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123話

カクヨム版123話を改稿。

体調を崩してしまって、予定していた4月中に123話と124話を投稿できませんでした。

申し訳ありません。


「『今年度の新入生に魔力量が計測不能な者が存在する』だと?」


 魔道大学校の学長は、学長室に駆け込んできた教官が報告した簡潔な言葉の内容を、思わず復唱する形で問うてしまっていた。

 唐突に持ち込まれた報告内容に該当する学生。

 それは、ゴーズ上級侯爵の嫡男のクーガであった。


 端的に言って、『学長は魔力を持たないことで有名な上級侯爵の息子の異常性』に驚くしかなかったのだ。

 むろん、そうなってしまったのは、入学前にクーガの保有魔力量の情報がなかったせいも当然あるけれど。


 また、驚きの理由はそれだけにとどまらない。

 これまでに判明している現状の国内最高の魔力量の持ち主は、まだ歳が若いために入学していないフォウルであったが、その現役王族の中で最も魔力量が多いとされていたフォウルでさえも、『保有魔力の計測不能』などという話は一切出ていない。

 ついでに言えば、過去に魔道大学校にある魔力量の検査機が針を振り切り、計測可能な最大値を超えてしまった前例などなかった。


 つまるところ、報告を急いだせいで息を切らせている教官から上がって来た情報が指し示す事実とは、『保有魔力量の国内トップが入れ替わったのと、ファーミルス王国の保有魔力量の最大値の記録が塗り替えられた』という現実なのである。


「はい。新入生クーガへの魔力量検査は、魔力量の検査機が壊れる前に計測を止めています。針が振り切った瞬間を見過ごさず、慌てて検査を即時中断した担当者を褒めてやってください」


「そうだな。貴重な検査機が壊れるのを防いだ事実は『功績』と言えるだろう。その担当者へは、待遇の引き上げを検討する。それはそれとして、だ。一組にそのクーガ君を入れるのは確定とする。それは良いのだが、私は彼のことをほとんど知らない。はっきり言ってしまうと、『あの有名なラックとミシュラとの間に産まれた子である』としか知識がない。だから、入学手続き時に提出された書類を確認したい。あとで構わん。それをここへ持ってきてくれ」


 そうして、一旦打ち切られた話は、後に学長の元へ持ち込まれた書類の内容を確認したことで、更に驚きが追加されることになる。

 未成年で未婚であるはずのクーガの身上書には、『在学中ではない、既卒の婚約者との間に既に子がいる』のが記載されており、それが確認されたからである。


「婚約者が既にいること自体は、別におかしなことではない。婚姻前に子作りがされてしまったことも、取り立てて大騒ぎになるほどに珍しい話とは言えぬ。だがな、魔道大学校への入学前に、成人済みの婚約者との間で子供を作っている例を私は寡聞にして知らない。君はそういった前例を聞いたことがあるかね?」


 学長は持ち込まれた書類に目を落としながら、室内にいるままの一人の教官に質問を投げ掛けた。

 それは特に意味がある質問ではなく、学長が単に自身の感じた驚きの事実に対して共感をしてくれる仲間を求めて、無意識に近い形で発露しただけの言葉であったのだろうけれど。


 学長の問いに対する教官の返答は、至極当然に「否」でしかなかった。

 

 クーガの案件と同様の事案を実現させるには、年上の婚約者の存在が必須であり、年齢差が最低でも四つは必要である。

 しかも、たとえ最低はそうであっても、『現実的には五つ以上の歳の差がないと厳しいだろう』と客観的に思われるのだ。


 これは、所謂婚前交渉が必然的に絡む話であり、『結婚が確定している』とは言えない四年以上も前から、そんな行為を娘に許す親など通常ならば存在しない。

 そのような事情である以上、前例がなくとも当然の話ではあるのである。


 もっとも、同時期に魔道大学校に婚約済みの男女双方が在学していて、婚姻確定の女性が卒業間近だったりすると、あまり大きな声では言えない事案の発生は、わりかし普通のことだったりもするのだけれど。


