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116話

カクヨム版116話を改稿。

「『初めて見た巨大な魔獣のような生物を解体して食べた』だって?」


 ラックは姿を偽ったまま、バーグ連邦内の大公家の面々と話をしていた。

 そこで、伝染病や寄生虫についての手掛かりを得るべく、「最近特別変わったことはなかったか?」と尋ねたのだが。

 その結果、驚きの情報が飛び出してしまう。

 そうして、思わず聞き返してしまったのが冒頭の発言へと繋がるのであった。




 バーグ連邦の中央部付近に、何の前触れもなく突如出現した件の巨大生物は、現れた時点で満身創痍であり、「息も絶え絶え」と言って良い状態であった。

 深手を負ったそれは、その身体の随所からおびただしい量の出血をしており、その血液は連邦の主要都市の生活用水を支える水源地へと流れ込んでしまったのだ。

 そのような理由で水源は汚染されたのだが、大量に存在している水は血液をすぐにそれとは気づかない程度に薄めて行く。


 そして、それとは関係なく、外観から魔獣と思われる巨大生物はそう時を置かずに絶命する。

 労せずして、棚ぼたでバーグ連邦に転がり込んできた初見の巨大生物の死骸。

 連邦の大公家の一つが解体へと動いた当初の目的は、魔獣と思われる死骸の体内から高額で売れることが確実視される魔石を得ることであった。


 外観から知れる大きさからして、この魔獣であればファーミルス王国の上級機動騎士用の生産に回せる魔石が採取できる可能性は高い。

 なんなら、最上級機動騎士クラス用の魔石が得られる目すらある。 

 しかも、解体を行えば、そこで副産物として各種生産に使える素材や肉が得られてしまう。


 そんな感じで、捕らぬ狸の皮算用的な部分が含まれる考えではあったが、そこまで好条件が揃っていれば大公家が動いても当然ではあった。


 しかしながら、実際に蓋を開けてみれば、得られた素材は使い道がない部分が多く、結果的に焼却して埋めるはめに陥ったのが大半となってしまった。

 大量の人手を投入した大公家的には残念ながら、目論見が外れて有用と思われるモノは大量の肉しか得られなかったのだけれど。


 未知の魔獣のような巨大生物から採れた大量の肉は、果たして食用となり得るのか?


 蛮勇を誇り、食べて試した人間が、「素晴らしく美味である」と喧伝してしまったことがこの国の不幸の始まりであった。


 次の入手の当てがない希少食材のため、得られた肉は全てを国内消費に回されて行く。

 その結果、「他国に一切流出させなかったことが不幸中の幸いだった」と言えるのかもしれない。

 事実は「国民性として、単に食い意地が張っていただけ」だったりするのだけれど。




 寄生虫による人体への被害とは、アレルギーを発症するケース以外だと自覚症状が出るのに時間が掛かる。

 そのうえ(タチ)が悪いことに、食べた者の身体に必ず寄生虫が住まうとは限らない。

 調理方法や食べる量、食べた部位、あるいは食べた頻度によっても結果に差が発生してしまうのだ。


 また、黒い痣が浮き出る病の方も、症状が顕著に出るには十日以上の時を必要とした。


 要は、謎の奇病と食材とを原因として関連付けるのには、病の災禍に見舞われた当事国の視点だと、時が空き過ぎていたのである。

 ついでに言えば、「巨大生物の身体から流れ出た血液に汚染された水を経口摂取して、被害に遭った可能性もある」のだ。


 但し、そうした原因を調査できるかもしれない物証の全てが、ラックによって焼き払われてしまったために失われている。

 よって、実地調査はもう不可能なのだけれど。


 災害級に限りなく近い全長八十メートルを超える大型の魔獣のような生物は、バーグ連邦の国土に目に見えた被害を出さずにその生を終えた。


 けれども、だ。


 それの見た目だけは明らかに魔獣然としている生物を、厳密な意味で果たして魔獣に分類して良いのか?


