有してしまったラックなのであった。



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