 ファーミルス王国の婚姻関連の登録制度上、一旦合意して登録済みとなった婚約者の変更とは、特別な事情が発生しない限り軽々に行われることではない。

 けれども、頻繁にある日常的なことではなくとも、なくはない程度には起きる事柄でもある。


 学長らは書類に記載されている相手の名前から、年齢や出自、魔力量などの情報を精査して行く。

 そこにあるミレスとテレスの名は、彼女たちが在学していた時とは家の爵位が異なっていても、家名は同じままであるからゴーズ家の養女であることはすぐに知れた。

 家名が違うルティシアも、記載された母親の名を見れば納得せざるを得ない。

 そのような事態の流れで、クーガの婚約者の登録時期やその婚約者の保有魔力量についても、そう時を置かずに情報が揃うのだった。


「出産しているのは最年長で魔力量四百のミレスか。生まれた子の保有魔力量の情報はない。しかし、クーガのそれからすれば、だ。おそらくその息子は王族級の最低基準三十万を余裕で超えているだろうがな」


「学長。ゴーズ家以外の貴族家は、『ゴーズ家の当主がミレス、テレス、ルティシアの誰かをクーガの正妻にする気だ』と、判断しないでしょう。そもそも、現状は婚約であって婚姻がまだ成立していませんしね。これは、在学中やこれから入学する女生徒の実家が動くのでは?」


 高魔力持ちの女性は引く手数多であるため、魔道大学校を卒業したあとにすぐ嫁ぐケースがほとんどである。

 故に、クーガ目当てで動くのは、五歳から十八歳で子爵家基準以上の魔力量を持つ女性の実家が主体となるであろう。


 尚、年齢に下限があるのは、五歳より下は病死のリスクがそれなりに高いのが慣例的な理由となる。

 保有魔力量に関しては、今の婚約者の最高値がテレスの二千であるため、『男爵家基準以下の娘は躊躇するであろう』という予測が成り立ってしまう。


「裏では動くだろうな。だが、元々決まっている婚約を『先に』解消してから動く馬鹿はさすがにいないだろうよ。それに、だ。ゴーズ上級侯爵に水面下で話を持ち込んで、相手にしてもらえる家があると君は思うか? 古い話だが、あの彼も、あの家の正妻も、過去に受けた仕打ちを忘れてなどいないだろうよ。特に上級侯爵の方はな」


 入学前も、在学中も、卒業後も、だ。

 魔力を全く持っていないことで有名だったラックは、王都での貴族家主催の社交に全く参加していない。

 そもそも、招待されること自体がなかったのだから。


 それでも、卒業後にゴーズ家の正妻になったミシュラに話を限定すれば、彼女は在学中までなら多少はそういった機会はあったはず。

 けれど、そこに良い思い出が存在しているはずもない。


 つまりは、ゴーズ夫妻は、彼らに年齢が近しい連中やその親の貴族家に良い印象を持っているわけもなく。


 はっきり言えば、真面な伝手を持っている家は彼らの実家を除くと、フランを嫁がせている北部辺境伯のシス家くらいであろう。

 付け加えると、『その実家の二つの公爵家ですら、関係性は怪しいモノだ』と学長は判断していたりするけれど。


「そう言われるのを聞いてしまうと。ゴーズ上級侯爵はその手の話を全て門前払いしそうですね。それでも、です。欲に目が眩んだ考えが足りない方が出てくるのは避けられないかと。『当家の娘は側室で構わない。子が生まれたら養子で引き取るから』と、娘を完全に子を産む道具扱いする家が複数出て来そうです」


