12話
「『東部からの行商人が来なくなった』だって?」
ラックは、東の関所からの定期報告の中で、「通常であれば二か月に一度以上の頻度でゴーズ領を訪れていた行商人が、全く来なくなっている」という報告を受けていた。
「そう言えば。最近行商人からの塩の買い上げがないなぁと思っていたんだ。それのせいか」
「貴方。ガンダ村が実質機能していませんから、ルートを変更している可能性があるのでは?」
ミシュラからそんな指摘を受けた時、ラックは東から訪れていたと思われる行商人たちの顔ぶれを思い浮かべようととしていた。
そうしたことで、その内の一人は二度と現れることがないのを、思い出したりするのだけれども。
「カツーレツ王国が滅びたせいもあるかもしれない。まぁ僕らには、行商人にこの領を訪れさせる強制力はないんだ。来ないものは仕方がない。ミシュラ。東部から行商人が来ない影響で、買うことができなくて困る品物とこちらから売るに困る品物が、出ているのかを調べておいてくれ。可能な限り、僕の方で対処するから」
ラックのテレポートがあれば、この世界のどこかに売り手と買い手が存在する限り、この村が詰むことはない。
厳密に言えば、「売り手の供給量と、対価で支払える品物の入手が問題にはなる」のだけれど。
ゴーズ家の当主は、この時点ではその程度の話として、「朝の日課に必要になる時間が多少増加するだけだろう」と見ていた。
そしてそれは、話をゴーズ家の領地だけに限定すればその通りなのである。
だが、しかし。
行商人を必要としているのは、ゴーズ村の周辺の開拓村も同じだ。
辺境の地の領主であるにも拘わらず、そうした視点がゴーズ家の当主には欠けていた。
塩の価格がラックの村以外では異常な値上がりしていた。
それは北部辺境伯領ですらも例外ではない。
北部辺境伯領は東西に長く、西部はスピッツア帝国から入ってくる塩が従来通りであるので影響は少ないが、東部は元々カツーレツ王国からの輸入が多かった。
ファーミルス王国は南端に海と接している部分を持つため、国内で塩の生産自体は行っている。
だが、輸送距離の問題が塩の販売価格には影響する。
北部辺境伯領では、国産の塩で賄うより輸入品のほうが安い。
勿論、輸入に完全に依存するのは危険である。
よって、塩の調達先は輸入調達として東西の2つの国から。
その他に高くつく国内生産の塩を輸送。
要は三つの方法で分散し、リスクを下げていたのだけれど。
カツーレツ王国は滅び、その跡地の現在は三つの勢力に分かれて内戦を継続している。
それぞれが“亡国の傍系王族を傀儡の王”として立てており、カッツー王国、レッツー王国、キッカー王国を自称している状態なのだが、ファーミルス王国はそれらを国としては承認していない。
ついでに言えば、それはファーミルス王国の周辺国の三つ、すなわちスピッツア帝国、アイズ聖教国、バーグ連邦も同じである。
尚、建前上“傍系王族”とされている傀儡の王は、カツーレツ王家の血が本当に入っているのかが怪しい。
仮に本当に入っていたとしても、「何代前の話だ?」のレベルのはずで相当に薄い。
つまるところ、おそらくは家系図を捏造している。
要は、偽物の可能性が高いのだった。
内戦をしているため、塩の製造量は減っているし、出来上がった塩を外国へ輸出するには危険が伴う。
輸出分は東部辺境伯領を通過しようとするため、そこで全てが買い上げられてしまっていた。
行商人が東部辺境伯領を超えて行商に来ないのは、そのせいもあったのである。
そんなこんなのなんやかんやで、ラックは周辺の開拓村からの再三の要請と、シス家から要請を遂に受け入れる羽目になる。
ゴーズ家の当主は、「東部からの塩の輸入が再開して供給が安定するか、別の要因で塩の価格が以前のレベルに戻るまで」という条件付きで、今まではゴーズ領の村民に限定して売っていた塩について、販売対象の制限を一時解除したのだった。
但し、塩を村外へ持ち出す時点で税を少しかけて、価格の調整は行っている。
ゴーズ領では、塩の生産地よりやや高い程度の値段で激安販売をしていたのだから、その価格のままで流出させるわけには行かない。
もし、それを許してしまうと、この地域に金輪際行商人が塩を売りに来ることがなくなるからだ。
仕入れ価格と運んで来る手間賃の合計に、利益を乗せて販売できなければ彼らの商売は成立しない。
故に、村外への持ち出しに対する課税は当然の行為ではあった。
それでゴーズ家は潤う面があるのは否定しないけれど。
シス家から、「塩の備蓄量や調達方法についての詮索はしない。現状の困難を乗り越えるために、なんとか塩の供給をお願いできないだろうか?」と、やんわり要請されれば、ラックはさすがに受け入れざるを得ない。
周辺の開拓村からゴーズ家への再三の要請は、実はこれまでお断りし続けていた。が、シス家の要請を受けて販売するとなると、結局はそこから流出してしまう。
つまりは“売っても売らなくても同じことか”と、開拓村からのそれをゴーズ家の当主が諦めて受け入れた。
それが、ことの成り行きの真相だったりするわけなのだが。
今は大量の塩の備蓄があるから良い。
外部からの来る“塩を供給への要求”に応え続けても、おそらくは今の日課を続けるのが前提であれば、三年ほどは持つ。
逆に言えば、それだけの膨大な量をラックはこれまで無駄に抱え込んでいたわけだが、結果として役に立つどころの話ではなくなったのである。
名は体を表す。
名がラックなだけに運が強いのであろう。多分、きっと、おそらく、Maybe!
