118話
カクヨム版118話を改稿。
「あの人の『妹君の一行がやって来る』ですって？」
ミシュラは、先触れがゴーズ領の関所に持ち込んだ情報を受け取って驚いていた。
これは、以前に避難目的で先方から打診があり、ラックが了承の返答をしている案件だった。
なので、やって来ること自体はおかしな話ではない。
しかしながら、だ。
それでも時期がおかしい。
ゴーズ家側の事前予測では、今の時期にリムルたちがゴーズ領に来ることを想定してはいなかったのである。
ミシュラの義妹が王都で避難許可を王家から得るまでの時間に加えて、随伴員の選定は必須であり、そこにもそれなりの時が費やされるはず。
更にそこから、関係者全員の荷造りを含めた全般的な準備と、移動の時間が必要になるのだ。
そうである以上は、どう急いでもゴーズ領への到着は本日より十日以上先のことになるはずであった。
ラックとミシュラは、『彼女らの到着を最短でも十四日後以降』と予想しており、『現実的なラインは三十日後あたりになるだろう』と想定していた。
超能力者がバーグ連邦の事案への対処に向かい、ゴーズ領を不在にしているのは、今朝で七日目に突入していた。
義妹に夫の返答を持ち帰る使者の移動時間を計算に入れると、今日先触れがやって来たのは、『準備に費やすいろいろな時間を全く掛けずに、王都を出立したのを疑うレベルの話』である。
なんなら、『本当に王家の許可を得ているのか？』と、疑うまである。
そこまでのことはさすがに元第二王子妃でもしないはずだが、それでもミシュラがそう疑ってしまいたくなるほどに、先触れの到着が『早い』という意味で予想外過ぎであった。
しかも、だ。
ゴーズ家としては、リムルに対して『随伴員のリストを事前に提出すること』を求めていたはずなのだ。
確かに、『事前に』提出はされた。
但し、事前は事前でもタイミングがこれまた想定外過ぎる。
それは今回の先触れの使者を務めた者によって持ち込まれたものであり、ミシュラの手に渡ったのは今朝の話だったりするのである。
これでは、事前にそれを参考にして、随伴員の受け入れ可否の判断をする時間がない。
ゴーズ領の領主代行を務める正妻は、『義妹が貴族の常識的手続きを故意にすっ飛ばす方法を選んだこと』を、一連の流れから感じ取っていた。
ミシュラが目を落として、確認を済ませた随伴員のリストに記載されていた人物の名前と人数。
そこからも、その意思が伝わって来るのだから。
何故なら、リストに記載されていたのは、前回の使者と今回の先触れを務めた女性の他に、僅か四名しか記載がなかったからだ。
伝染病からの避難と称して、ゴーズ領にやって来るのは義妹を筆頭にして総勢で七名。
つまり、元第二王子妃とその息子で王孫でもある男子に、王宮側が認めて付けた人数としては、たった五人となる。
王族級に付く随伴員の常識的な人数を考えると、この数はあまりに少ない。
勿論、「避難後の生活に関係する部分での人手の面で、不足だと思われる」のは言うまでもない。
なんなら、『王都からゴーズ領までの、道中の安全確保』という面一つをとっても、少々心配になるレベルだ。
リムルが連れて来るであろう人員について事前に言及し、最小限の数を希望したのがゴーズ家なのは確かであった。
けれども、突き付けられたのは、「いくらなんでも」とミシュラが考えてしまう程度には、異常な結果となってしまった。
但し、移動時の安全は、義妹とその息子の身柄に関してだけなら、この件の主犯が駆る最上級機動騎士の操縦席とその後部座席にいることが予測されるため、危険度は極小だろうけれど。
ついでに言えば、随伴員のリストには追記事項がしっかりと記載されていた。
随伴員のうち四名については、関所でゴーズ領への移住を拒まれても文句は一切言わない旨が、だ。
これでは、「先触れの女性以外ならば、最悪全員諦めても良い」と言っているのと同じであり、もう『確信犯だ』と断定して良いレベルの話なのである。
「来るものは拒めませんけれど、一行をガンダリウ村で留め置く期間を十日と長く設定して、『移住の可否は留め置く期間中に判定人を行かせます』とするしかありませんね。その期間中にあの人が戻らなければ、『ダミーの人材に形だけ検査を行わせる』しかないでしょう」
ミシュラは関所に待たせている先触れの女性に向けての、対応策の指示を出した。
そして、その後は執務室で独り、思考をその先へと向ける。
彼女の脳内では、「問題は、そのイレギュラーな方法に義妹が気づくかどうか。そこから、あの人だけが持つ力に気づかなければ良いのですけれど」という懸念事項が発生していた。
結果として、その考えは杞憂ではなく現実のものとなる未来がある。
ラックの実妹は、『察する能力の高さ』という意味合いにおいてで、少なくとも義姉を困らせる程度には無能ではなかった。
決して、ゴーズ家の正妻が心配したことでフラグが立ったわけではないのである。
超能力者が不在のトランザ村では、先のドミニクたちの件に続き、このような事態も発生していたのであった。