 クーガの保有魔力量に釣り合うか上回り、尚且つ婚姻可能な年齢の女性など存在しない。

 そうである以上、生まれて来る子の保有魔力量はクーガの六割の魔力量未満となる。


 となれば、だ。


 妊娠と出産の確率が少しでも高くなる保有魔力量が多めの女性が有利であり、残るのは妻の序列のマウント合戦になるのは自明であろう。


 教官の発言は、起こり得る現実なのだった。


 二人は頭を抱える案件に対して、最終的には本人とその父親の対応に任せ、知らん顔を決め込むことで一致した。

 まぁそもそも、彼らは関与できる権限など持っていないのだから、結論は最初から出ていたのであるが。


 魔道大学校内の話はそんな感じで終わったのだった。




「クーガの魔力量が判明したのか」


 カストル公爵は、実子のメインハルトの保有魔力量を遥かに上回ると思われる、血のつながりがある孫の情報を得て歓喜していた。


「魔道大学校では騒ぎになっています。『婚約者が既に継嗣(けいし)となり得る男子を出産していて、認知済み』というのも話題になる要素ですね」


 家宰は主人の言い出しそうなことをいくつか予測できていた。

 但し、基本的にそれらはどれも無理筋なのだが。


「メインハルトがいるが、クーガをこの家に養子に迎える線は?」


「そのような無茶をする必要がありますか? メインハルト様の魔力量はクーガ様に劣るのは確かでしょう。ですが、ゴーズ家が嫡男を手放すわけがないでしょう」


 主人に問い掛けられた家宰としては、『言ってみただけだろうな』と思いつつも、やんわりと否定しておく。

 彼はカストル家の当主の本命となる手段が、別にあるのを見抜いていたのだから。


「この家の嫡男の嫁はまだ決めていない。クーガが娘を持てば魔力量は問題ないだろうから有力候補になり得るな?」


「なりますね」


 捕らぬ狸の皮算用的な話へと飛躍しているが、後継ぎの件で散々頭を悩ませた現当主の思考は、家宰からするとそうなってしまう理由がわからぬ話でもない。

 そして、まだ当主は口にしていないが、カストル家の血を引き、尚且つ婚約者が不在のクーガと年頃が釣り合う娘が二人『も』存在している。


 但し、だ。


 そのうちの一人であるニコラに関しては、母親のアスラと共にこの家から出した経緯もあって現在はゴーズ家の養女として籍があるため、カストル公爵がゴリ押しするのは難しい。

 それでも、未だに家に残っている長女(ミゲラ)の娘レイラならば、感情面で残っている遺恨を無視すれば、婚姻の話を進めるのが不可能ではない。

 元々、近い将来ゴーズ家に纏めて引き取ってもらう話が内々で済んでいる以上、その形が「少々変更になるだけ」とも言えるのだ。

 もっとも、過去の事情を無視するのが本来無理筋なのだけれど。


 両者を結婚させるのは、血が濃くなり過ぎる懸念はある。

 だが、婚姻が禁止されているほどに近くはない。

 そして、父親が罪人となって浮いた存在のレイラは、今後良い縁談を別で組める可能性はほぼないのである。

 カストル家として様々な要因を勘案すると、レイラの相手としてクーガに勝る人材は存在しないのも事実ではあった。


「国内最高の。いや、ファーミルス王国の歴史上過去最高の魔力量の持ち主の正妻には、王家基準か公爵家基準の魔力量の持ち主が相応しい。お前もそう思うだろう?」


「はい」


 カストル家の当主の孫娘となるレイラもニコラも潤沢な魔力量を誇っており、それだけに着目すれば王家から王子の正妃にと求められてもおかしくはない。

 両者ともに、父親ガチャに失敗しただけである。

 但し、その父親の保有魔力量の影響を受けている以上、『完全に失敗』と言えるかは現時点だと何とも言えない状況へと変化したのだけれど。


 レイラもニコラも『婚約者がいない高魔力持ち』という条件だけなら、クーガの正妻の座を争うレースが存在するならばトップ争いができる。

 というより、『ライバル不在』と断言して良いほどに飛び抜けている。

 勿論、当人たちが感じる幸や不幸は完全に別の話になってしまうのだが。


 そんなこんなのなんやかんやで、カストル公爵はミゲラとレイラにクーガとの婚姻話を進める意思を示した。

 ミゲラは将来的にゴーズ領へ移住させられることを既に知らされており、アスラの下に置かれて『魔力を持たない』という意味では平民以下の男に嫁がされる事実に直面している。