 そこには議論の余地がある。


 その魔獣らしき生物には、魔獣であれば当然体内に持っているはずの魔石が存在してはいなかったからだ。

 野生生物と魔獣の境界は、通常なら体内に魔石を有しているか否かで区別されている。

 それに加えて、そもそも魔獣は虚空からいきなり湧いて出る生物ではない。


 もっとも、全長八十メートルを超える巨大な陸上の野生生物は、過去にバーグ連邦やファーミルス王国が存在する大陸で確認された例などなかった。


 それ故に。


 その風貌からバーグ連邦の人間に「魔獣だ」と決めつけられ、そう扱われるのは無理もないことではあった。


 結論から言えば、「ラックを含め、この世界の住人たちは魔獣らしき生物の真実に至ること」などできなかった。

 それは、ラックのご先祖様である賢者がこの世界に出現したのと同じ理由。

 すなわち、「他の時空世界から迷い込んできた生物であった」ということに気づくことはなかったのである。




「ご存じだとは思いますが。我が連邦の主力産業は農業。それに加えて害獣として狩られる魔獣の魔石の輸出。魔石を輸出可能なほどに、可食部位がない小型の魔獣の出現が多いせいで、畜産物の生産は限定的なのです。要するに、肉は貴重品なのですよ」


 冒頭のラックの疑問に、年かさの大公家の当主の一人が答えた。


「それはこの大陸内なら、そのあたりの事情はどこもそう違いがある話ではないだろう?」


 ラックはゴーズ家統治下の住民たちへ自身が供給する魔獣由来の肉と、領内で盛んに生産される牛、馬、豚、鶏などがファーミルス王国内での一般的な領地に比べて、突出した生産量となっていることを知っていた。

 しかしながら、その状況ですら、それらの生産される畜産物のみでは領内人口の需要に対しての絶対量が足りてはいないのが実情。

 適正価格での全量買い上げが保証されているにも拘らず、生産者の能力的にそうなってしまうのだ。

 逆に言えば、「それが理由の一つになり、領民の忠誠心が刺激されている」という側面もある。


 ゴーズ領とそれに連なる領地の住民たちは、「魔獣由来の肉が安価に供給され続ける」という一点の理由だけでも、「領主であるラックへの忠誠心が高くなる」という現状があったりするのだから。


 それはさておき、だ。


 いくら「肉が貴重品だ」とは言え、得体のしれない生物の肉を食べるのはどうなのか? 


 過去に確認されている魔獣で、小型種から大型種までの各種サイズが存在していて、食べられる実績がある種類はともかくとして、肉自体や特定部位に毒性があるなど、食用に適さない魔獣は普通に存在している。

 勿論、今回の案件の連邦の人々からすれば、「毒見役が食べて試した」という主張がされるであろうことはラックにも理解できるのだが。

 それでも、「それにしても」と思ってしまうのもまた事実なのである。


「後知恵でならば何とでも言えます。ですが、『寄生虫にウィルスの二つが原因らしい』となった今の時点で考えれば、あの魔獣の肉に疑いを持つのはおかしくなくとも、当時食べた人間に即刻で現れるような悪影響が出ていなかった以上、『食用の肉として流通したのは仕方がなかった』と考えます。国内事情のせいもありますが、当家の独自判断で言えば、『国外に流通させなかった点を褒められても良い』とすら考えています。今回の件は偶々、バーグ連邦内で発生した事案ですが、同様の魔獣が仮にファーミルス王国やスピッツア帝国に出現した場合でも、おそらく同じことが起きていたでしょう。その場合、美味な食材なだけに、行商人によって国外に持ち出され、他国の上層部や富裕層に被害が集中した可能性すらありますね」


 先ほど発言したのとは別の大公家の人間が、当時の状況と独自の推測を述べる。

 その発言内容には、特におかしな点や間違っている部分はない。

 それを聞かされたラックからしても、よくよく考えてみれば自身で魔獣の領域において同じモノを発見していた場合でも、「得られた肉を食べてしまっていた可能性は高い」と考え直した。