「スピッツア帝国の侵攻軍と思われる部隊が、北側の国境線を越えた。総数は推定四万だ。君たちはどう対応する？ まさか私だけに丸投げで知らん顔はしないよな？」
ラックは千里眼で知り得た情報を、大公家の面々を緊急招集した上で告げた。
非情な現実を突き付ける発言をした当人の気持ち的には、実は全てを一人で一掃する気であるし、「現実的にそうするのがベストである」と考えている。
更に言えば、「それができる実行力を超能力者は備えている」と言い切れる。
もっと言ってしまうと、「姿を女性に偽っている男にとっては、『大変だけどできなくはない』という難易度且つ必要労力の案件などでは全くなく、鼻歌交じりで一日あれば終わらせられるイージーモードのお仕事」だ。
今回の案件は、ラックに殺戮をする気は全くないので、精神面の負担も少なくて済むという長所まである。
しかしながら、バーグ連邦の国の舵取りをする、今後それをせねばならない上層部としての気構えの問題は、ラックの中ではそれとは完全に別の話なのであった。
リアルな話として、現時点でスピッツア帝国と軍事衝突を起こして、数が限られている有用な働き手を失うのは、今のこの国の状況では洒落にならない深刻なダメージと化すだろう。
だが、自国を自分たちの力で守ろうとする気がなければ、超能力者が手を引いた後のこの国の未来は暗いものになるのも事実なのだ。
緊急事態の情報を知った彼らの反応を見る限り、「大公家には対抗できる数の人員の編成までが不完全ながらもなんとか行える」というのが限界なのはすぐに知れた。
彼らがヒソヒソと小声で対応策を話し合ったり、アイコンタクトで意思を伝えたりしているところから、ラックはそれを理解させられてしまう。
そして、地下資源をラックの援助への対価として出す際に、三割から五割へと増量する代わりに、スピッツア帝国からの武力侵攻に対して国防への援助を条件に足す発案をし、それを通した者はドヤ顔をしていた。
その発案者に『先見の明があった』という点では、それは確かに誇って良いことであったのかもしれない。
だが、それはあくまでもバーグ連邦の独力でことを成し遂げるのが、本来あるべき姿である。
今回のように、他国に丸投げという手段でことを成そうとした姿勢は、決して褒められるものではないのだ。
その事実に、当の本人は気づいていない。
超能力者の視点からすると、それが滑稽でもあり、哀れでもあった。
何故なら、そこに気づかないのが、「彼の統治者としての能力の限界を示している」とも言えるのだから。
そんなこんなのなんやかんやで、バーグ連邦はラックに武器供与という援助の申し入れをした後、臨時の民兵動員で、防衛ラインを連邦の中央からやや北側の位置へと定めた。
作戦の骨子は、『スピッツア帝国軍をそこまで引き込んで、長大化する敵の補給線に負荷を掛ける』という持久戦とされた。
それに加えて、防衛ラインの以北は復興が後回しにされることが決定している土地であることから、「最悪、奪われても、帝国の金と労力で復興をさせた後に奪い返せば良い」という豪胆な発言も飛び出している。
決定された作戦は、あまり『現実的』とは言えない、強がり以外のナニモノでもない発言が含まれるような少々残念な作戦案ではあったかもしれない。
しかしながら、今のバーグ連邦では、そんな建前が重要なのである。
ラックは微笑ましい顔に変化し、最低限の竹槍レベルの武器を即座に供与開始したのであった。
「国境を越えてからまだ二日目の夜なのに、もう物資が不足しかけてないか？」
ラックはスピッツア帝国の侵攻軍が三つの隊に分かれて前進しているのと、後詰と思われる一つの隊の、全部で四つの部隊を千里眼でつぶさに確認していた。
各部隊の兵力はそれぞれが約一万。
超能力者が知っている軍事作戦の常識からすれば、侵攻方法自体が落第点だ。
これなら、上手くやれば今のバーグ連邦が用意できる戦力でも、帝国軍を各個撃破して敗北に追いやれる可能性すら存在するのだから。
勿論、それを成すには超が付く優秀な指揮官が必要であるし、その場合は人的被害の発生は避けられない。
更には、国土が追加で荒される事態を迎えるのも、確定となるのだけれど。
決して軍事的才能が「高い」とは言えないゴーズ領の領主であっても、「戦力の分散とか馬鹿じゃないの？」と言いたくなる程度には、スピッツア帝国側の戦略は「お粗末」の一言なのだった。
ラックから視た、侵攻軍が所持している食料などの物資の量は、推定で残すところ数日分のみとなっていた。
彼ら的には現地での略奪行為を計算に入れている可能性もなくはない。
だが、そんなものは本来戦略に組み込んで良いものではないはずであった。
事実、ここまでの二日間の行軍で、彼らがバーグ連邦から略奪できた食料の類は存在しないはずである。
まぁ、水ぐらいならば、得ているかもしれないけれど。
そもそも、完全殲滅してその地の民を根切りする気ならともかく、住民を統治下に組み込む気なら、『現地調達』という名の略奪行為は悪手以外の何物でもないのだ。