 そうした未来を受け入れる以外に選択肢がないミゲラは、心が完全に折られている。

 そのため、特になんの反応もなく当主の意向を受け入れた。

 彼女の娘のレイラに至っては、「何が自身の将来にとってよりマシであるか?」という話でしかない。


 レイラは実父が起こした事件のせいで婚約が解消されて以降、これまで同年代の高位貴族の正妻を望める立場に自身がなかったことを鑑みれば、実母(ミゲラ)の心情を慮る余裕などない。

 彼女は降って湧いた機会を、全力で掴みに行くことを決めていた。




「まぁそんな話になっているが、クーガが好きに決めて良い案件だ。カストル家の影響力が強くなるのも気にする必要はない。今の当主は年齢も年齢だし、次代を継ぐメインハルト君が当主になれば、爵位はともかくとして、心情的な力関係はおそらくゴーズ家の方が上になる。少なくとも、父さん母さんの目が黒いうちは、ゴーズ家に頭が上がらないだろうよ」


 ラックはカストル家からの急使が運んで来た打診案件を、当日の夜には本人(クーガ)に丸投げしていた。

 超能力者は夜になって学生寮の自室で寝ていた息子を、こっそりとトランザ村へ連れ出して叩き起こし、お話をしたのだった。


「えーっと。それは僕だけで決めたら不味いのでは? ミレスやテレス、ルティシアだって怒るでしょう?」


 クーガ視点の考えだと、特にミレスは不味い。

 彼女は長男を出産済みな上に、年齢的にも最上であるから、現状で完全に正妻の立ち位置と化しているからだ。


「ふむ。つまり、もう娶る気はあるのか」


 馬脚を露した息子を揶揄う父親という構図。

 そして、自身も妻たちへ頭が上がらないラックとしては、息子(クーガ)の懸念はよくわかる話でもある。

 ここではあまり関係ないが、なんだかんだ言っても、超能力者は正妻には逆らえないのである。


「ニコラさんは義理の妹だからそういう目で見ないように気をつけていたけど、母さんたちの家の血のせいか、かなりの美人さんなのは事実だしね。立場のせいもあるんだろうけど、押しが強くない控えめな感じも僕的には好感度高い。レイラさんは魔道大学校で初めて会ったから内面はよくわからないけど、顔面偏差値は高い。しかもスタイルが凄い」


 神妙な顔のクーガには、言葉に出したこととは別で、言えない本音もあったりするが。


「(ニコラもレイラも、母さんと比べたら負けるけど)」


 クーガがそう考えているのは、誰にも知られてはならない秘密であるのは言うまでもない。


「そうかそうか。クーガも将来五人の奥さん持ちになるのか。ああ、三人のことは心配要らない。母さんがもう話を付けている。父さんも考えに嘘がないかの確認をしているから大丈夫だ。ただ、『序列については相談したい』そうだが、ま、それは当然だろうな」


 こうして、ラックは息子(クーガ)の意思を尊重する体で、彼を自身と同じような立場に引きずり込むことを成功させた。

 それは、あくまでゴーズ家の未来を慮ってのことであり、他意はほんのちょっぴりしか含まれていないのである。


 辺境の地に高魔力の人材を無自覚に集め過ぎているゴーズ領の領主様。人材が過剰であるのには無自覚でも、「魔力量が豊富な人材だけ揃っても、上級以上の機動騎士の数は足りないんだよな」と、現実的な部分はちゃんと気にする超能力者。ゴーズ領のあるべき未来の姿を夢想し、将来の課題に思いを馳せるラックなのであった。

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