ラックは現在、ガンダ領をゴーズ領と同様に長城で囲う作業に着手していた。
下手に村の部分の整備から手を付けると、復興の度合いを見て租税が重くなる可能性がある点をミシュラから指摘され、順序としては領主の館、長城、水路、村の防壁、最後に農地を含む村内住居の整備と決まった。
現状で村に住んでいる人間は一人もいないのだから、徴税時に来る人間の受け入れができる領主の館だけあれば当面は良い。
そして、それらはリティシアも納得して了承した話でもある。
ワームの侵入を防ぐ目的で、地下も含めてがっちり防備を固める長城は、ラックの超能力を駆使しても作り上げるのにそれなりの時間が必要になる。
もっとも、リティシアが想定していた下級機動騎士での作業で作ったのであれば、膨大な時間を掛けても同様の長城を作るのは不可能だったりするのだから、「整備が遅い」と文句を言われるような話ではない。
それはそれとして、この長城作成の作業に入ってしばらくした時、ラックは嫌な可能性に気づいてしまった。
超能力者が気づいたのは、「ガンダ村を襲ったワームたちの侵入経路」というか、「理由」というか、要はそのあたりの部分であった。
ガンダ村を壊滅させたワームは、最初はゴーズ領へ北側から侵入しようとして防壁である長城に阻まれ、外側に沿って東へと移動したのだと思われる。
そのままであれば、本来は次に襲われるのはガンダ領ではなく、その北に位置するトランザ領のトランザ村であったはずだ。
距離的な問題で、「そうなるはずであった」と、ラックには予想できる。
けれども、そちらではなくガンダ村方面に吸い寄せられた理由。
ガンダ村側に近い方に餌となる三十五人、要するにゴーズ家から受け入れを拒否された難民たちが存在した。
そういうことなのである。
ワームが餌を捕食した痕跡を見つけ、その痕跡から“ラックが関所で受け入れなかった三十五人がここで食われたのだろう”と思われる残滓を見つけた。
これは、ゴーズ家の当主に責任のある話ではなく、単に彼らの運命がそうなっていた。
そんな話であるはずなのだが、遠因として自身が関係していたことが類推できてしまったのであった。
ラックは“この可能性の事実を知っても、誰も得をする人間はいない”と、そう思い込むことを決めた。
この案件は一先ず自身だけの胸の内にしまっておくことにしたのである。
そうして超能力者は、人が生活していた痕跡と襲われた痕跡を綺麗に消去していった。
気づいてしまった影響として、今後、リティシア、ルティシア、カールの3人を優遇することで、ラック自身が気分的に楽になれるはずなのが理解できてしまう。
“リティシアを割り切った関係だと見ることができなくなるかもしれない。そうなった時はミシュラとの話をしないといけない”と、そんな益体もないことを考えながら、超能力者は沈んだ気分のままで、黙々と長城を作る作業を続けたのだった。
「とりあえず、ガンダ領の北側全てと東側の一部までは、長城作成による防壁の整備が終わった。で、今後の話なんだけど」
ラックがそこまで口にして、ひと呼吸おいた時、リティシアが口を挟む。
「あの。ミシュラ様もテレスさんも、ガンダ領の整備に携わっている様子は見受けられませんでしたけれど。仰っている長城というのは、ゴーズ領を囲んでいるあの防壁ですよね? あれと同等の代物が、もうガンダ領の北側に設置されているのですか?」
「ああ。僕が作ってるから。そういうもんだと受け入れて欲しい。ちゃんとやってるから安心してくれ。なんなら今から見物だけでもしてみるかい?」
リティシアは数年分の租税が前納されたことで、“ガンダ領の整備はゆっくりと行われるのだろう”と考えていた。
整備順序の話もされていたので、“今は領主の館の整備がこの村の住人の手で行われているのだろうか?”くらいの感覚でいたのである。
彼女の予想は良い意味で覆され、“領主の館の整備は既に終わっており、領の外周の防壁も、もう四割ぐらい整備が済んでいる”と推察される状況。
リティシアの頭の中は驚きで一杯となり、“もう何をどうしたら良いのか?”が、わからなくなってきていた。
「貴方。話を先に進めてくださいな」
ミシュラはリティシアの混乱した状況に理解を示しつつも、内心で苦笑する。
そして、“このままでは話が進まない”と、夫に先を促した。
「うん。今の状況から、塩の話で『ちょっと優先順位を変更しようか?』と考えた。つまり、その相談だよ」
「『塩の調達方法を工夫する』とか、『調達に使う時間を増やす』というお話ですの?」
「いや、根本的に解決するために、将来は塩の生産に着手したい。だから海を手に入れたい。その方面の土木工事に着手したいから、ガンダ領の整備を中断する。そういう話」