「ま、どうでも良いか。残された食料なんかの物資は、連邦の人間の手で回収してもらおう。その方が、『攻め込まれた』という現実を実感できるだろうしね。『僕が撃退した』って事実も『間接的に知る』という利点だってあるわけだ」
そうして、ラックの「『戦い』と呼べるか？」や、また、「呼んで良いのか？」が疑わしい行為は、スピッツア帝国の侵攻軍の最後方、後詰の部隊の兵の拉致から始まった。
夜陰に紛れての超能力者のその行動は、実に手慣れたものとなっている。
侵攻軍が築いた簡易陣地での天幕は、外部に最低限の夜間歩哨を置いていた。
それでも、寝ている姿をじっと監視するような、歩哨兵などいないのが当然である。
天幕の設置位置やサイズで、中で寝息を立てている人物の隊の内部での地位を察することが容易な状況は、超能力者にスティキー皇国との戦いでの、拉致し放題からの放り出しし放題を再現させてしまう。
そこで生じた違いとは、『負傷させる目的を持った高さに、拉致した兵を放り出すのか否か？』の差でしかなかった。
侵攻軍は夜間警戒の交代時間を迎え、『寝ていたはずの同僚の兵士たちが全て姿を消している』という驚愕の事実が発覚する。
その事実は、起きていて戦地に取り残された格好の、少数の兵士たちを大混乱に陥れてしまう。
戦地に残されているのは、同一部隊内の百名かそこらの人間だけ。
それも『下っ端の兵がほとんど』という状況下では、軍の体を、或いは規律を維持することなど絶対に不可能である。
そんな残存部隊が、ラックの手により四つ作り出された。
その時、先に拉致されて帝都の近郊に放り出された兵士たちも、自らが置かれた状況が理解できずに、残存兵と同様に大混乱に陥っていた。
但し、こちらには『指揮官クラスの上級軍人が複数存在していた』という差がある。
そのため、混乱が収束に向かうのは時間の問題であったけれど。
ラックは”起きている人間への対処を後回しにする”と割り切る手法で、拉致行為に対しての最大の時間効率を叩き出していたのであった。
続いて、超能力者は、各部隊の持つ物資の確保に走る。
具体的には、物資の集積場所を土砂を積み上げた小山で囲ったのである。
無造作に土砂を運んで放り出しただけのため、残された兵は物資に近づくことができなくなった。
下手に近づこうと脆い小山に登ろうとすれば、簡単に土砂崩れが起こって生き埋めになるのは容易に予測できるのだから。
元々集積地側にいた極僅かな人間は、ラックが囲いを完成させた後に、内部に閉じ込められて右往左往しているところへ電撃を浴びせられて失神していた。
哀れな一般兵が失神した後は、「超能力者が拉致から放り出しのコンボをかました」のは最早言うまでもないであろう。
ある意味、外側から土砂の山を眺めさせられて、絶望の淵に叩き落されていたその他大勢の兵士よりは、彼らは「幾分かマシであった」と言うか、幸せであったのかもしれないが。
ここまでやられると、残されている兵士たちは、この地で立ち枯れするしかないことを自覚せざるを得なかった。
時刻は空が明るくなり出すには、まだもう少しばかり時間を必要とする時間帯。
かがり火や松明から生み出される明かりはまだ必要とされていた。
部隊が何者かからの攻撃を受けていることを、残された兵士たちがこの期に及んで疑う余地などない。
そもそも、他国に攻め込んでいる時点で、攻撃を受けても文句を言う権利などないのを、各々の兵は理解していた。
バラバラに逃げ出して、故郷のスピッツア帝国まで辿り着ける可能性や、野盗化して生きて行ける可能性すらも、彼らの置かれた今の状況はその全てを否定する。
その解に至るのが早かった兵士は真っ先に声を上げた。
「降伏する！ 武装解除して、無抵抗を約束する。命だけは助けてくれ！」
そうした声が上がれば、それに同調する人間が続出する。
別々の四つの場所で、全く同じことが起こったのは、決して『偶然』とは言えないであろう。
尚、降伏した面々はどこからともなく聞こえて来る女性の声に、眼前に何の前触れもなくいきなり出現した棺桶モドキの木箱に入ることを促され、自らの手で蓋をずらして視覚を奪われることを強要された。
そうして、彼らは先に運ばれた帝国軍の元へと、棺桶モドキごと無事に放り出されたのである。
こうして、ラックは、まだ戻れないゴーズ領で実妹が事案を発生させているとはつゆ知らず、バーグ連邦VSスピッツア帝国の戦争に介入して、その戦火を交えさせることなく終戦へと導いた。
スピッツア帝国皇帝の領土的野心は、超能力者の持つ理不尽な力に粉砕されたのだった。
演出に近い意味で、土砂を積み上げて物資を囲んでしまったゴーズ領の領主様。特に事後のことを考えていない思い付きのその行動の後、「はぁ。大公家の連中に人を出させて回収させる目印にはなるけど、肝心の物資が埋まってしまわないようにするのと、安全な出入り口の設置が必要だな」と、呟いてしまう超能力者。面倒ないらん作業を自ら作り出してしまったことを、極自然に嘆いてしまうラックなのであった。