 もっとも、その場合の結果だけは少々異なり、「ゴーズ家の統治下地域に限れば、被害は発生したとしても限定的になったはずだ」と言える。

 何故なら、ラックならばほぼ確実に「僕だけ天然の冷凍庫」を保管場所として使用するため、極低温での長期保存により寄生虫が死滅する可能性が極めて高いからだ。


 ゴーズ領内の冷蔵、冷凍の魔道具内にある肉の在庫は、日々消費に回されるものと、それとは別で未だに加工処理が終わっていない分がかなりある。

 そこには、超能力者が過去に狩った災害級亀型魔獣の肉と、これまでに運び込んだ魔獣の領域での間引きを由来とする肉で、在庫は溢れかえっているのだ。

 そして、減った分は極点で保管されている古い在庫から順次補充されて行く。


 そのため、新たに追加発生する魔獣の死体は、すぐに必要そうな素材が得られる場合を除き、血抜きと内臓部分の処理を済ませたあとに丸ごと冷凍保存されていただろうことは想像に難くない。

 付け加えて言えば、「ラックの統治領域内で怪しげな病が発生したとなれば、超能力を即座に行使して対処に走るに決まっている」のである。


 そういった面においても、ゴーズ家の支配下地域にいる住民たちに犠牲者が出る確率は低いのだった。


「そのような話になるのか。まぁ、それが原因だと断定はできないでしょうし、今更証明する手段もない。だが、もしその魔獣に関するモノが残っているなら、食べるのも含めて利用は禁じて欲しい。それはそれとして、ここまでにしましょう。脱線してしまったが、今後の話に移ろうじゃないか」


 ラックは要望を出し、これまでの行動や今後の援助に対する対価の話へと話題を戻す。

 冒頭からここまでの部分は、対価の話で熱くなりかけた場を冷ますための雑談的な話であり、そこから病の原因っぽいところへ触れられたのは偶然でしかなかった。


「対価として出せるモノ。現実的な話をすると復興が成ったあとの状況が以前の生産力に戻るのであれば、農産物が最有力となるでしょう。しかし、援助に回せるだけの食料が供給できる貴女の状況下に置いて、それが魅力的な品物かどうか? その点が気になります」


 話題の転換で真っ先に発言したのは、利発そうな若者。

 しかしながら、歳相応以上の知識と能力はあるのかもしれなくとも、その若者には「経験」というモノが足りてはいなかった。

 ラックはすぐに対価の支払いを求めているわけではない。

 けれど、彼の言い分だと支払いの開始がいつのことになるのか?

 通常の交渉の場ならば、「これでは、交渉以前の話だ」と、切って捨てられてもおかしくはないであろう。


「そうだな。あと、魔石はファーミルス王国との条約があるため、他所に回すわけにはいかない。そもそも、王国以上にあれを欲しがる国が存在するとは考えにくいがな。そこでだ。案を一つ出そう。バーグ連邦には未採掘の鉱床がかなりある。これらは各々の大公家の持つ個別権利となるし、保有量に格差が相当にある。なので合意が得られるのが前提ではあるが、『採掘権を譲り渡す』というのはどうだろうか?」