ミシュラは絶句し、リティシアはきょとんとしている。
第三夫人のほうは、単純に理解が追いついていないだけであろう。
尚、フランはこの場にいなかったりする。
「貴方。『海を手に入れる』ってどういうことですの? この近辺に海なんてありませんわよ?」
なんとか再起動したミシュラが問う。
「うん。案としては二つ。一つは誰のものでもない海上の無人島を探して、そこに村人の一部を移住させて、塩田を作るやり方。ただ、この案は輸送が僕頼りになるから永続性はない。もう一つは大深度で海までトンネルを掘って、海水を引き込む方法。その場合、水位はこの領の地表より低くなるから、完成形としては海水の井戸を想像して貰うと良い。『井戸のサイズじゃないだろ!』って規模になるけどね。こっちの案は実現まで時間が掛かるけど、大規模な地殻変動でも起こらない限り、半永久的に塩が生産できる。トンネルは約四百キロメートルで、魔獣の領域の地下を通す。深度は二百メートルで貫通工事が終了するのに一年前後、塩が生産できるようになる時期は一年半から二年後を想定している」
あまりの壮大な計画にミシュラは言葉も出ない。
彼女の夫は、「案は二つ」と言っているが、どう考えても後の方が本命である。
常人であれば「何を馬鹿なことを」と笑い飛ばすような案でしかないのだが、異能の力を持つ夫が言い出した以上は、「実現の見込みがある」ということなのだ。
ラックは自分の能力を過信したりはしないはず。
長きに渡り、魔力0の公爵家の長男を見て寄り添って来たミシュラは、その点“だけ”は信用できるのだった。
ちなみに「信用できない点は何か?」と問われたならば、その答えは「夜の暴走」となるのだけれど。爆発しろ!
話は本命の案に着手することで纏まり、リティシアの要望であるガンダ領の整備には遅れが出ることが決定された。
優先順位の問題で仕方がない話ではあるのだが、ラックとしては第三夫人への“申し訳ない”という思いが追加される。
しかしながら、その当事者というか張本人のリティシアからすれば、生活環境はガンダ村よりもゴーズ村に留まる方が良いのだから、別段不満を覚えるような事柄ではない。
そもそも、全面的援助の約束はされているが、復興の期限をきちんと決めているわけではないのだ。
リティシアの息子のカールが領主として実務を始めるのは、彼が魔道大学校を卒業した後の話であり、それまではガンダ領の維持は後見人の仕事となる。
息子が実務を始める時に、完全な状態のガンダ領を引継ぎができるのが理想だ。
今の状況は、仮に二年の中断があったとしても、充分にそれに間に合う話になっている。
そうである以上は、彼女が文句を言うような話ではないのが実情なのである。
ラックとミシュラは夜のお話の時間を持つ。
彼は胸の内を妻に語り、色々な意味でリティシアに対して、負い目のようなものを感じていることを正直に伝えた。
聞いていて妻として面白い話ではないけれど、今まで夫に無理をさせている自覚が彼女にはある。
ラックが現在感じているそれは、負い目から来る情ではあるが、「愛情か?」と言えばそれは違うのも理解できる。
だから、ミシュラは今の状況も、今後の予想できる事態も受け入れるしかない。
こうした自身の考えも、余すことなく夫は知ることができるのだからズルイとは思うミシュラなのだった。
接触テレパスに隠し事はできない。
“誤解されることがない”という、安心と引き換えなのだから仕方のないことなのだけれども。
うっかり者のラックの計画には重大な欠陥があった。
トンネルを作るには土砂を除去するわけであり、その土砂の処分先を彼は考えていなかったのだ。
実にお間抜けな話ではある。
一旦はゴーズ領内に土砂を積み上げ、纏まった量になったら、ガンダ領へ持って行き、防壁の材料とするために積み上げておく。そんな行き当たりばったりの感じで、それでも工事は進められた。
尚、工事期間中にミシュラは双子の娘を出産した。
ついでと言うのはなんだが、「フランとリティシアが妊娠する」という事態も起こる。
これで「ゴーズ領の次代が途切れる心配は全くなくなった」と言えるだろう。大爆発しろ!
こうして、ラックは三児の父となり、娘二人にミリザとリリザの名を付けた。
そして、それとは関係なく土木工事に追われる日々は続く。
一流の土方の親父と化したゴーズ領の領主様。「おかしいな? 僕が読んだ漫画の超能力者に、こんなことばっかりやってるのはなかったぞ?」と、呟く超能力者。「僕は一体、何を目指しているのだろう?」と、そんな益体もない独り言を呟きながらも、粛々と工事を続けるラックなのであった。