 口火を切った若者の発言は、かなり筋が悪いモノだった。

 他の公家の者はそれに気づいてはいても、面と向かってはっきり否定してしまっては十七公家の協調体制でやって行くことなどできない。


 故に、だ。


 年長者は肯定した上で軌道修正を試みた。

 最終的には、交渉相手が納得する形に話が纏まることが肝要となる。

 その点を、年長者である彼は理解していたのだった。


 ついでに言えば、「実のところ参加者の中で年かさの男は、先の発言者に対して内心では『愚かなことを言うな』とまで考えていた」のだ。

 しかし、発言した若者の家が治めていた公国部分には、大規模な未採掘鉱床がある。

 そのことが、彼にそうした本音を口にも態度にも出さない忍耐を強いただけであった。


「うん? 産出した鉱石を対価として渡すのではなく、採掘権自体をか?」


「ああ。我々はまず最優先で連邦の国土を以前の農業生産力へ戻す努力をしなければならぬ。国民が食えねば話にならんからな。そこには公家単位で見ると優先順位も発生するし、国内の総人口の激減による労働力の問題もある。だから。元々、大して力を入れていたわけでもない鉱石採掘事業に人を回す余裕などないだろう? それに、だ。国内で自前で金属加工するぐらいなら、鉱石をファーミルス王国に輸出して金属製品を輸入したほうが安いのは貴公らも理解しているだろう? 採掘や鍛冶の技術的喪失を防ぐために、保護政策を行っていたのを止める気はない。だが、技術者の数自体も減っているはずだ。そこに注ぐ力は減るのが必然。で、あるなら、『全くの未採掘鉱床の権利を譲り渡す』のは我々に出せる範囲ではないか?」


 この時、老獪な発案者本人以外では誰も気づいていない点がある。

 実を言えば、「『未採掘鉱床の権利の譲渡』という案には罠が仕掛けられており、『採掘実施時に発生する鉱毒の処理』については、別枠で連邦から採掘者へ対価を請求する気満々」だったりした。


 超能力者が、この話し合いの時に接触テレパスの行使をしなかったことで、その悪意の発覚は免れてしまった。

 それでも、結果的にはその目論見は成立しない未来があるのだけれど。


 超能力の行使による鉱石採取は、通常の採掘作業とは別物である。

 これは、「その事実を、常人に想像させるのには無理があった」というだけの話なのだった。


 そんなこんなのなんやかんやで、大公家同士での話し合いは進み、ラックは結論が出されるのを待つだけとなっていた。

 ゴーズ家の当主の視点では、死病の蔓延を防いだことと、幸いにも治療方法を得られた時点で「既に最低限の目的を達成した」と言うか、利益を得てしまっている。


 それ故に。


 平たく言えば、「超能力者はスティキー皇国から得られるはずだった利益のうち、自身の判断のみで削ってしまった部分の補填を受ける」だけで良い。

 もっと言えば、「それに少々の上乗せを」と望んでいた。

 そうなってくれると、「妻たちとの意見交換なしに、独断で皇国との交渉をして済ませた件をうやむやにできる」と、ラックは考えている。


 ミシュラから怒られないこと。


 実はそれが、バーグ連邦の面々にラックが対価を求める理由の大部分を占めていたりするのだが。

 その事実は、本人以外の誰にも知られない方がおそらく平和であるのだろう。


 神でも仏でもない超能力者には、「相手のお財布事情を考慮して、無料奉仕になるのは嫌だ」という気持ちだって普通にある。

 そんなことは、言うまでもないことなのだけれど。


 こうして、ラックはバーグ連邦内に存在する鉱物資源のうちで、特定の場所に限定されての採掘権を得た。

 但し、連邦はスピッツア帝国から今後受けるであろう武力を含む圧力からの保護を彼女(ラック)からの援助内容に含めている。

 むろん、それは期限付きの話であり、「国力を総人口が激減する以前の水準に回復する」か、「最長十年間の年月の経過」の早く訪れた方を限度と取り決めが成される。

 連邦の十七公家は、その上で、現在判明している国内の地下資源埋蔵量の約五割をラックへと差し出したのだった。


 多人数相手に交渉を行ったが故に「同時に接触テレパスで読むのは無理」と、大公家の人間の悪意に気づかない失敗を犯しても、運だけで無自覚にそれを躱すゴーズ領の領主様。ファーミルス王国のある大陸側の対処はなんとか一段落と済ませても、南の孤島に隔離した人々への対処はまだまだ残してしまっている超能力者。そうしたお仕事とは別で、「病の発症の潜伏期間的な考えで行くと、僕は十日は家に帰れないのか?」と、嫌な現実に気づいてしまうラックなのであった。

今年の投稿はこれでラストです。

117話以降は1月に2回と2月に3回程度の投稿を予定しています。

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